24 / 44
バスボム
しおりを挟む
さて、今日も疲れた。
学校を終えて、店のオープンからクローズまでをこなし、家に着いたのは深夜1時を回っていた。頑張った自分のために浴槽にお湯を張り、ゆっくりと浸かる。連れて入ったバスボムが、シュワーっと泡を立てて溶けるのをぼんやり眺めていると、無意識に深いため息がこぼれた。
らいちが必要以上に愛想を振り撒くので、接客をすると勘違いする客も少なくない。それを角が立たないようにやんわりと引き離すのが最近の一番疲れる仕事だ。愛想がいいのは別に悪いことじゃないと思うけれども、あんなに勘違いする輩が発生すると、こちらも困ってしまう。どうしたら良いんだろうか……と思案を巡らせていると、静かに風呂の扉が開いた。
「ドラゴンさん? すんません。ちょっと疲れちゃってて、お先に……ああああー!」
らいちだった。
彼女は着衣だったので一瞬安心したが、こっちは全裸である。全く安心じゃなかった。
「きょーちゃん。今日は、ありがとう」
「ええ? なんのことかわかんないけど、風呂入ってるから後にして」
入浴剤で濁った浴槽を確認し、取り急ぎ安堵する。ありがとう、バスボム。君は命の恩人だ。
「でも、今言いたくて」
らいちが浴室に入り込む。
「いやー! 入ってこないで! プライバシー!」
「いいじゃん。お兄ちゃん」
「こんな時だけお兄ちゃんって呼ぶな」
らいちはえへへと笑い、その場にしゃがんだ。出て行きそうにない。困った。
「いつも、守ってくれてありがと。今日のお客さん、気持ち悪くて困ってたんだ」
「うちの店、お行儀のいいお客さんが多いけど、それでも変な人はいるよね」
「うん。だから日頃の感謝を込めて髪を洗ってあげようかなって」
「へ?」
急な申し出に理解が追いつかず、つい聞き返してしまった。らいちの方を見ると、彼女はにこやかに両手で空気を揉みしだいていた。
「いやいやいや、落ち着かないし、結構です」
「ヤらせろって」
「言葉づかいが悪いな」
「ねぇ、知ってる?」
そう言うと、らいちは浴槽の縁に手をかけ身を乗り出した。
「湯船から出られない今のきょーちゃんは、圧倒的に弱い」
そのまま俺の鼻先で「お兄ちゃん、大好き」と早口でつぶやく。擦るなぁ……と言おうとしたが、口を唇で塞がれてたので、「ぐも」としか音が出なかった。
とりあえず、バスボムに本日二度目の感謝をした。
らいちの舌先が口の中に侵入して、前歯の裏から上顎の裏側を伝う。
話そうとしたタイミングだったので、歯を食いしばってガードすることが間に合わなかった。そして、今そうすると彼女の舌を噛んでしまうし、舌で押し返そうものなら、応えたと勘違いされる恐れもある。結果、なすがままに深いキスをされ続けている。
これはもう、このまま成り行きでそういうことをしてしまっても誰も悪くないんじゃないか。むしろその流れなんだろな。
と考えもしたが、理性を無理やり舐めとるような舌に違和感があった。だから、とりあえず抵抗しなければいけない。そう思った。
風呂に潜ろうか? いや、そうすると体勢的に急所のガードが甘くなる。掴まれたら最後だ。ならば、今の俺はされるがままなので、らいちは少し調子に乗っている。その隙をついて、彼女の鼻をつまんだ。
「ぷは。なんなの?」
らいちは唇を離し、抗議した。
「こっちこそなんなんだよ?」
「告白したじゃん? そーゆーことだよ。わかんない?」
「展開早すぎて理解が追いついてねぇよ」
らいちははにかんだ笑顔を作り、改めて俺の顔を見つめ返す。
「きょーちゃん。大好きです。彼女にしてください」
「ごめんなさい」
「は?」
「はい。解散。詳しいお話は風呂上がりに」
「やだ」
「これ以上聞き分けないと、俺がのぼせるので風呂から上がらせてください」
「上がってもいいよ。見てる」
らいちは笑顔だ。
「えー……」
困る。どうしたら良いんだ。
「ちょっとぉ? あんたら何してんのよ!」
ドラゴンさんのドスのきいた低い声が、脱衣所から聞こえてきた。
「なんでもない世間話でーす」
しれっとらいちが嘘をつく。
「嘘おっしゃい! お兄ちゃん大好きから全部聞こえてんのよ! 裸じゃないなら出てきなさい! らいち」
「……はーい」
ばつの悪い顔をして、らいちが退場した。脱衣所から人の気配が無くなるのを確認して、浴槽から出る。とりあえず冷たいシャワーで頭を冷やすが、風呂上がりの修羅場が憂鬱すぎてスッキリできなかった。
