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11.ひとりきり
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「うち、かあちゃんのエロ拒絶がかな~りキてんだわ」
田中は地面に落とした靴を足先で上向けて適当に穴に足を突っ込み、爪先をトントンして無理矢理履いた。
「元々過干渉っつーか、俺がいねぇ間に俺の部屋中ひっくり返ぇして隠し事ねぇかチェックしてんのは、まぁ知ってた。
わざわざ平日に有給とって仕事休んでまでごそごそと…。
それが、小3になる頃からだったかなぁ。
エロ系については口頭での仄めかしが他とは別格のキツさになってきて」
ゆっくり校門に向かって歩きながら黙って耳を傾ける。
田中はお母さんの口調と身振りーー両手をグーにして腕を折り曲げて脇を締め、ブリブリした感じーーを真似た。
「『そういうのって不潔』
『有り得ない』
『しょうは私の王子様だもん』
『そんなこと思い浮かべて喜ぶような異常な子じゃないわ』
『やさしくて、かっこよくて…いやらしいことなんて一個も考えないのよね』」
口調はここでスッと江戸っ子に戻った。
「これな。
そのくせいっつも目ぇだけは超真剣っつうな。
バレたらメンタルトレーナーとかいう肩書だけついたちょっと胡散臭いの呼んだ上でそいつと一緒に軽く1週間位監禁されかねん」
「それ、お父さんは?」
同じ男として協力者に成り得ないだろうか。
俺の疑問に田中は鼻で笑ってかぶりを振った。
「何の手助けにもならねー。完全に言いなり。
かあちゃんにぞっこんだし、稼ぎも圧倒的にかあちゃんのほうが上だから頭上がんねぇの」
右手の人差し指と親指で丸くお金の形を作って振りながら目を上に泳がせてふらふらさせると、溜息をついた。
まあ納得。確かに美人だったもんな。
体育祭の視線の集まり方、異常だった。
綺麗で高給取り。そこだけ切り取ると自慢のお母さんなんだけど。
田中にとってみたら、今は只々面倒臭い人である模様。
しかし知らなかった。
田中って喋ると決めたら喋るタイプなんだな。
だいぶ言いにくそうな家の内情をサクッと詳らかにする姿はやっぱ男前。
なんか力になれないもんだろうか。
「スマホは?」
使ってない理由があるんだろうと薄々感じながら一応聞いてみると、田中は悲しげに俯いた。
さっきまで日光を浴びて天使の輪を作っていた黒髪は、校舎の影で今やどす黒く田中の頭全体にのしかかっていた。
おもむろに鞄から取り出したそのスマホ。
ちみちみと画面をフリックしたかと思うと、それを俺にひょいと見せてよこした。
「これ、かあちゃん」
ドレスアップしてるのもあるけど、写真で見るとまた一際綺麗な。
そしてその隣。
どこかで見た顔の外国人。
家か? なんにせよちょっと金持ちって感じだな。
壁とかテーブルとか後ろのインテリアとか、いちいち高そう。
で、誰だっけこの隣のなんだっけ…有名な人。テレビの、ニュースで見たような…。
あ! レモン社の創業者じゃん!
