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第六章 生ヅレバ去ル
二
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「刹那さん! どうして出てきて……」
「言っただろう、『私が責め苦を与えてやる』と」
座敷に叩きつけられ倒れていた白は、拘束されて動けないままこちらを睨みつけてきた。
「くっ……ぉお、お前、目障りな女神……もっと早く黒に殺されればよかったんだ。お前は欠陥……生ヅル神と同じ……いづれ世に、災禍を引き起こす……」
絶えず呪いの言葉を吐き続ける白の口に、刹那の鎖が絡みついた。
「しばらく寝ていろ、性悪」
剥き出しの肩甲骨に触れると、上半身のみ肉が戻ってくる。「触れるな」、と振り払おうとする手を掴み、さらに願った――『顔が見たい』、と。
「良かった、少し効いてるみたいですね」
燃え盛る瞳が、何よりも温かく感じる。
「聞け。お前がいくら別人を装おうとも、過ちはその魂に刻まれている。何度巡ろうと、消えないことは確か……ただお前が何度道を誤まろうが、私は決して見捨てない」
言葉が、冷えた胸の中心に沁みていく。
「この身は名も役も分からぬ半端物だが、もしお前の救いになるというのならば――私は、お前だけの神になってやる」
以前「人を慈しむことはない」と笑った唇が、今、確かに――。
「ありがとう、ございます……撤回は無し、ですからね」
赤い衣に包まれた骨を抱き寄せようと、手を広げた時。
『刹那!』
八咫の声が座敷に響いたかと思うと、背中を畳に打ち付けていた。おそらく刹那に突き飛ばされたのだ。刹那との間には、大ぶりの刀が振り下ろされていた。
黒だ。それも山道で見た時と同じ、瞳が禍々しい闇色に染まっている。黒の一太刀は、畳と共に刹那の鎖をも砕いていた。
「グルルルゥ――」
泥を帯びた執神は、低く喉を鳴らしながら足を引きずっていく。
やがて伏せっている白の元へたどり着くと、黒は刀を振り上げた。何が起こったのか理解する前に、刀の切っ先が刺さった白の体が溶けていく。青白い炎を上げながら、燃えていく。そして後に残ったのは、白銀に輝く刀身だった。
「白が、刀に……?」
『咲、もっと下がれ! ヤツら本性を現しやがったな。白は■■の神器、黒はそれを振るう者――■■の執神を名乗っちゃいるが、ヤツらの本質は戦神だ。その気になりゃ、ここら一帯を一振りで吹き飛ばすぜ……』
まずい。今、黒を抑えるものは何もない。次の手を考える間も与えてくれず、黒は刹那に近づいてくる。助けに出てきてくれたが、今の刹那は黒の神紋に抗うだけで精いっぱいのはずだ。畳を這ったまま起きられない刹那を背に庇い、迫りくる黒を睨み上げる。
『……退いテくださイ』
「どかない」
理性の欠片が残っているのか、黒は小さくため息を吐いた。白銀の切っ先を喉元に突きつけられる。
『死にマスよ』
「……死なない。刹那さんの呪いを解くまで、俺は死なない」
死が距離を詰めてきたおかげで、沸騰していた頭が冷えてきた。そうだ。俺は今、作戦の最中だった。
『でハ、サようナら』
白銀の刀に姿を変えた白が、振り下ろされる瞬間。視界の端を通った色の帯に、思わず口角が上がる。
「天晴れだよ、咲ちゃん」
赤、青、黄、緑。折り重なる色の帯が黒を絡めとり、白銀の刀もろとも目の前から消えた。代わりに目の前へ降り立ったのは、「色」の隙間から刹那と同じ赤い瞳を覗かせる神――。
「時間稼ぎはもう十分。さぁ、超高性能型カミサマのお披露目といこうか」
赤、黄、青、緑――刃のように尖った色の帯が、飛び回る黒をどこまでも追っていく。帯の動きに合わせるかのように、座敷が広くなったり狭くなったりしている。
「これが、色師さんの本気……」
「おや咲ちゃん、惚れ直しちゃった?」
黒白を引き離せなくても、二柱まとめて座敷まで誘導できれば上々。さらに色師の支度ができるまで、時間を稼げれば幸いという話だった。これは文句なしの満点だろう。
「グァ、アァアァア――!」
黒は白銀の刀を天井に突き刺し、方向転換した。
