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【第四話 かつき君の不思議な夏の体験記】
【4-7】
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おじいさんは白い両眉を跳ね上げた。
「――真夜か。七つのとき、肺病で亡くなった妹じゃ。葬式では金魚模様の浴衣を着せてやったことをよく覚えとる。おまえさん、誰に聞いたんじゃ?」
「あっ、いや、その、あの――」
まよちゃんはしどろもどろの俺を見上げ、平然とした顔で答える。
「あたし、むかえにきたんだよ。にいちゃんがやっとくるから。――ずっと、あいたかったんだ」
「!!」
俺は驚いた。背中に冷たいものが流れる。
視界に映るまよちゃんが、無邪気な子供とは異質なものに感じられた。
「じゃがこれでやっと、妹に会えるってもんだ。わしは長く生きたほうじゃから悔いはない」
まよちゃんの言葉が、いわゆる『お迎え』のことに思えた。
「ところで若いの、聞きたいんだが」
「はっ、はい!」
「わしは皆が便利で幸せになれるような店にしたかったのじゃが、安っぽくてそう思えるような店ではなかったかのぅ」
聞いてすかさず否定する。
「そんなことはないです、俺、ほんとうに助かっていました、このコンビニがあって。それに妹さんだって、このお店を見たら、きっと喜んでくれたと思います」
「ははは……お世辞でも一番嬉しい言葉じゃい。それなら、いままで店をやれて、わしはほんとうに幸せじゃった」
おじいさんは嬉しそうに笑った。そんなおじいさんの姿を見て、まよちゃんはこう言った。
「まよ、おにいちゃんのおみせ、いちどだけでいいからみてみたかったんだ。ごくらくじょうどだったねぇ」
そのひとことでやっとわかった。
まよちゃんはおじいさんのことを見守っていたのだと。
まよちゃんを見やると、思うことが伝わったのか、ふんわりとした笑顔を俺に向けて目を細めた。
救急車の音が聞こえてきた。俺はコンビニから出て、手を挙げて救急車に合図をした。
それからコンビニに戻ると、まよちゃんの姿はなくなっていた。
★
俺はそれからずっと、みずほ先輩のことばかり考えていた。
脳裏に浮かぶのは俺に向けられた落胆の顔ばかり。その残像を振り払いたくて、毎日、習ったはずの授業内容を真面目におさらいしていた。
自分に自信がつけば、胸を張って下僕に復帰できると思ったからだ。
見捨てられた負け犬にはなりたくなかったのだ。
――よし、これなら大丈夫だ。
ひととおりの復習を終えたところで大きく息を吐く。
一学期、よっぽど勉強をおろそかにしていたと自覚した。
わかっていなかったことすらわかっていない自分に呆れたが、手遅れにならなかったのは幸いだ。
補講で学校に向かう朝。途中にあった『デイリースギヤマ』は跡形もなくなっていて、区画整理が始まっていた。
跡地を前にして立ち尽くした俺だったが、思い立って深く頭を下げる。
「こんなに便利で幸せな時代なのに、それがあたりまえだと思っていてごめんなさい。これからは勉強も生徒会も、なんでも面倒くさがらずに、ちゃんとやりますから」
ぬけるほどに青い夏の終点の空を見上げ、俺は目を細めた。
そしてふと、この不思議な体験と、抱いた気持ちを誰かに伝えたくなった。
その誰かなんて、ひとりしか思い浮かびっこない。
もしかしたら今日、俺のクラスが補講なのに気づいて待っていてくれるかもしれない。そんな淡い期待が胸に沸き起こる。
同時にそんな都合のいいこと、あるはずはないと自分を戒めたくもなった。
呼吸が息苦しく感じられたのは、蒸し暑い空気のせいだけではない。期待と不安が蔓のようになって、俺の心臓に絡みついているような感覚があった。
その日、補講が終わるやいなや、すぐさま教室を飛び出す。
向かったのは生徒会室。忍び足で扉に近づき、部屋の中の気配をうかがう。
扉の曇りガラス越しに中の様子を探る。かすかな物音が聞こえ、ゆらりと人の姿が見えた。
――みずほ先輩?
