上 下
7 / 68
【第二話 みずほ先輩は女優さんに怒られる】

【2-4】

しおりを挟む


 みずほ先輩と俺に用意されたのはカフェテラスの一角にある白い円卓。

 場面の雰囲気作りのため、画面の隅っこにカップルを映したいとのことらしい。

 けれど制服姿でそんなことしていいのか?

「あの、俺たち高校生っす。親も学校も承諾してないっすよ」
「構わねえ、すみっこのほうなんざ誰も見ねえしな。それにこんな貴重な体験を逃していいのかよ。よくないよな?」

 いやおうなしに断る路線が塞がれる。

「誰もやるなんて言ってないっす。それに素人っすよ、俺たち」
「凝った演技はいらねえ。普段通り、カップルらしく振る舞っててくれればいいからさぁ」

 そう言われても、あくまで先輩と後輩――いや、主人と下僕である。

 しかしはた目には、そんなふうに見えてしまうのだろうか。こんな、消しゴムのカスのよれたやつみたいな男とカップルに思われるなんて、みずほ先輩に悪い気がしてしまう。

 迷っていると、カフェショップの店員がてんこ盛りのフルーツパフェをふたつ運んできた。それらが指定の円卓に置かれる。

 その瞬間、みずほ先輩が振り返る。拳を固く握りしめている。

「かつき君。ぜひやりましょう!」

 ごくっと喉を鳴らして意思を表明した。

「みずほ先輩、今絶対、パフェを見て意思が変わりましたよね」
「そんなことはありません! 最初から助けてあげたいと思っていました!」

 みずほ先輩はドヤ顔で俺に訴える。こうなったら彼女は引くことを知らない。

「……まあ、食ってるだけでいいなら」
「こほん、妥当な判断ね。これも社会貢献の一環よ」

 そういうとみずほ先輩はくるりと背を向けて小さなガッツポーズをとった。

 やっぱりこのひとは、スイーツという魔物によって脳内ホルモンがだだ洩れになる性質らしい。



「テイクワン、スタート!」

 スレートの軽快な音が響く。遠方の固定カメラは芸能人のふたりに向けられ、ショルダーカメラのカメラマンが彼らのサイドアングルを捉える。

 シリアスな場面のようで、ベンチに並んだふたりは思いつめた表情。放送時にはバラードが差し込まれそうだ。

 みずほ先輩はつま先で俺のすねをとんとんと小突く。

「カメラを気にしちゃ駄目。パフェに全神経を集中して食するのよ」
「いや、カップルの役なんですから、あーん、とかするのがお約束でしょ」

 スプーンでクリームをすくって目の前に差し出すと、みずほ先輩はびくりと身をそらし、顔を赤らめた。

「ばっ、ばかっ! そんなことできるわけないでしょ! だいたい女子に気安いのはいろいろ誤解を招くのよ。自重しなさい!」

 みずほ先輩はあわてて自分のパフェをすくい上げ口にかき込む。

 顔を上げると、鼻の頭にはクリームが乗っていた。

 もうひとくち食べると、鼻のクリームはさらに大きくなった。

 すっとしたきれいな鼻筋に乗ったクリームは、まるで富士山の雪帽子のようだ。

「あ――」
「なに?」

 当の本人は気づいていない。言うべきか受け流すべきか迷ったけど、撮影中だけにNGの原因となったらまずい。

 俺は意を決して伝えることにした。

「みずほ先輩って、ほんと鼻につくひとっすね」

 とたん、みずほ先輩の顔が紅潮する。しだいに怒り顔になった。

「なっ、なによ!『鼻につく』なんて、かつき君はわたしがうっとうしくて嫌だってこと⁉ それともさっそくわたしに飽きたってこと⁉ どっちよ! でもどっちの意味でもあんまりよ! わたし、かつき君のこと、もっと誠実なひとだと――」
「あっ、えーと、その……」

 みずほ先輩は意味を大幅に誤解したらしい。こういうときは言葉で説明しても感情が先行し収集がつかない。となると無実の証明は行動あるのみだ。

 俺はすかさず手を伸ばし、親指の腹でみずほ先輩の鼻先をぬぐった。

「――あっ!」

 誤解に気づいたみずほ先輩はすぐさま閉口した。指についたクリームをぺろりと舐める。

「鼻先にクリームつけてむきになるみずほ先輩、めっちゃ可愛いですよ」

 とたん、みずほ先輩の顔が真っ赤に燃え上がる。赤面レベルが3に上がった。

「なっ、なっ、何言っちゃってんのよー! とっ、とっ、尊すぎて大罪よーっ!」

 そう叫んだ瞬間――。

「ハイ、カットォォォ‼ そこ、盛り上がりすぎィィィ‼」

 監督がメガホンを俺らに向けて声を張り上げた。

 やばい、みずほ先輩は鼻クリームというハプニングについ、自身の立場を忘れてしまったようだ。

「「すっ、すいませんっ! お許しを!」」

 そうして俺たちふたりはひたいに汗を浮かべ、監督に平謝りすることとなった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...