『いや、まだだ! 構えやがれ色師!』
八咫の忠告に高笑いで返すと、色師は向かってくる刀の鋒を帯で受け止めた。しかし黒が鋸のように刀を引くと、色の帯は簡単に切れてしまう。
最後の赤い帯に裂け目が入ったところで、色師はゆったり振り返った。
「ねぇ咲ちゃん、お願いだ。今だけアタシの勝利を願っちゃくれないかい?」
声は余裕だが、両足は必死に踏ん張っている。
「アタシは本来、戦向きの性能じゃあないけれど、キミの『願い』がアタシの力になるんだ」
いつものふざけた調子を封印し、色師は切に『願い』を口にする。神が俺(ひと)に願うなんて妙な話だが――。
「お願いします、色師さん……『黒白に勝ってください』!」
願いを叫ぶ。それだけで何かが変わるなど、いまだに信じられないことだ。しかし黒の刀を押し返しはじめた色師を前にして、願いの力は嘘だ、などと言えない。
「嗚呼……人の願いを得るのは久しいねぇ。ありがとう、滝二くん」
こんな時に何をボケているのか。そう返す前に、色の帯が数を増やした。赤、黄、青、緑に加えて、晴天に染まる鮮やかな帯が黒の体に巻き付く。しなやかな帯は黒の抵抗を和らげ、両手足を拘束した。
「よぅし、つまんない色は愉快な色に変えちゃうぞ!」
晴天以外の帯がドロドロに溶け、色の波となって黒を塗りつぶす。もがく黒をもろともせず、あらゆる色の波は白までも飲み込んでしまう。
黒が刀を手放し、手足をだらんと垂れたところで、白が元の人の形に戻った。白も晴天の帯に絡め取られ、座敷の宙に浮かんだ二柱の体は、黒と白の液状に溶けていく。やがて、色具がたぷんと宙に浮いた。
「今だ咲ちゃん! そこの襖に、彼らを使って何か書いて! 長くは抑えてらんない――」
何かって何だろうか。白と黒のもの、食べ物、生き物――とにかく思いつくままに襖の前へ向かう。すると、黒白の色具は俺の側まで降りてきた。
こうなれば指が筆代わりだ。白を基調に、黒い目、耳、手足――以前見世物小屋のビラで見た、黒白の生き物を襖に描く。すると完成した絵が襖に焼き付き、残りの色具もすべて染み込んでいった。
「やったネ咲ちゃん! おや、これは大熊猫(パンダ)かぃ? 流石、上手いじゃあないの」
実に呆気ない最後だったが、確かに黒白はこの襖に封印されているらしい。白の恨めしい声と黒の笑い声が聞こえてくる。
「……早くどっか行ってよ。君なんか大っ嫌いだ」
たとえ白の声でも、胸が抉られるような気分になる。刹那を介抱するためと理由をつけて、襖の前を離れていった。
ふと目を開けると、人の姿をした刹那が隣に寝ていた。
確か刹那を上階の座敷へ寝かせた後、とてつもない眠気に襲われたのだ。八咫に『少し寝ていろよ』、と気遣ってもらってから、記憶がない。
そっと上体を起こして、刹那の掛け布団をめくってみる。赤い着物の中に、泥は詰まっていなかった。
「おい」
最初から目覚めていたのか、刹那はさっと起き上がった。座敷の上にあぐらをかき、「眠いならお前が入れ」、と布団を譲ってくれる。
「どうした? 私はもう平気だ。お前たちのおかげでな」
「いえ、その……あの時は、助けてくれてありがとうございました」
改まって正座をし、まだ本調子ではなさそうな刹那を真っ直ぐに見つめた。沈んだ赤眼は、障子窓に向いている。
「あの時だけじゃなくて、これまでもずっと。だから今度は、俺があなたの役に立ちたい。呪いを解く手がかりを、きっと見つけますから」
膝を握っている刹那の手を取り、熱に浮かされている額につけた。冷たい手が心地良い。しかし刹那は、まったくこちらを向いてはくれない。
「……感じないんだ」
ぽつり、とこぼれた言葉の意味を問うと、刹那は瞼を伏せる。
「お前は私に触れて、何を感じる?」
だらんと力の抜けた手をもう一度額につけ、瞳を閉じた。
「胸がいっぱいになって……じっとしていられなくなる」
瞼を開けると、柔らかく丸まった瞳と視線がぶつかる。しかし刹那はすぐに目を逸らし、俯いてしまった。
「いつか私も、お前に触れてみたい。お前からは、懐かしい匂いがする」
