ひとそれぞれのかたち

金石みずき

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最終話

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「今日本当に良かったの?」
「いいって。家にいるときまで思い出させないでよ」

 あの後少しぶらつこうとしたが、イライラが先だって楽しめずに帰ってきてしまった。

「でもさぁ、大学の同期なんでしょ? いつも一緒だったっていう」
「昔は昔だよ。なんか環境が変わると話合わなくなっちゃうね」
「寂しいね~。でも何かボタンの掛け違いを直せば仲直り出来そうだけどなぁ」
「無理だよ。だって遥、裕人のこと悪く言うんだよ? そんなのもう仲良く出来ないよ」

 ついつい零してしまった瞬間、裕人の動きが止まった。
 しまった――と思ったが、もう後の祭りだ。

「そっか~。俺が原因だったか。ごめんね、空さん」
「いや……違くて……」
「でも俺、働いてないし、付き合ってもないのにずっと居候してるのは間違いないしね」
「そんなの私が働くから。私は裕人が家にいてくれればそれで――」
「ん、ありがとう。空さん。あ、ご飯終わった? ちゃっちゃと片づけちゃうからテレビでも見て待っててよ」

 それっきり裕人の態度は普段通りに戻った。
 それは安心できることのはずなのに、しかし私にはそれがかえって不安だった。



 不安が的中したとわかったのは翌朝のことだ。
 目が覚めると、いつも通り裕人は隣にはいなかった。僅かに開いたドアから朝食の良い匂いが漂ってきており、寝ぼけ眼のままリビングへと向かった。

「おはよ~裕人……ってあれ? 裕人?」

 いつもならすぐに「おはよう」と返ってくるところだが、返事がない。トイレかな? と思ったが、家全体がしんと静まり返っているようで、何か様子がおかしい。
 胸に騒めきを感じながらテーブルに目を落とすと、そこにはメモが一枚置かれていた。

『空さんへ。今までありがとう』

 一気に血の気が引いた。
 私はスウェット姿なのも厭わず、そのまま外に飛び出した。

 朝食はまだ温かい。なら、それほど時間は経ってないはず。じゃあ……どこ?

 勘を頼りに駅へと向かう。すると……いた! たった今切符を片手に改札へと入ろうとしている。
 追いつこうとするが、とても間に合わない。私は注目を集めてしまうのもかまわずに大声を張り上げた。
 
「裕人、待って! 行かないで!」

 声を聞いた裕人が立ち止まって振り返る。チャンスだ。
 私は走ってきた勢いそのままに裕人の胸に飛び込んだ。

「うわっ!」
「バカ! バカバカバカバカバカ! ほんっとバカ! なんで勝手に行っちゃうの?」
「……空さん?」
「私には裕人が必要なの! 他の誰が何言ったって関係ない! 全部縁切ったっていい! でも……裕人はそばにいてよぉ……。やっと手に入れた私の居場所なんだから……」

 後半はもう懇願のようになってしまっていた。見えてないだろうけど、声が震えて、泣いてしまっている。
 裕人はそんな私を抱きしめると、ぽん、ぽんと背中を優しく叩いてくれた。

「そっか。ごめんね、勝手に決めて。――わかった、帰ろう」
「うん……」



 あれから一年。裕人はやはり働いていない。
 でも家に帰ると必ず笑顔で「おかえり」って言ってくれる。それだけで私は満たされる。頑張ろうって思える。
 他人にどう思われようと、裕人は私の王子様だ。
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