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9.閑話休題
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「宏海の家は…んぐ…いっつもキレーにしてるよね」
晩御飯の唐揚げをほおばりながら母さんがもごもごしゃべると、食うか喋るかどっちかにしろよと親父がツっこんだ。
ちゃんと噛んでるだけすごいじゃないか。俺んちで咀嚼するって行為をまともにする人、死んだじいちゃん含めてもいないだろ。
あと母さん、もっとちゃんと部屋の綺麗さ褒めたげて。
母さんが家に来る度に俺、学習机の上の宝物捨てられないようにキープするので忙しくなってんだよ。
そのくらい気合いれてキレーにしてんだからさ。
汗をかきかき唐揚げを飲み込みきった丸っこい満足顔。垂れた糸のような目がやや上向くと。
「真宏」
ん?
「腕上げたわね~」
だろ?
母さんから、んふ~っと笑みが溢れた。
唐揚げの手は止まらない。
それを見て思わずにやける。
オレ的に大満足! もう秋休みはダイジョーブ!
そんな俺を見て、いつものように黙々と口元に箸先を運んでた手をピタリと止めた親父。
「気持ち悪りぃぞ」
けっ。鼻高くして何が悪りぃんだよ。
毎日毎日機械的に飲み込んどいて、一っっっ回も、そういうこと言ったことねぇよな親父は。
母さんは唐揚げ・キャベツ・味噌汁・ポテサラの合間合間、俺と親父になんだかんだと話しかけてくる。
一つ答えると三倍になって返ってくる母さんのマシンガン。
食べるタイミングを図ってたらなかなかおかずもご飯も口に運べない。
だから俺と親父の皿は半分近く残っているのに、母さんはさくっと食べ終わってしまった。
これ、『会話が成立してる』って言うんだろうか。
親父は普段とかわらない能面みたいな顔で飯食ってるし、母さんはすげえ楽しそうだから、少なくともこの2人の間では、成立してることになってるんだろう。
四月一日んちはもっと全員が双方向だったんだけどな。
前に遊びに行った時、たまたまあいつの家族皆がいたことがあった。
問い掛け→返事&次の問い掛け→返事&全然違う話→別の人の返事→同意→問い掛け→エンドレス…みたいな感じで、人影がその場から消えるまで会話が続いていく。
みんなあつまって食事とかっていうんじゃ全然なくて、各々なんかの準備とか、帰ってきたとことかで居合わせただけだったんだけど。
今のうちのコレとは絶対的に違ってた。ナチュラルっていうか、なんていうか、何気無い感じで…。
いや、そもそも『家族の何気ない会話』ってなんだろう??
沈黙のち一言を繰り返すか、母さんからの砲撃を受けてリターンするを繰り返すかという世界の住人としてカルチャーショックを受けたのは記憶に新しい。
ただ、あれをやれって言われても母さんはともかく俺と親父がやれないのはよくわかっていた。
「ごちそうさま」
「こちらこそごちそうさま。
あ、片づけくらいやるからいいよ。二人共ゆっくりしてなよ」
料理は下手だけどこの辺は普通にできる母さんが皿を流し台に片付け出す。
二人共って言われてもなぁ、と思うものの、部屋に引っ込むのもなんか違うなとテレビの前に座り、なんとなくつける。
親父もやってきて座った。
座る前は音と光がなんとなく埋めてくれるような気がしたけど。
いざ卓袱台の前にくるとそうでもなくて。
き、気まず…。
親父もなんか所在なさげ。
胡座をかいたまま膝をばたばたさせたり、前屈したりしてる。
台所の洗い物の音がかすかにテレビのスピーカーの音に混ざる。
普段有り得ない中学二年の息子との謎のひとときに耐えられなかったのだろう。
親父は口をもごもごさせた。
「連休の特番ってなんもねぇな」
連休に限った事じゃない。
普段からテレビなんてつけてるだけで、俺も親父も手元でなんかやっててあんま見てないから番組何やってるかなんてよく知らねぇってだけじゃんか。
「体育祭、どうだった」
どうしたんだ親父。
今日の今日までなんのアプローチもなかった学校行事の話が出るなんて。
でも振られても困る。それについては喋る事ねえから俺。
「いつもどおりだった」
「そ、そうか…」
んん、どうしたもんか。膨らませようがないぞ。
俺的にあの行事割とどうでも良かったし、家帰って来てからくさくさした話なんて出来ないし。
液晶画面ではお皿を洗っといたことによって妻と2年振りの会話を成立させたお父さん。
親父が絶対にしなさそうな豊かな表情で感動しながら洗剤の泡切れの良さをアピールしていた。
その親父は胡座をほどいて体操座りになって腕で膝を抱えたまま、膝に顎をのせてテレビを凝視する。
うわぁ、いよいよおかしいぞ。
おかしい? まてよ、ってことはだ。
むしろ今がチャンス!?