言葉の意味を尋ねる前に、刹那は人を無理やり布団に押し込んできた。強引に襟を掴まれたせいで、着物の前が開いてしまう。自分の胸にある黒い痣を見つけ、大事なことを思い出した。
「そうだ、この紋……!」
洋館で服の金具を留める時に気づいた、刹那のうなじにある花の紋。これが俺の胸にある痣と似ていること、そして川の中で同じ光を放っていたことを話すと、刹那は口を閉ざしてしまった。洋館では痣の存在すら知らない様子だったが、何か思い当たることでもあるのだろうか。
「烏梅さんは、神がつけた目印――『神紋』だって言っていました。でもこれは、俺が生まれた時からある痣だって、父さんに言われたことがあるんです」
「神紋の存在自体は知っている、が……生まれた時からあるということは、今生ではなく前世で付けられたものだろう」
どんな神が、いつ、何のためにこんなことをしたのか。烏梅は読み取れないと言っていたが、刹那にもできないようだった。そして紋に関しても、刹那自身はやはり覚えがないという。
「おいお前、こちらにもあるぞ」
刹那の手が首筋に触れそうになるも、指先は寸前のところで止まった。やはり刹那は緊急時以外、自分から俺に触れようとはしない。
「これは異形のものか? まったく、いつ付けられたんだ」
「神粧の時ですね。異形の神――伍さんが『祝福』だって……」
ふと、あの時伍が口にした言葉がよみがえる。『我はアレが何かを理解している』――伍は、確かにそう言った。
「そういえば伍さんは、刹那さんのことを知っている風でした」
「は……何故それを早く言わない!」
そうだ。もっと早く思い出していれば、骸化の呪いについて何か分かったかもしれないというのに。こんなに大事なことを、今の今まで忘れていた。
「刹那さんが万全になったら、もう一度伍さんを尋ねてみましょう」
それに、神紋については色師が何か知っているかもしれない。一応この国で最上位と名乗っている神だ。
起き上がっているのもやっとの刹那を座敷に残し、彩色の間に向かうことにする。ひとりになった途端。今までの目まぐるしい出来事が、一気にのしかかってきた。
急な階段に座り込み、目を閉じた。瞼の裏には、白――お露の嫌悪に満ちた顔が浮かぶ。
『おい、吾、もう喋っていいか?』
「言っただろう、『私が責め苦を与えてやる』と」
座敷に叩きつけられ倒れていた白は、拘束されて動けないままこちらを睨みつけてきた。
「くっ……ぉお、お前、目障りな女神……もっと早く黒に殺されればよかったんだ。お前は欠陥……生ヅル神と同じ……いづれ世に、災禍を引き起こす……」
絶えず呪いの言葉を吐き続ける白の口に、刹那の鎖が絡みついた。
「しばらく寝ていろ、性悪」
剥き出しの肩甲骨に触れると、上半身のみ肉が戻ってくる。「触れるな」、と振り払おうとする手を掴み、さらに願った――『顔が見たい』、と。
「良かった、少し効いてるみたいですね」
燃え盛る瞳が、何よりも温かく感じる。
「聞け。お前がいくら別人を装おうとも、過ちはその魂に刻まれている。何度巡ろうと、消えないことは確か……ただお前が何度道を誤まろうが、私は決して見捨てない」
言葉が、冷えた胸の中心に沁みていく。
「この身は名も役も分からぬ半端物だが、もしお前の救いになるというのならば――私は、お前だけの神になってやる」
以前「人を慈しむことはない」と笑った唇が、今、確かに――。
「ありがとう、ございます……撤回は無し、ですからね」
赤い衣に包まれた骨を抱き寄せようと、手を広げた時。
『刹那!』
八咫の声が座敷に響いたかと思うと、背中を畳に打ち付けていた。おそらく刹那に突き飛ばされたのだ。刹那との間には、大ぶりの刀が振り下ろされていた。
黒だ。それも山道で見た時と同じ、瞳が禍々しい闇色に染まっている。黒の一太刀は、畳と共に刹那の鎖をも砕いていた。
「グルルルゥ――」
泥を帯びた執神は、低く喉を鳴らしながら足を引きずっていく。
やがて伏せっている白の元へたどり着くと、黒は刀を振り上げた。何が起こったのか理解する前に、刀の切っ先が刺さった白の体が溶けていく。青白い炎を上げながら、燃えていく。そして後に残ったのは、白銀に輝く刀身だった。
