タルト・ノー・タン

見早

文字の大きさ
上 下
11 / 22
3.オルター神父

しおりを挟む

「美しいお方、お名前は何と仰るのですか?」
 
 突然エリィの邸宅を訪ねてきた、若い神父。
 エリィは胡散臭い笑顔の男を睨みつけ、純白の手袋に包まれた彼の手を振り解きました。

「し、し、正気かい!? 冷やかしなら帰りな!」

 神父の目と鼻の先でドアを閉めた後。一呼吸も置かない内に、再びノック音が響きます。

「あの、冷やかしではございませんので……」
 
 少しばかり落ち着いた様子の神父は、森に新しく教会を開くつもりだと話しました。森に住むエリィの話を村人から聞いて、挨拶に来たというのです。

「住むにあたって、この辺のことについて教えていただきたいのですが」
 
 エリィは仕方なく、神父を中へ招きました。リビングへと続く長い廊下を案内しながら、エリィは伝言魔法を飛ばします。それはもちろん、何も知らずにリビングでくつろぐキマイラ宛でした。

「……座りな。お茶を淹れてくる」
 
 リビングに神父をひとり残し、エリィは早足でキッチンに向かいます。すると、キマイラに抱えられていたシアンがエリィの前に飛び出しました。

「おきゃくさん?」
「あ、あぁ、うん。森に新しく引っ越してくる人みたいだ」

 するとシアンは瞳を輝かせ、「ボクもあいさつする」と言い出しました。シアンの連れて行って攻撃をかわしながら、エリィはハーブティーを淹れ、できたてのタルトを一切れトレーに乗せます。

「どうしてダメなの? 『ごきんじょさん』がふえるのに!」

 キマイラは触手でシアンの口を塞ぎ、エリィに目配せしました。エリィはキッチンに防音魔法をかけると、トレー片手にリビングへ向かいます。
 神父は言われた通り、ソファに掛けたままじっと待っていました。

「後ろの部屋にご家族が?」
「え!? あ、いや、ここにはひとりで住んでいるんだ。ペットの九官鳥が騒がしくてねぇ」

 脂汗を流すエリィを見て、神父はそれ以上の追求を止めました。

「申し遅れました。私は神父のオルターと申します。貴女は?」
「エレアノーラ……いや、エリィで結構」

 エリィがハーブティーを勧めると、オルターはにっこりとしてカップに口を付けます。

「なんと、我らが国主の姫君と同じお名前ではないですか。素敵です! もしや王様は、可憐な貴女から姫君のお名前を取られたのでは……」
「それで! 聞きたいことって何だい?」

 喋り出したら止まらないオルターを制し、エリィはタルトも勧めました。しかし彼は、「後でいただきます」と言ったきりフォークを皿に置いてしまいます。

「先ほど向こうの小屋へご挨拶に伺ったのですが、留守にしていらっしゃいました。あそこにはどなたがお住まいなのでしょう?」
「あの小屋には……」

 カップに口を付けるフリを何度か繰り返した後、エリィはオルターにぎこちなく笑いかけました。

「病気の木こりと、その息子が住んでいるんだ。そっとしておいてやりな」

 オルターは笑顔で「そうですか」、とだけ返します。やっと口を閉じたオルターに、エリィはそっとため息を吐きました。

「ところで……この森に英雄殺しヘロイキラーの生き残りがいるとの噂を耳にしたのですが、貴女は何かご存知ですか?」

 エリィの手元にあった食器が、カチンと音を立てました。ナッツとハーブの香りに包まれたリビングに、重苦しい静寂が流れます。
 
「アンタ、何者だい? 何のためにここへ来た?」

 エリィの鋭い眼光にも、オルターは眉ひとつ動かしません。
 
「私は我らが主、『英雄ヘロイの使者』です。英雄に縁のあるこの森で、英雄信仰を行いたいと思いやって来たのです」
 
 エリィはすっかり口を閉ざし、オルターの深く暗い碧眼を見つめます。
 やがて窓辺から鳩の鳴き声が聞こえるようになると、オルターは頬を染め、エリィから顔を背けました。

「あの、そんなに見つめられては……本当に貴女が好きになってしまいます」
「…………はぁ?」

 エリィが神父を追い返した後。
 防音のキッチンから解放されたキマイラとシアンは、生暖かい目でエリィの肩を叩きました。

「エリィ、モテモテ」
「グルグル」

 しかしエリィは反論する気力もなく、ソファに座り込んで頭を抱えました。そして神父が残していったタルトを、手づかみでかじります。

「あの男、センサーが壊れてるんじゃあないか?」

『愛に障害はないって、何かで読んだ』

 キマイラのフォローに、エリィのため息が加速します。

「とにかく、英雄殺しヘロイキラーのお前さんは神父の前に決して姿を現さないこと! シアンも、あの男には近づくんじゃないよ」

 シアンは「何で?」と「分かった」を同時に含んだ顔で頷きました。
「人」とは違う種族のキマイラが、人を避けて暮らしていること。そしてキマイラの存在を人が知ってしまったら、自分はキマイラと一緒にはいられなくなってしまうこと。少なくともシアンは、そのことを分かっていたのです。
 
「それにしてもこれは――美味しい」

 眠りかけのように、エリィは穏やかな様子でした。やがて一口残したところでタルトを皿に置きます。

「もしかしたら、彼は……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アンチエイジャー「この世界、人材不足にて!元勇者様、禁忌を破って若返るご様子」

荒雲ニンザ
ファンタジー
ガチなハイファンタジーだよ! トロピカルでのんびりとした時間が過ぎてゆく南の最果て、余生を過ごすのにピッタリなド田舎島。 丘の上の教会にある孤児院に、アメリアという女の子がおりました。 彼女は、100年前にこの世界を救った勇者4人のおとぎ話が大好き! 彼女には、育ててくれた優しい老神父様と、同じく身寄りのないきょうだいたちがおりました。 それと、教会に手伝いにくる、オシャレでキュートなおばあちゃん。 あと、やたらと自分に護身術を教えたがる、町に住む偏屈なおじいちゃん。 ある日、そののんびりとした島に、勇者4人に倒されたはずの魔王が復活してしまったかもしれない……なんて話が舞い込んで、お年寄り連中が大騒ぎ。 アメリア「どうしてみんなで大騒ぎしているの?」 100年前に魔物討伐が終わってしまった世界は平和な世界。 100年後の今、この平和な世界には、魔王と戦えるだけの人材がいなかったのです。 そんな話を長編でやってます。 陽気で楽しい話にしてあるので、明るいケルト音楽でも聞きながら読んでね!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

処理中です...