Tシャツ姿でプレゼンする映像ーーノートPCの新発売とかだったと思うけどーーがぱっと浮かんだ。
「かあちゃん、スマホとかパソコンとかのセキュリティ関連の仕事してんだ。
自慢になっちまうけど、これ、ネットに載ってっから」
知らなかった…。
意外と有名人って身近にいるもんだ。
単に俺や親父が噂に疎いだけかも…いや、そんなことないない。
パーティなんてものが身近で開催されるような生活してるやつ、そんないねえよ。うん。
「このスマホ、かあちゃん作のオリジナルアプリ突っ込んであって。
表向きは子供のセキュリティのためっつーけど、実態は監視用。
常時かあちゃんのスマホとパソコンに中のデータどころか、閲覧情報やら起動したアプリやら何でもかんでも流れるようになってる。
しかも、元のOSからいじって細工してあって、このアプリ消せねーの。
かあちゃんは盗聴機能は付いてねぇって言ってっけど、どうだか…。
だから、普段は基本、ハンカチに包んで鞄の奥に突っ込んで、そっから出してねぇから」
盗聴? 改造? おいおいそれって、
「犯罪じゃね?」
「そ」
田中は深々と頷く。同時に両目も一瞬瞑った。
「でもそこ突いても無駄。
かあちゃん、警察に捜査協力もしてんだ。
恐ろしいことに警察側がかあちゃんに頭下げてるっちゅう状態なの。
この前も警視庁の偉いさんがうちに挨拶しに来てたし。
『今後共よろしくお願いします』ってよ。
この前は署長だったな。警視庁どころか警察庁から来たこともあんだ」
「警察庁?」
なにその類似品。
「全国の警察署や警視庁の、更に上位部署。
兎に角そんな調子だから、扶養されてる未成年の実の息子がちょっと人権どうのこうのってネットで騒いだくらいだと無駄。
警察的にはかあちゃんの捜査の腕&それで救われる人間VS俺の人権だったら…」
まあ、そうだわな。
無言で俺が目線を落とすと、それを見た田中の目が潤んだ。
唇を噛みしめ、鼻をすすって、それでも続けた。
「うちに来た偉いさんに、『かあちゃんが俺のこと監視してる』っつー話、昔したんだけどよ。
したら、『お母さんは君のこと心配してるんだよ』とかってお茶濁して、そんで…おわりだ。
それ以来話しかけっと『おうちの中の話だからなぁ…お母さんと一度話をしてみたらどうだ。それが一番だよ、うん』ってそそくさ逃げ帰りやがるんだぜ、あの腰抜けじじい共」
多少落ち着いたようだ。息を吸い、勢いをつけて締めくくった。
「つーわけで、なんかあったって、かあちゃんが『息子の身が心配で』『息子が騒いじゃって』って声掛けりゃ警察の上のほうからメディアごと揉み消されて終いよ。
実際仕事が犯罪捜査に絡んでっから、身内が危ないっちゅう理屈も通るしな」
そう吐き捨てた田中は、SOSを拒絶された過去も、その時の想いの強さも吐き捨てるようだった。
「だったら何で公立中学なの?」
私立の方が犯罪捜査からの身辺警護だったらやりやすいような。
親の監視もずっと効きそうなのに。
「俺ぁかあちゃんと違ってあったま悪りぃの。
頭良い系のとこ通っても俺が辛いだろうって配慮」
肝心なとこだけ親父に似ちまった、とボヤいた田中に俄然親近感が沸く。
しかしまさか国家権力が絡むとは。
中学生の女体への好奇心から思いもよらないスケールのデカさに脳味噌の一部がぶっ飛びそうだ。
振りおとされずに付いてこれたのは、田中が何考えてんだろうという。
いや、むしろ。
田中の気持ちを、少しでも理解できたら、か。
そんな一心で歩きながら校門を出て少し。
田中は俺の横で決意を滲ませていた。
「でも、俺ぁもう中学生。 ちんこに毛ぇ生える年だっつーの!」
右手で髪を掻きあげる。
あの日見た中小企業の社長風の、力強い意思を秘めたその表情。
いつもクラスの端にちょこんと座るあの田中からは想像もつかない、なんとしてもやり遂げようという気骨ある姿。
スマートさはない。
でも、田中という人間は、これなんだと思わせるようなものがあった。
そのまま何時もとは反対、裏門の方に回っていく。
いつもの俺の帰り道と違う。
どこにいくのかよくわかってない。
けど別に構わなかった。
今はその田中の話をちゃんと聞き遂げるほうがずっと大事だから。
こいつが、やっぱスゲぇ奴だから。
「それであの下駄箱の仕掛けなんだな」
「あれも見つけてんのかよ…」
にやっと八重歯を見せて笑った田中。
すぐ真顔に戻り、再び目を落す。
「これを…この本を下駄箱に、バレないように隠して、信頼出来る人に帰りに預かってもらって…。
