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エナドリ

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とりあえず、俺は今、ベッドの上で手足を拘束された上でキス待ち顔をしている。これ以上できることがないから、心の中で梅香を応援しようと思う。
 がんばれ梅香。
 
 それから何分経っただろうか、進展と言えば『顔が面白すぎる』という理由で目隠しも追加されただけで、どうにもこうにもそこから全く進まない。
「梅香ぁ?どうするの」
 待つのも飽きた。どうやら俺には、こういうプレイは向いていないらしい。
「……はぁ」
 返事の代わりに、深いため息が聞こえた。さっきからずっとこれだ。
「やっぱ無理。杏ちゃん可愛くない。らいちじゃないなら百歩譲ってもかわいい女の子がいい」
 梅香は手足を縛っていた紐を解き始めた。
「いやぁ残念ですぅー」
 とは言ってみたものの、俺も俺で謎プレイに飽きてしまっていたので、解放されて安心したのが本音だった。
 梅香はベッドの上で膝を抱え、小さくまとまった姿勢でつぶやく。
「なんか解っちゃった」
「なにが?」
「らいちは杏ちゃんじゃなきゃダメだったんだなって」
 膝を抱える腕に力が入り、もっと小さくなった。
「で、梅香は俺じゃダメだったと」
 梅香が曇った顔で頷いた。
「うん。らいちがね、梅香は絶対に杏ちゃんを好きだから、恋愛対象として向き合ってよって……向き合って、それで杏ちゃんに最終的にどっちか選んでもらおうって言っててさ」
「俺、そんなにモテてんの? 今」
「いや、私は違うのが解った。さっきさ、キスどころか、ぶん殴らないように堪えるのが大変だったくらい」
「マジか」
 梅香は少しリラックスしたのか脚を伸ばし、笑顔でこちらを覗き込んだ。
「期待してた?」
「そりゃあねぇ、でも俺はSMに向いてないのが解った」
「マゾっぽい顔してるのにね」とニヤニヤした後、神妙な表情を作る。
「試すようなことに付き合わせて、ごめんなさい」
「いいよ。梅香が望むならそれくらい」
 梅香の瞳が潤んでいる。今さっき拒まれたばかりだけれど、何かしたくて両手を差し出した。
「何よ?」
 彼女の訝しげな視線ももう慣れた。訝しかろうがなんだろうが、梅香のために何かがしたい。
「友達のハグ。なんか人と触れ合うとリラックスするって……」
 らいちが言っていた。台詞の後半は端折った。
「……ありがと」
 すでにぐしゃぐしゃの泣き顔をしていた梅香が腕の中に飛び込んできた。条件反射で彼女の背中に腕を回す。抱きしめて初めて、思っていたより小さな体だったことに気がついて、ずっと好きだった女の子は、どうしても手に入らない事を実感した。
「なんか、俺も泣いちゃお」
「いいよ。一緒に泣こう」
 抱き合って一緒に泣きながら、それぞれの気持ちを弔った。

 ひとしきり泣いて、落ち着いてから、ラブホを後にした。彼女を家まで送るが、すぐそこなのに、離れ難くてコンビニに車を停める。
「コーヒーでもどう?」
 梅香も同じ気持ちだったのか、彼女から声をかけた。
「俺もそれ言おうとしてた。懐かしいよねここ」
 高校時代にここでコーヒーを買って、何度も作戦会議をした。
「でも、コーヒー飲んだらきっとまた泣いちゃうからエナドリにしとくわ俺」
「寂しいなぁ。ま、いいか」
 そして、車内でまた取り止めもなく話をする。
「そういえば杏ちゃんて橘平と連絡取れる?」
 懐かしい名前が出た。
「えーと、番号変わってなければ」
「そっか、じゃあ教えるから杏ちゃんから連絡してくれる?」
「なぜ?」
 懐かしいし嫌いじゃないけど、橘平に用事はない。
「会いたがってたよー」
 梅香はお茶請けに買ってきた、柿ピーの柿の種が大量に残った袋を差し出してジェスチャーで勧める。俺もそれを摘んで口に放りつつ、急に出てきた古い知り合いの名前に警戒した。
「なんで? 急に怖いんだけど。英語教材も壺も買わないよ?」
「違う違う。小さいお店で、ささやかな結婚式がしたいんだって」
「は?」
「だから話聞いてあげて」
「はぁ……」
 橘平に何があったのか、気になってきた。ちょっと乗り気になって携帯番号を登録する俺の様子を見て、梅香がつぶやく。
「杏ちゃんが可愛い女の子だったら、健気すぎて惚れてるわ……」
「なんでだよ。性別ってそんなに重要?」
 なんとなく梅香の『可愛い女の子だったら』が引っかかった。
「少なくとも、私は女の子しか好きになったことないし、多分これからもそうだと思う。ってか、杏ちゃんは性別にこだわらなすぎだと思う」
「そうかな……そうかも」
 これまで気にしたことがなかったけれど、言われてみると確かに。自分はあまり性別に拘っていない。……かもしれない。
「確かに男も女も百合も好きだわ」
「何それ。私はどれに入るの?」
「……百合?」
「杏ちゃんがアホの子のままでなんか安心した。じゃあね、ここから歩いて帰る」
 梅香は梅香で、勝手に大人っぽい笑顔が作れるようになっていて、少し遠く感じた。寂しくて彼女の姿が見えなくなっても、しばらくそこで見送っていた。
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