「悪」と「罰」

夏目綾

文字の大きさ
上 下
19 / 43

第十九話

しおりを挟む
それから数日。
すみれは放課後、寮へ帰ろうとしていた。なおは、図書館で調べ物をするから今日は遅くなるという。
一人で留守番というものはあまり好きではない。
半ば不貞腐れながらすみれが歩いていると、遠くから見知った顔の生徒が近づいてきた。

「・・・山代・・・先輩?」
やって来たのは、みちるである。
みちるはにこりと笑うとすみれの手を取った。
「ミカエル様が貴女をお呼びよ。」
「れいこさんが!?」
それを聞いたすみれは嬉しくて嬉しくて満面の笑み。

れいこさん、今度は一緒に何をしてくださるのかな。

すみれは、そう思っていろいろ想像する。

一緒にお茶会。一緒にお勉強。一緒に踊っても下さるかな。

何でもいい、何でも一緒にできるなら彼女は嬉しかった。
幸いに今日は、なおも遅くなるという。気兼ねすることなくれいこの元に行けるし、すみれにとっては万々歳な状況であった。
だが、そんな様子は全てみちるの気に障る。
今に見てなさい。
そんな感情を持ちながらも笑顔ですみれの手をさらに引っ張った。
「悪」になるとやはり誰かを騙すことがうまくなるのであろうか。
すみれはというと、そんなみちるの企みを全く知ることなく、終始笑顔である。

「ミカエル様は、薔薇園でお待ちよ。」
「薔薇園!!」

薔薇園はすみれにとって特別な場所だった。
いつも踊りを練習する場所。
そして、れいこに初めて会った場所。
もしかしたら、れいこさんはその時のことを覚えてくださっているのかしら。
すみれの期待は膨らむばかりである。
何も知らないで。

薔薇園。
すみれはきょろきょろと見渡す。しかし、れいこの姿はどこにもない。
「あの・・・れいこさんはどこに?」
「ミカエル様なら、あちらよ。」
みちるは、すみれの手を引っ張り薔薇の生い茂る庭園の奥へ奥へと誘う。
道という道はない。
薔薇の茂みをかき分け身体をすりぬけ、花弁を散らして進む。
むせかえるほどの香りを散らせながら。

暫くして、薔薇に囲まれた小さな空間にたどり着いた。

手が痛い。
すみれは手の甲を見ると、どこかで薔薇の棘で引っかいたらしい。血が一筋流れていた。
「あ・・・。」
すみれがその血を見て驚いていると、みちるは高圧的な笑みをこぼして言った。
「ミカエル様に手当てしていただいたら?」
「れいこさんに?」
すみれはじっと、みちるを見た。
するとみちるは、今度は恐ろしい顔に変わっていてすみれはどんどん不安になる。
「いらっしゃれば・・・の話だけどね。」
「どういう意味・・・ですか・・・?」
次の質問に移る前にすみれはみちるに思いっきり頬を叩かれた。
「きゃっ!!ど、どうして?」
頬を抑えながらじっとすみれが見つめる。少し瞳を潤ませて。

あぁ、この目!!なんていう目をするのだろうこの子は。
だからこの子が憎いのよ。
悪魔の目!

みちるはもう一度、すみれの頬を叩くと彼女を思い切り突き飛ばした。
すみれは思わず尻餅をつくようにして倒れてしまう。そして、また目に涙を溜めながらじっとみちるを見る。

「泣きたければ泣くといいわ。私がそれ以上にどれだけ泣いたのか知らないくせに!貴女の涙なんて、全部ミカエル様を騙すための流す醜いものよ!!私は貴女のせいでミカエル様に見捨てられるのよ!今まで!今まで!!私はどれだけミカエル様のことを想っていたか知らないくせに!!何も知らないくせに!!!」
「そんな・・・!違います!!そんなことしていません!!それに先輩のこともれいこさんはちゃんと見ていらっしゃいます。先輩のことを嫌いになったなんて、そんな・・・。れいこさんが・・・そんなこと決して・・・。」
「気安くれいこさんなんて呼ばないで!!」

そう言うと、みちるはそばにあったバケツの水を思いっきりすみれにかけた。
「きゃっ!!」

みちるは片方だけ口角を上げて笑う。
まるでいつかのれいこのように。

「れいこさん・・・。れいこさん・・・。」
全身が濡れていて判別はつかないが、すみれは泣きながら何度もれいこの名前を呼ぶ。
「泣いたってこない!どれだけ泣いても貴女のれいこさんは助けに来ない!!」
もう一度すみれを叩こうとした時。みちるは凍りついた。
背後でよく知った声が聞こえたからである。

「私が、何ですって?」

みちるの背後には腕を組みながら、嫌悪の目で彼女を見下すれいこが立っていた。

れいこは、みちるを突き飛ばすと真っ先にすみれに駆け寄った。
そして、真っ赤になったすみれの頬を何度も撫でる。
「大丈夫?すみれちゃん。痛かったわよね。冷たかったわよね。ごめんね。すみれちゃん。」
「れいこさん・・・。」
れいこはすみれの頭を撫でるとさてと、と立ち上がった。呆然と彼女を見つめるみちるに近づく。

