花嫁シスター×美食家たち

見早

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sorbet:友

3.「ダブルフェイス」

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 帰りの車でも、ノットは不自然な笑みを張り付けたままでした。さらに一言も喋る様子がないのです。ふだんは隙あらば私の学習成果を試そうとしたり、「他の兄弟たちにおかしなことをされていないか」、と質問攻めにしたりするのですが。

「教会へ連れて行ってくれて、ありがとうございます。お父様が元気そうで安心しました」
「……良かったですね」

 ひとつ何か言えば十は返ってくるノットが、先ほどからずっとこの調子です。
 やがてお腹の虫が車内に響きはじめました。ノットか、それとも運転手のエルダーか。耳を澄ませていると、不幸なことに私の音だと分かったのです。
 先ほど夕飯を食べたばかりだというのに。沈黙のせいで余計に響きます。

「そろそろ着きますね」
「え? ええ……そうですね」
「今夜は私の部屋でしたか」

 ようやく少し喋るようになったノットは、先に部屋で待つよう言いました。
 ひとまず従っておきましょう、と部屋へお邪魔したところ。相変わらず物の少ない空間がお出迎えしてくれました。
 なぜノットがあのような様子なのか。気づかないうちに何かやらかしてしまったのでしょうか、と思考していると。銀のトレーを持った部屋の主が戻って来ました。
 ティーポットとカップがひと組、それから手のひらよりも少し大きいパイがひと切れ、目の前のテーブルに並びます。

「夕飯が足りなかったのでしょう? どうぞ」

 やはりバレていましたか、と思いつつ早速パイにナイフを差し込みました。久しぶりの空腹が染みて、吐き気を催すほどだったのです。

「これ、何のお肉ですか?」
「ロリッサ、あなた味覚が戻ったのですか?」

 飾らない笑顔を咲かせたノットに、思わず手を止めます。
 そういえば、私の舌はこれを「肉」と認識しました。さらに「美味しい」とも。
 以前アールに話した通り、私はここへ来て贅沢になってしまったのかもしれません。

「少しだけですが、『美味しい』と思えました。料理はいつもアグネスが作ってくれていたけれど、ノットも料理上手だったのね」
「そう、ですか。『美味しい』……良かった」

 これならば後5つは食べられそうですが、もうすぐ寝る時間になります。満たされない感触を紛らわせようと、そのままベッドへ横たわりました。

「こら、はしたないですよ。まさか他の兄弟の部屋でもそうしているのではないでしょうね?」

 他人のベッドで惰眠を貪るほど、さすがの私も神経が太くありません。お小言の止まらないノットを無視して目を閉じていると、やがて辺りが暗くなりました。
 かすかに――ノットから血の匂いがした気がします。
 突然具合でも悪くなったのでしょうか。ノットは人の上に覆いかぶさり、ゆっくりと呼吸をしています。

「以前のあなたは快楽に呑まれることを不安に思っていたようですが、そんなことはあり得ません」
「ええと、何の話?」
「あなたには、どんなに溺れようと『元の自分』に戻ろうとする強い意志がある。大切なものを守り通すと決めたら、絶対に曲げない心が」

 これは今夜の講義、あるいは説教がもう始まっているのでしょうか。ノットが上から見下ろしているという、随分と妙な姿勢で行われていますが。

「それはあなたが幼い頃から、変わらずあなたの目に光り輝いているのです……ロリッサ」

 耳に触れた、熱くも柔らかい感触――唇でしょうか。
 首筋を伝う熱に反応して、体が勝手に震えます。

「あっ、あの! 『強化特訓』はもう結構です。アレをすると、何だか余計ダメになると言いますか」

 聡明なノットであれば聞き入れていただけるでしょう、と期待したのですが。平服越しの胸を押し返そうとすると、爪が食い込むほどの力で腕を掴まれました。

「それは訓練が足りないだけですよ。それにこのくらいのこと、他の兄弟にもされているでしょう?」

 あんなに他の兄弟を警戒するよう言っていたのは、他の誰でもないノットだというのに。なぜ「されている」前提で話をするのでしょう。

「もしかして……」

 今朝の地下室で、危機に陥ったことがバレているのでしょうか。

「もしかして、何ですか?」

 本来の目的を吹っ飛ばしたモアに、純潔を奪われそうになったこと――ですが、天文塔にいたノットがそんなことを知っているはずありません。
 きっと後ろめたいことだから、過剰に考えているだけでしょう。

