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いつもの炊き出しが終わった。今日の収穫は、温かいスープとおにぎり2つだ。
「よぉ、ツルツル族の兄ちゃん」
残念なことに防寒具は手に入らなかった。この公園の主である段ボール集めおじさんに、毛布を横から奪われたのだ。
「なぁ聞こえてんだろ?」
夕飯の後は遠くにきらめく摩天楼を眺めながら、遊具の中で寝るだけ。毎日凍え死ぬ心配をしながら眠りにつき、朝目が覚めたことでほっとする。
それが今の日常なのだが――。
「もしかして、オレが見えないのか?」
「さっきから何なんですあなたは!」
しつこい男の声を振り返ると、生温かい吐息の向こうに鋭い牙があった。
「お、やっとこっち見たな兄ちゃん。オレはバウ。狼種だ」
白く柔らかな毛が生えたトンガリ耳、灰毛の密集した尻尾が、男の体に生えている。
「……獣人族が何の用ですか?」
「獣人族じゃなくて、モフモフ族な。オマエ寒くないか? 真冬にそんな薄着でよぉ。家帰んねぇのか?」
獣人族と違って、こちらには厚い体毛があるわけではない。それに、ツルツル族全員が家を持っているわけでもない。
そこの港から入国したばかりらしいおのぼりさんに向けて、幼児に教えるより丁寧に説明した。しつこく聞かれたため名乗りもした。するとバウは、「オマエ色々教えてくれるなぁ」と目を輝かせたのだ。
「そうだタケチ! オレが今晩毛布代わりになってやるから、もっとツルツル族のこと教えてくれよ」
「何で僕なんですか?」
超多忙社会から脱出する代わりに、路上で自由に暮らす連中は他にもいる。
「だってよぅ、道端ウロウロしてるヤツらの中で、オマエだけ寒そうだったし」
悪いヤツでもなさそうだ――。
それに何より、目の前のもふもふが放つ魅力に打ち勝つことができなかった。
タコ型滑り台を黙って指差すと、バウは「よっしゃ!」と吠えてついてくる。滑り台出口の穴に寝転んだ巨体は、その豊満なもふもふで全身を包んでくれた。
「どうだ? オレの毛並みは」
「……よだれ垂らしたらすみません」
バウのもふもふは、想像よりもずっと清潔で肌触りが良い。じんわりと伝わる熱で、先行きに対する怯えや不安、孤独が溶けていく。
毎日仕事に追われている頃にこれを経験していたら、きっと病みつきになっていたことだろう。
「んで? 道端で暮らすツルツル族と、あの塔で暮らすヤツは何が違うんだ? あっちのが偉いのか?」
東に輝くビルを眺めながら、バウは白い息を吐き出した。
たった今会ったヤツと、それも獣人族と身を寄せ合っているなど落ち着かないはずなのに。背中の温かさが心地よくて仕方がない。
「あっちの超高層マンションは、1日の大半を仕事や通勤で過ごす人たちの住居です。そしてこっちの公園は、すべての時間を自由に過ごす人たちの住居ですよ」
自分も半年前まであっちに住んでいたと付け加えると、バウはきょとんとした様子で首を傾げた。
「ツルツル族はそんなに仕事が好きなのか?」
「好き嫌い関係なく、企業に入ったら働かされるのが社会の道理ですから」
前職はマーケティング部門で働いていたと話すと、バウが苦し気な唸り声を漏らすようになる。
「つまるところ、物を売る仕事ですよ」
言い換えてやると、今度はバウの耳を覆っている白毛がふわふわ揺れた。
「オマエ商売に詳しいのか!? オレ、ツルツル族の国で『にゅーびじねす』ってのを始めたくて来たんだ」
簡単に言うが、何を売るつもりなのか。それに元手はどこから用意するのか。国外からふらっとやって来た獣人族に、銀行が金を貸してくれるわけがない。おのぼりさんに現実を突きつけてやると、バウは作業着の胸元から袋を取り出し、琥珀の目を細めた。
「金はこれで足りるか?」
広げた袋の中身は、今までお目にかかったことのない量の札束だった。
「どうだタケチ、オレとひと旗揚げて、寒くねぇ場所に住むってのはよぉ。オマエの欲しい自由な時間ってヤツは保証してやるから」
雇い主が獣人族ということはこの際無視するとして。
