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4.彼女の婚約者(1)

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 その男は黒い毛色の狐の耳と尾を持つ、凛々しい顔つきの美男子だった。
 妖力を完全に隠しきっているのか、男からはまったく妖気を感じられず、力を測ることはできない。だが、狐族の大和という名はどこかで聞いた事がある。管桜の娘の結婚相手という事を考えると、その妖怪で間違いないだろう。

「そんな、まさか……うそだろ?」
「あの方が私の婚約者。狐一族の長、柳之宮大和様です」
「柳之宮だって⁉」

 弥生は愕然とし、息をのんだ。
 撫子の婚約者が狐の長である可能性を予測はしていたものの、まさかの事実だ。そしてその妖怪と最悪の形で対面する羽目になるとは、もちろん予測などしていない。
 大和という男は、弥生の姿など視界に入っていないような歩みで、撫子へと近づいていく。

(あれが9尾の……妖隠尾よういんびの妖力どころか、主尾の妖力の気配すら完全に隠しきって。気づけなかった理由はそれか)

 獣妖怪の2種類の尾を持っている。
 1つは生れ落ちた時から持つ種族元々の姿の尾・主尾と、妖力の増加に伴いその妖力を貯蔵するために増加し、力を誇示するとき以外は己の内にしまい込んでいる尾・妖隠尾よういんび
 妖隠尾の妖気は修練を積み隠せる者は多いが、主尾の妖気を完全に隠せるものはそうはいない。修練を重ねても、できない者はできないのだ。

「大和兄様、何でここが」

 撫子が顔色を青くして問いかけた。
 大和は怒っている様子はなく、淡々と撫子の問いに答える。

「お前の妖気を辿った。他の奴らになら隠しきれただろうが、俺くらいになるとお前のほんのわずか流れ出る妖気を感じ取れる。ただ、横のそいつは妖気どころか気配も完全に隠しきっていた。撫子1人だと思っていたから油断した」

 ようやく大和の視線が弥生の視線と重なった。蚊帳の外にされるのも居心地は悪いが、このまま忘れ去られていた方が良かった気もする。
 大和の目に怒りが宿った。

「お前が撫子を拐した泥棒猫だな」
「泥棒猫って……」

 否定しようにも否定する材料が見当たらず、弥生は口を閉じた。
 弥生は大和という妖怪の妖怪柄ひとがらを知らない。下手に言い返して、撫子に矛先を向けないとも限らない。
 すると撫子が対峙する弥生と大和の間に割り込んだ。

「違うんです、大和兄様! この方は私が助けてほしいとお願いしたから助けてくださっただけなんです!」
「どういう事だ?」
「そ、れは……」

 撫子は本人に直接事情を話してしまってもいいか迷っている様子だ。
 大和はしばらくの間、撫子が自分の意志で事情を語るのを、口を閉じて待っていた。けれど、告げる覚悟が定まる気配はないと判断したのか、少し威圧した声で名を呼んだ。
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