花嫁シスター×美食家たち

見早

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entrée:狂食

4.「痛い、美味しい、気持ちいい」

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 音の消えた深夜。
 牢獄の芸術家は、キャンバスをぼうっと見つめていました。布を被せているというのにもかかわらず。

「こんばんは、アール」

 自然に、違和感のない声色を心がけたはずだったのですが。アールはこちらを見てくれません。
 ひとまず「出て行け」とは言われなかったため、格子に背を預け、石畳に座り込みました。

「私は、アールが食人鬼とは思っていません。もちろんエルのことも」

 思ったままに伝えると、深く長い溜め息が反響しました。直後に足音が近づき、体重をかけていた格子が動き出します。

「……話、長くなるならこっちに来なよ」

 促されるままベッドに腰掛けると、アールは対面の作業イスへ腰を落としました。膝に両肘を着き、低い姿勢で俯いています。
 重苦しい静寂を破るため、ゆっくり息を吸い込んだその時。

「どうして選択の時に俺の名前を出した? 任務のためなら、ノットを指名した方が都合よかったはずだろ」

「あいつ黎明教会の神父だし」――と今にも消えてしまいそうな低音には、拒絶の棘が含まれていました。それでもここで怯むわけにはいきません。

「上手くいけば、あなたを自由の身にできるかもしれないって思ったから。思い出の中の風景じゃなくて、アールの目で見た風景を描いてほしくて……」

 芯のない声を見抜かれたのか、「余計なお世話だ」、と冷たい声に遮られました。

「この間の夜……その、『好き』、とか言っただろ。そんな私的な感情で俺を容疑者から外すのは、いくら何でも甘すぎないか? キミはキミの守るもののため、犯人探しに来たんだろうに」

 あぁ神様、お父様。どうか今だけ耳を塞いでいてください。

「それにキミはもう知ってるはずだ。この隠し通路のおかげでアリバイは一切ない。それでも俺が食人鬼じゃないって断言できるのか?」

 私はシスターとして、それに私の小さな世界を守る「私」として、許されないことを申し上げます。

「アールをもっと知りたいから。任務も使命も関係ない、私のワガママです」

 ずっと宙をさまよっていた赤眼が、ようやく私を捉えました。困ったようなアールの顔と、怒ったようなエルの顔が重なって見えます。

「……『俺が食人鬼だ』って言ったら?」

 震える声に、首を強く横に振りました。「アールじゃない」、と揺れる瞳を射抜くように告げると。
 浅い呼吸を繰り返していたアールは、そっと立ち上がりました。そして少しの間を空けて、隣に腰を下ろします。
 私にできることは、ただ彼を信じるということ。痛みや快楽に耐えるよりも、ずっと苦しいことですが。
「アール?」、と横を振り向くと、少し離れたところにある肩が震えていました。必死に何かを抑えようとしているその様子を目にするのは、これで何度目でしょうか。
 そっとアールの肩に手を添えた瞬間。鋭い目が拒絶の色を示し、手を振り払われました。弾かれた手よりも、頭と胸の中心が痺れるように痛みます。

「あ……ごめんなさい」

 とっさの謝罪に、苦悶の表情がより険しくなりました。奥歯を強く噛みしめつつも、「キミの、本当の名前は?」と真っ直ぐに目を見てくれます。

「ロリッサよ。これからはそう呼んで」

 ほっと苦い息を吐き出したところで、「ロリッサ」と呼んでくれました。
 胸の高鳴りを感じながら、顔を上げると。まったく気づかないうちに視界が暗くなりました。
 かすかな熱と息遣いを頬に感じた直後、唇同士が触れ合います。
 乾いた唇は震えていました。息を止め、焼けつくような温度だけを伝えてくる唇は、すぐに離れていきます。
 ひどく辛そうに息を吐いたアールは、「ごめん」と呟きながら立ち上がりました。

