花嫁シスター×美食家たち

見早

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hors d'oeuvre:秘匿

1.「箱入りシスター」

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 いくつになっても夜更かしの代償は大きい――そう思い知らされた安息日の朝。朝食の席に、初めて一家全員が揃いました。
 右頬のガーゼが取れている当主ギュスターヴに、嬉々として赤い実を頬張っているルイーズ夫人。朝から優雅にワインをたしなむリアン。こちらを気にしている様子のノット。そして目の下のクマが濃くなったモア。

「ロ……サリーナ様、昨晩はよく眠れなかったのですか? ひどいクマですが」

 小声で話しかけてくるノットを振り向くと、死霊にでも遭ったかのような顔をされました。そんなに酷い顔なのでしょうか。
 結局昨晩は、モアに指輪のことを尋ねるどころか「熱の発散方法」を聞かないまま、すぐに追い出されてしまいました。それはもう、廊下に突き飛ばす勢いで。おかげでモアから移ったと思われる熱が治まらず、一晩中眠れなかったのです。

「まさかモアが何か」
「いえ、モアがというより……あとで詳しく話しません? 今はちょっと」

 先ほどから当主とルイーズが微笑ましい視線をこちらに送っています。リアンはまったく興味がない様子で、モアにいたっては明らかにこちらを見ないようにしていました。
 ひとまず昨晩のことは忘れましょう、と前を向こうとした時。ふとリアンとモアの間にある空席に目が行きました。
 そういえば。これまでは全員が食卓に揃うことがなかったため気にしませんでしたが、そこの席だけはいつも空けられています。リアンとモアはドライな関係のようですが、席が隣り合うことも嫌なほど険悪ではなさそうですし――。

「サリーナさん、この後空いているかしら?」

 突然の呼びかけに、思わず肩を揺らしてしまいました。ルイーズ夫人が直接話しかけてきたのは、これが初めてです。

「えっ? ええ、空いています」

 この後バルコニーにあるサロンでお茶をしないか、というお誘いでした。それも当主夫婦と共に。
 シスター・アグネスから礼儀作法は一通り習ったものの、貴族のお茶会なんて初めてです。緊張する間もなく軽めの朝食が終了し、サロンに用意された席へ着くことになりました。

「マナーなんて気にせず、楽にしてね」

 ルイーズ夫人の飾らない微笑みに、少し肩の力が抜けました。狂人の印象しかなかったギュスターヴもまた、さりげない気遣いをしてくださいます。ここ3日話して分かりましたが、彼は意外にも気さくな人柄です。

「これは今イチオシの岩塩でね。スコーンにふりかけても、存外いけるんだよ」

 これまでの食事を観察していて分かりましたが、ギュスターヴは塩を好むようです。マチルダいわく、彼は社交界で『石食家』と呼ばれているとか。なぜ塩ではなく石なのか不思議ですが。

「それでどうだい? もう一周しただろう?」
「一周? 何がですか」
「息子たちだよ。一晩過ごしてどうだった?」

 危ないところでした。紅茶をルイーズめがけて吹き出す直前、何とか口を押さえることができたのです。
 こちらの反応に構わず「気に入ったのはいる?」と尋ねてくるギュスターヴに、笑顔のルイーズが重めの肘を食らわせました。

「ごめんなさいね。この人ってば、時々頭の歯車噛み合ってないのよ」

 もはや同情の余地はありませんが、ギュスターヴはイスから崩れ落ちていきました。
 昨晩のことを思い出してしまい、落ち着いていたはずの熱が体の内側によみがえります。まだ何とか平静を保てる程度ですが。

「でも、ちゃんとお話ができたのかだけは気になるわ。ほら、あの子たちこの人に似て、ちょーっとクセがあるから」

 ちょっとで済む程度ではありませんが、さすがは彼らのお母様です。よく分かっていらっしゃいます。
 スコーンを美味しそうに食べるフリをやめ、それぞれの印象をお話しすることにしました。

