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第七十一話 『本当に不味いよっ、このままじゃ……皆、死ぬよっ』

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 浄化が決まった事で、優斗たちの気持ちも固まった。 ダークエルフの民達には戸惑ったが、話を聞いた皆は喜んでいた。

 エルフの里で問題を起こしたティオスと大分違い、人望がある。

 彼らが悪魔を取り入れた理由が全く違い、仲間の為だからか。

 ティオスたちは自分達の能力を示す為に力が欲したので、人望やらは何処にもなかった。 ティオスたちを捕まえてもむなしいだかだった。

 そして、今、また、虚しい事になりそうだった。 元は仲間の為に悪魔を取り込んだとしても、悪魔には負けては全てが無駄になる。

 優斗から深い溜め息が吐き出された。

 宴会の翌日、皆も飲み過ぎたのか、朝食の時間になっても起き出さなかった。

 「この事態は想定しなければ行けなかったな」

 『本当にね』

 頭の中で監視スキルが悪態をつく。

 (黙ってろっ)
 
 幼い子供の頃の優斗が舌を出し様な気がするのは何故だろうか。

 今、優斗の目の前には、エトと呼ばれるダークエルフが跨っている。

 優斗の隣では、華が眠っているし、枕元ではフィルとフィンが銀色のスライムの姿で健やかに眠っている。

 不敵な笑みを浮かべるエトは、自身の腰紐に手を掛けた。

 (もしかしなくても、これは色仕掛けかっ。 何とも反応し難いなっ。 まぁ、手なんか出さないけど)

 布団越しにエトの体重が感じられないと、不思議な現象に首を傾げた。

 (確かに乗ってるんだけどっ、何で? 物凄く軽いとかか?)

 息を吐いた監視スキルの声が頭の中で響く。

 『ユウトはハナにしか反応しないのにね』

 監視スキルの言葉責めを無視して、優斗は身体を動かそうとした。 序でに言葉を発して見る。 口が開閉しただけで、音が出なかった。

 「無駄よ、あんたに呪術をかけて身体を動かせない様にしたから。 声帯も動かないから、声も出ないでしょ?」

 心の中だけで舌打ちをし、未だに跨っているエトを見つめる。 優斗の白銀の瞳がエトを可哀想な人だと滲ませていた。

 優斗の眼差しが気に入らなかったのか、頬を平手打ちして来た。

 乾いた音が鳴り、頬が熱を持って腫れていくのが分かる。

 優斗から離れたエトは魔法陣を描き出す。

 『ユウトっ! 不味いよ、あの攻撃するは防がないとっ!』
 『分かってるけど、身体が動かないんだ』

 優斗の言葉にならない掠れた音が天幕の中で消える。

 魔法が発動するには時間がかかるらしく、エトは詠唱を続けていた。

 『華っ! フィル、フィン、起きろっ!』

 深い眠りについているのか、全く起きない。 優斗の掠れた超えは当然だか聞こえないだろう。

 (瑠衣たちはどうなってるんだ?)

 立体地図を広げ、瑠衣と仁奈、カークスたちの天幕を確認する。

 皆も華たちと同様、眠らされている。

 詠唱を続けるエトの魔力が徐々に膨れ上がっていく。

 (これだけの魔力と長い詠唱っ。 物凄くデカい魔法としか考えられないっ)

 『本当に不味いよっ、このままじゃ……皆、死ぬよっ』
 
 (分かってるっ。 くそっ、どうすればいいんだよっ! 考えろっ、何か打開策を考えるんだっ)

