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第四十三話 『もう、本丸を叩きに行くか?』

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 隠れ家からエーリスへ戻った優斗たちは、直ぐに気絶しているパレストラを客室の1室へ運び込んだ。 4段目のログハウスには客室が3部屋ある。 一番大きい客室を華の母親が使用しているので、パレストラには、10帖ほどの部屋にベッドと暖炉、クローゼットに1人掛けソファを置いているだけの客室を使ってもらう事にした。 一番狭い部屋は素泊まりする人用にいつも空けてあり、2段ベッドや余分な布団が置いてある。 パレストラを抱きかかていたフィルがそっとベッドへ寝かせる。

 パレストラを運び込んだ客室はピンクを多用し、ラブリーな内装になっているので、男勝りのパレストラのイメージとは真逆だ。

 『……客室の内装とパレストラのイメージが違いすぎてギャップが凄いねっ』

 優斗や集まって来た皆が思っている事を監視スキルが頭の中でポツリと呟く。

 (余計な事を言うなっ、顔に出るだろうっ……。 しかし、いつも思うけど……フィルのあの力は何処から出てるんだ? 自分の倍くらいは身長があるし、体重も重いだろうに……)

 『ユウト、体重の事は言ったらだめだよ』

 (だから、頭の中だけで話してるだろう)

 寝ている姿は女性らしい表情をしていた。 パレストラはベッドへ寝かさされた事にも気づかずに起きる様子は見せない。

 「華、パレストラは大丈夫なのか?」
 「うん、浄化は終わってるから大丈夫よ」
 「そうか」

 皆がホッと安堵したように息を吐いた。 客室には、瑠衣とクリストフ、フィンもいた。

 皆、扉の前やベッドの足もとで集まって寝ているパレストラを眺めていた。 4つも窓があり、夕日が明るく客室を射していた。 もう日が沈む頃だ。 そばに寄って来たフィルのお腹が盛大になった。

 皆の視線がフィルへ集中し、フィルは照れくさそうに小さく笑って後頭部を掻いた。

 「もう、夕食にするか……リュディさんと仁奈が用意してくれてるはずだ」

 瑠衣の報告にフィルとフィンが喜んで飛び上がり、競って下へ降りて行った。 何前年経ってもフィルとフィンの食欲は変わらないらしい。 華の方へ視線をやると、華が小さく頷いた。

 「私はもう少しだけパレストラのそばにいるわ。 それに母の顔も見たいし」
 「……分かった。 何かあったら知らせて」

 華の母親は別の客室を使っている。 優斗が自身の頭を指で突っつくと、華は小さく笑った。
 
 『ちゃんと伝わったみたいだね』

 (ああ、まぁ、結界や幻影魔法が張られている中だから、心配ないだろうけれど……パレストラが起きたら暴れるかもしれないからな)

 『うん、僕も見張っておくよ』

 (頼む)

 「じゃ、パレストラが起きたら知らせて下さい。 彼女には色々と聞きたいことがありますので」
 「分かったわ」

 華が頷くと、クリストフが出て行き、瑠衣が続く。

 「華、夕食終わったら、華の分の夕飯持って来るから」
 「うん、ありがとう」

 最後に優斗が客室を出た。 優斗の前を歩き、ツリーハウスの大木の幹に取り付けた螺旋階段をぐるぐる回って下りながら、瑠衣が振り返って問いかけて来た。

 「パレストラって奴、記憶あると思うか?」
 「悪魔が取りついている間の記憶って事?」
 「そう、ベネディクトも記憶がなかったじゃん? カテ何とかも微妙な感じだったし。 あっ、でも……悪魔に勝てたどうかで違うのか……」
 「カテリーニな、そろそろ名前を憶えてやって。 そうだろうな……パレストラたちが悪魔の力を欲したのは何でだろう……」
 「リューさんが言うには、皆、跡取りを逃した奴らばっかりらしいから、跡目争いに負けたとかだろう? 力はあるのに認められないのは悔しいだろうしな」
 「……そうか。 エルフの家は、能力の一番高い者が後継ぎだからな」
 「優斗、お前が里長に固執してないからって、流石にこんな事を起こした奴に、次期里長の権利を譲ったりするなよ」
 「分かってるよ、華が次期里長を放棄しない限り、俺もしないし。 華も譲らない」
 「うん、それでいいと思うぞ」

 食堂へ近づくと、夕食の美味しそうな匂いが上まで上がって来ていた。 脳内でモニター画面を映し出し、華の様子を見る。 華はパレストラを盗み見ながら、立体映像の魔法陣を展開させていた。

 魔法陣の上で小さい優斗がポーズを決めてドヤ顔をしていた。 華はいつでも通常運転だ。

 (……今日、華の妄想を刺激する何かがあったか?)