そんなんにでもならない限り首を縦に振りそうにない親父から、いろんなことに合意を取れるかも!
「今度の水曜日、友達んち泊まるから」
「わか…ちょっと待て。友達って誰だ」
流石にコレだけじゃ厳しいか。ならば次の一手。
「矢島」
「ヤジマくん…あ、ああ、ああ。分かった」
よっしゃ。予想通り外出予定とかの宿泊の内訳も聞かずに生返事だ。
矢島の顔を思い出しただけでなんか納得したんだな。
しめしめ。これで時間を伏せたままコウダとの約束の日の外出確約が取れたぞ。
あとはここで畳みかけるように例の件!
ただしあくまで何気無く、テレビのほうから視線は親父に向けないままで。
何気無く、何気無く…。
「親父」
吃驚したように俺の方に顔を向けるのがわずかに視野の片隅に入る。
黒くくりくりした目は、全身の挙動不審振りを反映して大きく開いていた。
「なんで母さんと結婚したの?」
開いていた目が更に開いて、体ともどもピタリと固まる。
これはきつかったか…?
テレビでは出っ歯で醤油顔のいわし師匠が東大生をいじって爆笑をさらっていた。
急かすように親父のほうを向くと
「なんで今そんなこと聞くんだ」
俺の舌と胃袋を普段味わえないグルメで癒すためさ!
とは言えないので。
「母さんにも同じ事聞いたから」
笑い声と食器の音のおかげか、母さんは全くこちらの会話に気付く様子はない。
体操座りを崩した親父は、俺の真横まで来て胡座をかきなおした。
「で、なんて?」
「親父が教えてくれたら言う」
聞いた親父はがっかりしたような顔になって舌打ちする。
「どうせあいつ教えなかったんだろ」
片膝を起こして立ち上がりかかる親父。
次の一言でまた座り直させられるか?
「母さんも親父から理由聞いてない。親父だけ先に聞くのはフェアじゃないだろ」
中腰で俯いて、台所の方を見て、テレビを見て、俯いて。
座り直した。
よぉし!
そして俺を正面に見据え、おもむろにぼそっと。
「本当に、聞いたのか?」
「うん」
はじかれたように親父が卓袱台に手を伸ばした。
そこに置かれたテレビのリモコンの音量ボタン。プラスのほうを軽く連打。
笑い声が耳障りなくらい大きくなる。
リモコンを触った事なんてないぞと言わんばかりにさっとそこから手を離すと、またあぐらをかいて顔を上げた。
すごい勢いで瞬きしながら、黒目は上下をビシバシ行き来している。
向こうのほうの、多分母さんの顔と、手前にある俺の顔を見比べている模様。
金槌のくせに目は軽く泳ぐどころかバタフライまでできちゃうんだな。
その黒目の行く先にある台所では、母さんがお皿を持って食器棚の上にそっとしまっていた。
もうすぐ片付け終わる。
親父もそれを確認し、遂に意を決したらしい。
「こっち」
俺の肩をがつっと掴んで、テレビの真正面まで引き寄せる。
よろめくように四つん這いで一、二歩親父とテレビに近付いて、その場で二人してあぐらをかいて縮ぢこまった。
母さんがこっち向いたら絶対内緒話だってばれるよ、親父。
でもいいか。内容バレたところで俺は痛くも痒くもないし。
親父はすーっはぁーっとわざとらしく深呼吸。
俺のほうも事実の受け入れ準備、OKだよ親父。
晩御飯の唐揚げをほおばりながら母さんがもごもごしゃべると、食うか喋るかどっちかにしろよと親父がツっこんだ。
ちゃんと噛んでるだけすごいじゃないか。俺んちで咀嚼するって行為をまともにする人、死んだじいちゃん含めてもいないだろ。
あと母さん、もっとちゃんと部屋の綺麗さ褒めたげて。
母さんが家に来る度に俺、学習机の上の宝物捨てられないようにキープするので忙しくなってんだよ。
そのくらい気合いれてキレーにしてんだからさ。
汗をかきかき唐揚げを飲み込みきった丸っこい満足顔。垂れた糸のような目がやや上向くと。
「真宏」
ん?