 突然、天幕が別の魔力の風圧で、はためいた。 次の瞬間、天幕の布が真上に捲れ上がった。

 『えっ!』

 頭の中で、優斗と監視スキルの声が揃った。 白銀の瞳が見開き、驚いている内に事は治った。
 
 エトの魔法陣が完全に完成するまでに、別の強力な魔力の塊がぶつかり、完成しつつあった魔法陣が壊された。

 エトの魔力は散り散りに消えて霧散した。 同時に、優斗の身体が自由に動く。
 
 華とフィル、フィンも目を覚ました。

 「ん? 優斗? どうしたの?」

 瞼を眠そうに擦り、起き上がった華を抱きしめ、何処か不調はないか訪ねた。

 しかし、華は理解が出来ず、不思議そうに首を傾げていた。 フィルとフィンもまだ寝ぼけているのか、状況判断が出来ていない。

 「あ、そうだっ。 エトは?」

 直ぐに気づいた優斗は、目の前に居たはずのエトを探す。 エトは天幕の入り口から入って来たルクスに抗議していた。

 「ルクスっ! どうして邪魔をするのよっ! 後、もう直ぐで広範囲攻撃の魔法陣が完成したのにっ!」
 「成功していたらダークエルフの里ごと消えていただろう」

 エトは悔しそうに『キィーッ!』と鳴いた。

 「えっ、エトさん……とルクスさん? どうして此処にっ」

 サッと布団を肩まで上げて、華は自身を隠した。 優斗は更に、頭から布団を華に被せ、全身を隠した。

 布団はフィルとフィンの分を合わせ、沢山、直ぐ側にあった。

 襲撃が失敗したエトは、優斗を睨みつけた後、天幕を飛び出して行った。

 直ぐに状況に気づいたルクスは、執務室で話があると伝えた後、天幕を出て行った。

 「華、もう大丈夫。 直ぐに身支度して、何があったか話すから」
 「うん、分かった」

 布団の山の中から華のくぐもった声はが聞こえた。

 直ぐに瑠衣たちが異変に気づいたのか、優斗たちの天幕に駆け付ける足音が聞こえて来た。

 ◇

 ルクスの執務室では。

 「里長っ」
 「ユウェンか」

 朝早くからエトの強い魔力が膨らみ、爆発寸前までなっていた。

 更に優斗たちが使っている天幕で怒っている事が分かり、ルクスは相当に焦った。

 「もう少しで全員が巻き込まれる所だったっ、全くっ」
 「エトの愚行は悪魔がやらせた事でしょうか?」
 「……エトは何処へ行った?」

 呆れた様に溜め息を吐いたユウェンは、天幕の外を目線で知らせる。

 「そうかっ」

 森にでも行ったのだろうと、ルクスは当たりをつけた。

 「仕方ありません。 エトは浄化されるなんて思ってもみなかったでしょうに。 一応、彼らの事は警戒している様子でしたがっ」
 「そうだなっ。 俺が悪かったっ。 ユウェン、お前は覚悟は出来たか?」

 ユウェンは返事をせずに何とも言えない表情を浮かべた。

 『我らを排除するつもりか』
 
 悪魔がルクスの中で呟く、もう一人、ユウェンの悪魔も彼の中で呟いた。

 『まぁ、我らを排除出来たらいいですね』

 二体の悪魔は、楽しそうに人を見下した様な笑い声を上げた。

 ユウェンからの返事は聞けなかったが、エトはもう時間がない。 彼女は悪魔に魅入られてしまった。

 何時、魔族になってもおかしくない。

 300年間、内に込められた悪魔が解放されらば、魔王候補になっていてもおかしくない。

 (エトはダークエルフの皆が巻き込まれる事を全く考えていなかった。 もう、エトの悪魔を浄化しても無理だろう。 抜け殻になるだけだっ)

 執務室の外から戦士隊の声が聞こえる。

 「里長」
 「どうした?」
 「エト様が森へ、自身の下僕を連れて奥へ入って行きました」
 「分かった」

 (下僕に魔物を与える気か……魔王候補としての下僕へのマウンティングだなっ)

 「エトは充分に下僕を持っていますからね」
 
 ユウェンの言葉が胸に刺さる。

 (あの時に……俺たちも逝けば良かったな)
 
 複数の悪魔が里を襲った時、何人ものダークエルフが闇に呑まれて行った。

 自分達で同志撃ちをしても、結局、最後に一人が残る。 誰かが魔王になってしまう。 悪魔を取り込んでいない者に浄化してもらう必要があった。

 (お前の選択は正しかったよ)