「白が、刀に……?」
『咲、もっと下がれ! ヤツら本性を現しやがったな。白は■■の神器、黒はそれを振るう者――■■の執神を名乗っちゃいるが、ヤツらの本質は戦神だ。その気になりゃ、ここら一帯を一振りで吹き飛ばすぜ……』
まずい。今、黒を抑えるものは何もない。次の手を考える間も与えてくれず、黒は刹那に近づいてくる。助けに出てきてくれたが、今の刹那は黒の神紋に抗うだけで精いっぱいのはずだ。畳を這ったまま起きられない刹那を背に庇い、迫りくる黒を睨み上げる。
『……退いテくださイ』
「どかない」
理性の欠片が残っているのか、黒は小さくため息を吐いた。白銀の切っ先を喉元に突きつけられる。
『死にマスよ』
「……死なない。刹那さんの呪いを解くまで、俺は死なない」
死が距離を詰めてきたおかげで、沸騰していた頭が冷えてきた。そうだ。俺は今、作戦の最中だった。
『でハ、サようナら』
白銀の刀に姿を変えた白が、振り下ろされる瞬間。視界の端を通った色の帯に、思わず口角が上がる。
「天晴れだよ、咲ちゃん」
赤、青、黄、緑。折り重なる色の帯が黒を絡めとり、白銀の刀もろとも目の前から消えた。代わりに目の前へ降り立ったのは、「色」の隙間から刹那と同じ赤い瞳を覗かせる神――。
「時間稼ぎはもう十分。さぁ、超高性能型カミサマのお披露目といこうか」
赤、黄、青、緑――刃のように尖った色の帯が、飛び回る黒をどこまでも追っていく。帯の動きに合わせるかのように、座敷が広くなったり狭くなったりしている。
「これが、色師さんの本気……」
「おや咲ちゃん、惚れ直しちゃった?」
黒白を引き離せなくても、二柱まとめて座敷まで誘導できれば上々。さらに色師の支度ができるまで、時間を稼げれば幸いという話だった。これは文句なしの満点だろう。
「グァ、アァアァア――!」
黒は白銀の刀を天井に突き刺し、方向転換した。
『いや、まだだ! 構えやがれ色師!』
八咫の忠告に高笑いで返すと、色師は向かってくる刀の鋒を帯で受け止めた。しかし黒が鋸のように刀を引くと、色の帯は簡単に切れてしまう。
最後の赤い帯に裂け目が入ったところで、色師はゆったり振り返った。
「ねぇ咲ちゃん、お願いだ。今だけアタシの勝利を願っちゃくれないかい?」
声は余裕だが、両足は必死に踏ん張っている。
「アタシは本来、戦向きの性能じゃあないけれど、キミの『願い』がアタシの力になるんだ」
いつものふざけた調子を封印し、色師は切に『願い』を口にする。神が俺(ひと)に願うなんて妙な話だが――。
「お願いします、色師さん……『黒白に勝ってください』!」
願いを叫ぶ。それだけで何かが変わるなど、いまだに信じられないことだ。しかし黒の刀を押し返しはじめた色師を前にして、願いの力は嘘だ、などと言えない。
「嗚呼……人の願いを得るのは久しいねぇ。ありがとう、滝二くん」
こんな時に何をボケているのか。そう返す前に、色の帯が数を増やした。赤、黄、青、緑に加えて、晴天に染まる鮮やかな帯が黒の体に巻き付く。しなやかな帯は黒の抵抗を和らげ、両手足を拘束した。
「よぅし、つまんない色は愉快な色に変えちゃうぞ!」
晴天以外の帯がドロドロに溶け、色の波となって黒を塗りつぶす。もがく黒をもろともせず、あらゆる色の波は白までも飲み込んでしまう。
黒が刀を手放し、手足をだらんと垂れたところで、白が元の人の形に戻った。白も晴天の帯に絡め取られ、座敷の宙に浮かんだ二柱の体は、黒と白の液状に溶けていく。やがて、色具がたぷんと宙に浮いた。
「今だ咲ちゃん! そこの襖に、彼らを使って何か書いて! 長くは抑えてらんない――」
何かって何だろうか。白と黒のもの、食べ物、生き物――とにかく思いつくままに襖の前へ向かう。すると、黒白の色具は俺の側まで降りてきた。
こうなれば指が筆代わりだ。白を基調に、黒い目、耳、手足――以前見世物小屋のビラで見た、黒白の生き物を襖に描く。すると完成した絵が襖に焼き付き、残りの色具もすべて染み込んでいった。
「やったネ咲ちゃん! おや、これは大熊猫(パンダ)かぃ? 流石、上手いじゃあないの」