「腕上げたわね~」
だろ?
母さんから、んふ~っと笑みが溢れた。
唐揚げの手は止まらない。
それを見て思わずにやける。
オレ的に大満足! もう秋休みはダイジョーブ!
そんな俺を見て、いつものように黙々と口元に箸先を運んでた手をピタリと止めた親父。
「気持ち悪りぃぞ」
けっ。鼻高くして何が悪りぃんだよ。
毎日毎日機械的に飲み込んどいて、一っっっ回も、そういうこと言ったことねぇよな親父は。
母さんは唐揚げ・キャベツ・味噌汁・ポテサラの合間合間、俺と親父になんだかんだと話しかけてくる。
一つ答えると三倍になって返ってくる母さんのマシンガン。
食べるタイミングを図ってたらなかなかおかずもご飯も口に運べない。
だから俺と親父の皿は半分近く残っているのに、母さんはさくっと食べ終わってしまった。
これ、『会話が成立してる』って言うんだろうか。
親父は普段とかわらない能面みたいな顔で飯食ってるし、母さんはすげえ楽しそうだから、少なくともこの2人の間では、成立してることになってるんだろう。
四月一日んちはもっと全員が双方向だったんだけどな。
前に遊びに行った時、たまたまあいつの家族皆がいたことがあった。
問い掛け→返事&次の問い掛け→返事&全然違う話→別の人の返事→同意→問い掛け→エンドレス…みたいな感じで、人影がその場から消えるまで会話が続いていく。
みんなあつまって食事とかっていうんじゃ全然なくて、各々なんかの準備とか、帰ってきたとことかで居合わせただけだったんだけど。
今のうちのコレとは絶対的に違ってた。ナチュラルっていうか、なんていうか、何気無い感じで…。
いや、そもそも『家族の何気ない会話』ってなんだろう??
沈黙のち一言を繰り返すか、母さんからの砲撃を受けてリターンするを繰り返すかという世界の住人としてカルチャーショックを受けたのは記憶に新しい。
ただ、あれをやれって言われても母さんはともかく俺と親父がやれないのはよくわかっていた。
「ごちそうさま」
「こちらこそごちそうさま。
あ、片づけくらいやるからいいよ。二人共ゆっくりしてなよ」
料理は下手だけどこの辺は普通にできる母さんが皿を流し台に片付け出す。
二人共って言われてもなぁ、と思うものの、部屋に引っ込むのもなんか違うなとテレビの前に座り、なんとなくつける。
親父もやってきて座った。
座る前は音と光がなんとなく埋めてくれるような気がしたけど。
いざ卓袱台の前にくるとそうでもなくて。
き、気まず…。
親父もなんか所在なさげ。
胡座をかいたまま膝をばたばたさせたり、前屈したりしてる。
台所の洗い物の音がかすかにテレビのスピーカーの音に混ざる。
普段有り得ない中学二年の息子との謎のひとときに耐えられなかったのだろう。
親父は口をもごもごさせた。
「連休の特番ってなんもねぇな」
連休に限った事じゃない。
普段からテレビなんてつけてるだけで、俺も親父も手元でなんかやっててあんま見てないから番組何やってるかなんてよく知らねぇってだけじゃんか。
「体育祭、どうだった」
どうしたんだ親父。
今日の今日までなんのアプローチもなかった学校行事の話が出るなんて。
でも振られても困る。それについては喋る事ねえから俺。
「いつもどおりだった」
「そ、そうか…」
んん、どうしたもんか。膨らませようがないぞ。
俺的にあの行事割とどうでも良かったし、家帰って来てからくさくさした話なんて出来ないし。
液晶画面ではお皿を洗っといたことによって妻と2年振りの会話を成立させたお父さん。
親父が絶対にしなさそうな豊かな表情で感動しながら洗剤の泡切れの良さをアピールしていた。
その親父は胡座をほどいて体操座りになって腕で膝を抱えたまま、膝に顎をのせてテレビを凝視する。
うわぁ、いよいよおかしいぞ。
おかしい? まてよ、ってことはだ。
むしろ今がチャンス!?