 ルクスは窓の外を眺め、久しく行けていない墓石に想いを馳せる。

 「里長、エトの事、どうされますか?」
 「ああ、ユウト達が来たら話す」
 「畏まりました」

 ユウェンが恭しく頭を下げるが、表情は芳しくない。

 執務室の外から優斗達が来たと知らせる戦士隊の声が届いた。

 ◇

 少し前。

 優斗たちは急いで身支度を整え、簡単に朝食を済ませた。 エトが夜這いと言うか、色仕掛けというのか分からない襲撃を早朝に受けた事を皆に報告した。

 しかも、皆は眠り魔法をかけられ、全く起きなかった毎を知り、愕然としていた。

 「それじゃ、エトを浄化するのは難しいんじゃない?」
 
 静かな天幕でフィンの声が落ちる。

 「そうなんだよねっ」
 
 「あの、一つ宜しいですか?」
 
 改まって挙手して訪ねて来たのは、銃器型の武器を扱う女戦士隊、キュベレーだ。

 「うん、いいよ」

 何故かフィルが返事をした。

 「私たちはダークエルフの民達に聞き込みをしました。 長のルクス様は防御壁を極めた名家の出身で、防御力がずば抜けているそうですっ。 彼の防御を貫くのは至難の業だと言われていますっ」

 『はい』と次に手を挙げたのは、アイギだ。 彼女は術者で、良く華と薬湯を煎じている。

 「ユウェン様は呪術者で、不思議な力をお使いなるとかっ……申し訳ありませんっ、詳しい事は分かりませんでした」
 
 「うん、分かった。 ありがとう。 取り敢えず、今は彼ら二人の事は置いておこうかっ」
 「「はいっ」」

 「だけど、眠りの魔法を使われると難しいですね」

 エウロスとカークスも難しい顔をしている。

 「狙ってくるのは優斗と華ちゃんかだろう? 正直、結界で何とかなるんじゃないのか?」
 
 瑠衣の話で結界を思い出したが、見事に操られ、同志撃ちになっていた。

 (精神系は結界を通すのか?)

 『ん~? ハナの精神状態によるからねぇ。 あの時は、突然だったし、混乱もしてたからねぇ』

 (そうだったっ、結界の発動は華の気持ち次第だったなっ)

 「次は大丈夫よ。 ちゃんと警戒しておくからっ」

 華は拳を握りしめ、白銀の瞳にやる気を滲ませていた。

 「近接戦は控えて、長距離、いや、中距離戦かなっ。 華ちゃんの結界内から攻撃するか……それか、結界内に引き込む」

 瑠衣の瞳がキラリと光る。

 「そういう作戦は立て事ないな。 結界を上手く利用する……華の気持ちで結界をコントロール出来るならっ、もしかしたら、災害の被害も抑えられる?」
 「えっ、えと……」

 話について来れていない華と仁奈は顔を引き攣らせている。

 「ルクスさんから呼び出されているから、きっと、彼女の話だと思う。 そろそろ行こう」

 優斗が立つと、皆も動き出した。

 ルクスの執務室に向かうと、戦士隊の知らせに、ルクスの疲れた様な声が聞こえて来た。

 「ユウト、今朝はエトが済まなかった」

 頭を下げるルクスに、優斗は顔を横に振る。

 「いや、こちらこそ助けて頂きありがとうございます」
 「あのまま魔法が行使されていたら、この里は廃墟になる所だったからなっ。 後先を考えない行動、民達が死ぬ事を全く考えていない所業。 エトを魔族として討伐対象とする」
 
 執務室は一瞬で重い空気が張り詰めた。

 「悪魔を浄化出来るエルフ、次期里長に依頼したい。 どうか、エトを討伐して欲しい」

 もう助からないと分かっているからか、ルクスは討伐して欲しいと言った。

 「宜しくお願いします」

 ユウェンも優斗たちに頭を下げた。

 「分かりました。 その依頼、お受けします」

 森の中へ下僕共に入って行ったエトを優斗たちか追う事になった。
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