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【第三話 みずほ先輩と情熱的なラブレター】
【3-2】
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猪俣がみずほ先輩のことを知ったのは、俺がみずほ先輩と一緒に取材を始めたばかりの頃だと思う。
広報誌では夏季スポーツ大会の特集を組んだので、練習に励む運動部を取材していた。
みずほ先輩は猪俣にインタビューをし、ホープの選手として記事に取り上げたのである。
「ちわーす!」
生徒会室の扉を開けると三人の先輩の姿があった。三年生の南鷹静香先輩、科学研究部とかけ持ちしている天才肌の二年生、家須満先輩、それから清川瑞穂――みずほ先輩。
振り向くとつやめく髪が上品に舞い、深い黒を湛えた瞳が俺を捕まえる。薄い桃色の唇がゆらめく。
「あら、かつき君。今日は来る予定はなかったんじゃない」
「いや、実はみずほ先輩にお願いがあってきたんです」
みずほ先輩の視線がちらりと俺の隣に向けられた。
「――かつき君の友達?」
「まあ、そうっすね」
猪俣はいそいそとみずほ先輩に歩み寄り、目の前で片膝をついて鋭く顔を上げた。
「清川先輩、お初にお目にかかります。俺、黒澤の親友の猪俣猛司っていいます。以後お見知りおきを!」
猪俣はみずほ先輩にグイグイ攻め込む。しかもなぜ王子キャラを演じるのか意味不明だ。
「えっ、ええ、よろしく」
あまりの勢いに、さすがのみずほ先輩もドン引きしている。
猪俣猛司――それは猪突猛進の類語に違いないと、俺は思った。
部屋の中央に置かれた机を挟んでみずほ先輩と向かい合う。ラブレターを一読したみずほ先輩はゆっくりと息を吐いた。
「なるほど、なんらかの理由で手紙が濡れ、送り主がわからなくなったのね」
「だから相手を突き止めたいってことらしいっす」
「はい、よろしくお願いします! それはさておき、清川先輩って広報誌書いてるんですよね」
「あっ、うん。そうだけど……」
「『瑞穂のタウンアドベンチャー!』、あの地域密着コラム、いつも楽しんで読ませていただいています!」
「わあ、嬉しいわ。ありがとう」
笑顔を向けられた猪俣は後頭部を掻き顔を赤らめる。
「それに先日は俺のことを取り上げてもらって嬉しいです。俺、試合開始からフルスロットルで駆け抜けますんで応援してください!」
「もしかしてスタメンになれたの?」
「はい、まさにそうです!」
「レギュラー争いって激戦なのよね。すごいわ猪俣君!」
「いや、それほどでもなくはないですけど、ははは」
「試合ではぜひ活躍してね。応援してるわ」
猪俣はラブレターのことなどそっちのけでみずほ先輩と話し込む。
いらっとして猪俣の太ももをつついたが、俺の手はあっさりとはねのけられた。
なに脱線してんだこいつは! みずほ先輩に鼻の下伸ばしやがって! 猪突猛進しすぎだぞお前!
ようやっと無駄話が終わったところでみずほ先輩は本題に戻る。
「ところで猪俣君、このラブレターはわたしが預かっていいかしら」
「どうぞどうぞ、好きにしていいです。それで、謎が解けたらまたうかがいますので、そのときは黒澤にでも声かけてください」
猪俣はそう言って名残惜しそうに立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げながら上機嫌で生徒会室を出ていった。
見送った後、みずほ先輩は真剣な表情になる。
「かつき君、ちょっといいかしら」
「ういーっす」
俺はみずほ先輩と向き合って椅子に座る。便箋と封筒が目の前に差し出された。
「この相談、どこかおかしいと思わない?」
「やっぱ、そう思いますよね」
すべてを見透かしたかのように澄んだ眼差しで語るみずほ先輩。
違和感はあったものの、具体的にわかっているわけではない俺。
みずほ先輩は封筒をつまんで持ち上げる。
「まず、封筒には濡れた跡がなかったわ」
「あっ、確かにそうですね」
ということは、便箋を封筒に入れる前に、送り主の名前は滲んでいたことになる。雨のせいではないのか。それならなぜ、滲んでいるのだろうか。
――まさか、涙のしずく?
