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第五十話 『エルフの里長と対面』

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 悪魔を抜かれたディプスの叫び声が、首都ユスティティアのツリーハウス、最上段である12段目のログハウスを背に、外階段に続く廊下の床板の上で響いていた。

 ディプスがやられた事に気づき、ティオスは白銀の瞳を大きく開いた。

 「ディプスもやられたぞ。 観念したらどうだ?」

 華の右隣りで立っている少年が鋭くティオスを睨みつけて来る。 同じ様に左隣に立っている少女も眉間に皺を寄せてティオスを見つめていた。

 「里長も救出されてみたいね」
 「……」
 「ティオス」

 一向に結界は解かれず、ティオスは近づく事も出来なかった。 エレクトラを守る様に両隣で立っている友人たちは、結界を出入り出来ている。 従魔である銀色の少女は別として、ティオスはエレクトラの腰に巻き付いている銀色の少女に視線をやった。

 (エレクトラと彼が信頼しているからか……僕はどうやら信頼されていないみたいだ。 まぁ、当たり前か……エレクトラが手に入らないのなら)

 両手に持った召喚魔法陣を床板へ落とす。 エレクトラたちが召喚魔法陣を見て驚き、ティオスから後ずさる。

 (この召喚魔法陣が何か知っているみたいだね)

 召喚魔法陣から黒いオーラが溢れ出し、悪魔の囁きが周囲に響く。 目の前で立っているエレクトラの白銀の瞳に、悲しみと失望が混じった眼差しを向けられる。

 「……っエレクトラ」

 ティオスの白銀の瞳に、悲しみと諦めの色が混じる。 召喚魔法陣から召喚された悪魔がティオスへ襲い掛かっていく。

 「ティオスっ!」

 ◇

 華の悲痛の叫び声が脳内で響き、視線をやった優斗の視界に、ティオスが悪魔に飲み込まれる光景が飛び込んで来た。

 『不味いよっ、ユウトっ!』

 監視スキルの焦る声と、頭の上で息を呑むフィルの気配が伝わって来た。

 「……っ、スプレー噴射しろっ!」

 『了解しました。 虫よけスプレーを噴射します』

 結界に優斗の魔力が溢れ出し、光を放った瞬間、華たちの周囲に虫よけスプレーが噴射された。

 噴射された気絶スプレーは、ティオスの方へ広がって行った。 優斗の魔力が混じったスプレーを当てられたティオスは、一瞬で気絶した。 宿主を失くした悪魔は、華たちに狙いを定める。

 「華っ! 瑠衣、仁奈……悪魔の声を聞くなっ!」
 
 悪魔の声は結界に阻まれ、雑音が聞こえているだけだった。 脳内で聞こえる結界の中と、モニター画面の映像で、華たちが無事なのは分かった。 頭上から降りたフィルが銀色の少年に姿を変え、ディプスを抱え、結界の中へ向かう。

 (そうかっ、一度、悪魔に魅入られたのなら、二度・三度あるよなっ)

 ディプスから抜いて凍らせた悪魔を抱え、優斗も急いで華の結界の中へ入った。 召喚された悪魔は宿主が見つけられず、空中を漂っていた。

 「華っ、浄化を頼むっ!」
 「「「優斗!」」」
 「ユウト、フィル、無事だったのね」
 「ああ、俺はあの悪魔を凍らせて来る。 瑠衣、ティオスを結界内に運んでくれっ」
 「分かったっ!」
 「瑠衣、私も手伝う」

 瑠衣と仁奈がティオスの方へ駆け出し、優斗は空中で漂っている悪魔の方へ視線を向けた。

 優斗の白銀の瞳に魔力が宿り、周囲の気温が下がる。 木製短刀を振り上げ、瑠衣たちの方へ移動する悪魔に狙いを定める。 短刀を振り下ろすと、幾つもの氷の矢が悪魔に降り注いだ。