そんなんにでもならない限り首を縦に振りそうにない親父から、いろんなことに合意を取れるかも!
「今度の水曜日、友達んち泊まるから」
「わか…ちょっと待て。友達って誰だ」
流石にコレだけじゃ厳しいか。ならば次の一手。
「矢島」
「ヤジマくん…あ、ああ、ああ。分かった」
よっしゃ。予想通り外出予定とかの宿泊の内訳も聞かずに生返事だ。
矢島の顔を思い出しただけでなんか納得したんだな。
しめしめ。これで時間を伏せたままコウダとの約束の日の外出確約が取れたぞ。
あとはここで畳みかけるように例の件!
ただしあくまで何気無く、テレビのほうから視線は親父に向けないままで。
何気無く、何気無く…。
「親父」
吃驚したように俺の方に顔を向けるのがわずかに視野の片隅に入る。
黒くくりくりした目は、全身の挙動不審振りを反映して大きく開いていた。
「なんで母さんと結婚したの?」
開いていた目が更に開いて、体ともどもピタリと固まる。
これはきつかったか…?
テレビでは出っ歯で醤油顔のいわし師匠が東大生をいじって爆笑をさらっていた。
急かすように親父のほうを向くと
「なんで今そんなこと聞くんだ」
俺の舌と胃袋を普段味わえないグルメで癒すためさ!
とは言えないので。
「母さんにも同じ事聞いたから」
笑い声と食器の音のおかげか、母さんは全くこちらの会話に気付く様子はない。
体操座りを崩した親父は、俺の真横まで来て胡座をかきなおした。
「で、なんて?」
「親父が教えてくれたら言う」
聞いた親父はがっかりしたような顔になって舌打ちする。
「どうせあいつ教えなかったんだろ」
片膝を起こして立ち上がりかかる親父。
次の一言でまた座り直させられるか?
「母さんも親父から理由聞いてない。親父だけ先に聞くのはフェアじゃないだろ」
中腰で俯いて、台所の方を見て、テレビを見て、俯いて。
座り直した。
よぉし!
そして俺を正面に見据え、おもむろにぼそっと。
「本当に、聞いたのか?」
「うん」
はじかれたように親父が卓袱台に手を伸ばした。
そこに置かれたテレビのリモコンの音量ボタン。プラスのほうを軽く連打。
笑い声が耳障りなくらい大きくなる。
リモコンを触った事なんてないぞと言わんばかりにさっとそこから手を離すと、またあぐらをかいて顔を上げた。
すごい勢いで瞬きしながら、黒目は上下をビシバシ行き来している。
向こうのほうの、多分母さんの顔と、手前にある俺の顔を見比べている模様。
金槌のくせに目は軽く泳ぐどころかバタフライまでできちゃうんだな。
その黒目の行く先にある台所では、母さんがお皿を持って食器棚の上にそっとしまっていた。
もうすぐ片付け終わる。
親父もそれを確認し、遂に意を決したらしい。
「こっち」
俺の肩をがつっと掴んで、テレビの真正面まで引き寄せる。
よろめくように四つん這いで一、二歩親父とテレビに近付いて、その場で二人してあぐらをかいて縮ぢこまった。
母さんがこっち向いたら絶対内緒話だってばれるよ、親父。
でもいいか。内容バレたところで俺は痛くも痒くもないし。
親父はすーっはぁーっとわざとらしく深呼吸。
俺のほうも事実の受け入れ準備、OKだよ親父。
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