いやいや、さすがに文字の滲みに気づかないはずはない。
みずほ先輩はさらに疑問点をあぶり出す。
「それに彼のふるまいがおかしいと思ったの。深刻な様子ではなかったし、せっかくもらったラブレターの原文を無関係の人に渡すなんて考えられない。コピーだってできるのにね」
みずほ先輩は入り口のそばにあるコピー機を指さした。
確かにみずほ先輩の言うとおり、猪俣はラブレターをもらったことをさほど意識していない気がする。
それから次に便箋をつまみ上げた。
「そしてこの番号の書かれたキラキラマークの丸ふたつ。――これは想像がついたけど」
「えっ! みずほ先輩、何か閃いたんすか!」
「うん、ほんとうに正しいか、まだ確信はないけどね。説明していい?」
「はいっ!」
正直、俺は驚いた。みずほ先輩は瞬時に謎のひとつを解いてしまったというのか。
猪俣がみずほ先輩のことを知ったのは、俺がみずほ先輩と一緒に取材を始めたばかりの頃だと思う。
広報誌では夏季スポーツ大会の特集を組んだので、練習に励む運動部を取材していた。
みずほ先輩は猪俣にインタビューをし、ホープの選手として記事に取り上げたのである。
「ちわーす!」
生徒会室の扉を開けると三人の先輩の姿があった。三年生の南鷹静香先輩、科学研究部とかけ持ちしている天才肌の二年生、家須満先輩、それから清川瑞穂――みずほ先輩。
振り向くとつやめく髪が上品に舞い、深い黒を湛えた瞳が俺を捕まえる。薄い桃色の唇がゆらめく。
「あら、かつき君。今日は来る予定はなかったんじゃない」
「いや、実はみずほ先輩にお願いがあってきたんです」
みずほ先輩の視線がちらりと俺の隣に向けられた。
「――かつき君の友達?」
「まあ、そうっすね」
猪俣はいそいそとみずほ先輩に歩み寄り、目の前で片膝をついて鋭く顔を上げた。
「清川先輩、お初にお目にかかります。俺、黒澤の親友の猪俣猛司っていいます。以後お見知りおきを!」
猪俣はみずほ先輩にグイグイ攻め込む。しかもなぜ王子キャラを演じるのか意味不明だ。
「えっ、ええ、よろしく」
あまりの勢いに、さすがのみずほ先輩もドン引きしている。
猪俣猛司――それは猪突猛進の類語に違いないと、俺は思った。
部屋の中央に置かれた机を挟んでみずほ先輩と向かい合う。ラブレターを一読したみずほ先輩はゆっくりと息を吐いた。
「なるほど、なんらかの理由で手紙が濡れ、送り主がわからなくなったのね」
「だから相手を突き止めたいってことらしいっす」
「はい、よろしくお願いします! それはさておき、清川先輩って広報誌書いてるんですよね」
「あっ、うん。そうだけど……」
「『瑞穂のタウンアドベンチャー!』、あの地域密着コラム、いつも楽しんで読ませていただいています!」
「わあ、嬉しいわ。ありがとう」
笑顔を向けられた猪俣は後頭部を掻き顔を赤らめる。
「それに先日は俺のことを取り上げてもらって嬉しいです。俺、試合開始からフルスロットルで駆け抜けますんで応援してください!」
「もしかしてスタメンになれたの?」
「はい、まさにそうです!」
「レギュラー争いって激戦なのよね。すごいわ猪俣君!」
「いや、それほどでもなくはないですけど、ははは」
「試合ではぜひ活躍してね。応援してるわ」
猪俣はラブレターのことなどそっちのけでみずほ先輩と話し込む。
いらっとして猪俣の太ももをつついたが、俺の手はあっさりとはねのけられた。
なに脱線してんだこいつは! みずほ先輩に鼻の下伸ばしやがって! 猪突猛進しすぎだぞお前!
ようやっと無駄話が終わったところでみずほ先輩は本題に戻る。
「ところで猪俣君、このラブレターはわたしが預かっていいかしら」
「どうぞどうぞ、好きにしていいです。それで、謎が解けたらまたうかがいますので、そのときは黒澤にでも声かけてください」
猪俣はそう言って名残惜しそうに立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げながら上機嫌で生徒会室を出ていった。
見送った後、みずほ先輩は真剣な表情になる。
「かつき君、ちょっといいかしら」
「ういーっす」
俺はみずほ先輩と向き合って椅子に座る。便箋と封筒が目の前に差し出された。
「この相談、どこかおかしいと思わない?」
「やっぱ、そう思いますよね」
すべてを見透かしたかのように澄んだ眼差しで語るみずほ先輩。
違和感はあったものの、具体的にわかっているわけではない俺。
みずほ先輩は封筒をつまんで持ち上げる。
「まず、封筒には濡れた跡がなかったわ」
「あっ、確かにそうですね」
ということは、便箋を封筒に入れる前に、送り主の名前は滲んでいたことになる。雨のせいではないのか。それならなぜ、滲んでいるのだろうか。
――まさか、涙のしずく?
いやいや、さすがに文字の滲みに気づかないはずはない。
みずほ先輩はさらに疑問点をあぶり出す。
「それに彼のふるまいがおかしいと思ったの。深刻な様子ではなかったし、せっかくもらったラブレターの原文を無関係の人に渡すなんて考えられない。コピーだってできるのにね」
みずほ先輩は入り口のそばにあるコピー機を指さした。
確かにみずほ先輩の言うとおり、猪俣はラブレターをもらったことをさほど意識していない気がする。
それから次に便箋をつまみ上げた。
「そしてこの番号の書かれたキラキラマークの丸ふたつ。――これは想像がついたけど」
「えっ! みずほ先輩、何か閃いたんすか!」
「うん、ほんとうに正しいか、まだ確信はないけどね。説明していい?」
「はいっ!」
正直、俺は驚いた。みずほ先輩は瞬時に謎のひとつを解いてしまったというのか。
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