 悪魔は、結界を飛び出した瑠衣と仁奈を狙っていたが、頭上から幾つもの降り注いでくる氷の矢を避ける為、ゆらゆらと揺れる。

 優斗の耳に耳障りな悪魔の声が雑音として流れて来る。 優斗に狙いを変えた悪魔が飛んでくる。

 『ユウト、こっちに悪魔が来るよっ!』

 トプンと耳元で水音が落ちる。

 瞳に魔力が宿ると、一瞬で空気中の水分が凍結し、凍る時の音を鳴らして氷の壁が作り上げられた。
 
 悪魔と氷の壁がぶつかり合い、ガラスが割れるような音を鳴らし、氷の壁が壊される。 床板に銀色の足跡が輝く、足跡を踏んで迎え撃つ。 二本の木製短刀を形の無い漂う悪魔に刺し入れる。

 『悪魔を凍り尽くせっ!!』

 優斗の凍結魔法が放たれ、悪魔が音を鳴らして凍り付いていく。 凍り付いた悪魔が床板へ鈍い音を立てて落ちて転がった。

 大きく息を吐き出した優斗は、脳内のモニター画面に流れて来る華たちの映像を見て、ホッと安堵した。

 『皆、無事みたいだね』
 
 (ああ、良かったっ)

 凍り付いて床板に転がった悪魔を見つめ、優斗は改めて思う。 『弱い悪魔で良かった』と。

 (これで、強い悪魔だったら、もっと手こずってたなっ)

 華の結界は、優斗が悪魔を捕らえた事で解かれた。 今は、ディプスの浄化を終え、凍り付いた二つの悪魔の浄化をしている。 悪魔に触れた華の手から、浄化の光が放たれる。 浄化された悪魔は霧散して消滅した。

 「華、ご苦労様。 無事に浄化出来たみたいだな」
 「優斗。 優斗もご苦労様、怪我がなくて良かった。 後、ティオスを助けてくれてありがとう」
 「……うん」

 華が申し訳なさそうな顔をしている。 自身の所為で、優斗に迷惑を掛けてしまった事に、申し訳ない気持ちでいっぱいなのだろう。

 「俺は気にしてないから」
 「うん……」
 
 床板で気絶しているティオスを瑠衣が軽く足蹴にしている。

 「しかし、こいつはいったい何がしたかったんだ? エルフの里を牛耳ろうとしたのか、それとも華ちゃんが欲しかっただけなのか……」
 「瑠衣っ、気絶してるんだから、足蹴にするなっ」

 螺旋階段を駆けあがって来る複数の足音が聞こえ、下も落ち着いたのだろうと、螺旋階段に視線を向ける。 一番先に姿が見えたのは、クリストフだった。

 「クリストフさん」

 クリストフの姿が見えた途端、背後で瑠衣が舌打ちをした。

 「俺の顔を見て早々、舌打ちするなよ、ルイ坊」
 「だから、その呼び方をやめろっ!」
 「それよりも、里長がエレクトラ様とユウトを呼んでるぞ。 宿舎施設がある六段目に降りて来てくれ。 ディプスとティオスもそちらに運ぶ」
 「分かりました」
 「……っ」

 華は里長の名前が出ると、言葉を詰まらせた。
 
 「華、ブートキャンプから飛び出した事、俺も一緒に謝るから」
 「うん……」

 気絶しているディプスとティオスをクリストフと戦士隊で宿泊施設へ運び、救出した里長に会う為、優斗たちは里長がいる部屋へ向かった。

 ◇

 ツリーハウスの六段目は、遠くから訪れる東西南北の里長や幹部たちや、帰れない役人たちが宿泊する施設だ。 ログハウスの入り口に入り、すぐ左側の部屋に里長が居ると、クリストフから伝えられた。

 優斗と華は、扉の前まで来ると、緊張した面持ちで立った。 内心で大丈夫だと、繰り返す。

 (苦手なんだよなっ、里長の厳しい眼光……)