 『なかったと思うけど……もしかして、これかな?』

 立体映像の優斗が持っている短刀から、炎が巻き付けながら噴き出した様子がアップになった。

 (あっ! あれだっ! マリウスの炎の大剣だっ! あれ、炎が大剣に巻き付きながらふき出してたからなっ)

 『……炎の竜を連想したのかなっ……優斗の次の衣装が楽しみだっ』

 優斗は前を歩く瑠衣に気づかれない様に、小さく息を吐きだした。 脳内で監視スキルの楽しそうな笑い声が響く。

 ◇

 食堂に取り付けられた木製の両扉を開けると、左側のテーブルに大人たちが座り、右側のL字型のソファにクオンとフィル、フィンと知らない子供たちが3人、6人が食事を始めていた。 華の母親はいなかったので、使っている客室で食事を摂っているようだ。

 (里長夫人に食堂へ降りて来られても、気を使うしな……)

 扉が開いた音で食堂へ入って来た優斗と瑠衣に気づき、仁奈が振り返った。

 「瑠衣、優斗、お帰り。 あれ? 華は?」
 「まだ、上にいる。 パレストラの様子を見てたいって」
 「そう……じゃ、私が華の分の夕食を持って行くよ。 万が一、パレストラが暴れたら、華じゃ太刀打ちできないし」
 「分かった、よろしく頼むな」
 「おう、任された!」

 仁奈はテーブルで並んでいる夕食をいくつか選び、急いでトレイに乗せて食堂を出て行った。 隣で仁奈の後ろ姿を視線で追っていた瑠衣から苦笑が零れる。

 「仁奈、今、自分の分も持って行ったな。 当分、仁奈と華ちゃん、降りて来ないぞ」
 「そうだな……じゃ、ゆっくりご飯を食べるかな」
 「だな」

 テーブルに着くと、クリストフが話しかけてきた。

 (ニヤついた顔が気に食わないっ)

 『……』

 「なんだ、婚約者の2人はパレストラの所か」
 「そうだよっ」

 扉側のテーブルの端が空いていたので、優斗と瑠衣は黙って向かい合って座った。 テーブルの席は8つ。 向かいで座る瑠衣の隣はリュー、優斗の隣がクリストフ、リューの隣に座っているのはリュディだ。 しかし、3人知らないエルフが座っている。 中年男性2人と青年が1人。

 彼らはエーリスに結界と幻影魔法を掛ける寸前に、エーリスに飛び込んで来た人達らしい。 自分たちの集落を襲撃され、何とか逃れて来て、集落を捨てざる負えなかった人たちだ。

 クオンたちと一緒にいる子供たちは彼らの子供たちだ。 他の無事な人たちは、リュディの治療院の方へ行っている。 今、彼らのツリーハウスに出来る大木を探している所だ。

 テーブルに着いている人たちは集落の代表の人だ。 リューやリュディ、クリストフは彼らを知っている様で、信用できる人なのだと。 青年は本部の戦士隊でクリストフの友人なのだとか。

 「今、パレストラと言ったかな?」

 中年男性の1人、エーリスの集落があるノトス村の隣、コマースタ村にある集落の代表らしい。

 「私の集落もパレストラたちに襲撃されたのだ。 何故か途中で襲撃を辞めて、何処かへ行ってしまってな。 そのために私たちは助かった」
 「そうですか」
 「彼女は悪魔を取り込んでいたのだろう? どうやって倒した?」
 「……」

 (なんと説明したらいいのか……パレストラはあの時、もう、ちょっと精神がとんでたしな)

 『そのまま言ったらいいと思うよ』

 (ああ)

 優斗はかいつまんでパレストラを倒した時の様子を話した。 隣で真面目な表情をしていたクリストフが口を開く。

 「ちょっと普通じゃなかったんだな?」
 「はい、知っていると思いますが、出会った時から戦闘狂っぽかったですけど」

 ツリーハウスから飛び降りて追いかけて来た時のパレストラを思い浮かべると、監視スキルが親切心なのか、揶揄いなのか。 血走った眼をしたパレストラが落ちて来る場面を再生した。