万一にでもかあちゃんが学校に来たらばれるかもしれない。
そしたら、俺はもう…。
だから、どんだけクラスでディスられようがずっと黙ってた」
田中…。
鞄から半分取り出した雑誌は、18禁じゃなくて、ただのグラビアだった。
表紙にはこう書かれている。
『平成最後の夏を、もっと、ずっと、アツ~く…v』
キャッチコピーと共に上目使いする彼女の頬にもう一方の手でそっと触れる様子。
その表紙のお姉さんの水着よりお前のエロへの情熱のほうがずっと熱いだろ、『教祖』。
「さっき相羽に見つかったときは完全に終わったと思ったけど」
「相羽くん、家こっちじゃないわよね」
表紙に落としていた視線を速攻で前…いや、前方斜め下に向ける。
そこにあった顔、国語担当教員チビメが声の主だった。
田中は地面に落とした靴を足先で上向けて適当に穴に足を突っ込み、爪先をトントンして無理矢理履いた。
「元々過干渉っつーか、俺がいねぇ間に俺の部屋中ひっくり返ぇして隠し事ねぇかチェックしてんのは、まぁ知ってた。
わざわざ平日に有給とって仕事休んでまでごそごそと…。
それが、小3になる頃からだったかなぁ。
エロ系については口頭での仄めかしが他とは別格のキツさになってきて」
ゆっくり校門に向かって歩きながら黙って耳を傾ける。
田中はお母さんの口調と身振りーー両手をグーにして腕を折り曲げて脇を締め、ブリブリした感じーーを真似た。
「『そういうのって不潔』
『有り得ない』
『しょうは私の王子様だもん』
『そんなこと思い浮かべて喜ぶような異常な子じゃないわ』
『やさしくて、かっこよくて…いやらしいことなんて一個も考えないのよね』」
口調はここでスッと江戸っ子に戻った。
「これな。
そのくせいっつも目ぇだけは超真剣っつうな。
バレたらメンタルトレーナーとかいう肩書だけついたちょっと胡散臭いの呼んだ上でそいつと一緒に軽く1週間位監禁されかねん」
「それ、お父さんは?」
同じ男として協力者に成り得ないだろうか。
俺の疑問に田中は鼻で笑ってかぶりを振った。
「何の手助けにもならねー。完全に言いなり。
かあちゃんにぞっこんだし、稼ぎも圧倒的にかあちゃんのほうが上だから頭上がんねぇの」
右手の人差し指と親指で丸くお金の形を作って振りながら目を上に泳がせてふらふらさせると、溜息をついた。
まあ納得。確かに美人だったもんな。
体育祭の視線の集まり方、異常だった。
綺麗で高給取り。そこだけ切り取ると自慢のお母さんなんだけど。
田中にとってみたら、今は只々面倒臭い人である模様。
しかし知らなかった。
田中って喋ると決めたら喋るタイプなんだな。
だいぶ言いにくそうな家の内情をサクッと詳らかにする姿はやっぱ男前。
なんか力になれないもんだろうか。
「スマホは?」
使ってない理由があるんだろうと薄々感じながら一応聞いてみると、田中は悲しげに俯いた。
さっきまで日光を浴びて天使の輪を作っていた黒髪は、校舎の影で今やどす黒く田中の頭全体にのしかかっていた。
おもむろに鞄から取り出したそのスマホ。
ちみちみと画面をフリックしたかと思うと、それを俺にひょいと見せてよこした。
「これ、かあちゃん」
ドレスアップしてるのもあるけど、写真で見るとまた一際綺麗な。
そしてその隣。
どこかで見た顔の外国人。
家か? なんにせよちょっと金持ちって感じだな。
壁とかテーブルとか後ろのインテリアとか、いちいち高そう。
で、誰だっけこの隣のなんだっけ…有名な人。テレビの、ニュースで見たような…。
あ! レモン社の創業者じゃん!
Tシャツ姿でプレゼンする映像ーーノートPCの新発売とかだったと思うけどーーがぱっと浮かんだ。
「かあちゃん、スマホとかパソコンとかのセキュリティ関連の仕事してんだ。
自慢になっちまうけど、これ、ネットに載ってっから」
知らなかった…。
意外と有名人って身近にいるもんだ。
単に俺や親父が噂に疎いだけかも…いや、そんなことないない。
パーティなんてものが身近で開催されるような生活してるやつ、そんないねえよ。うん。
「このスマホ、かあちゃん作のオリジナルアプリ突っ込んであって。
表向きは子供のセキュリティのためっつーけど、実態は監視用。
常時かあちゃんのスマホとパソコンに中のデータどころか、閲覧情報やら起動したアプリやら何でもかんでも流れるようになってる。
しかも、元のOSからいじって細工してあって、このアプリ消せねーの。
かあちゃんは盗聴機能は付いてねぇって言ってっけど、どうだか…。
