タルト・ノー・タン

見早

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「何だこの光は……!」

 その場の全員が眩い光に呑まれた後。
 白い光が徐々に霧散しました。

「くっ……あの似非神父、中々やるわね」

 キマイラとシアンの前に、いつの間にか三つ編みの女が立っています。毛束の内1つは髪紐が切れて、艶やかな黒髪がカーテンのように広がりました。

「貴女は……! これは、転移魔法……?」

 ゴーストを目の当たりにしたかのようなオルターに、女は紅を差した唇をにっこり引き上げます。

「ええ。お察しの通り、転移魔法です」

 女は固まっているキマイラたちを、首だけで振り返りました。「誰?」、という疑問を顔に張り付けているシアンに、懐かしむような笑みを送ります。

「ここまで正確な座標に飛べるのは、1000年にひとりの天才大魔導士だけですよ」
「エリィ……? エリィなの!?」

 小柄な身長とほぼ同じ長さの杖を、エリィは胸の前で構えます。そして杖の先端で何度か床を叩くと、窓の開いていないリビングに潮風が吹き始めました。

「ここは任せて、あなたたちは早く行きなさい!」
 
『エリィも一緒じゃなきゃダメだ!』

 エリィの足や腕に絡むドロドロの触手を、エリィは力任せに引き剥がします。

「これからシアンの大っ嫌いな魔法を発動しますから! 早く連れて行きなさい、シアン!」

 動こうとしないキマイラを背に担ぐと、シアンは部下たちの制止を振り切って窓を破ります。小屋を脱出する際に見えたのは、「超改良版・全自動洗浄泡!」と高らかに叫ぶエリィの後ろ姿。それから、小屋に渦巻く荒波でした。
 シアンは戻ろうと抵抗するキマイラを肩に背負い、しばらくの間全力疾走していました。しかし、小屋から大分離れた頃――。

「お、重い……」
 
 とうとうシアンはキマイラを地面に降ろしました。
 無理もありません。キマイラは森に棲むボス熊よりも体重があるのですから。

「キマイラ……」
 
 降ろせばキマイラが戻ろうとするのでは、というシアンの心配は杞憂に終わりました。立派な牡鹿に変身したキマイラは、シアンを背に乗せて走り出します。小屋とは別の方向へ。

「このまま北に向かって! 森から出る方法はいくつか考えておいたんだけど、オススメは北ルートなんだ」

 頷くキマイラに、シアンはさらに「鳥の羽って生やせる?」と問いかけました。
 キマイラの答えが出る前に、加速する鹿は森を抜けます。木々が無くなり、目の前に待つのは青緑の海と切り立った崖です。

「待って! 羽! 羽先に出さないと――」
 
 高い跳躍の後。空中に弧を描いて飛ぶ鹿とシアンは、海めがけて落ちていきました。
 そして波間に触れる寸前。鹿の背中に巨大な翼が生え揃ったのです。

「わぁ……! キマイラすごい!」

 鹿と鳥の混ざった生物の羽ばたきは風を起こし、ふたりを透き通った青空へと押し上げました。
 空と海の間を自由に駆けるキマイラの背に、シアンは頬を寄せます。

「ねぇ、これから色んなところに行こうよ。大丈夫。キマイラのタルトを食べれば、誰だって君のことを好きになるよ。そうだ、いっそ歩き売りのタルト屋さんにでもなる? まずは王国を出て、それから――」
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