 優斗の背中に悪寒が走り、身体が小刻みに震える。

 「もしかしたら、悪魔が暴走してたのかもな。 でないと、そんな簡単に悪魔付きがやられる訳ないっ」
 「……っ確かにっ! パレストラの性格なのか、悪魔の性格なのか分かりませんけど……フィルを切る捨てる事に固執してくれたので、助かりましたけどねっ」
 「うん、スライムは頭に乗せて置くものだな」

 揶揄っているのか、真面目に言っているのか分からない表情で言い放ったクリストフの言葉が、ジャブとなって優斗のみぞおちに入る。

 「……っ」

 戦いに集中している時は中々気づかないが、羽の生えた銀色のスライムを頭の上に乗せている姿はとてもシュールで滑稽だ。 しかし、滑稽な光景に誰も気づいていないので、笑われたりしない。

 (そう言えば、昔に瑠衣からちょっと言われただけで、誰からも突っ込まれた事ないな……華からも特別に何も言われたこと無いし……不思議現象だなっ)

 優斗が思考している間にも話は進んでいく。

 「次来るのは……カラトスか、ディプスか……。 マリウスだったら強敵だな」
 「ですね……」
 「それか……もう、本丸を叩きに行くか?」

 瑠衣の危険な考えに賛同したのは、クリストフだった。 美味しそうに食事をしていた皆の手が止まった。 小さく鳴っていたカトラリーの音が消え、背後のL字型のソファで食事をしている子供たちの声だけが聞こえて来た。

 「エーリスは結界魔法と幻影魔法で見つからない様になっている。 そう簡単には見つからないし、襲撃も受けないだろう。 今度はこっちからティオスの方へ行く番だな」
 
 優斗たちが首都ユスティティアへ向かう作戦を考えている頃、華と仁奈は、華の母親クリュトラと話し込んでいた。 優斗は作戦会議を聞きながら、華たちが話しているパレストラの話にも耳を傾けていた。

 ◇

 華の周囲で優斗の魔力が溢れ出て漂う。 華は直感的に優斗の監視スキルの方だなと感じていた。 何となくだが、優斗と監視スキルの違いが分かるようになって来た。 華から苦笑が零れた。

 (また、監視スキルに見張りを頼んだのね、優斗。 本当に過保護……まぁ、そこがいいんだけどっ。 っていうか、本当はもっと……いや、考えないっ)

 華は顔を左右に振って危ない思考を辞めた。 自身が変わった趣味をしているのは分かっているので、敢えて皆には言っていない。 いつも一緒だと感じる優斗の監視スキルは、華にはとても心地いいと感じるのだ。 優斗は喜ぶかもしれないが、他の皆が引いていくのが安易に想像できる。

 (仁奈なんて、すっごい顔するだろうなっ……)

 小さく呻いたパレストラに視線を移す。 浄化が終わった状態のパレストラが目覚めても、暴れないと華は分かっている。 昔からパレストラの事は知っているのだ。

 苦しそうなパレストラの手を取り、華はゆっくりと浄化の光を流し、悪夢を取り除く。

 客室の扉がノックされ、入って来たのは夕食のトレイを持って来た仁奈だった。 美味しそうな匂いに華のお腹も限界に来ていたのか、大きな音を鳴らして空腹を知らせて来た。

 「おっ、丁度、良かったね。 華の分の夕食持って来たよ。 ついでに私の分も持って来たから、一緒に食べよ。 それとお帰り、華」
 「ただいま、仁奈。 ありがとう、お腹空いてたの、今、気づいた」
 「華らしいね」

 おかしそうに笑った仁奈は椅子も持って来ていて、華の隣に椅子を置くと、華の膝にトレイを乗せた。

 「ありがとう、いただきます」
 「いただきます」

 華と仁奈は両手を合わせて唱和した後、シチューに口をつけた。 仁奈が持って来てくれのは、ビーフシチューにバターロールパン、チキンステーキに野菜ソースをかけたもの、後はマッシュポテトだ。

 (肉肉しいなっ……)
 