「リアンさんは個性的ですが親切です。モアさんは人見知りっぽいけれど、趣味の話になると饒舌になります」

 そう微笑みかけると、ルイーズの碧眼が丸くなりました。こうして近くで見ると、ノットと夫人はよく似ています。

「キミの観察眼は素晴らしいよ、サリーナ嬢!」

 いつの間に復活していらっしゃったのでしょうか。ギュスターヴは愉快そうに笑いながら、ルイーズ夫人の左手を取りました。まるでエスコートでもするかのように。

「ダーリンは驚いているみたいだが、キミの見立ては実に正しいと思うよ」
「それで? ノットはどうなの?」

 ギュスターヴの手を容赦なく振り払ったルイーズ夫人は、紅茶のおかわりを出してくださいました。

「彼は……肝心な時に抜けているところはありますが、頼りになるお兄ちゃんです」

 正直に話したつもりでしたが、夫妻は口を半開きにして固まっています。永遠とも思われるほどの時間が経ってようやく、己のやらかしに気づきました。

「……って感じかなって予想です! まだほら、出会って3ですものね!」

 そう、失念しておりました。出会って3日という設定になっていることを。
 幸いにもルイーズ夫人は、私のやらかしに対して深く追求しようとはしませんでした。ギュスターヴ以上の声量でひとしきり笑った後。

「晩餐会の日までひと月半はあるから。その間にゆっくり見極めてね」

 そう、応援してくださったのです。

「あぁ、もちろんキミが気に入った子がいればね。無理に選べとは言わないさ」

 やはりこのお方、物分かりがいいのか無神経なのか分かりません。
 朗らかな雰囲気でお開きになる直前。当主夫妻にも指輪のこと尋ねてみましたが――分かったのは、「指輪は右手の薬指用に作られた」、ということだけでした。



「良いなぁ。ルイーズさまとお茶……羨ましいです、妬ましいです」

 髪の匂いを嗅ぎながらも、マチルダは手際よく身支度を手伝ってくださいます。彼女の仕事ぶりは信用していますが、時々髪の1、2本をつまみ食いするのはいただけません。

「あっ、香油は塗らなくて良いですよ。ひどい目に遭ったので」
「これ毒だったのですか? 申し訳ありません……私、今度こそ知らなくて……」

 毒で断定されていますが、これに配合されているものの正体をマチルダには教えない方が良いでしょう。
 今夜はひと手間なくなった分、早くノットの部屋を訪ねることができました。
 ノットは初回と同様、ムッとした様子で迎えてくださいます。

「花嫁修行お疲れ様です。それで今朝の話ですが――」
「その前に、食堂の空席のことを教えてくれないかしら?」

 昨晩のことも早く解決したくて仕方ありませんが、忘れる前に聞いておかなければなりません。

「ちょっとしたことだけれど、気になったんです。リアンとモアの間、いつも空いているので」

 本当にちょっとしたことを尋ねたつもりでした。ですがノットの額には汗が滲んでいます。
 やがて薄紅の唇が、「訳あって不在にしている家族がいる」、と囁くように言いました。

「その方はどこへ?」
「家の事情がありまして……この話はこれで終わりです」

 歯切れの悪さがノットらしくありませんが、詰め寄っても何も答えてはくれなさそうです。
 この件に関しては、他の人に訊ねるしかないでしょうか。

「それで、夜更かしの理由は何だったのですか? モアに何かされました? 本当に心配なんですからね」

 途端にいつものノットに戻りました。実はお父様――ビショップよりも口煩いと感じていることは内緒です。

「私は平気ですから! それより、ノットに教えてほしいことがもう一つありまして」

 昨晩の香油に悩まされたことを話していると、いつの間にか相槌が消えました。ついには無言になってしまいましたが、構っている余裕などありません。

「モアは『発散するしかない』って言っていたけれど、方法を聞く前に追い出されてしまったの。昨晩ほどではないですが、今もなんだか落ち着かなくて」

 熱を発散する方法を教えて欲しいのです、と正面に座るノットを改めて見上げると、ノットは深く俯いていました。
 まさか話をするだけでこの熱とやらは移ってしまうのでしょうか。表情は分からないものの、耳が真っ赤に染まっています。

「ノット、具合が悪いんですか?」

 肩に触れようとすると、無情にも手を弾かれました。薄い頬を両手で挟み、強引に顔を持ち上げてみようとしましたが、びくともしません。

「ねぇノット、教えてください。このままでは潜入に支障が出ます」
「……アグネスの授業で習わなかったのですか?」

 首を左右に振ると、こちらを見てもいないというのにため息を吐き出します。「ではお教えします」、と顔を上げてくれましたが――耳と目元は薄っすら赤みを帯びたままで、視線は一切合いません。

「ただしこの行為は、本来シスターのするようなものではありませんので。この家にいる間だけの特別なものですから。いいですね?」

 やはりノットは私の先生です。教義も、算術も、ナイフ格闘術も、すべてノットが教えてくださいました。きっと知らないことなどないのでしょう。

「はい、ぜひお願いします」

 ですが久しぶりに行われたノットの授業は、これまでで一番難解でした。アグネスの説明は直感的な言葉が多くイメージしやすい一方、ノットは「リビドー」だとか「性感帯」だとか、耳慣れない言葉を使うのです。