自由と快適さ。2つを掛けた天秤が揺れる。
「よぉ、ツルツル族の兄ちゃん」
残念なことに防寒具は手に入らなかった。この公園の主である段ボール集めおじさんに、毛布を横から奪われたのだ。
「なぁ聞こえてんだろ?」
夕飯の後は遠くにきらめく摩天楼を眺めながら、遊具の中で寝るだけ。毎日凍え死ぬ心配をしながら眠りにつき、朝目が覚めたことでほっとする。
それが今の日常なのだが――。
「もしかして、オレが見えないのか?」
「さっきから何なんですあなたは!」
しつこい男の声を振り返ると、生温かい吐息の向こうに鋭い牙があった。
「お、やっとこっち見たな兄ちゃん。オレはバウ。狼種だ」
白く柔らかな毛が生えたトンガリ耳、灰毛の密集した尻尾が、男の体に生えている。
「……獣人族が何の用ですか?」
「獣人族じゃなくて、モフモフ族な。オマエ寒くないか? 真冬にそんな薄着でよぉ。家帰んねぇのか?」
獣人族と違って、こちらには厚い体毛があるわけではない。それに、ツルツル族全員が家を持っているわけでもない。
そこの港から入国したばかりらしいおのぼりさんに向けて、幼児に教えるより丁寧に説明した。しつこく聞かれたため名乗りもした。するとバウは、「オマエ色々教えてくれるなぁ」と目を輝かせたのだ。
「そうだタケチ! オレが今晩毛布代わりになってやるから、もっとツルツル族のこと教えてくれよ」
「何で僕なんですか?」
超多忙社会から脱出する代わりに、路上で自由に暮らす連中は他にもいる。
「だってよぅ、道端ウロウロしてるヤツらの中で、オマエだけ寒そうだったし」
悪いヤツでもなさそうだ――。
それに何より、目の前のもふもふが放つ魅力に打ち勝つことができなかった。
タコ型滑り台を黙って指差すと、バウは「よっしゃ!」と吠えてついてくる。滑り台出口の穴に寝転んだ巨体は、その豊満なもふもふで全身を包んでくれた。
「どうだ? オレの毛並みは」
「……よだれ垂らしたらすみません」
バウのもふもふは、想像よりもずっと清潔で肌触りが良い。じんわりと伝わる熱で、先行きに対する怯えや不安、孤独が溶けていく。
毎日仕事に追われている頃にこれを経験していたら、きっと病みつきになっていたことだろう。
「んで? 道端で暮らすツルツル族と、あの塔で暮らすヤツは何が違うんだ? あっちのが偉いのか?」
東に輝くビルを眺めながら、バウは白い息を吐き出した。
たった今会ったヤツと、それも獣人族と身を寄せ合っているなど落ち着かないはずなのに。背中の温かさが心地よくて仕方がない。
「あっちの超高層マンションは、1日の大半を仕事や通勤で過ごす人たちの住居です。そしてこっちの公園は、すべての時間を自由に過ごす人たちの住居ですよ」
自分も半年前まであっちに住んでいたと付け加えると、バウはきょとんとした様子で首を傾げた。
「ツルツル族はそんなに仕事が好きなのか?」
「好き嫌い関係なく、企業に入ったら働かされるのが社会の道理ですから」
前職はマーケティング部門で働いていたと話すと、バウが苦し気な唸り声を漏らすようになる。
「つまるところ、物を売る仕事ですよ」
言い換えてやると、今度はバウの耳を覆っている白毛がふわふわ揺れた。
「オマエ商売に詳しいのか!? オレ、ツルツル族の国で『にゅーびじねす』ってのを始めたくて来たんだ」
簡単に言うが、何を売るつもりなのか。それに元手はどこから用意するのか。国外からふらっとやって来た獣人族に、銀行が金を貸してくれるわけがない。おのぼりさんに現実を突きつけてやると、バウは作業着の胸元から袋を取り出し、琥珀の目を細めた。
「金はこれで足りるか?」
広げた袋の中身は、今までお目にかかったことのない量の札束だった。
「どうだタケチ、オレとひと旗揚げて、寒くねぇ場所に住むってのはよぉ。オマエの欲しい自由な時間ってヤツは保証してやるから」
雇い主が獣人族ということはこの際無視するとして。
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