実に呆気ない最後だったが、確かに黒白はこの襖に封印されているらしい。白の恨めしい声と黒の笑い声が聞こえてくる。
「……早くどっか行ってよ。君なんか大っ嫌いだ」
たとえ白の声でも、胸が抉られるような気分になる。刹那を介抱するためと理由をつけて、襖の前を離れていった。
ふと目を開けると、人の姿をした刹那が隣に寝ていた。
確か刹那を上階の座敷へ寝かせた後、とてつもない眠気に襲われたのだ。八咫に『少し寝ていろよ』、と気遣ってもらってから、記憶がない。
そっと上体を起こして、刹那の掛け布団をめくってみる。赤い着物の中に、泥は詰まっていなかった。
「おい」
最初から目覚めていたのか、刹那はさっと起き上がった。座敷の上にあぐらをかき、「眠いならお前が入れ」、と布団を譲ってくれる。
「どうした? 私はもう平気だ。お前たちのおかげでな」
「いえ、その……あの時は、助けてくれてありがとうございました」
改まって正座をし、まだ本調子ではなさそうな刹那を真っ直ぐに見つめた。沈んだ赤眼は、障子窓に向いている。
「あの時だけじゃなくて、これまでもずっと。だから今度は、俺があなたの役に立ちたい。呪いを解く手がかりを、きっと見つけますから」
膝を握っている刹那の手を取り、熱に浮かされている額につけた。冷たい手が心地良い。しかし刹那は、まったくこちらを向いてはくれない。
「……感じないんだ」
ぽつり、とこぼれた言葉の意味を問うと、刹那は瞼を伏せる。
「お前は私に触れて、何を感じる?」
だらんと力の抜けた手をもう一度額につけ、瞳を閉じた。
「胸がいっぱいになって……じっとしていられなくなる」
瞼を開けると、柔らかく丸まった瞳と視線がぶつかる。しかし刹那はすぐに目を逸らし、俯いてしまった。
「いつか私も、お前に触れてみたい。お前からは、懐かしい匂いがする」
言葉の意味を尋ねる前に、刹那は人を無理やり布団に押し込んできた。強引に襟を掴まれたせいで、着物の前が開いてしまう。自分の胸にある黒い痣を見つけ、大事なことを思い出した。
「そうだ、この紋……!」
洋館で服の金具を留める時に気づいた、刹那のうなじにある花の紋。これが俺の胸にある痣と似ていること、そして川の中で同じ光を放っていたことを話すと、刹那は口を閉ざしてしまった。洋館では痣の存在すら知らない様子だったが、何か思い当たることでもあるのだろうか。
「烏梅さんは、神がつけた目印――『神紋』だって言っていました。でもこれは、俺が生まれた時からある痣だって、父さんに言われたことがあるんです」
「神紋の存在自体は知っている、が……生まれた時からあるということは、今生ではなく前世で付けられたものだろう」
どんな神が、いつ、何のためにこんなことをしたのか。烏梅は読み取れないと言っていたが、刹那にもできないようだった。そして紋に関しても、刹那自身はやはり覚えがないという。
「おいお前、こちらにもあるぞ」
刹那の手が首筋に触れそうになるも、指先は寸前のところで止まった。やはり刹那は緊急時以外、自分から俺に触れようとはしない。
「これは異形のものか? まったく、いつ付けられたんだ」
「神粧の時ですね。異形の神――伍さんが『祝福』だって……」
ふと、あの時伍が口にした言葉がよみがえる。『我はアレが何かを理解している』――伍は、確かにそう言った。
「そういえば伍さんは、刹那さんのことを知っている風でした」
「は……何故それを早く言わない!」
そうだ。もっと早く思い出していれば、骸化の呪いについて何か分かったかもしれないというのに。こんなに大事なことを、今の今まで忘れていた。
「刹那さんが万全になったら、もう一度伍さんを尋ねてみましょう」
それに、神紋については色師が何か知っているかもしれない。一応この国で最上位と名乗っている神だ。
起き上がっているのもやっとの刹那を座敷に残し、彩色の間に向かうことにする。ひとりになった途端。今までの目まぐるしい出来事が、一気にのしかかってきた。
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