花嫁シスター×美食家たち

見早

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sorbet:友

1.「ご招待」

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1.「ご招待」



「至高の香味とは、愛する者の放つ芳香」――ここに課題の答えがあったのだと気づいたその日。
 気絶したモアを部屋へ送り届けたその足で、自室に籠っているギュスターヴを訪ねました。
 さすがに急すぎたかと思ったのですが。事前の約束はなかったにもかかわらず、普段忙しそうな当主は快く部屋へ入れてくださいました。

「それで、キミはどんなソルベを思いついたんだい?」

 100人に提案したら、99人は「正気ではない」と答えるでしょう。ですが予想通り、マダーマム家の当主様は残りのひとりに該当したようです。
「時間かかりそうだし、さっそく準備しよう」、と招待客リストを片手に立ち上がりました。
 リストの下には、黒の表紙にナイフとフォークの家紋がついた名簿のようなものが置いてあります。あれはもしかすると――。

「で? この素晴らしいアイデアは、いつどうやって閃いたんだい?」
「それは……」

 言えません。あなたの息子2人に体を弄ばれている時、エルの匂いを嗅いで「おいしそう」と思った瞬間に閃いた、などとは到底――。
 輝くばかりの笑顔を浮かべているギュスターヴから視線を逸らしていると。彼は手元のリストを胸にしまい、銀の杖を手に取りました。

「さて、ひとまず天文塔へ行こうか。キミにもついてきて欲しいんだけど、いいかな?」



「いやー。正直だいぶ準備に手間取りそうだけれど、それこそ晩餐会の醍醐味だね! 当日より、準備をする期間が楽しいものなんだよこういうのは」

 後部座席に、2人で乗り込んでからというものの。すぐ隣からは、硝煙と花が混じったような香水の匂いが漂っています。
 ここまで近寄ったことがなかったために気づきませんでしたが、ギュスターヴの面立ちはアールとよく似ていました。そのせいで余計に落ち着きません。

「お客さんの驚き悔しがる顔が楽しみだなぁ」

 ですが、これは好機です。モアの話によると、ギュスターヴは異食家たちの集いであるグルマンディーズの一員――今なら何か情報が得られるかもしれません。
 ひとまず、先ほど胸にしまっていたリストについて尋ねてみましょうか、とギュスターヴを振り向いたところ。

「お嬢さんは、アールとも仲良くしてくれているみたいだね」
「はい、まぁ……え?」

 ギュスターヴは妙に上機嫌でした。もう随分前になりますが、アールのことを食堂で尋ねた時――「私がいないと言ったらいないんだよ」、などとアールの存在を隠していた人が。アールを幽閉するよう命じた本人が、です。これはどういったわけなのでしょう。

「あの子は一番私に似ていてね。大変だと思うけれど、これからもよろしく頼むよ」

 似てるというのは顔か、それとも性格か。いえ、性格はありえません。と、そんなことよりもです。
 暗に「これ以上詮索するな」、と言われたにもかかわらず。私はヴェーダに鍵を盗ませ、勝手に地下へ何度も出入りしているのです。アールと会っていることを知っている、ということは。私の犯行についても見抜いているという事ではないでしょうか。

「誠に申し訳ございません」
「おや、何のことかな? それでさぁー、今のところ誰が1番気になってるのか、おじさんにこっそり教えてくれない?」

 これはもしや、お気づきでないのでしょうか。それとも、知ったうえで黙認するような事情に変わったのでしょうか。
 人懐っこい笑みを浮かべ、ご兄弟の話を聞きたがるギュスターヴの真意が読めません。
 不自然に笑うことしかできないまま、そのうちウェルズ中央区の象徴である天文塔が見えてきました。

「じゃあ私はキミのアイデアを形にしてくるから、キミはここで案内人を待っててね!」
「あっ、ギュスターヴ様!」

 結局、グルマンディーズどころか招待客についても聞けないままです。
 手を伸ばした頃には、時すでに遅し――正面の無限階段を、銀の杖をつきながら軽やかに上っていきました。はたしてあの杖は必要あるのでしょうか。
 案内人とは、きっとまたリアンのことでしょう。黒のスーツとローブを身につけた方々が行き交う中、リアンの姿を探していると。

「ちょっと、そこの可愛いお姉さん」

 聞き覚えのある声が、どこからか響きました。ですがあの声はまさか。

「亜麻色の髪にヘーゼルの瞳で黒のドレスを着た小柄で胸の控えめな――」
「パイル!?」

 敷地の門に沿って植えられているプラタナスの影に、ハンチング帽の記者の姿がありました。パイルと顔を合わせるのは2週間ぶりでしょうか。

「やっ、サリーナ。あの時はえっと、見苦しいところを見せちゃったね。とにかくボクはもう完全復活! そっちは元気でやってる?」

 微妙に視線が合わないところを見ると、あの夜のことが相当なトラウマになっていることがうかがえます。ですがその点以外は、まったく以前の彼女と同じ調子でした。

「ええ、私は何とか。でもパイルはどうしてここに?」
「ちょっと天文塔に用があってねぇ。こーやって、出入り口で張り込んでるんだ」

 パイルは深入りしたことを反省――もとい後悔したのでしょうか。そう複雑な気持ちになったのも束の間。

「もう1週間ちょっとで晩餐会がはじまるけどさ、その招待客のリストに『特殊なお客さん』が載ってるって話……面白そうだと思わない?」

 やはりパイルはパイルです。さすがにアールのことからは手を引いたようですが、晩餐会については予行会の件で余計に興味が湧いたのでしょう。

「もしかしたらサリーナも知ってるかもだけど、異食家たちのクラブってのがあって――」
「グルマンディーズ?」
「そうそれ! さすがだね。その秘密クラブの会員には、『特別会員』ってのがあるらしんだけどさぁ。彼らは特に変わった異食家らしくってね。それって魔人病に関係あるかも、なんて」