 華が意を決して扉を数回、ノックした。 中から直ぐに返事が聞こえ、入室が許可された。

 「「失礼します」」

 二人は声を揃えた後、優斗が扉を開けて、先に部屋へ入って行った。 宿泊施設の部屋は、簡単な事務机とソファーセットが置いてあり、奥の窓際にシングルベッドよりも大きいサイズのベッドが置いてあった。 ベッドで上半身を起こした里長は、優斗と華を見ると、小さく息を吐いた。

 「里長、無事でよかったっ」
 「ああ、エレクトラ。 君も無事で何よりだ。 ブートキャンプを投げ出して出て行ったと聞いた時は、驚いたがな」
 「……っすみません。 でも、私っ」
 「それは、俺の所為です。 俺たちが参加していたブートキャンプで『災害』が起こったので、俺の心配した華が……あ、エレクトラさんが駆け付けてくれたんです。 怒らないであげて下さい」

 優斗は勢いよく謝罪すると、深く頭を下げた。
 
 「レアンドロス」
 「……っはい」

 里長の重低音が腹に響く。 優斗は自身の名前を呼ばれ、肩を小さく跳ねさせた。

 「君も無事で何よりだ。 今年のブートキャンプは色々あったが、皆が一人前になったと、認める事になった。 顔を上げなさい」
 「はい、ありがとうございます」
 「ありがとうございます」
 
 優斗は顔をゆっくりと上げる。 里長の厳しい表情は変わらないが、華の事は不問にしてくれる様だ。

 「君たちの結婚だが……」
 「はいっ」

 優斗と華は里長から何を言われるのか分からず、二人は緊張で喉を鳴らした。

 「もう一つの問題を片付けてからにしてもらう」
 「「えっ」」

 里長の話は、ダークエルフとの問題だった。 ティオスに手を貸していたダークエルフは、いつの間にか居なくっていて、行方は誰も知らない。 転送魔法陣を使った痕跡も残っていなかった。

 ダークエルフの長に親書を届ける事、ティオスに手を貸したダークエルフを調べる事。 後、ダークエルフの事も調査して来る様に言われた。 里長の後を継ぐのはまだ先でも構わない、そして、ダークエルフの事が片付いたら旅をしてもいいと、許可された。

 優斗と華は里長から怒られなかった事に、胸を撫で下ろした。

 「レアンドロス」
 「はいっ」
 「エルフの里を救ってくれた事、感謝する」
 「……っ俺だけの力ではないです。 クリストフさんたちや戦士隊や、瑠衣たちも力を貸してくれたので」
 「そうだな。 皆にも後で礼を言っておく。 それで、ティオスたちの処分は任せるが大丈夫か?」
 
 里長の厳しい眼差しに、優斗と華を試すような色が瞳に混じっている。 次期里長として、罪人に処分が下せるのか、優斗と華は試されている。 優斗は真っ直ぐに里長を見つめ、返事を返した。

 「はい」

 既にダークエルフへの親書を用意していた里長から、親書を受け取り、優斗と華は部屋を出た。

 部屋から出て来た優斗と華に瑠衣たちが駆け寄って来た。 優斗と華を心配して、玄関付近で待っていた様だ。 ティオスとディプスは治癒士に見せた後、再び運ばれ、里長が閉じ込められていた地下牢へ連れていかれたと、瑠衣が話してくれた。

 「で、優斗は決めたのか? ティオスたちをどうするか」
 「……っ人の命が沢山、流れたからな。 生涯幽閉だと、緩いと思う?」
 「生涯幽閉か……。 エルフって死刑制度なかったっけ?」
 「ないな」
 「そうか……じゃ、無期懲役が一番、思い刑罰か」
 「うん」

 ティオスたちの処分を決めた後、優斗たちはダークエルフの里長に親書を届ける為、旅に出る。 ダークエルフの里は、何処までも広がる草原にあるのだとか。 エルフの里がある大陸とは別の大陸にある為、海を渡る必要がある。 ダークエルフの里へ向かう為、優斗たちは船を調達する事から始めた。
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