「そういえば今日は安息日でした。モアが家にいたはずですが……何か問題でもありましたか?」

 お父様といいモアといい、なぜ私の周りは人の思考を読むことに長けているのでしょうか。
「別に問題ありません」、と半ば本気の力でノットの胸を押し返すと。

「知っていましたか? あなたの顔は口よりも正直なんですよ」

 それはつまり「嘘はお見通し」、ということですね。ですがいくら任務とはいえ、ノットにすべて話す義務はありません。
 弱点を責められれば、誰だってああなってしまうはずです。そう、誰だって――。

「そうです!」

 閃いた勢いで、ノットをシーツの波に沈めてしまいました。お叱りの言葉が飛んでくると身構えましたが、これはむしろ好都合ではないでしょうか。

「ノットも知れば良いのです。快楽に抗うことが、どれほど困難なことか」

 そうすればきっと、「訓練が足りない」などというノットの言葉が、どれほど理不尽か分かっていただけるはず。
 簡単に起き上がられては困りますから、回復可能な程度に関節技を決めさせていただきました。

「ロリッサ、何をするつもりですか? 今すぐ止めれば怒りませんから、早く放しなさい!」

 もうすでに怒っているため、放しても良いことはありません。
 ひとまず以前の特訓を思い出し、上着を剥がしてみたところ。鍛えられた白い肌には、薄っすら汗がにじんでいました。昔見たよりも胸板が厚くなっていて、羨ましい限りです。

「あっ、この腕の包帯……任務で怪我をしたのですか?」

 どうりで血の匂いがしたわけです。傷口がうまく塞がっていないのか、包帯には鮮やかな赤が滲んでいました。

「大丈夫ですか? でもこの程度ならば支障はないでしょうから、続けますね」
「シスター・ロリッサ、止めなさい。神父にはシスターを解職する権限があるのですよ?」
「権力で脅すなんて、ノットらしくありませんね。それにビショップならまだしも、プリエストのノットにそんな権限ないのでは?」

 男性の胸の頂も、女性とそこまで造りは変わらないようです。ひとまずノットの手の動きを思い出し、先端の周りを指先でなぞってみましたが――特に反応はありません。
 眉ひとつ動かさないところを見ると、我慢しているわけでもなさそうです。

「何も感じないのですか?」
「ええ、別に。いいから放しなさい」

 少し乱暴になった口調に対し、背筋が震えると同時に。「もっとしてみたい」という好奇心が芽生えました。
 前回の特訓では、あんなに情けない声を聞かれてしまいましたから。こちらにも、ノットのそんな声を聞く権利があるのではないでしょうか。

「分かったでしょう? 何をしても無駄ですから、早く放しなさい」

 でしたら手っ取り早い方法を試すだけです。
 少し張っていた下半身に触れると、明らかにノットの足が震えました。熱の発散方法を教わった時、ノットがココを懸命に擦っていた覚えがあります。

「ええと。脱がせますね」

 ノットが何か言う前に、さっさとベルトを外そうとしたのですが――手が動きません。服を脱がす程度、兄弟たちの着替えの面倒を見る時に散々やったというのに。
「無理をするものではありません」、と冷淡な声で言われ続けるうちにようやくベルトが外れ、下着から肉の塊を取り出すことができました。

「……これ以上すれば、後悔することになります」

 金の髪がカーテンになって、ノットの表情はあまり分かりませんが。ここまで来たら、やる以外の選択肢はありません。
 力が入らない様子のたくましい両腕を足で固定し、申し訳ないとは思いつつもノットの胸に腰を下ろしました。そうして固定した状態で、腹部にくっついている肉の塊に触れたところ。

「あっ、思ったよりスベスベですね。それに何だか……」

 指が溶けてしまいそうなほど熱く、硬くなっています。なぜかそれを口にすることがためらわれ、ノットの反応を待っていたのですが――苦しそうな吐息が繰り返されるだけで、言葉がなくなってしまいました。
 前にノットがしていた通り、棒状の肉を手のひらで握り、上下に擦ってみたところ。より大きな吐息と共に、聞いたことのない声がノットの口から漏れ出ました。
 やはり「気持ちいい」は、ノットでも抗えないほどの強敵なのですね。

「分かっていただけましたか? こうされると、どんなに不本意でも抵抗できなくなってしまいますよね。ねぇノット、聞こえてる?」

 肉の先端から溢れる水のようなものが手にくっつくと、より反応が大きくなりました。乾いているより、濡れている方が気持ち良いのでしょうか。

「ノット、ごめんなさい」

 短い唸り声を上げながら、体をビクッと動かすノットを観察するうちに、何だかとてつもなく悪いことをしている気分になってきました。

「人にされて嫌なことは、してはいけないと教わったのに……どうしましょう」

 いけないと分かっているのに、なぜこの手は止まらないのでしょうか。

「ろ、リッサ、放して、放し……なさいっ」

 ノットの余裕が一切なくなってきた頃。擦っていた塊が、小さく脈打つようになりました。もしかするとこれは、以前見た白いアレが出る前兆なのでしょうか。
 そういえばアグネスの授業で、「男はこれを出したいんだ」と習いました。アグネスのことを思い出すと罪悪感を覚えますが――これは任務の中で起こっていること。情愛ではありません。
 今は後ろめたさを胸にしまいましょう、と擦る手を早めたその時。