 やはりパイルも、グルマンディーズのメンバーに食人鬼がいると予測しているのでしょうか。ですが言いたいことだけ言い、パイルは私に元の場所へ戻るよう促しました。去り際、「あなたとまた会いたかったんだ」、と握手を交わして。
 何か嫌な予感がしたのですが――手にはパイルの名刺が残っていました。やはり彼女、懲りていません。

「サリーナさん、お待たせいたしました。もうそろそろ始まりますよ」

 何が、と尋ねる間もなくリアンは腕を差し出してきました。名刺を太ももの隠しポケットに差し込み、リアンの腕を取ります。
 リアンに対する仰々しい挨拶の連鎖から解放されのは、大勢の人がチェス盤のように詰まった『天文塔議事堂』に着いた後でした。
 ここでは政治的影響力のある三勢力――『ウェルズ政府(通称天文塔)』、『ウェルズ王室』、そして『黎明教会』の代表格が集まり、定期的に会議を開くのだそうです。
 後方の傍聴席に案内された後、リアンはざわめきに負けない声で「愚弟がいますね」、と前方の席を指しました。

「何でも彼の上司……海辺の教会の代表であられるビショップ・エブライヒ様が療養中ということで、次席の彼が代理になったそうですよ」

 やはり、リアンは私の正体に気づいているのでしょうか。
 わざわざ説明してくださった意図を測らずにはいられませんが、今はそれよりもお父様の体調が気がかりです。外出できないほど悪いのでしょうか。

「あぁ、始まりますね。ここからはどうぞお静かに」

 いっそ帰りに教会へ寄ってみましょう、と考えていると。

「次、食人鬼(グルマン)の第4被害者について。今期は黎明教会から情報の提供があるそうです」

 答弁台へ上る神父様は、なんとノットでした。確かノットと最後に話した時、「食人鬼の使用した凶器や証拠隠滅の道具についてはおおよそ特定できた」、と言っていたのですが。

「でもそこまで分かるなら、犯人の予測もできるんじゃ」
「サリーナさん、しっ!」

 私の倍は大きな声で注意された後。ノットが発言したことのほとんどは、私がこれまでに聞いたことのある内容でした。
 ひと月あまり前にノットと訪れた古宿――リィンベル嬢の殺害現場と思しき場所での考察。そして町の教会でうかがった、ゾルディ夫人の異変に関する推測。グルマンディーズの名はでてきませんでしたが、ノットの説得力に満ちた話に、お偉方たちは深く頷いていらっしゃいました。ですが当然、すべての方がそうというわけではありません。

「失礼ながら、プリエスト・ノット。あなたはマダーマム家のご子息であらせられる。その推測は『噂』の尽きないご実家から、疑いの目を逸らそうとする方便ではあるまいね?」

 非常に不愉快かつ失礼な祭服のご老人(どこかで見たことがあります)ですが、私に彼を非難する権利などありません。ノットの家族であることを理解しながら、私もまだ彼の家族を疑っているのですから。
 ただし。あのご老人とは違い、私には『噂』ではなく『確信』があります。他ならぬこの目で、食人鬼がマダーマム家の中へ逃げ込むところを目撃しているのです。それから、紋章が入ったこの指輪も。

「仰る通り。我が家の家業、成り立ち、他にも『少々個性的な嗜好』からそういった疑いが向くことは当然理解しております。しかし第1から第4の被害者まで、家族全員必ずどこかにアリバイが存在するのです。では『家族ぐるみでの犯行では?』などと疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。それに関しては潔白を証明できるものはありません。ただし証拠も動機もない、というのもまた真実なのです」

 まさにその通りです。古宿に一片の証拠も残されていなかったように、屋敷にも証拠となり得るものは見つかっていません。家業柄、刃物などは豊富にあるとしても。それが証拠になるのであれば、包丁のある家全部を疑わなくてはならないでしょう。
 それに動機も。天文塔の職員のご令嬢、町の神父夫人、それからイーストエンドで暮らしていた娼婦、浮浪者の方――名と身分を並べても、いまだに何も見えてこないのです。あのノットの頭脳をもってしても。
 一刻ほどの会議の後。正面玄関で合流したノットは、珍しく不機嫌そうに隣のリアンを睨みました。さらに鋭い視線は、私の肩を抱いているリアンの手に注がれています。
「おや、これは失礼」とリアンが手を退けても、ノットは無言のままでした。
 そういえば、この2人が言葉を交わしているところを見たことがありません。食事の時も、廊下ですれ違う時も。

「行きましょう、サリーナ様」
「えっ、ノット?」

 さっさと階段を降りようとするノットに手を引かれつつ、リアンを振り返ります。せめて案内してくれたことへのお礼くらいはすべきでしょう、と思ったのですが。
 遠ざかっていくリアンは、取ってつけたような笑みで手を振っていました。
 帰りの車に乗り込んでからも、ノットは無言を貫いています。それでも耳元に口を寄せ、ビショップの名を出したところ――ノットは私が「一度教会へ帰りたい」と言い出すことを分かっていたのでしょうか。軽いため息ひとつで承諾してくださいました。

「ビショップのことは、そんなに心配するほどではないのですが」
「でも今日の会議だって、ノットが代理で出ていたじゃない。お手紙はいただきますが、実際にお顔を見なければ安心できません」

 ひと月も体調を崩すような風邪があるのでしょうか。悪い病にかかっていたらと思うと、じっとしていられません。
 それにしても、ノットの不機嫌は何なのでしょう。お父様のお顔を見れば、少しはその眉間のシワも伸びるでしょうか。
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