「もう夜明け近いだろうし、帰りなよ」

 ここへ来てから、絶えずアールから放たれていた「拒絶」の匂い。今も変わらないはずのそれは、唇に触れた熱によって反転しました。きっと「触れないで」は、「触れてもいい」なのだと。もし勘違いでしたら、羞恥心で焼け死ぬ自信があります。ですがそんなことを怖がっていられるほど、今は余裕がありません。

「早く。上の連中が心配するから、さっさと部屋へ――」

 格子を開けようとしている手に自分のものを重ね、そのままドアを押して閉じました。「帰りたくない」、と言葉を添えて。
 これまでは考えたこともありませんでしたが。自分からこういうことするのは、すごく恥ずかしいことのようです。わざわざ焼死を図らなくとも、頭と心臓が今にも破裂しそうですから。
 思考を奪う羞恥心を振り切るように、こちらを向こうとするアールの体を腕に抱えました。いえ、正確には「投げ技」の構えを取ったと言うべきでしょうか。つま先立ちになったアールの足を払い、見た目よりも重い体をベッドに投げ出します。そして目を見開くアールに構わず、勢いのまま上へ覆いかぶさったものの。
 この後、どうすれば良いのでしょうか――乱れた呼吸を必死に整えようとしていると。半開きになっていたアールの口から、笑い声が上がりました。それも腹を抱えて、目尻に涙まで浮かべています。

「キミってほんと、男前だよね」
「なっ……!?」

 突然発火したのではないかと疑うほど、顔が熱くなったその時。下から伸びてきた手に、そっと抱きしめられました。
 ですがアールは背中に手を回したまま、動く気配はありません。

「もしかしてアール、こういうことは初めてですか?」

 そう尋ねてすぐ、考えなしの発言を後悔させられることになりました。
 目が回るような感覚の後。見下ろしていたはずのアールに、いつの間にか見下ろされていたのです。
「悪い? キミと違って俺は純情だからさ」、と微笑みつつも、胸元の紐を解く手が妙に苛立ちを含んでいます。

「これ、モアが作った服だろ? それになんだよこの跡」

 指摘されて初めて、胸元に赤い跡が点々としていることに気づきました。これは麻疹、でしょうか。

「触ったらいけません! 感染するかも」

 赤い点をなぞる指を掴み、遠ざけようとしたのですが。今晩一深い溜め息を吐いたアールは、首筋に顔を埋めたまま固まってしまいました。

「あ、アール? 本当に病気は怖いですから」

 再び顔を上げたアール――いえ、「エル」は黒い笑みを浮かべていました。

「お前が誰にでも体を許す淫乱で嬉しいよ、ロリッサ」

 あまりにも唐突な入れ替わりに、言葉が出てきません。乾いた喉を必死に動かそうとしていると、赤い点の上を強く吸われました。
 エルは話を聞いていなかったのでしょうか。ですが確かに、私のことをサリーナではなくロリッサと呼びました。

「アイツがお前を信じても、俺はまだ信じられない」

 無機質な言葉に、全身の火照りが冷めていくのと同時に。触れ合うことを幸福に思っていた自分への、凄まじい嫌悪が湧き上がりました。

「疑いだらけでアリバイもないのに俺たちを『信じる』だって? 甘すぎて笑っちゃうよ」
「じゃあ、どうしたら信じてくれるの? 私がエルとアールを信じてるって」

 少しの沈黙の後、エルは胸元から顔を上げました。歪んだ笑みとともに。

「そうだな。お前を俺たちにくれたら、信じてやってもいいよ」

「くれたら」の詳細を求めると、広く温かい手が剥き出しの腹部に触れました。円を描くように指が滑るそこは、胎の上――。

「あれ? 『帰りたくない』って、そういう覚悟ができてるって意味じゃなかったの」

 そこまでするつもりはありませんでした、と口にすれば、エルは落胆するでしょうか。「信じさせる覚悟もないくせに」、と笑うでしょうか。
 ですがアレを破っては、もうシスターでいられなくなります。ビショップやアグネス、幼い弟妹たちと一緒に暮らせなくなって、せっかく手に入れた私の居場所がなくなって――。

