花嫁シスター×美食家たち

見早

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potage:器

5.「召し上がれ!」

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「自分から言わないなら、当ててあげようか?」

 格子を背にしたまま、びくともしない腕の中で作戦を考えていると。沈黙に痺れを切らしたモアにアゴを掴まれ、無理やり上を向かせられました。

「黎明教会のシスター『サリーナ』は、食人鬼(グルマン)を探しにこの家へ来た……そうでしょ?」

 頷くことはできませんが、否定もできません。すでにモアの目には、覆ることのない確信が宿っていますから。

「やっぱりアンタ、潜入向いてないよ」

 いつか射撃場で言われたものと同じセリフに、軽く唇を噛みました。
 モアはずっと気づいていたのです。私がこの屋敷に来た、真の目的について。

「沈黙は肯定ってことね。まぁ、食人鬼探しは別に構わないけど」
「え……どうして?」

 この家族を疑い、探っていたことを咎めないのか。そうモアの腕を掴んで問いかけると、モアは「むしろ好都合」、と答えました。
 世間からの疑いの目はもう嫌というほどマダーマム家に向いているため、いっそ気が済むまで調べればいいと言うのです。さらに真相が明らかになれば、ようやく誤解が解けるとも。

「それで。今アンタはアールを疑ってるんでしょ? アールの秘密を記者に売って、何か良い情報は掴めそう?」

 モアからの研ぎ澄まされた殺気。それが頬を掠めていったことでようやく、彼の意図を理解しました。
「私を好き」などとというのは、やはり嘘。あれはパイルの名刺を、私の部屋からヴェーダに探させるための時間稼ぎに過ぎなかったのです。そして彼の目的は、「アールを守る」ことにあるのだと。
 モアが家族を守ろうというのならば、同じく家族を守ろうとしている私も誠意を見せなければ――。

「売りません。これまでも、これからも。『疑わしきは罰せず』……彼にはまだ十分なアリバイがありますし、それに」
「それに?」

 逃がさない、と腕を握る手に力を込めるモア。そして格子の向こうで俯いているアール。それぞれを見遣り、深く息を吸い込みます。

「あなたたち家族を、少しだけ信じてみたいんです」

 あぁ神様、お父様――こんなこと、本来言うべきではありませんね。だって私は任務のためにここへ来たのですから。
 モアもアールも唇を引き結び、決して穏やかではない空気を放っています。それでも、これだけは伝えなければなりません。

「最初はご兄弟の誰かが食人鬼なんだろうって、決めつけて乗り込んだのですが……ノットはもちろん、リアンも、モアも、アールも、みんな悪い人ではないなって思うようになりまして。あっ、リアンはやっぱりちょっとヤバい人だなって思いますけれど。でも、私が知っている『本物の悪い人』とは違うんです」

 弁解がどこへ着地するのか、自分でも分からなくなってきた頃。頬に食い込んでいたモアの指が離れていきました。

「僕もリアンはヤバいと思う。ねぇ、アール」
「あぁ、それは俺も思うけどさ。結局何がしたいんだよ、モア。彼女には自由にさせるんだろ?」

 するとモアはパイルの名刺を、私の胸に押し付けてきました。それもちょうど噛み痕の残る辺りに。

「僕たち家族を信じるって言うなら……どうするの、これ」

 淡々としているようで、刃の隠された声色――調査を許してくれたとはいっても、やはりアールに危険が及ぶことは容認しないようです。
 パイルの電話番号が書かれた名刺を軽く握り、石畳の上に落としました。

「アール。マッチ、持っていますか?」

 あちこちに燭台があるのですから、きっとお持ちでしょう。そう期待していると、アールは道具箱らしきものの中からマッチを持ってきてくれました。

「はい。何する気?」

 油絵の匂いが分かるほど近くに寄ると、噛み痕がツキンと疼きます。すぐにアールから視線を背け、マッチ棒の火を名刺に移しました。
 一度きりのダイヤルでしたし、もう番号は覚えていません。この先二度とかけることはないのですから、これで良いのでしょう。
 エル――彼の存在は、パイルがもつどのような情報よりも食人鬼に近いのではないか。そんな気がするのです。
 灰になっていく名刺を見つめながら、脈の速くなる胸を押さえていると。

「アンタがもし家の秘密を守らなかったらどうなってたか……教えてあげようか?」



 なぜか憐れみの表情を浮かべたアールに別れを告げ、沈黙したモアに抱えられていった先は談話室の外でした。
 薄暗い廊下の先にはマチルダ、それからルイーズが燭台を挟んで話をしています。あそこはたしか食堂の前でしたか。

「あらぁサリーナちゃん、素敵なドレスね。黒の方がもっと似合いそうだけれど」
「お母様……サリーナは秘密を守ったから。あとは好きにして」

 モアは何を言っているのか。ルイーズは何を知っているのか。
 疑問が頭を旋回するうちに、妖艶な笑みを浮かべるルイーズの前へ体を下ろされました。モアは薄暗闇の中へさっさと行ってしまいます。

「あらモア、見ていかないの?」
「……知り合いはちょっとヤダ」

 見る、とは。知り合い、とは。一切話が見えないまま、マチルダが食堂の両開きドアを片側だけ開きました。
 真夜中だというのに、中にはぼんやりと明かりが灯っています。人の気配はするのですが、銀の燭台と大皿の連なる長テーブルには誰もついていません。
「こんな時間にすごいご馳走ですね」、とテーブルを見渡したところ――見覚えのある中央の皿に、これまた見覚えのあるハンチング帽の方が拘束されていました。