学校を終えて、店のオープンからクローズまでをこなし、家に着いたのは深夜1時を回っていた。頑張った自分のために浴槽にお湯を張り、ゆっくりと浸かる。連れて入ったバスボムが、シュワーっと泡を立てて溶けるのをぼんやり眺めていると、無意識に深いため息がこぼれた。
らいちが必要以上に愛想を振り撒くので、接客をすると勘違いする客も少なくない。それを角が立たないようにやんわりと引き離すのが最近の一番疲れる仕事だ。愛想がいいのは別に悪いことじゃないと思うけれども、あんなに勘違いする輩が発生すると、こちらも困ってしまう。どうしたら良いんだろうか……と思案を巡らせていると、静かに風呂の扉が開いた。
「ドラゴンさん? すんません。ちょっと疲れちゃってて、お先に……ああああー!」
らいちだった。
彼女は着衣だったので一瞬安心したが、こっちは全裸である。全く安心じゃなかった。
「きょーちゃん。今日は、ありがとう」
「ええ? なんのことかわかんないけど、風呂入ってるから後にして」
入浴剤で濁った浴槽を確認し、取り急ぎ安堵する。ありがとう、バスボム。君は命の恩人だ。
「でも、今言いたくて」
らいちが浴室に入り込む。
「いやー! 入ってこないで! プライバシー!」
「いいじゃん。お兄ちゃん」
「こんな時だけお兄ちゃんって呼ぶな」
らいちはえへへと笑い、その場にしゃがんだ。出て行きそうにない。困った。
「いつも、守ってくれてありがと。今日のお客さん、気持ち悪くて困ってたんだ」
「うちの店、お行儀のいいお客さんが多いけど、それでも変な人はいるよね」
「うん。だから日頃の感謝を込めて髪を洗ってあげようかなって」
「へ?」
急な申し出に理解が追いつかず、つい聞き返してしまった。らいちの方を見ると、彼女はにこやかに両手で空気を揉みしだいていた。
「いやいやいや、落ち着かないし、結構です」
「ヤらせろって」
「言葉づかいが悪いな」
「ねぇ、知ってる?」
そう言うと、らいちは浴槽の縁に手をかけ身を乗り出した。
「湯船から出られない今のきょーちゃんは、圧倒的に弱い」
そのまま俺の鼻先で「お兄ちゃん、大好き」と早口でつぶやく。擦るなぁ……と言おうとしたが、口を唇で塞がれてたので、「ぐも」としか音が出なかった。
とりあえず、バスボムに本日二度目の感謝をした。
らいちの舌先が口の中に侵入して、前歯の裏から上顎の裏側を伝う。
話そうとしたタイミングだったので、歯を食いしばってガードすることが間に合わなかった。そして、今そうすると彼女の舌を噛んでしまうし、舌で押し返そうものなら、応えたと勘違いされる恐れもある。結果、なすがままに深いキスをされ続けている。
これはもう、このまま成り行きでそういうことをしてしまっても誰も悪くないんじゃないか。むしろその流れなんだろな。
と考えもしたが、理性を無理やり舐めとるような舌に違和感があった。だから、とりあえず抵抗しなければいけない。そう思った。
風呂に潜ろうか? いや、そうすると体勢的に急所のガードが甘くなる。掴まれたら最後だ。ならば、今の俺はされるがままなので、らいちは少し調子に乗っている。その隙をついて、彼女の鼻をつまんだ。
「ぷは。なんなの?」
らいちは唇を離し、抗議した。
「こっちこそなんなんだよ?」
「告白したじゃん? そーゆーことだよ。わかんない?」
「展開早すぎて理解が追いついてねぇよ」
らいちははにかんだ笑顔を作り、改めて俺の顔を見つめ返す。
「きょーちゃん。大好きです。彼女にしてください」
「ごめんなさい」
「は?」
「はい。解散。詳しいお話は風呂上がりに」
「やだ」
「これ以上聞き分けないと、俺がのぼせるので風呂から上がらせてください」
「上がってもいいよ。見てる」
らいちは笑顔だ。
「えー……」
困る。どうしたら良いんだ。
「ちょっとぉ? あんたら何してんのよ!」
ドラゴンさんのドスのきいた低い声が、脱衣所から聞こえてきた。
「なんでもない世間話でーす」
しれっとらいちが嘘をつく。
「嘘おっしゃい! お兄ちゃん大好きから全部聞こえてんのよ! 裸じゃないなら出てきなさい! らいち」
「……はーい」
ばつの悪い顔をして、らいちが退場した。脱衣所から人の気配が無くなるのを確認して、浴槽から出る。とりあえず冷たいシャワーで頭を冷やすが、風呂上がりの修羅場が憂鬱すぎてスッキリできなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる