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12.見送られる猫(2)

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「支度は済んだようだな、弥彦。着物は問題なかったか?」

 撫子から少し遅れ、大和が1人で現れた。先ほど密談をしていた時とは別の着物を纏っている。灰色の着物に黒の袴と羽織。華美な装飾はないものの、一目見て上等そうだと思える品物だ。羽織の前身頃には柳を基調とした紋が縫い込まれている。

「うん。少し大きいけど問題ないよ。僕の着物より動きやすい」
「そうか。それなら良い」

 あまり興味なさそうに言った大和の口角が、近距離で対面していなければわからないほど、わずかに一瞬持ち上がる。けれどすぐに下がり、視線が弥生の横を向いた。そして少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。

「ところで撫子。何故お前がここにいる?」
「弥彦様がお出かけされるとお聞きしましたので、お見送りに」
「お前、俺と婚約していた時は、見送りに来たことなどなかっただろう」
「ないですね。お兄様、お見送り嫌がりそうでしたから」
「まあ、その通りではあるが……」

 何の戸惑いもなく、撫子はあっさりと告げる。
 大和が思っている通り、撫子は大和の事をよく理解している。ただ、今はその言葉が大和の心にちくちくと棘を刺した。面白くないと言わんばかりの顔をしている。
 不満に纏わりつかれ、動こうとしない大和の背中を、撫子は両手で押した。

「さあお兄様。弥彦様を連れて行かれるなら早く行ってください。そして早く帰って来てください。私が弥彦様とゆっくりお話しできる時間が減ってしまいますからっ」
「わかったから、力まかせに押すんじゃない」

 大和はぐいぐい背を押されながら玄関へと向かう。何も置かれていなかったはずの玄関床には、いつの間にか弥生のものと、もう一足下駄が並べられている。
 思っていた数が揃っていなかったために、作法を間違えたかと、弥生は少しの不安を覚えた。

「あのさ、僕何も考えず表口に来ちゃったけど、もしかして裏から出ないといけなかった?」
「いや、側近はここから出入りして問題ない。昭人の履物がない事を言っているのなら、あいつは置いて行くからだ」

 これで何回目かの大和の心を読んだかのような回答に、弥生もさすがに驚かなくなってきた。いちいち反応していたらきりがない。
 むしろ今は、御家の先行きが決まる訪問に、側近の昭人を置いて行こうとしている現状に疑問を抱かざるを得なかった。

「置いて行くんだ」
「あいつには俺の執務の代理を頼んだ。放置できない案件が稀にあるからな。そう何日も貯めてはおけない。それに、今回に限っては、あいつが取り乱す可能性もあるからな」

 大和は片手で頭痛でも耐えるかのように、片手で頭を抑えた。
 今回の訪問は撫子の婚姻に関する話を改めて組み直すためのものだ。彼女に強い好意を抱いている昭人にとっては、面白くない話ではあるし、弥生の言動で気に入らない事があれば、突っかかってくるのは目に見えている。

「ああ、たしかに」
「え……?」

 弥生が理由に納得ながら撫子の事を見ると、撫子は何の事ですかと言いたげに、弥生と大和の顔を交互に見ていた。
 弥生としてはこの2人が結ばれてくれた方が楽なのだが、このままでは昭人の恋が成就することはないだろう。だからといって、勝手に昭人の思いを告げることはできない。ただ臆病風に吹かれているだけかもしれないが、大和が婚姻を結ぶまで自身の色恋事を後回しにしたいと考えているのなら、それを尊重するべきだろう。
 大和も昭人の思いを告げる気は無いらしい。何食わぬ顔で、撫子の戸惑いを無視する。

「そういうわけだ。今回はお前と他にもう1人を連れて向かう。お前、馬は乗れるのか?」
「うん、まあ、基本的な事は一通りできるかな」
「……そうか」

 そう言い残した大和はくるりと向きを変え、速足でさっさと外へ出て行ってしまった。外には鹿毛が2頭と体格のがっしりとした白毛が1頭、従者と思われる男性1人が待っている。
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