「どうしてここに?という顔ね。貴女を探していたの。他の子に聞いたら、すみれちゃんと薔薇園に向かうところを見たって。それで来たの。そしたら、これよ。」
みちるは恐怖のあまり、するすると座り込んだ。すると、れいこもしゃがんで彼女に向かってにこりと微笑んだ。
「こんなことしなければ、私は貴女を呼んで一緒に帰っていたのに。貴女はそれを自ら壊したのね。馬鹿な子。」
そして、みちるの顎を引き寄せると至近距離で吐き捨てるように言う。
「私ね、他人を陥れて虐める子って嫌いなの。人を傷つける子って最低だと思わない?私、そういうことする子、一番嫌い。知っていた?そういう子は神様から罰が下るのよ。」
「ミカエル様・・・っ!ごめんなさい・・・私、ミカエル様のことを想って。だから。」
「何言っているか聞こえないし、わからない。」
そう言ってれいこが手振り上げようとすると、すみれが大きな声で静止する。
「やめてください!れいこさんはみんなのミカエル様なんです・・・。それなのに、私は・・・少し仲良くしていただいただけで・・・やっぱり、私は馬鹿なんです。」
「すみれちゃん・・・。」
「それに・・・。私は優しいれいこさんが好きなんです。きっとみんなもそうです。」

顔をぐしゃぐしゃにしてそう訴えるすみれを見て、れいこは我に返った。
虐めて人を傷つけるのは大好きだけれど、ここではまずい。
「ごめんなさい。すみれちゃんが心配でつい。私が一番怖がらせてしまったわね。」
そしてれいこはすみれの手を引っ張り立たせてあげた。

「・・・いたっ!」
れいこが手を取った所が丁度薔薇で怪我をしたので、すみれは少しびくりとした。それにれいこは気づくとその手をじっと見て顔を近づけた。
「怪我しているのね。薔薇でひっかいちゃったのかしら。可哀想に。」
れいこは、手の甲の傷にキスをする。そして血を拭うように舌を這わせた。
すみれの甘い甘い血を味わうように。
それに驚いてすみれは手を反射的に離してしまった。れいこは、何もなかったかのように再び彼女の手を取ると「さあ、行きましょう。」と肩を抱き寄せた。
そしてみちるとすれ違う時、れいこは彼女だけに聞こえるよう小声で囁く。

「すみれちゃんを虐めるのは私だけでいいの。」

みちるは、驚いて過ぎ去るれいこを振り返ってみた。れいこは優しい微笑みで返す。
「ごきげんよう。山代さん。また会いましょう。」

みちるの心の音が早くなる。恐怖で。
そして、またれいこの心の音も早くなっていた。歓喜で。
濡れた全身から雫が落ちつづけるすみれは誰よりも艶やかで。小刻みに肩を震わせるすみれは誰よりも可愛く。意気消沈したすみれの表情は誰よりも。

滅茶苦茶にしたくなる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

今回は絶対に婚約を回避します!~前回塩対応してきていたはずの元婚約者の様子がおかしいのは何故ですか!?~

皇 翼
恋愛
私は死んだ。そう、死んだはずなのだ。なら、この目の前の光景はなんなのだろう。息を吸って、瞼を開けた瞬間、目の前にいたのは私を殺した男の幼い姿だった。 元婚約者に殺され、死に戻りした王女は破滅を回避できるのか――!? *********** 修正したい部分が多いため、書き直ししています。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?

高校サッカー部員の抑え切れない欲望

藤咲レン
BL
主人公となるユウスケがキャプテンを務める強豪校サッカー部で起こった男同士の変態行為。部員同士のエロ行為にはコーチが関わっており、そのコーチの目的は・・・。(ユニフェチ要素が盛り沢山の話になっています。生々しい表現も出ていますので苦手な方はご注意ください。)

憧れの先輩に抱かれたくて尿道開発している僕の話

聖性ヤドン
BL
主人公の広夢は同じ学生寮に住む先輩・日向に恋をしている。 同性同士だとわかっていながら思い余って告白した広夢に、日向は「付き合えないが抱けはする」と返事。 しかしモテる日向は普通のセックスには飽きていて、広夢に尿道でイクことを要求する。 童貞の広夢に尿道はハードルが高かった。 そんな中、広夢と同室の五十嵐が広夢に好意を抱いていることがわかる。 日向に広夢を取られたくない五十嵐は、下心全開で広夢の尿道開発を手伝おうとするのだが……。 そんな三つ巴の恋とエロで物語は展開します。 ※基本的に全シーン濡れ場、という縛りで書いています。

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

異世界転生したら女に生まれ変わってて王太子に激愛されてる件

高見桂羅
恋愛
番外編を75話と76話の間に移動致しました。 話の時間軸は74話の後ですが、内容的な問題でソコに致しました。 学校帰りに建設中のビルから鉄骨が降ってきて死んでしまった少年が異世界、しかも女の子に転生してしまう。 さらに王太子の婚約者までいて… 困惑しながらも王太子に激愛される話です。 主人公は女ですが、転生前は男なので苦手な方はお気をつけください。 初投稿ですので至らないところもあるかと思いますがよろしくお願い致します

処理中です...