「ごめん、なさい。選べない……」

 体の芯から込み上げる恐怖に震えていると、熱い滴が次々と頬を流れていきます。
 こんな顔見せるわけにはいきません、と俯いたところ。荒々しい指にアゴを掴まれ、強制的に上を向かせられました。

「アイツだったらここで止めてただろうね。でも俺はそこまで優しくないし、選べないなら――」

 途中で吐息に変わった言葉が入り込んだ先は、口の中でした。
 押しつぶされるほどに唇が唇を食み、舌先が歯列を乱暴に擦ります。「息ができない」、と胸を叩いて訴えたところ。今度は舌が舌に絡み、アゴに溜まった唾液を飲ませるよう、尖った舌が喉まで入り込んできました。
 今度こそ本気の力で胸を押し返し、込み上げるおえつを吐き出します。むせている間にも腰を強い力で持ち上げられ、突き出た胸の頂を強く吸われました。思考が追いつかない「痛み」と「快楽」、それにじっとしていられなくなるような衝動が混ざり合い、媚びるような声が湧き上がります。

「へぇ……やっぱりココ、そんなに良いんだ」

 吐息混じりの舌が乳房の輪郭から脇腹を伝い、太ももへと向かう内に、「もっとしたい」と「このままではいけない」という気持ちが衝突しました。やや優勢になった「いけない」が命じるままに手を振り上げますが。エルの容赦ない手によって、簡単に押さえ込まれてしまいます。
「イヤ、やだ」、と繰り返すうちにも舌が足を滑り降りていき、太ももの内側をストッキング越しに吸われました。
 危険信号が体中を走り抜け、反射的に踵を振り上げますが。エルの頭に直撃する手前で受け止められ、ストッキングだけが犠牲になりました。
「えっろ」と耳慣れない言葉を聞くと同時に、エルの指が破れた穴の隙間に入り込んできます。
 布越しと直では、肌を撫でられる感触が格段に違いました。短い悲鳴を我慢できず、両手で口を塞いだところ。その手を掴まれ、シーツを裂いた布切れで腕を縛られてしまいます。

「……そろそろ信じる覚悟、できた?」

 肌を滑る手が止まったかと思うと。浅い吐息混じりの低音が鼓膜に響きました。
 抗いがたい快楽に頭を殴られ、体を暴かれ、いっそ何も考えられないままに頷いてしまえたら――どんなに良かったでしょうか。

「それとも」

 急に腹の上から退いたエルは、呼吸を深くしながら視線を床に投げました。

「本気で嫌なら、もうしない」

 目の前の彼――エルは、やはりアールに他なりません。「俺はそこまで優しくない」と言っていましたが、それでも根っこにあるものは同じ。泣きたくなるほど「慈愛」に溢れているのです。
 神様、お父様、任務、海辺の教会、兄弟たち――たとえ一緒にいられなくなっても、大切な場所を「守る」意志に変わりはありません。ですから、どうかお許しください――ただひとつの「私」として、彼を慈しむことを。

「イヤじゃない、から」

 過激に見えて、決して私の意志を無視するようなことはしないエル。そんな彼の美徳を今だけもどかしく感じながら、腹筋に力を入れます。そして起き上がる勢いのまま、無防備な唇を奪いました。
 発火しているのでは、と疑うほどに熱い顔を束ねられた手で隠し、呼吸で肩を揺らしながらもそっと足を開きます。

「遅くなって、申しわけありませんでした……覚悟、できました」

 さらに足を開く幅を大きくすると。意味なし下着を貫通した液体が、太ももを伝って垂れていくのを感じました。
 気持ちの悪い感触に耐えながら、すっかり無言になったエルの反応を待っていると。顔を隠していた腕を横に退かされ、潤んだ目と視線が合いました。赤みの差した純な頬とは対照的な、赤い瞳――。