「わっ! え、なんで」

 たしかに動けなくしていたはず――なのですが。気づいた時には、マウントを取り返されていたのです。

「ノット……?」

 見たことのないギラついた視線に、一瞬で口を塞がれました。この瞳に揺れる熱を、苦し気な吐息を、私は少しだけ知っています。
 ですが――かすかに懺悔の滲む瞳は、地下に囚われている彼と違っていました。

「折檻なら任務が終わった後、甘んじて受けますから。だから今は」

 ただ荒い息を吐き出すだけで、ノットは歯を噛みしめています。そして額を伝う玉のような汗が、頬に落ちてきた瞬間。

「手淫なんて、誰から教わったんですか」

 まともに答える間も与えられずドレスを脱がされ、早急な指が下着の中へ侵入しました。粘り気を帯びた水音が、静かな部屋を満たしていきます。

「あっ、え、何で濡れて……」

 触られてまだ少しも経っていないというのに、なぜこんな状態になっているのでしょうか。

「何で? これは人の痴態を見て興奮した証拠ですよ、シスター・ロリッサ」

 流れ落ちる体液を、2本の指が「聖なる場所」へ塗り付けているようです。他よりも「気持ちいい」が強くなる弱点に指が引っかかる度、腰が勝手に動いてしまいます。

「こんな簡単に良くなって……まさか純潔を奪われていないでしょうね?」
「奪われてない! ないから、離れてください!」

 するとノットの胸に背中を預ける形で抱きしめられ、バタつかせていた足をノットの足で固定されてしまいました。いくらノットが相手とはいえ、このように弱点を晒しては正気でいられません。
「これ、恐いです」、と歪む視界でノットを振り返ると。「大丈夫」という低い囁きが鼓膜を震わせました。
 水音を立てながら足の間をかき回していた指が、「聖なる場所」の肉をかき分け、さらに奥へ割り入ってきます。腹を圧迫されるような感覚に、つい声を漏らすと。

「……まだキツイですね」
 独り言のような呟きが耳を撫でた後。ノットは私を抱えると、向かい合うように膝立ちさせます。

「え……何?」
「決して座らないでくださいね。膜を破ってしまいますから」

 吐息が頬から首筋、鎖骨から乳房へと降りていき、最後に滑った感触が胸の頂を覆いました。痛いほどに尖った先端を、舌と唇が強弱や動き方を変えて弄んでいます。
 その間も休むことなく、指は「聖なる場所」の肉を擦り続けていました。やがて入り口を突いていた指が中へ進み、浅いところの壁を圧迫しはじめます。

「それ、なんか変……やっ、そこ、いや……!」

 思考が焼き切れるほどの「気持ちいい」に、口を塞いでいたはずの手が外れてしまいました。

「はぁ……もう声ダダ漏れですね」

 いつの間にベッドへ倒れたのでしょうか。ぐちゃぐちゃに混ざった頭を置き去りにして、ノットの指が辛いほど「気持ちいい」ところを執拗に押してきます。

「ほんと、やめて、何かおかしいの、ねぇ、指やめて!」

 必死に懇願するほど腕が強く腰に巻きつき、責め立てる快楽を逃さないよう固定されました。やがて何かが体の奥底から湧き上がる感覚が、限界まで達した瞬間。
 視界に火花が走ると同時に、背中が跳ね上がりました。
 今、何が起こったのでしょうか。
 ようやくノットが腰を解放してくれた後、空っぽの頭で天井を見つめていると。遠慮がちな手が、汗ばんだ額に触れました。
 優しい腕に抱きしめられると、「こんなの虚しいだけなのに」――と今にも泣きそうな囁きが耳をかすめます。

「……ノットは、教えてくださったのでしょう? これも任務に必要な経験だから」
「それは……」

 鈍い光を放つ碧眼を、ノットはふと逸らしました。

「ええ、そうです。あなたは花嫁候補としてこの場に潜入しているのですから。これも快楽に耐える特訓、ですから」

 そう言いつつも、やはりノットは不安そうです。今度は私から腕を回し、自分よりも大きな頭を胸に抱きしめました。

「大丈夫。私は平気ですよ、ノット。きっと食人鬼を見つけて、お父様の憂いを晴らしましょう」

 返事の代わりに、かすかに震えた腕が背中へ回りました。
 いったい何が、ノットをそこまで不安にさせているのでしょうか。
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