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第二章

雑用係 首領と茶飲み話をする

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「……うむ。やはり一仕事終えた後のコーヒーは格別だな」
「首領様はコーヒーでも紅茶でも緑茶であっても同じ事を言うじゃないですか。それに大半掃除したのは俺だし」
「ハハハ。ま、まあ良いではないか。それにお前の持ってきたこのパウンドケーキも中々」

 誤魔化すようにパウンドケーキを頬張る首領。ジャージ姿だってのにどことなく品があるからズルい。

 こうして掃除を終えた後、公務の時間まで軽く俺の用意した茶と茶請け(内容は日によって違う)を楽しむのが習慣だ。俺も自分の分を口にする……うん。我ながら良く出来た。パウンドケーキは紅茶にもコーヒーにも合う。

 茶飲み話の話題は様々。やれ今侵略している場所の抵抗が激しいとか、あそこのヒーローは中々骨があって少しは楽しめたとか。最近馴染みの駄菓子屋が閉店するから閉店セールで店ごと買い取ってやったとか。そんな首領の話を聞かされるのが大半だ。……最後何やってんだ首領っ!?

 対して首領の方も俺の近況を知りたがった。だからこっちも当たり障りのない話をして、のんびりとした時間が過ぎていく。そんな中、

「所で雑用係よ。もうすぐ幹部昇進試験ではないか。誰かお前の目から見て気になる人材は居らぬのか? うん?」
「何で俺に聞くんですか? それこそ本部付きなら他にも幾らでも聞く相手が」
「ワタシは意見が聞きたいのだ。雑用係。お前の人脈と見識の広さはワタシも知っている。そこらの者などより余程聞くに値する。……それとも」

 そこで首領はケーキを切り分けていたフォークをいったん置き、ゆっくりと指を組んで妖し気に笑う。

人を見る目は節穴であったとでも?」
「……はぁ。あくまで一個人の見解としてならお話ししましょう」
「それで良い」

 そんな事を言われては仕方がない。俺はぽつりぽつりと所見を語り出した。




「……以上です」
「ふむ。この調子だと此度の昇進試験。あまり思わしくはないな」

 語り終えた時、首領はやや苦い顔をする。それもそうだろう。今俺が名を挙げたのは、いずれも本部付きではそれなりに有名な幹部候補生。しかしどれもこれも帯に短し襷に長し。心技体の内どれかが欠けていた。

 俺が思うに今回の昇進試験。その中で無事昇進できそうなのが精々一人か二人くらいだ。それもという但し書きが付く。下手をすれば該当者なしもあり得る。

「無論俺の知らない逸材が居る事はあり得ます。ですがざっと見た感じではそのように……いや」

 そこで一瞬、脳裏にあのクソガキの姿が浮かび上がる。しかしそんなのは気の迷いだと、俺は頭をぶんぶんと振る。

「何だ? 他にも気になる者が居るのか?」
「気になるというか……その」
「良いから話してみよ」

 そう首領にせっつかれて、俺は渋々あのクソガキについても語る。と言っても特に忖度などなく、俺が感じた事を素直に述べただけだ。なのに、

「成程。中々に期待できそうな者ではないか」
「いやどこがっ!? ……コホン。失礼」

 クスクスと笑う首領につい突っ込んでしまった。こんなの公の場でやったら即処罰モノだが、幸い今は公私の私だからセーフだ。

「あんなのただの小憎たらしくて大人を揶揄う癖のあるクソガキですよ。そりゃあ邪因子の量及び質は認めますがね。戦闘力も高い事は認めましょう。おそらく技術や特殊能力による搦め手ならまだしも、純粋な殴り合いで一対一ならネルに勝てる幹部候補生はほぼ居ません」
「ほう。お前にそこまで言わせるか」