「パイル!? どうしてそんな!」

 帽子以外服を全部剥かれ、ベルトと鎖で両手両足を縛られ、さらにはテーブルクロスと同じ黒のレース地で、目と口を塞がれています。
 ほぼ裸で拘束ならば、私も経験のある拷問ですが。テーブルの中心に横たわった裸体には、パイルが身をよじる度に粘ついた音を立てる「何か」がかけられています。まるでデザートの桃(ピーチ)にかけられたはちみつのようなものが。
 まさか彼――彼女を食べようと言うのでしょうか。

「ひとまず席に着きなさいな、サリーナちゃん。食事開始の合図はもうすぐだから、ね?」

 暗がりの中微笑むルイーズの顔には、濃い紫の影が落ちています。
 ざわざわと鳴る耳を塞ぎ、何とか呼吸を保とうとしていると。普段通り淡々としたマチルダに席へ案内されました。いつも座っている席ではなく、パイルが良く見える中央の席です。

「お嬢様方! 夜の香が食欲をそそるこの時間に、ようこそお集まりいただきました。これより、次期行われる晩餐会の予行会――兼『器』の試作会をはじめたく存じます」

 ルイーズはヒールのまま食卓に飛び乗りました。そして挨拶を続けながらも、燭台と皿を避けながらテーブルの中央へ近づいてきます。

「美食において食材、調理法、盛り付けはもちろん重要ですが。食卓を囲む人、空間の演出、そして料理を盛り付ける『器』も同様――どれも手を抜くわけにはまいりません」

 濃いオレンジの明かりに照らされる、パイルの麻色の肌。そして拘束された肌にまとわりついている、光る液体――思い出しました。パイルが乗せられている大皿は、以前リアンと行った貿易商の店の半地下に置いてあったものです。あそこで拘束されていた女性たちの姿がフラッシュバックした瞬間、ようやく「器」の意味が分かりました。
 この人たちはパイルを食べようとしているのではなく、パイルを器の一部にしているのです。
 やがてルイーズの黒いピンヒールが、すぐ目の前で止まりました。

「さて。禁断の園に足を踏み入れた子羊がどうなるのか……教えてあ、げ、る」

 日の下ではあんなに麗しく見えた碧眼が、妖しく鋭い眼光でパイルを見下ろしています。

「お手を借りてもいいかしら、サリーナちゃん。これからこの子に、世の中のルールを教えてあげるのよ。もちろんウチのやり方でね」

「砕いたアーモンドとアプリコットのソースです」、とマチルダが渡した大瓶を、ルイーズはパイルの体にためらいなく垂らしました。
 液体が冷たいのか、それとも視覚を封じられて感覚が鋭くなっているのか。パイルは必死に喉を鳴らしています。
 助けないと――そう、頭では分かっているのですが。

「さぁ、召し上がれ。食材と器の境界がなくなるまで舐めて、貪って、味わい尽くしてね」

 薄闇の明かりが演出する狂食の宴を前に、体が動かなくなりました。目の前で悶えるパイルを、ただじっと見守っていると――ルイーズの合図を受けたマチルダが、黒のテーブルクロスを乱して卓の上に降り立ちます。

「お手本をお見せします、サリーナさま……こうやって丹念に、丁寧に舐って差し上げるのです。そうすれば、器のお方もよろこびます」
「ねぇマチルダ? 髪だけじゃなくて、体の方も舐めて差し上げてね」

 マチルダの小さく赤い舌が、パイルの耳や頬、首を隙間なく舐め続け、やがて鎖骨に到達した頃。ルイーズから、黒い箱を手渡されました。これはカメラです。それも、おそらくパイルのもの。
 悲鳴に濁音が混ざるようになったパイルを見下ろすルイーズは、私へ「撮って」と指示しました。

「あの……撮り方が分からないのですが」
「なら、その子に聞いてちょうだい」

 その子とは、もしかしなくともパイルのことでしょう。舌の刺激に背中を跳ね上げ、息も絶えだえに悲鳴を上げている最中の方に、「カメラの撮り方」など訊けるわけがありません。
 ですが口に噛ませている布を取っても良いと言われたため、すぐに口元を楽にして差し上げました。

「パイル、大丈夫ですか?」
「はぁ……あ……その声、サリーナ? どうして……うぁっ!?」

 せっかく話をしようにも、マチルダが舌を動かし続けていました。薄い腹のくぼみに溜まったソースを吸い尽くすと、脇腹まで舌を這わせ、時々アーモンドを咀嚼しています。
 歯がアーモンドを擦り潰す音に、正常な思考が緩々と奪われていきました。

「ぐっ、ぁあ、それ、ダメ! 出る……!」

「痛い」でも「くすぐったい」でもなさそうなパイルの反応が伝染し、自分ではない誰かが体を貪る感覚がよみがえります。
 彼の舌が体を這う間、自分もあんな風に「聖なる場所」から体液を垂らしていたのでしょうか。下腹部が熱くなったのは、そのせい――?
 右胸を押さえながら、悶えるパイルをぼうっと眺めていると。いつの間にかルイーズにカメラを奪われていました。

「他人の秘密を暴くのなら、自分の秘密を暴かれる覚悟もしなくっちゃね。分かったかしら?」

 絶品ソースの器となって悶えるパイルに、ルイーズは容赦なく光を浴びせます。顔も、体も、体液も余すことなくレンズに収めて。
 そうして晩餐会の予行会、器の試作会とやらは、朝日が昇るまで続きました。
 疲労した頭に残っているのは、一晩中響いていたパイルの声とソースを貪る水音。そして食卓を出る直前にルイーズが耳打ちしたアレ――「家族のことを黙っていてくれてありがとうね。あなたとはこれからも上手くやっていけそうだわ」、という言葉です。
 その夜を境に、とあるタブロイド紙からマダーマム家のゴシップが姿を消しました。
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