花嫁シスター×美食家たち

見早

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poisson:食

次男の受難:3.「たまの贅沢」

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「天使がいなくてツライ……」

 まったく――我々の偉大なる父は、アルコールが回るとすぐにこうなってしまいます。「天使」本人の前でこういった姿を見せないところだけは、まぁ関心しますが。

「騒がしいですよ、ビショップ。下で寝ている子どもたちが起きてしまいます」
「だってもう1か月も会えてないんだよ? 娘欠乏症になるよぉ」

 せっかく今夜のささやかな宴のために、シスター・アグネスがパンとチーズ、それからビショップの好きな花のサラダを用意してくれたというのに。
 ビショップは我々の妹の名を叫ぶだけ叫んだ後、円卓に伏せてしまいました。それも即刻いびきをかいて。

「あーあ、寝ちまいやがったよ親父殿。おい、せめて飯食ってから寝ろよ!」

 1杯目のぶどう酒を飲み干したアグネスは、嘆きつつもビショップの肩へ毛布をかけてあげています。こういった家族想いなところは彼女の美点ですが、際限なしに飲酒しないよう見張っていなければ。

「ノットぉ、何でお前はいっつも飲まねぇんだ? あぁ、さては下戸か」

 もう酔っているのでしょうか。こういった家族での宴をする際にぶどうジュースを嗜むのは、「飲酒は教義に反するから」と何度も伝えているのですが。

「そりゃ旧約だろー? 神の代行者は神じゃなくて『人』なんだ。たまにちっとくらい贅沢したってバチは当たんねぇって。オレらの親父殿だって、いつもそう言ってんだから」
「ですが組織の規律は守られなければ意味がありません。たとえ私ひとりだろうと、貫き通さなければ」

 罪のない人などこの世にないでしょう。ですから神の代行者とはいえ、たったひとつならば――ビショップの仰る通り、己の手綱を緩めたとしても許されるのではないでしょうか。ですが飲酒、喫煙、賭博など際限がないのはいけません。

「相変わらずご立派ですねぇ、その年でプリエストの神父様は」

 今日は絡み酒でしょうか。
 それにしてもこのぶどうジュース、アルコールのような匂いがします。ジュースの割に芳醇で、熟成された渋みが舌に絡むような――。

「何だかこの部屋暑くないですか? 換気しましょう」

 このまま酒気を帯びた空気を吸っていては、飲酒していなくても気分が酔ってしまいそうです。
 後ろの窓を開けようとして、立ち上がったところ。

「バッ……声が外に聞こえんだろ! ガキどもが起きたらどうする」

 尋常ではない速さで、アグネスは窓を閉めてしまいました。まるで私が立ち上がることを事前に分かっていたかのように。
 アグネスは珍しく眼帯を取り、その下の古傷をなぞっています。あの傷について詳しく尋ねたことはありませんが、彼女と私が10代の頃――あれは刀傷だと、本人が話してくれたことがありました。
 なぜか思考が揺れて、昔の思い出ばかりがよみがえります。そしてやはり、平服が熱く感じます。

「それにしたってオマエ、そんなガチガチでよく今まで人間やってこれたな。ここに来て10年くらいになるか? その間、本当に女買ったりしてねぇのかよ」

 この手の質問を、まともに取り合ったことなどないのですが。少しぼうっとした頭で、「は……い」と答えてしまいました。
 先日のアレはノーカウントでしょう。相手は妹――でなければいけない彼女。あの時の感触が、匂いが、頭と指から離れません。
 いっそ誰かに破られるくらいなら――。

「そうか。だったら結婚、とかも考えてねぇよな」

 アグネスの密かな低音に、おぞましい思考が飛び去って行きました。
 まったく。あのようなことを考えるなど、熱でもあるのでしょうか。

「私は自分の血を、後世に残す気はありませんから……アグネスは結婚願望があるのですか? ここを出ることになるのに?」

 結婚――つまり純潔でなくなるとなれば、シスターは自動的に退会となります。もう長い間職務を共にする彼女の幸せを、個人の感情で妨げてはならないと分かってはいるのですが。

「そうなれば少し、寂しいですね」
「え……まぁでもよ、オレみたいなのもらってくれる物好きいるわけねぇし」

 やはりアグネスは飲み過ぎているのか、頬から耳まで赤くなっています。彼女の輝かしい褐色の肌でも分かるほどに。

「そんなことありません。アグネスは自分より小さいものに優しいですし、海辺の教会一の働き者ではないですか」

 さり気なくぶどう酒のボトルを隠し、バレないように微笑みました。

「じゃ、じゃあ、オマエがお、オレを……」
「私は教義の遵守を他の者たちに強いることはしませんし、幸せを求める人のことは全力で応援するつもりですから。良い人ができたら教えてくださいね」

 寂しさを押し込め、真心で応援したつもりだったのですが――アグネスはテーブルをひっくり返す勢いで立ち上がりました。

「っ……の天然ヤロウが! しね!」
「はい?」
「オマエ、そういうとこタチ悪いぞ!」

 宥める間もなく、隠していたボトルを取り上げられました。そしてアグネスは仁王立ちしたまま、ボトルから直接残りを飲み干してしまったのです。止める隙もないうちに。

「いやぁ、この子ったら珍しく荒れていたな」

 アグネスがテーブルに伏せたのと入れ違いで、ビショップが起き上がりました。

「いつから起きていたんですか?」
「うーん、割と最初から。これでもみんなのお父さんとして、気を遣ってたんだからね」

 今の状況で、いったい何に対して気を遣っていたというのでしょう。ビショップはただ寝ていただけだと思うのですが。
 なぜか火照る顔をビショップに近づけて抗議すると、「ほんとお前、そういうとこだなぁ」と笑われました。

「あの、ビショップ」
「うん、なんだい?」

 12年前からずっと変わらない笑顔――。

「先日のことも、本当に記憶が……」

 言いかけたところで拳を握り、我に返ることができました。
 不思議そうに首を傾げるビショップに、今できる精いっぱいの笑顔でボトルを差し出します。

「いえ、何でもありません。お代わり注ぎますね」
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