だから、普段は基本、ハンカチに包んで鞄の奥に突っ込んで、そっから出してねぇから」
盗聴? 改造? おいおいそれって、
「犯罪じゃね?」
「そ」
田中は深々と頷く。同時に両目も一瞬瞑った。
「でもそこ突いても無駄。
かあちゃん、警察に捜査協力もしてんだ。
恐ろしいことに警察側がかあちゃんに頭下げてるっちゅう状態なの。
この前も警視庁の偉いさんがうちに挨拶しに来てたし。
『今後共よろしくお願いします』ってよ。
この前は署長だったな。警視庁どころか警察庁から来たこともあんだ」
「警察庁?」
なにその類似品。
「全国の警察署や警視庁の、更に上位部署。
兎に角そんな調子だから、扶養されてる未成年の実の息子がちょっと人権どうのこうのってネットで騒いだくらいだと無駄。
警察的にはかあちゃんの捜査の腕&それで救われる人間VS俺の人権だったら…」
まあ、そうだわな。
無言で俺が目線を落とすと、それを見た田中の目が潤んだ。
唇を噛みしめ、鼻をすすって、それでも続けた。
「うちに来た偉いさんに、『かあちゃんが俺のこと監視してる』っつー話、昔したんだけどよ。
したら、『お母さんは君のこと心配してるんだよ』とかってお茶濁して、そんで…おわりだ。
それ以来話しかけっと『おうちの中の話だからなぁ…お母さんと一度話をしてみたらどうだ。それが一番だよ、うん』ってそそくさ逃げ帰りやがるんだぜ、あの腰抜けじじい共」
多少落ち着いたようだ。息を吸い、勢いをつけて締めくくった。
「つーわけで、なんかあったって、かあちゃんが『息子の身が心配で』『息子が騒いじゃって』って声掛けりゃ警察の上のほうからメディアごと揉み消されて終いよ。
実際仕事が犯罪捜査に絡んでっから、身内が危ないっちゅう理屈も通るしな」
そう吐き捨てた田中は、SOSを拒絶された過去も、その時の想いの強さも吐き捨てるようだった。
「だったら何で公立中学なの?」
私立の方が犯罪捜査からの身辺警護だったらやりやすいような。
親の監視もずっと効きそうなのに。
「俺ぁかあちゃんと違ってあったま悪りぃの。
頭良い系のとこ通っても俺が辛いだろうって配慮」
肝心なとこだけ親父に似ちまった、とボヤいた田中に俄然親近感が沸く。
しかしまさか国家権力が絡むとは。
中学生の女体への好奇心から思いもよらないスケールのデカさに脳味噌の一部がぶっ飛びそうだ。
振りおとされずに付いてこれたのは、田中が何考えてんだろうという。
いや、むしろ。
田中の気持ちを、少しでも理解できたら、か。
そんな一心で歩きながら校門を出て少し。
田中は俺の横で決意を滲ませていた。
「でも、俺ぁもう中学生。 ちんこに毛ぇ生える年だっつーの!」
右手で髪を掻きあげる。
あの日見た中小企業の社長風の、力強い意思を秘めたその表情。
いつもクラスの端にちょこんと座るあの田中からは想像もつかない、なんとしてもやり遂げようという気骨ある姿。
スマートさはない。
でも、田中という人間は、これなんだと思わせるようなものがあった。
そのまま何時もとは反対、裏門の方に回っていく。
いつもの俺の帰り道と違う。
どこにいくのかよくわかってない。
けど別に構わなかった。
今はその田中の話をちゃんと聞き遂げるほうがずっと大事だから。
こいつが、やっぱスゲぇ奴だから。
「それであの下駄箱の仕掛けなんだな」
「あれも見つけてんのかよ…」
にやっと八重歯を見せて笑った田中。
すぐ真顔に戻り、再び目を落す。
「これを…この本を下駄箱に、バレないように隠して、信頼出来る人に帰りに預かってもらって…。
万一にでもかあちゃんが学校に来たらばれるかもしれない。
そしたら、俺はもう…。
だから、どんだけクラスでディスられようがずっと黙ってた」
田中…。
鞄から半分取り出した雑誌は、18禁じゃなくて、ただのグラビアだった。
表紙にはこう書かれている。
『平成最後の夏を、もっと、ずっと、アツ~く…v』
キャッチコピーと共に上目使いする彼女の頬にもう一方の手でそっと触れる様子。
その表紙のお姉さんの水着よりお前のエロへの情熱のほうがずっと熱いだろ、『教祖』。
「さっき相羽に見つかったときは完全に終わったと思ったけど」
「相羽くん、家こっちじゃないわよね」
表紙に落としていた視線を速攻で前…いや、前方斜め下に向ける。
そこにあった顔、国語担当教員チビメが声の主だった。
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