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卒業

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 梅の花が咲き始めた。
 桜はまだ咲く気配すらない。

 高校の周りには桜ばかり植えられているから、卒業式を迎える頃はいつも殺風景だ。
 そんなことを考えながら、昇降口前で「卒業式」と書かれた看板を眺める。程なくして、生徒たちの声が校舎から聞こえてきた。式の後のホームルームが終わったのだろう。

 卒業生たちが看板前で、入れ替わり立ち替わり記念撮影をしている。その姿を保護者に紛れて遠巻きに見守っていると、はしゃぐ輪の中に楽しげな梅香を見つけた。
「梅香、卒業おめでとう」
 その場からメッセージを送る。梅香はスマホに視線を落とした後、あたりを見回して……こっちを見た。そして、パッと笑顔を輝かせて真っ直ぐ駆け寄ってくる。
「ありがと。杏ちゃんも、おめでとう。てか杏ちゃん、ひとつ年上だったんだね」
「……言ってなかったっけ? 四年生だよ俺。まあ定時制の式は午後からだから、まだ卒業してないけどね。でも、ありがとう」
「知らなかったよ。それより一緒に写真撮ろ」
 そういって梅香が手を引く。
「……俺、ほら定時制だし……ここで写真とか場違いじゃない?」
「んなわけないじゃん。行くよ」
 そのまま引っ張られて看板前で並んで写真を撮る。
 
 写真の中に、らいちが居なかった。未だにふとした瞬間に彼女の不在を思い出す。
「あ、杏じゃん。ちょうどいいや、写真撮って」
 橘平もいた。生意気に女子と並んでポーズをとっている。適当にシャッターを切ってスマホを返す。
「彼女?」
「そうそう。大学受かったら遠恋になるけどね。ねー」
 となりの小さい彼女が返事の替わりに会釈をした。小さくて善良そうな彼女に、その節は彼氏の唇を奪ってしまいごめんなさいと心の中で謝罪した。
 卒業式の翌日。いつもの公園で梅香と待ち合わせをした。時間ピッタリに公園に着いたが、既に彼女はベンチに座っていた。
「早いな」
「遅いよ」
「いや、ピッタリ時間通りだし」
「まぁ、タッチの差だったけどね」
 そういって梅香は笑った。服の趣味もらいちのアドバイスがなくなったからか、シンプルになっていて、そのせいか随分大人びて見えた。
「さて、梅香様どこに行きましょうか?」
「寒くもないし、ここでいいよ」
「そ? 飲み物買ってこようか」
「そだね。コンビニコーヒーがいいかな」
 らいちが居なくなって一時やさぐれていた彼女は、その後進学先のレベルを上げることに舵を切った。生徒会役員まで務め忙しくしていて、猥談で呼び止められることも無くなった。もしかしたら、らいちマル秘情報を伝える浮かれた彼女は、俺の百合妄想が見せた幻だったのかもしれない。
 コンビニから公園へ戻る道すがら梅香がふと、こぼした。
「……なんかさ、やっと卒業って感じ」
「やっとなんだ?」
「うん。ずっと負けた後の消化試合みたいな感じ。まあ、大学も合格したし。そんなこと言ってられないけどね」
 梅香は推薦で、かなりいい線の大学に合格した。春からは首都圏に引っ越す。
「杏ちゃんも引っ越すんだよね?」
「うん。県内だけどね」
「なんの学校だっけ?」
 ほんと、もうちょっと俺にも興味を持って欲しい。
「調理の専門」
「あーそうだそうだ。杏ちゃん料理得意だもんね」
「てか、それしか興味持てないのが正しいかも」
「好きな物がハッキリしてるのはいいことだよ。私の好きなものって……らいちくらいしか未だに思い浮かばないよ」
 後半は独り言のように小さな声になっていた。
「ハッキリしてんじゃん」
「職業にしたい」
「職業らいち?」
「最高」
 俺と梅香は、もはやアイドルを語るオタク同士みたいになっていた。
 公園のベンチに腰掛け、取り止めもなく話をした。学校のこと、友達のこと、高校生活で結局2人とも恋人ができなかったこと、進学先のこと、そして……
「らいちどうしてるかな? どこに居るんだろね」
「それなー」
 一周してまた、らいちの話に戻っていた。そして俺は、今日必ず言おうと決めていたことを口にした。
「ねぇ、梅香」
「何?」
「大好き」
「ありがと。私も」
「愛してる」
 彼女の眉間にシワが寄る。
「………なんのつもり?」
 梅香は不審者を見る目でこちらを蔑んでいる。
「思ってること、言っておこうと思って」
「……らいちは?」
「愛してる。だから、2人がつきあったら最高だしそこに混ぜて欲しいってずっと思ってた」
「最悪」
「そうなんだよね」
 想定内すぎる回答はむしろ爽快だった。ゲロを踏んだような顔をしている梅香もなかなか壮絶で趣深い。
「それをレズの私に告白して、どうにかなると思ったの?」
「いや、振られると思ってずっと言わなかった」
「卒業もしたし、この機会に振られて、スッキリ心機一転するつもり?」
「んー。まぁそんな感じ」
「ほんと最悪」
 どう考えても報われないこの気持ちは、ケジメをつけないと次に進めないと思った。歳も違うし距離も離れる。このまま関係が消滅するなら、せめて気持ちを伝えておきたかった。
 とん。
 梅香はコーヒーの紙コップをベンチに置くと、ゆらりと目の前に立った。そして、右手の人差し指で俺の心臓の辺りを突いた。
「私とらいちのこと、ここでずっとモヤモヤしててよ」
「え?」
「告白の答えは『保留』で」
 ニヤリ。梅香は口角だけを釣り上げぎこちなく笑顔を作った。
「保留って言うと?」
「まぁ、キープね」
「ん? それってチャンスはあるってこと?」
「ないよ。別に彼女作ってもいいし。そこは縛らない」
「ええと、どゆこと?」
「告られたらもう友達じゃあいられないから、苦肉の策だよ。杏ちゃんと繋がっていたい。それだけ」
 不敵な表情とは裏腹に、瞳が潤んでいた。
「そっか、ごめん。梅香のことを考えたら言わないほうがいいってわかってた。でも自分勝手だけど、こうしないと苦しくてさ……」
「いいよ。聞きたくなかったのは、私のわがままだから、お互い様。だからせめて、振ってあげない」
 潤んだ目で尚も強気に微笑む姿は、すごく梅香らしかった。そんな彼女が大好きだ。

 そして俺は、高校時代をかけて追い続けた女神から『キープ』されたまま、新生活を迎えることになった。
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