喫茶ノスタルジー

鏡華

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君が紡いだ唄・2

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病院に着いた救急車から、響介くんが運び出されていく。それについて行って、泣きながら、必死に響介くんの名前を呼ぶ。
どうしてこんなことになったのだろう。わけが分からず頭が混乱していた。

「花…陽……。」

響介くんが私の名前を呼んだ。

「響介くん!?気がついたのね!大丈━━」

そう声をかけようとしたところで、響介くんは手術室に入れられ、私はそこで足止めだった。

「手術って……響介くんの身に一体何が……。」

「もしかして…あなたが花陽さんですか?」

立ち尽くす私に1人の看護師さんが話しかけてきた。

「は、はい。そうですけど…あの、響介くんは…響介くんは大丈夫なんですか!?」

「そうですね、あなたは知っておくべきかもしれません。お話しましょう。」

看護師さんは話し始めた。

「響介さんは不治の病気なのです。世界でも前例の少ない、まだ治療法も確立していないとても珍しい病に侵されているのです。」

「不治の病……?」

「はい、現代の医療ではどうすることも出来ないのです…。唯一出来るのは痛みを和らげ、病の進行を少し抑えることです。それでも病は確実に彼の体を蝕んでいく。本当にあらゆる手を尽くしたのですが、彼の余命はあと1程しか残されていないのです。」

「1ヶ月ってそんな…響介くんがどうして…っ……。」

「原因は分からないのです。あらゆる手を尽くしても体はどんどん弱っていく。症状はの焼けるような痛み、体にも同様の痛み。あんなボロボロの体で外に出るなんて。」

「の、喉の痛み…?響介くんはギターを弾いて歌うのが大好きなんです!それなのに…なんで……。」

「今の響介さんは体を動かすのはもちろん、声を出すことすら苦しいのです。ギターを弾きながら歌うなんてとても…。本当は半年前から入院させるべきだったのです、でも彼の意思で入院を伸ばして…その結果が先月診断された1です。今日の件で病がさらに進行していたら…。それでも私共も全力を尽くします、彼の命を伸ばす方法…いえ、救う方法を…!」

「余命……1ヶ月…。」

その話を聞いて、私はなんて勝手な人間だったのだろうと後悔した。
自分の勝手な気持ちで「飽きられた」とか一方的なことを考えて。
ずっと真っ直ぐに生きてきた彼を私は…。残り短い人生を私なんかと過ごしていて彼は幸せだったのだろうか……。

ぼーっとして色々なことを考えているうちに手術は終わった。
響介くんの家族も駆けつけていて、家族でもない私が居座るのも申し訳なかったので、私は響介くんのご家族に今日の話をして帰った。

ー翌日ー

私は大学に行くことも忘れ、響介くんが入院している病院へと向かった。

「4423号室、音無…ここだ。」

ドアの取手に手をかけ、止まる。
お見舞いに来たはいいが、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
余命1ヶ月、彼に残された時間は少ない。そんな大切な時間を私なんかが邪魔をして良いのだろうか…。
ドアの前でしばらく考えているとドアが開いた。

そこには昨日会った響介くんのお母さんが立っていた。

「あら!昨日はどうもありがとうね、あなたには迷惑かけちゃったわね~。今日はお見舞いに来てくれたの?」

「あっ、は、はいっ…でもお邪魔でしたね…!失礼しますっ。」

私は驚き、邪魔になると悪いので帰ることにしたのだが…

「邪魔なんてとんでもないわ、私も今日はもう用事で帰るところだから。響介に会ってあげて?あの子ああ見えて寂しがり屋だから。」

優しく笑いかけながらそう言ってくれた。私はお言葉に甘えて響介くんに会うことにした。

「それでしたら…お言葉に甘えて…。」

「もう!そんにかしこまらなくていいから、あなたは響介にとってなんだから!」

「と、特別っ!?」

その一言で顔が赤くなる。

「響介~、花陽さんが来てくれたわよ~!さ、花陽さん!入った入った!!」

「えっ、あっ、あの!!」

お母さんに背中を押され病室に入る。
「ごゆっくり~♪」の声とともにドアがしまりフェードアウトするお母さん。
"特別な人"…どういう意味なんだろう……。



病室の中、窓際に置かれたベットに響介くんは居た。
私の方を見て"にっ"と笑う彼の顔は昨日よりは顔色がよかった。というか寧ろ少し赤くなっていた。

「響介くん顔赤いよ!?大丈夫!?」

挨拶も忘れて聞く私に、響介くんはメモ帳のようなものに何か書き始めた。
そしてそのメモ帳を私の方に向けた。

『大丈夫、顔赤いとか気にしないで。あと母さんが変な事言ってごめん。』

メモ帳にはそう書いてあった。
続けてまた何か書き始める響介くん。

『ごめん、喋るなって医者に言われてて。文字談でよろしく!』

そうだ、響介くんは喋るだけでも喉に焼けるような痛みが走る病気なのだ。無理に話させてはいけない、という事でメモで会話するように言われたのだろう。

「な、なるほど…大丈夫なら良いんだけど…。あと…響介くん、文字談じゃなくて…じゃないかな?」

『あ、それだ!』という顔をして頷く響介くん。その様子がおかしくて不謹慎にも私はクスクスと笑ってしまった。
そんな私を見て響介くんはまた何か書き始めた。

『花陽、昨日はありがとう。助かったよ。』
『今まで連絡が出来なくて本当にごめん。俺がどういう感じか聞いた…?』

「お礼なんていいよ!私何も出来なかったし…。響介くんの話も聞いたよ…こんな状況なら私なんかに連絡とかそんな場合じゃないよ…。ごめんね…本当に…。」

申し訳なさそうに聞く響介くんに、私は更に申し訳なくなる。響介くんはずっと苦しんでいたのに私は…自分の気持ちばかり優先させていた。もっと響介くんの気持ちを考えればよかったと後悔した。

『花陽は何も悪くないよ。俺が俺のやりたいことをやってきたからこうなってるんだし、俺も後悔はないよ。』
『そうそう、体調があまり良くなくて、まだ花陽の歌が出来てないんだ。ごめん。もうちょいで出来るから待ってて!』

「待ってて」彼はそう言った。

「…うん、待つよ。だから焦らないでゆっくりで良いから…!」

『いやいや、人を待たせるのは好きじゃないから、早く仕上げないと!』

そう言って楽譜やら何やらを取り出し、彼は曲作りを始める。その横顔はとても綺麗で「今俺は生きているぞ」そう言っているようだった。こんなにも輝いた人を私は見たことがない。
それなのに…彼の命はあと1ヶ月で尽きてしまう。私みたいに何の目標もない人間がのうのうと生きているのに。どうして彼の命は1ヶ月しかないのだろう。

神様はどうしてこんな理不尽な世界にしたのだろう。そう思った。

曲作りに悩む彼がギターを取ろうとする。さすがに病院でギターを弾くのはまずいと思い止めに入る。

『なんでだよ~、ちょっとメロディー確かめるだけだからさ~』

むーっとした顔で私の方を見る。

「だーめ!ここは病院で他にも沢山人がいるんだからっ、それに響介くんも無理しないで安静にね!!」

「むむむむむ」というオーラが見えた気がした。彼はギターを諦め曲作りに戻った。
本当に音楽が好きなんだなぁと、曲作りに励む彼を眺める。


それから私は毎日響介くんの所に通った。曲作りをする彼の横で果物を切ったり、音楽の話題で盛り上がったり、彼の体調が良い時は車椅子で少しだけ外に散歩に出たり。私はできる限り響介くんと一緒に過ごした。少しでも響介くんの傍に居たかったからだ。
音楽の話や他愛もない話を彼とする時間は私にとって本当に幸せな時間だった。

それでもカレンダーを見ると嫌でも彼のが残り僅かという現実を突きつけられて、胸が締め付けられる。

やがて響介くんの症状は悪化し、ついに寝たきりになってしまった。
口には酸素を送るための機械が取り付けられ、苦しそうな表情の響介くん。本当にもうあとなのだろう。

なんて声を掛けていいのか分からない。こんなにも苦しそうな響介くんに私は何もしてあげられない。無力な自分が嫌で仕方がなかった。

その時、響介くんが上体を起こし私の方を向いた。

「響介くん!?ダメだよ起きちゃ!安静にしてないと…!!」

そう言って寝かせようとするが、彼は弱々しくも優しく私に微笑みかけ、口元のを外した。

「花…陽……っ。」

私の名前を呼ぶ響介くん。

「き、響介くん!早く機械戻して!!無理はダメだよ!!」

止めようとするが、彼は首をゆっくり振る。

「花陽……あ…りが……と…う…。」

とても苦しそうに、たどたどしく彼は言う。

「好き…だ、花陽……。あい…してる……っ。」

"にっ"と笑う響介くん。
驚きのあまり私は言葉を失った。
「好きだ、愛してる。」彼は私にそう言った。ずっと片思いだと思っていた。それなのに彼は私のことを「好きだ」とそう言ってくれた。弱々しく、それでも確かにハッキリと。私にしてくれた。
を言わなきゃ、そう思い言葉を紡ごうとする。

その時だった。

「ゴホッ!!…ゲホッ…!!」

響介くんが咳き込み始めた、口元を抑えるが手の隙間から血が零れる。

「響介くん!響介くん!!しっかりして!!」

私は声を荒らげて響介くんの名前を呼ぶ。その騒ぎを聞きつけて看護師さんが病室に入ってきた。
苦しそうにもがく響介くん、慌てる看護師さん。コールで駆けつける担当医。響介くんのご両親に電話をかける看護師さん。呆然とする私。



私は目の前が真っ暗になった。
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