意を決してそろりと扉を開ける。同時にふたつの瞳が俺を捉えた。
そのひとは三年生の南鷹静香先輩だった。生徒会室を視線で一巡させたが、ほかの生徒の姿はなかった。一気に肩の力が抜けた。
「――真夜か。七つのとき、肺病で亡くなった妹じゃ。葬式では金魚模様の浴衣を着せてやったことをよく覚えとる。おまえさん、誰に聞いたんじゃ?」
「あっ、いや、その、あの――」
まよちゃんはしどろもどろの俺を見上げ、平然とした顔で答える。
「あたし、むかえにきたんだよ。にいちゃんがやっとくるから。――ずっと、あいたかったんだ」
「!!」
俺は驚いた。背中に冷たいものが流れる。
視界に映るまよちゃんが、無邪気な子供とは異質なものに感じられた。
「じゃがこれでやっと、妹に会えるってもんだ。わしは長く生きたほうじゃから悔いはない」
まよちゃんの言葉が、いわゆる『お迎え』のことに思えた。
「ところで若いの、聞きたいんだが」
「はっ、はい!」
「わしは皆が便利で幸せになれるような店にしたかったのじゃが、安っぽくてそう思えるような店ではなかったかのぅ」
聞いてすかさず否定する。
「そんなことはないです、俺、ほんとうに助かっていました、このコンビニがあって。それに妹さんだって、このお店を見たら、きっと喜んでくれたと思います」
「ははは……お世辞でも一番嬉しい言葉じゃい。それなら、いままで店をやれて、わしはほんとうに幸せじゃった」
おじいさんは嬉しそうに笑った。そんなおじいさんの姿を見て、まよちゃんはこう言った。
「まよ、おにいちゃんのおみせ、いちどだけでいいからみてみたかったんだ。ごくらくじょうどだったねぇ」
そのひとことでやっとわかった。
まよちゃんはおじいさんのことを見守っていたのだと。
まよちゃんを見やると、思うことが伝わったのか、ふんわりとした笑顔を俺に向けて目を細めた。
救急車の音が聞こえてきた。俺はコンビニから出て、手を挙げて救急車に合図をした。
それからコンビニに戻ると、まよちゃんの姿はなくなっていた。
★
俺はそれからずっと、みずほ先輩のことばかり考えていた。
脳裏に浮かぶのは俺に向けられた落胆の顔ばかり。その残像を振り払いたくて、毎日、習ったはずの授業内容を真面目におさらいしていた。
自分に自信がつけば、胸を張って下僕に復帰できると思ったからだ。
見捨てられた負け犬にはなりたくなかったのだ。
――よし、これなら大丈夫だ。
ひととおりの復習を終えたところで大きく息を吐く。
一学期、よっぽど勉強をおろそかにしていたと自覚した。
わかっていなかったことすらわかっていない自分に呆れたが、手遅れにならなかったのは幸いだ。
補講で学校に向かう朝。途中にあった『デイリースギヤマ』は跡形もなくなっていて、区画整理が始まっていた。
跡地を前にして立ち尽くした俺だったが、思い立って深く頭を下げる。
「こんなに便利で幸せな時代なのに、それがあたりまえだと思っていてごめんなさい。これからは勉強も生徒会も、なんでも面倒くさがらずに、ちゃんとやりますから」
ぬけるほどに青い夏の終点の空を見上げ、俺は目を細めた。
そしてふと、この不思議な体験と、抱いた気持ちを誰かに伝えたくなった。
その誰かなんて、ひとりしか思い浮かびっこない。
もしかしたら今日、俺のクラスが補講なのに気づいて待っていてくれるかもしれない。そんな淡い期待が胸に沸き起こる。
同時にそんな都合のいいこと、あるはずはないと自分を戒めたくもなった。
呼吸が息苦しく感じられたのは、蒸し暑い空気のせいだけではない。期待と不安が蔓のようになって、俺の心臓に絡みついているような感覚があった。
その日、補講が終わるやいなや、すぐさま教室を飛び出す。
向かったのは生徒会室。忍び足で扉に近づき、部屋の中の気配をうかがう。
扉の曇りガラス越しに中の様子を探る。かすかな物音が聞こえ、ゆらりと人の姿が見えた。
――みずほ先輩?
意を決してそろりと扉を開ける。同時にふたつの瞳が俺を捉えた。
そのひとは三年生の南鷹静香先輩だった。生徒会室を視線で一巡させたが、ほかの生徒の姿はなかった。一気に肩の力が抜けた。
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