天流衆国の物語

紙川也

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3章 二つの誓約、ぜったいに

33 地徒人と天流衆

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解はタンにくるりと背を向け結生と一緒に横たわるレシャバールのそばへ近づいた。
骨の灯りを頼りに、二人の地徒人アダヒトと一人の 天流衆てんしゅうしゅうはおたがいの姿を見つめた。

やがてレシャバールがつぶやいた。
「まだ子どもではないか。お前たちは何者だ? なぜここにいる?」
結生が自分たちのことを説明した。
「ぼくらはあなた達の言葉でいうと地徒人アダヒトです。カク・シという人に頼まれて、いえ、多分だまされて、骨鉱山こつこうざんに連れてこられました。」
その言葉にレシャバールがおどろいた顔になった。
地徒人アダヒト? 骨鉱山こつこうざんだと? どういうことだ、骨鉱山こつこうざんがこのあたりにあるのか? こんな地底に?」
解と結生は思わず顔を見あわせた。
結生が代表して言った。
「どういうことか、こちらが聞きたいくらいですよ。ここから一時間か二時間くらい歩いた場所でぼくらは蘇石骨ベラットを採掘させられています。」
結生が駅でふしぎな電車に乗りあわせたところからついさっきまでの話を縛られた男に話して聞かせた。
レシャバールは時におどろいた顔になり、また時には苦々しい顔になりその話にじっと耳を傾けた。
話が進むにつれて、レシャバールの顔にはしだいに疲れの色が濃くなっていった。
(この人はすごく苦しいんだ。)
解はそう思った。
結生が話をする間、解はレシャバールの様子をじいーっと見つめた。
結生がこれまでの話を終えるか終えないかというとき、解の袖を引っぱる者がいた。
「もっト、はみがきコ。」
タンだ。
解はうんざりした。
「タン、もう少し待てってば。いま大事な話をしているんだよ。」

レシャバールがタンを横目でジロリとにらんだ。
「なんだ、雑夙ボラスコではないか。」

男の視線がタンに向けられた途端、タンがサッと手足を殻のなかへ引っこめた。
転がる卵を前にレシャバールがあきれたような声を出した。
「さっさとつぶしてしまわぬか、蘇石骨ベラットのムダだ。そいつから蘇石骨ベラットをとりあげてべつに使うがいい。」
「えっ。」
解が思わず声をあげると、レシャバールがふしぎそうな顔になった。
その顔で、この天流衆てんしゅうしゅうの男が天流衆てんしゅうしゅうにとって当たり前の話をしていることに解は気づいた。
解はたずねた。
天流衆てんしゅうしゅう国ではそういうことになっているんですか? ええと、タンみたいなやつはつぶしてしまう?」
「そうすればそいつの蘇石骨ベラットで例えばカラジョルを増やすことができる。一頭のカラジョルと一匹の雑夙ボラスコではどちらが有用か、言うまでもなかろう。」
たしかに、と解も思った。
「もしかしてさっきの変な生きものも?」
「話に出てきた三本足のことか? それもおなじ雑夙ボラスコだ。蘇石骨ベラットのまわりで勝手に育つ野生だ。役に立たぬし時には人や作物に害をなすから、天流衆てんしゅうしゅうがそいつらを見つければ即座につぶす。」
解は困ったぞ、と思った。
レシャバールの話はたしかに理にかなうし、実際に三本足のブニョブニョした生きものをつぶしたのは解の身体だ。それでも今ここでタンをつぶすのはよくない、と解は思うのだ。
解は説明した。
「ぼくらがここまで来られたのはタンのおかげです。出口を知っているのもタンです。タンがいなくなると困ります。」
「――ふむ。」
 レシャバールは目を細めてタンをながめた。
横たわる男は少しの間だまって考える表情になった。
すると男の顔から苦痛や疲れが失せ、目には強い力を感じさせる光が宿った。
しっかりした視線が解を見て結生を見て、タンのことも見つめた。

レシャバールは解と結生に向かってたずねた。
「お前達は漢字がわかるはずだ。そうだな?」

解はビックリした。
「漢字って漢字ですか? 文字? 国語で習うやつ?」
レシャバールがうなずいた。
「そう、角ばった文字だ。」
「ええと、そりゃもちろんわかりますけど、どうして天流衆てんしゅうしゅうのあなたが漢字を知っているんですか?」
「話せば長くなるし、その時間はおそらくムダだ。よいか、その生きものに漢字をあてるとしたらどのような字が適当か、言ってみるがいい。」
解と結生は顔を見あわせた。
なんだこれ、と解は思ったが、レシャバールがたずねた瞬間に解の頭にはある一文字が浮かんだ。
解は口を開いた。
「たまご、だよね。一文字のほう。」
「卵だね、うん、ぼくもおなじ字が浮かんだ。」
結生もうなずいた。
そしてショルダーバッグからノートとシャープペンシルをとりだし、白紙のページに大きく「卵」の字を書いた。
「この字です。」
レシャバールはその字を見つめ、
「ふむ、よかろう。」
とうなずいた。そして言った。

「承認する。タンの名にその文字をあてることを許す。」

おごそかな声だった。
その途端、ふしぎな光景が広がった。
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