「ノット、あの……言葉がぜんぜん分からないです」

 呆れられるかと思いましたが、ノットは「やはりそうですか」、と素直に認めました。そして「座学は諦めて実技にしましょう」、とイスを一歩こちらへ進めます。

「少し失礼します。足をベッドに乗せて、軽く開いて……そう。よくできましたね」

 見てもいないのに、よくできたかどうかが分かるのでしょうか。
 ノットは私の手を取ると、左手を胸に、右手をスカート越しの股間に当てさせました。さらに「服は脱ぐな」、「下着だけをずらして直接肌に触りなさい」、と指示が続きます。
 この場所は、子どもの頃ビショップに「教義に反するから決して触るな」と誓わされた「聖なる場所」です。ですがノットは、「この家にいる間だけの特別」と言っていました。きっとこれこそが、熱を発散する方法なのでしょう。
 指示に従い、手のひらに収まる乳房を適当に揉んでいると――突然起きた変化に、思わず手を止めてしまいました。先ほどまで柔らかかった胸の先にしこりができ、指に引っかかるようになったのです。

「ノット、何か変です。ここが寒くもないのに硬くなって――」
「見せなくていいですから。そのまま続けてください」

 ノットは揺れる視線をドアの方へ向けたまま、少し苦しそうに手の甲を噛みしめています。その様子を見ているうちに、ふと昨晩の感触を思い出しました。
 熱に苦しむモアを観察しているうちに、自分も熱を帯びていったことを。

「あ」
「……どうかしましたか?」

 胸の変化に気を取られているうちに、「聖なる場所」を擦っていた指が濡れていました。粘性があるのか、水音がかすかに聞こえます。

「このままだとシーツを汚してしまうかもしれません」
「構いません……どうぞ続けて」

 手が、止まらなくなってきました。初めは何の意味があるのか分かりませんでしたが、コレは――。

「もう大丈夫です。熱、治りました」

 ノットがこちらを見ていないのをいいことに、唇の端を噛み締めて行為を中断しました。
 私が私のコントロールを失うなど、あってはならないことだというのに。
 壁に寄りかかったまま息を整えていると、ノットが重い口を開きます。

「お分かりでしょうが、これは性的な行いです。決して人前ではしないように」
「でも、今ノットの前でしましたが」

 すると「今回は特別でこれ限り」、と早口に返ってきました。

「じゃあ、ノットも同じことをやって見せてください」
「はい……?」

 ようやくこちらに向いた瞳は、少し虚ろな様子でした。ですが「ノットも今、同じ熱に苦しんでいるのでは?」、と首を傾げると、かすかに汗ばんだ喉仏が小さく動きます。

「これは『ここだけの特別』です。決してビショップにも、アグネスにも言わないように」

 深く頷いてみせると、ノットはベルトに手をかけました。手元が震えていますが、緊張しているのでしょうか。

「ノット。下着は脱がないんですか?」
「なぜ? あなたも脱いでいなかったでしょう」

 それはノットが脱ぐなと言ったからです。もし同じく水のようなものが出るとしたら、あれでは下着が汚れてしまいます。

「じゃあ、はい。これでいいかしら?」

 あまり機能的ではなかったレースの下着を横へずらすと、伏せかけていた碧眼が見開きました。「駄目だ」、「はしたない」と口からこぼしていますが、外気に晒した箇所に熱い視線を感じます。

「ロリッサ……」

 返事をしましたが、ノットは何か言おうとしたわけではなかったようです。ただ肉の塊のようなモノを下着の間から取り出し、手で上下に擦りはじめました。ずっと逸らされていた視線が、今は瞬き一つせずにこちらを見つめています。
 手の甲に筋が浮き出るほど力を入れていますが、痛くないのでしょうか。無言の中に流れる荒い吐息、吐息、吐息――手の動きが激しくなるのに合わせて、呼吸も速くなっていきます。やがてノットの唇から、低い声が漏れた瞬間。

「あったかい……ですね?」

 いつのまにか頬や太ももに、白い液体が降りかかっていました。どこから発生したのかは私の動体視力をもってしても確認できませんでしたが、おそらくあの肉の塊でしょう。
 予習の通りであれば、これは――。

「『精子』、ですか?」

 答え合わせをしたかったのですが。ノットは俯いたまま、ロダン像さながらに固まっていました。
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