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15.天狗の仕立て屋(1)

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 当初の目的地だった仕立て屋に着く頃には、様子のおかしかった大和も、いつもの雰囲気に戻っていた。道中、大和が深刻そうにしている間は、声をかけたそうにしていた町の妖怪も、気を使って心配そうにしながらすれ違うばかりだった。
 大和の馴染みだという仕立て屋“狗衣いぬごろも”に着くと、大和は店内に向けて声をかける。

「邪魔するぞ」

 店内には誰の姿もなかったけれど、客の声を聞きつけた店の者が、「はーい」と返事をしながら、店の奥から現れた。背に小振りな美しい漆黒の翼を背負い、長い髪を後ろの高い位置でまとめた、美しい顔立ちの若い女性だった。おそらく珍しい女天狗だ。天狗は男系で女性はあまり生まれないと聞く。

(あれほどの女天狗なら、天狗の里で大切に囲われているだろうに。何故こんな所に?)

 弥生は、天狗と全く関係のない大和の領土で、商いをしている彼女の姿に疑問を持った。それに、背の羽が小振りさも気になる。あれでは空を飛べないだろう。
 女天狗は大和の姿を見るなり慌てた表情で、草鞋を履いた。

「大和様⁉ どうされたのですか⁉ わざわざ来ていただかなくても、お呼びいただければすぐに参りましたのに」
「近くを通ったついでだ。それに、今日は仕立ての依頼だけでなく、すでに出来上がった物が2,3欲しい。この者用にな」

 大和に顎で指された弥生は、女天狗に向けて軽く頭を下げた。
 女天狗は顔を上げた弥彦と目が合うと、例に倣ったように呆けたような顔で頬を染める。

(……またか)

 この反応、いったい夫が生きていた頃から何百回見てきたことか。
 弥生は笑顔を浮かべながら、内心ため息をついた。ありえない事だが、実は夫は人間ではなく、女性を魅了する妖怪だったのではと思えてしまう。
 弥生の胸に、チリリとした不快感が過ぎった。
 女天狗はすぐに我に返り、頭を振って邪念を払うような仕草をすると、商売人の笑みを浮かべた。

「初めてお会いしますね。私、この店の店主をしております、天狗の紫雨しぐれと申します」

 弥生も紫雨の自己紹介が聞こえて、気もそぞろになってしまっていた意識を、目の前の女性に向ける。

「猫又の弥彦です。昨日大和様にお声をかけられ、側近として仕えることになりました」

 途端に、弥生は既視感のある、獲物に狙いを定めたような光を内包させる視線を感じた。

「まあ。大和様に? それは、よほど優秀なお方なのですね」

 紫雨は胸の前で両手の指先を揃え、女性らしさを前面に押し出し、尊敬しますと体現している。
 彼女は大和の馴染みの店の店主だ。下手な拒絶の態度も取れず、向けられるあからさまな態度に、弥生はどう返すべきか少し悩んだが、結局その感情には触れないという無難な結論を出した。

「そう、なんですかね? 柳之宮の屋敷に住む方々からもそんな感じのことを言われて」
「ええ。大和様の屋敷はお付きの方どころか女中であっても、優秀な方しか雇っていただけないって有名なんです。募集なさる事もあまりありませんし、あっても試験が厳しいと。それを大和様直々にご指名いただけるという事は、すごいことですよ」

 確かに大和の屋敷はどの役割の者をとっても、精鋭ぞろいだと思う。そうだとすると、それは紫雨にも当てはまる事なのではないだろうか。

「ということは、あなたも優秀な仕立て屋さんなのですね」
「え?」
「だってそうでしょう? 大和様が贔屓にしているということは、あなたの仕立ての腕は一流ということだ。そんな方に着物を仕立てていただける機会を得られるなんて、僕は幸せ者だ」
「そんな、幸せ者だなんて……!」

 どうやら言葉の選択を間違えたようだ。弥生の元夫は相手のやる気を引き出すように褒めるのがうまかった。弥生は夫ならばこんな言い回しをするだろうと予想して称賛したのだが、彼女の好意を煽ってしまった。
 紫雨は両手を頬にあて、浮かれ顔で体をくねらせていてる。
 この惨状に見かねたらしい大和が、不機嫌そうに弥生と紫雨の間に割って入った。

「1つ言い忘れていたが、こいつは撫子の婚約者になる予定だ」
「ええっ‼ 撫子様の⁉」

 驚いた紫雨が視線を向けてきたので、弥生は「そうなんだ」と苦笑して返事をした。
 それで諦めがついたらしい紫雨は肩を落とした。さらにそこに大和はとどめを刺す。

「だから諦めろ」
「……そういう事でしたら、仕方ないですね。あの方に勝てるとは思えませんし」

 紫雨は残念がる視線を弥生へと送る。
 弥生は一応申し訳なさそうに「ごめんね」と声をかけるが、内心は諦めてもらえたことに安堵した。
 彼女がどこまで本気だったのかはわからない。ため息をついた紫雨は、気を取り直し、職人の顔になっていた。

「それでは、まず弥彦様の寸法を測らせていただきますね。できるだけ正確に測るため、着物を脱いで測らせていただきたいので、お部屋の用意をしてきます。よろしければ、お待ちの間に今日お持ち帰りになる着物をお選びになられていてください」
「ええ。そうさせてもらいます」
「では、少々お待ちください」

 そう告げると紫雨は、そそくさと店の奥へと消えていった。
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