お月さま色した、猫

久世ひろみ

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4章 猫の「まほう」

17話

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 目を覚ました猫が、まず見たのは白い色だった。
 まだ、続いているのか。そう思ったけれど、なんだかすごくふかふかで、雲の上にいるみたいな心地がするのに気付いて、ゆったりと顔を上げる。

(……ここ、どこ?)

 ぼんやりする頭で、そう思った。
 猫が横になっているのは、猫の身体よりずっと大きなクッションの上だった。ふわふわと柔らかいそれは、仄かにお日様と花の優しい香りがする。

 顔を上げて見ると、そこは魔法使いの館ではなかった。今までいた、どこかの室内でもなく、でも不思議と、知らないところにいる不安感はない。
 高い吹き抜けの室内は白で統一され、壁を伝うように螺旋階段が二階へと続く。猫がいる天蓋付きのベッドは部屋の中央に置かれ、絨毯もカーテンも、調度品はすべて美しく繊細な装飾が施されていた。
 それらを一通り眺め、猫は窓を見て目を止めた。

 お昼だ、と思う。窓の外は明るくて暖かかったから、いつもは魔法使いと一緒にいる時間だと思った。
 だから、いつものように猫はそばにいるはずの魔法使いへと顔を向けた。だけれど、室内は冷たく静まりかえるだけで、力なく目を伏せる。

(魔法使いがいない。おかえりも、言ってない)

 そう認識すると、途端に寂しさが襲って来て、尻尾をゆらゆらと揺らした。

「――レイルーン」

 ぼんやりしていると、不意に声が聞こえた。振り向けば、きれいな服を着たヴィアが、にっこり笑いながらドアを占めるところだった。

「起きたんだね?」

 言いながら、ヴィアは猫のいるベッドに腰かける。その眼差しは柔らかくて、猫はへにゃりと微笑んだ。

「水はいる? お腹はすいていないかな」
「ううん、大丈夫。ねぇ……ヴィア」
「――ん?」

 しん、と静まり返った部屋の中に、猫の小さな声が思いの外響いた。だから刹那言いよどみ、それでも、彼の目を見つめたままゆっくりと口を開く。

「ここは、どこ? ……魔法使いは?」

 不安そうな弱い声音に、ヴィアはそれでも優しい笑顔を崩すことはなかった。
 きっと聞かれるだろう、と思っていた言葉だったけれど、実際に耳にすると胸が痛い。だから、ごまかすように猫の頭を撫でた。

「ここは、僕の家だよ」
「お家?」
「うん。僕の家の、今は誰も使ってなかった部屋」

 静かに答えるヴィアに、猫はこてんと首を傾げる。

「うーん。ヴィアのお家は、おっきいんだねぇ」

 そんな風にへにゃりというから、ヴィアは少しだけ力が抜けて、自然に微笑んだ。

「そうだね。ここ、お城だからとても広いんだよ」

 もしかしたら迷子になってしまうかもしれないね。ヴィアはそう言って、きょとんとする猫を優しく見つめた。

「お城。えぇと、ヴィアは、王子さま?」
「そうだよ。よく、わかったね」

 ヴィアは笑って、猫の頭をくすぐるようになでる。でも、猫は戸惑うように目を泳がせ、それからじっと彼を見つめた。

「ねぇ、魔法使いは……?」

 問う猫の声は揺らいでいた。不安そうに垂らしたひげに、ヴィアは僅かに口ごもる。
 悲しげに口を閉じ、そっと上着のポケットに触れる。小さな固い感触に、ヴィアは息をひとつ吸い込んで、そっと猫を自分の膝の上に置いた。

「……レイルーン。森で僕が言ったこと、覚えているかい?」

 ぽかん、とした猫に、穏やかな声が言う。
 彼の手は猫の毛を撫でつけていなかったけれど、小さな背中から暖かな体温が離れることはない。

(森で、言ったこと?)

 目をぱちくりさせながら、猫は考える。
 森で。猫が眠ってしまう前に、ヴィアは何かを言っていなかっただろうか。
 それはきっと、大切なこと、だった。

「――あたし、が、人間だって……」
「うん」

 探るように出した答えに、ヴィアは柔らかく笑って、頷いた。

「僕はね。君が幸せになってくれれば、それでいいんだ」

 笑顔のまま、真剣な瞳を光らせて、ヴィアが言う。

「君は幸せにならなきゃ、いけない。だから、僕はあの日、森へ行ったんだよ」
「……しあわせ?」

 ヴィアの言葉はまっすぐで、でも猫はぱちりと目を瞬かせただけだった。

(しあわせって、何だろう)

 猫はその言葉を知らなかった。なんとなく、優しい響きだなぁと思ったけれど、だから何とも返答できなくて、そんな姿にヴィアは切なくなってしまう。
 彼の目があんまり真剣だったから、「幸せ」がなんなのか聞きたかった猫だけれど、何も言えずに、ただ彼を見上げていた。

「全部、話すよ。君がどうして森にいたのか。――レイルーンが忘れてしまった、君の事を」

 そう言って、ヴィアは立ち上がる。胸の中に優しく抱かれながら、猫は夜の森に吹いた風の音を聞いた気がした。

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