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猪鹿村日記 その3

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 移住説明会は博多駅の近くにある貸し会議室のような場所で行われた。思ったよりも人は多かった。

 猪鹿村の主な産業は農業で、小さいが酪農もあり牧場もあるらしい。しかし、就農者を募集しているわけではなかった。
 もしも就農希望者がいたら紹介はします、程度だ。猪鹿村の村長は元はIT企業の社長だったらしく(過去形なのは、村長はその自治体と取引がある会社の役員をすることはできないからだと後で知った。この社長は村長になった時点で、会社を辞職していた)
 本社を村に移すことを計画していて、現在社屋が建築中らしい。いずれは、その社員も村に移住してくる事になるそうだ。

 このIT企業というのが、クラウドワークスやランサーズのようなクラウドソーイングの元締めも行っているらしく、現在クラウドワーカーとして生活をしている移住希望者の条件には、その会社への登録もあった。
 村長でもあり、社長である山鹿行成は50代、およそIT企業の社長のイメージではない。

 彼は説明会でこう言った。

「通信革命は世界の様相を変えました。そして、これからも変えて行きます。私はこの猪鹿村を日本発のハイテク村にしたい。その為に、皆さんの力を必要としているのです!」

 村長は松岡修造ばりの熱い男だった。高校の体育祭とかで、応援団長とか率先してやるタイプだ。

「私が移住して頂く皆さまに要求するのはただ一つ、夢を持ち、共に成長することです! 物が溢れた現代社会において、消費は物から物語へと移行しております。クラウドワーカーの仕事の多くは、イラスト、執筆、システムエンジニアとクリエイティブな仕事ばかりです。皆さんも村と共に成長し、才能を磨き、新たなコンテンツを産み出しましょう。そうすれば皆さま自身も、企業も、村も、全てが幸せになるのです!」

 村長のやりたい事というか、目指す方向は何となく理解できた。クラウドワーカーは、仕事の報酬の何割かをクラウドソーイングの会社に支払う仕組みになっている。クラウドワーカーの扱う案件や売り上げが増えるほど、会社は儲かる仕組みだ。

 今の世の中、一番楽に儲かると言われるのは、コンテンツビジネスだ。あるコンテンツが人気になれば、それに付随したキャラクター商品が生み出され、その権利を持っているものが勝ち組となる。ミッキーマウスやキティちゃん、リラックマなどが良い例だ。

 最近ではマンガだ。人気になれば、アニメ化、実写化、ゲーム、パチンコと様々にメディア展開され、その著作権を持っている人には多額の著作権料が入る。

 この村長は優秀なクラウドワーカーを囲い込むことによって、先々コンテンツビジネスを展開しようとしているのではないか、その先行投資的な意味合いを持っているのかもしれない。実際、執筆、イラスト、システムエンジニアなどが揃っていれば、後はディレクションする人間さえいれば、スマホのアプリゲームくらい作れるのだから。

 しかし、この村長の目論見には欠点があると思った。本当に売れるコンテンツを創れる才能のある人間なんて一握りしかいない。もしくは、運の良い人だ。創造する才能を探し出すのは難しい。だいたい、二流の人間をどれだけ集めても、できるのものは二流なのだ。

 説明会の後、移住を希望する人間は職歴や技能、移住目的などを書かされた。先々は希望者全員を移住させたいとの事だが、住居の数などもあり試験的に第一次移住者を選抜するということだった。

 何となく説明会に来た自分と違って、周囲の人達は目を輝かせて村長の話を聞いていたし、その雰囲気に呑まれたのか、隣に座っているおばさんは、村長と共に拳を振り上げていた。彼らは、自分の夢を疑っていないのだろう。その雰囲気に馴染めず、少し居心地の悪さを感じ始めていると、隣のおばさんが話かけてきた。

「私、桐谷って言うの。あなた、名前は?」
「えっ、キリカです、山鹿キリカ」
「山鹿って、村長さんの親戚か何か?」
「たまたまです。わりと、よくある苗字だし。全く関係ありません」
「そう。キリカさん。移住者同士、仲良くしましょうね」

 そう言って、握手を求められた。驚いた事に、この人は自分が選ばれるであろうことを、毛の先ほども疑っていないのだ。

「でも。全員が移住できるわけでも、ないみたいですよ」
「大丈夫よ。私達は選ばれるわ」
「何の根拠で?」
「勘よ!」

 自信満々の笑みでそう言われて、無理に浮かべていた笑顔がひきつった。それと同時に、ここまで言い切れる自信を持つ彼女の事が、少しだけ羨ましくもあった。

 10日ほど経ち、説明会に行ったことさえ忘れかけていた頃、薄緑の封書が家に届いた。開いてみると、猪鹿村第一次移住者へ決まりましたと書かれてあり、移住期間や指定の引っ越し業者などが記されてあった。

「とりあえず、住んでみるか」

 こうして私は、猪鹿村へと移住することを決めた。

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