 ビーフにチキンとは、仁奈らしいチョイスで、華には少しだけボリューミーだ。 華は仁奈には気づかれないように笑いを零し、バターロールをビーフシチューに浸した。

 少しだけ多い夕食を終え、華と仁奈の会話は女子会へと突入していく。 女子会の間、パレストラが目覚める様子はなかった。 仁奈の口からは瑠衣の愚痴が飛び出してくる。

 一瞬だけ華の周囲で漂っている優斗の魔力が揺らぎ、優斗が盗み聞きしている事に気づいた。

 視線の先を追い、じっと真面目な表情で見つめると、優斗の魔力が緊張で張り詰めていく。 華は優斗の反応が面白く、思わず笑いを零してしまった。

 「えっ、なに? 今の話、そんなに面白かった?」
 「あ、ごめん。 何でもないの」

 華が頬を染めた様子に、仁奈は察したようだ。

 「……ああ、優斗かっ」
 「内緒っ」
 「もう、私が瑠衣を愚痴ってる間に、あんたたちは監視スキル越しにイチャついてたのね」
 「ち、違うからっ」

 「あらあら? 楽しそうな話し声が聞こえると思ったら、やっぱりエレクトラね」
 「クリュトラっ」

 華は立ち上がり、クリュトラへ駆け寄る。 客室の扉が開いた事にも気づかずに話していた様だ。

 「お帰りなさい、エレクトラ」
 「ただいま、無事にエーリスに着いていて良かった」
 「ええ、貴方も。 それと、貴方はエウフェミア・アムピオンオルフェイス嬢ね。 エレクトラと仲良くしてくれてありがとう。 エレクトラは少しだけ抜けている所があるから、これからもよろしくね」
 「……はい」

 華の後ろで立っている仁奈にクリュトラは笑顔を向けた。 返事の前に妙な間があった。 きっと、仁奈は本名を呼ばれて一瞬、誰の事か分からなかったのだろう。 ちょっとだけ恥ずかしかったのか、仁奈の頬が赤くなっている。

 (うん、分かるよ、仁奈。 エルフの名前って自分の名前じゃない感じだよねっ)

 クリュトラはパレストラの方へ視線を向けると、眉尻を下げた。

 「彼女、悪魔は抜けたのね」
 「うん、もう大丈夫よ」
 「そう……」
 「ねぇ、クリュトラは知っている?」

 華の問いかけるような視線を受け、クリュトラは首を傾げた。

 「……パレストラが悪魔を必要とした理由」
 「推測ならあるわね」

 クリュトラの言葉に華と仁奈の瞳が見開き、華の周囲で漂う優斗の魔力が跳ねた。

 「彼女の家は、女傑族でしょ? パレストラは確か、当主の4番目の夫の娘で三女だったかしら。 戦士として力が目覚め、沢山の姉妹の中から次期当主にまで上り詰めたのよ。 でも、後から生まれた妹に立場を奪われてしまったの。 で、パレストラは嫁へ出される事になったのよ」
 「えっ、パレストラって結婚していたのっ?!」

 華と仁奈は口を開けて間抜けな表情で驚いた。 最近のパレストラを思い浮かべると、とても誰かの妻には見えなかった。

 「いいえ、家を飛び出して本部の戦士隊へ入隊したから、嫁入りの話はなくなったわ。 男嫌いらしいけども、その理由は知らないし、もし知っていても言えないわね」

 華と仁奈はすぐさま反応を示した。

 「男嫌いになるにはそれ相応の理由があるだろうし、個人的な理由の方が多いでしょうしね」
 「……そうね」
 「うん……悪魔の力を欲しがるほど、エニュオス家を恨んでたのかな」
 「それは、彼女にしか分からないわね。 早く、目覚めればいいけれど」
 「うん」

 パレストラが目覚めたのは翌朝だった。 パレストラから今の本部の状態を聞き、本丸である首都ユスティティアに行く事を決めた。

 華がお風呂から出て部屋へ戻ると、優斗が待っていた。 華の部屋は相変わらず、優斗の部屋経由でしか行けない。 華を待っていた優斗から飛び出た言葉に華は笑顔を向けた。

 「あ、その……華っ、今日は一緒に……そのっ」

 頬を染めている優斗に、昔々に見た事がある思春期の優斗を思い出す。 転生したとはいえ、前世での経験もあり、今の年齢を思えば、精神的には大人だと思っていた。 しかし、思春期真っただ中の今の華たちは、年齢に精神も引っ張られている様だ。 口元を綻ばせ、華は行動で返事を示した。

 要は抱き着いていったのだ。 優斗は優しく華を抱きしめ返してくれる。

 夜は静かに更け、食堂からは、クリストフたち戦士隊たちが本丸へ攻め込むために、気合を入れている声が響いていた。
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