「悪」と「罰」

夏目綾

文字の大きさ
上 下
6 / 43

第六話

しおりを挟む
踊ってほしい。
綺麗な踊り。

その言葉に反応して、すみれはさっきまでの泣きそうな顔が一転する。
大きく見開いた瞳は太陽に反射したガラス玉のようにキラキラと輝き、眩しいくらいの笑顔でれいこをまっすぐ見つめる。
そして、薔薇園の真ん中にある芝生のスペースにぴょんぴょん跳ねながら駆けていく。
猫みたいな顔なのにまるで犬みたいだ。
れいこはそう思いながら彼女が見つめる空を同じように見つめた。

空は雲一つなく青く、頬に当たるそよ風は薔薇の香りをのせている。
甘く、香しく。
でも、すみれは空よりも綺麗で、薔薇より良い香りがする。
れいこは獲物を狙うような目で彼女を見つめ続けた。

すみれは、長い手足を甘い風に乗せて、花びらのように舞う。飛んだあとの着地音はなく陳腐な言葉を使うならそれはまるで羽が生えたよう。大胆な動きでいて繊細そのもの。
れいこは、こういう踊りは学術的知識しか持ち合わせていなかったし、興味もむしろない方であった。
だが、すみれの踊りは惹きつけられる。
もっと見ていたい。

ゾクゾクとすみれを見つめる。

完璧な踊り。美しい踊り。
これを滅茶苦茶にしたい。搔き乱して、彼女のリズムを狂わせたい。
優しく一緒に寄り添って踊って、突き放したい。
それでも、どうか一緒に踊ってくださいと懇願されたい。

彼女の香りをかぐように深呼吸するとれいこは恍惚とする。
そんな時だ。すみれはバランスを崩し倒れかけた。
「徳島さん!!」
れいこが慌てて駆け寄って彼女を支えようとすると、先に別の王子様によってすみれは抱き留められた。
「すみれ!!」

そこに現れたのは、荒牧なおであった。
「なお!?」
すみれは驚いて、なおを見つめたがすぐに自分の足で立ちなおし、れいこに頭を下げる。
「ごめんなさい!!私の踊り、せっかく見てくださっていたのに、こんな不格好なこと・・・。」
「いいの。私はいいのよ。徳島さんが無事なら。それより・・・。」
れいこはじろりとなおを見つめる。
立ち入り禁止という意味が分かっているのかしら。
と言わんばかりに。

「そういえば、なお、どうしてここに!?」
「すみれがさ、こっちに行くのが見えて。何しているんだろうって心配になってついてきちゃったんだけど。」
れいこのイライラは収まらない。だが、それを顔に出さないようにこらえて、遠回しの嫌味を言う。
「荒牧さん・・・だっけ?貴女、徳島さんの保護者なのね。」
「え・・・、あ、はい・・・。そんな感じ・・・です。」
「なお・・・。」
すみれは、れいことなおの顔を交互に見ながら狼狽える。
れいこは興ざめだと思いすみれに微笑みかけた。
「徳島さん、ごめんね。時間割いてもらったのに。今日はもう帰りなさい。」
「あ・・・そんな!謝るなら私の方です!だって・・・。」
「行こう、すみれ。」
すみれの言葉を遮るようになおは彼女の肩を抱き寄せて歩き出した。
すみれは帰り際振り返ると小声で恥ずかしそうに口を開く。
「あの・・・また、私の踊り・・・見てくださると嬉しい・・・です。」
「勿論よ。楽しみにしているわ。またね、徳島さん。」
するとすみれは頬を赤く染めてほほ笑むと、なおと去っていった。

可愛い。
でも、落ち着きましょう。
ゆっくり。
あの子は絶対私のところに来るのだから。

「またね、徳島さん。」
れいこは目を細めて笑ったのだった。


すみれは嬉しかった。

皆の憧れの的、大天使ミカエル様に踊りを見てもらえて、喜んでもらえて。
そう、名前も覚えてくださっていた!!

宙にでも浮く気持ちでいたが、なおの一言でそれは一変する。
「すみれ、勝手なことしないでって言ってるよね。」
「な、なお?」
「私の事、怒らせようとしてるの?」
すみれは両手と首をぶんぶんと振る。
「そんな!違うよ!!私は、なおのこと・・・んっ!!」
すみれの美しい濡れた唇は、なおの唇によって塞がれた。
なおは暫くすみれの唇を吐息交じりで塞ぎ続けると、すっと彼女を引き離しじっと見つめた。
「すみれ、私を心配させないでほしいし怒らせないでほしい。私、誰よりもすみれの事好きなの。」
「ごめんね・・・なお。私も、なおのこと好き。だから、少しくらい私のことも信じてほしいの。」
泣きそうなすみれの表情になおはハッとして彼女の頬を撫でる。
「ごめん、言い過ぎたね。泣かないで。そうだ、今日は一緒に寝ようね。」
いつもの優しいなおに戻ってすみれはよかったと微笑み、彼女と手をつなぐ。
「うん!」

すみれは嬉しかった。

ミカエル様にも優しくされて、きっとこの後も、なおにも優しくされるのだろう。

今日はなんていい日なのだろう!!幸せな日なのだろう!!

すみれはなおと手をつなぐとスキップをはじめる。
それを見たなおもぎゅっと手を握り彼女に優しく微笑み返した。

この時が本当に彼女にとって一番幸せな時間だったのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

今回は絶対に婚約を回避します!~前回塩対応してきていたはずの元婚約者の様子がおかしいのは何故ですか!?~

皇 翼
恋愛
私は死んだ。そう、死んだはずなのだ。なら、この目の前の光景はなんなのだろう。息を吸って、瞼を開けた瞬間、目の前にいたのは私を殺した男の幼い姿だった。 元婚約者に殺され、死に戻りした王女は破滅を回避できるのか――!? *********** 修正したい部分が多いため、書き直ししています。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?

高校サッカー部員の抑え切れない欲望

藤咲レン
BL
主人公となるユウスケがキャプテンを務める強豪校サッカー部で起こった男同士の変態行為。部員同士のエロ行為にはコーチが関わっており、そのコーチの目的は・・・。(ユニフェチ要素が盛り沢山の話になっています。生々しい表現も出ていますので苦手な方はご注意ください。)

憧れの先輩に抱かれたくて尿道開発している僕の話

聖性ヤドン
BL
主人公の広夢は同じ学生寮に住む先輩・日向に恋をしている。 同性同士だとわかっていながら思い余って告白した広夢に、日向は「付き合えないが抱けはする」と返事。 しかしモテる日向は普通のセックスには飽きていて、広夢に尿道でイクことを要求する。 童貞の広夢に尿道はハードルが高かった。 そんな中、広夢と同室の五十嵐が広夢に好意を抱いていることがわかる。 日向に広夢を取られたくない五十嵐は、下心全開で広夢の尿道開発を手伝おうとするのだが……。 そんな三つ巴の恋とエロで物語は展開します。 ※基本的に全シーン濡れ場、という縛りで書いています。

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

異世界転生したら女に生まれ変わってて王太子に激愛されてる件

高見桂羅
恋愛
番外編を75話と76話の間に移動致しました。 話の時間軸は74話の後ですが、内容的な問題でソコに致しました。 学校帰りに建設中のビルから鉄骨が降ってきて死んでしまった少年が異世界、しかも女の子に転生してしまう。 さらに王太子の婚約者までいて… 困惑しながらも王太子に激愛される話です。 主人公は女ですが、転生前は男なので苦手な方はお気をつけください。 初投稿ですので至らないところもあるかと思いますがよろしくお願い致します

処理中です...