「エルのこと、間違って殺しちゃうかもしれないから……縛ったままでいい、から」

 だから続けて、と吐き出した息は、早急な口に飲み込まれてしまいました。口を塞がれたまま、足を伝う液体をエルの指が拭います。
 滑った液を太ももに擦り付けていた手が、破れかけのストッキングを引き裂いた直後。力の抜けきった体をベッドに押し倒されました。さらに濡れて気持ちの悪い下着が足首まで降り、足の付け根を持ち上げられます。

「何してるの……?」

 完全に口を噤んでしまったエルの肩を揺らしても、返事はありません。代わりに「聖なる場所」へ、熱い息がかかるのを感じました。それと同時に、欲しがるような視線も。

「待っ――」

 エルが何をするつもりなのか察すると同時に、柔らかい感触が肉のひだへ触れました。瞬間、痺れるような刺激がつま先まで突き抜けます。
 何が行われているのか見る勇気は出ませんが――舌です。舌が溢れる液体を舐め、「聖なる場所」のさらに奥をかき回しています。頭を押し返そうとした手に、エルの指がそっと絡みつきました。

「これ、ダメっ……」

 下を弄ばれているだけなのに、頭の中までぐちゃぐちゃにされているような心地です。
 ちょうど傍にあった枕の端へ噛み付き、声を押し殺すことには成功しましたが。独特な甘い匂いが胸の奥まで広がり、余計に思考が保てません。
 やがて快楽漬けの責め苦が止むと、息を整える間もなく枕を取り上げられました。

「噛むなよ。声、出していいから」

 数年ぶりに聞いたような心地の声は、随分と苦し気でした。それでも固く口を結んでいると。「聖なる場所」をまさぐる指が、肉をかき分けて中へ入ってきました。
 入り口で止まった指が出たり入ったりするうちに、硬く閉じていた中が少しずつ指の侵入を許すようになっていきます。それでも、あるところまで到達した瞬間。

「いっ……」

 噛みしめていた唇から、かすかに声が漏れてしまいました。途端に中から指を抜き取ったエルは、荒い息を整えながら壁の方を向いてしまいます。

「エル……?」
「……ロリッサ。本当にいいんだな」

「聖なる場所」の少し上あたりに、熱くなった肉の塊を押し付けられました。
 この先は授業で聞いただけの、未知の領域――そう改めて認識した途端。期待と恐怖の入り混じったドロドロが、脳内を赤く染めていきました。

「早く答えろよ。もうあんまり待ってやれないから」

 耳をくすぐる舌から逃げようとしたところ。頭を腕で固定され、尖った舌が耳のくぼみを執拗になぞります。その間にも、聖なる場所へ再び指が割り入りました。中でも一番「気持ちいい」が強い入り口の上あたりを、指がしつこく撫でてくるのです。

「そこ、やっ……! もう止め……!」

 少しずつ登り詰める刺激の波に、以前経験した感覚を思い出しました。これが限界まで来ると、思考がまるで働かなくなってしまいます。
 腰をよじって快楽を逃がそうとしますが、指はその場所から離れません。耐え難い刺激が続き、声を出すことすら苦しくなってくると指が止まります。
 快楽と沈黙が何度か繰り返されて、ようやく理解しました。エルはもう止める気などないのです。ならばいっそ、とエルの手を引いたところ。

「でもまだ中キツいし――」
「いいから、痛いの平気だから、早く……!」

「ダメ」と「いい」を行ったり来たりした頭は、もうひとつのことしか考えられませんでした。たとえこの懇願が背徳でも、裏切りになるとしても――。

「もっと時間かけようと思ったのに、お前が煽るから……お前が悪いんだからな」

 言いわけと同時に、熱い塊が「聖なる場所」へ触れた瞬間。水音を立てながら入口を擦る塊に、覚悟していたはずの体が硬くなりました。

「……力、抜いて」

 とっさに頭上で縛られた両手を組み、祈りの形を作ります。そして無理やり押し広げるように侵入する昂りを感じながら、そっと目を閉じました。
 愛しい彼に聞かれないよう、「amen(アーメン)……」と囁きながら。
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