 実際俺の見た所、ネルの邪因子の質と量はもう幹部級、それも幹部の中でも中堅ぐらいに片足を突っ込みつつある。しかしそれ以外はどこまで行ってもただのクソガキ。

「初日の筆記は……まあちゃんと勉強していれば何とかなるでしょう。体力テストに関しては言うまでもなし。しかし二日目のアレは……突破は難しいでしょうね」

 今のままじゃ、幹部として一番大切なものがネルには決定的に欠けている。まず二日目で落ちるだろう。だが、

「どうかな? 案外そこでは終わらぬかもしれぬぞ。ワタシの読みではある意味でその者には適性があると見た」
「本当ですか?」
「ああ。どこまでも高みを目指す向上心は、非常に高い承認欲求の裏返し。大人を揶揄うのも、自身を見てほしいという考えから。要するにのだ。」

 一つ一つ。解き解す様に俺から聞いた内容だけでネルの心情を読み取っていく首領。

「何かを求める者。その為に手を伸ばし続ける者。そういう者は伸びる……いや、。どこまでも、どこまでも。自らの求めるモノに手が届くまでな」

 そう言いながら、首領はほんの一瞬だけ遠い目をする。それはどこか自分に言い聞かせているようでもあった。

 かつて一度だけ聞かされた首領のリーチャーを創設した理由。それはどこまでも単純で、夢見がちで、それでいて現実的な理由。

 未だその理想には届かずとも、今も手を伸ばす事を止めようとしない。だからこそこの人は首領としてここに在る。

「ふっ。まあそういう者は伸びる途中で擦り切れて壊れるのが大半だが、その点はお前が気に掛けているのなら問題は無かろう。なぁ? 雑用係」
「俺は別に気に掛けているつもりはないんですけどね。向こうから勝手に寄ってくるから適当にあしらっているだけですよ」
「それにしては……。二番目の者の軽く倍。それだけ気に掛けているという事ではないのかぁ?」

 ああもうっ! これ以上人を揶揄うのは勘弁してくださいよ首領っ!?




「とにかくだ。此度の昇進試験。少しは良い人材が居るようで何よりだ。雑用係よ。……時間だ。そろそろお開きとしよう」
「はい。片づけはこちらでいつものように」

 その言葉を最後に、首領はグイっと残ったコーヒーを飲み干すと、玉座に掛けたままだった服を手に取ってジャージから着替える。……堂々と俺の目の前で着替えるのはもう突っ込まない。

 服の襟をきっちりと正し、一歩部屋の外に出た瞬間、


 キンっ!


 

 周囲の空気は一気に張り詰め、世界の中心が現在この人であるのだと錯覚を覚える。

 それまで私室では気楽に身体から流れ出していた邪因子、それこそ汗や呼気と同じように普通は制御できないレベルの物までピタッと止まり、薄皮一枚分の厚みに凝縮されてその玉体を覆う。

 ここに居るのは紛れもなく王であると、否応なく認めさせる圧倒的な威圧感。

 ユラリ。

 それを確認し、首領の前に影の様に揺らめいて現れるのは首領直属の護衛士達。もっとも護る必要などない程首領は強いので、専ら部屋の門番や露払いなんかが仕事だ。

 当然俺の事も知っているが、今は仕事中なので特に会話をすることは無い。

 護衛士一同が跪いているのを当然の事として受け入れ、首領はそのまま歩き出す。そして、

「後の事は任せる」
「行ってらっしゃいませ」

 振り返らずにそう一言だけ命じられたので、俺も一言だけ返答してゆっくり一礼した。




 さて。片づけが終わったら吸い取った邪因子をいつものようにミツバの所に持って行って処理してもらうとして、折角休みを貰って本部まで来たんだ。こっちの店を見て回るとしよう。

 ……まあ時間が余ったら、少しだけあのクソガキの顔でも見に行ってやるとするか。




 ◇◆◇◆◇◆

 という訳で雑用係と首領のお茶会でした。如何だったでしょうか?

 ちなみに毎月こんな感じの事をやっていますが、最初の頃は首領の側からも茶菓子を用意していました。ただ、大抵の場合ケンの用意した物の方が美味しいので最近では滅多に用意しなくなったとか。こんな設定もあったりします。



 こんな作品ではありますが、面白いと思っていただけたのならお気に入り、感想などを頂戴したく思います。次回への活力及びランキングに繋がりますので。
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