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第二十八話 『虫除けスプレー噴射!!』

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 鬱蒼とした森林から深い匂いが香り、野鳥の鳴き声が聞こえてくる。 川辺で昼食を終えた優斗たち一行は、夕方までに野営地へ辿り着く為、早々に出発した。

 馬車道を幌馬車が車輪を回しながら進む。 予定している野営地の向こうは集落オースターの隣の集落キュベレーで、まだアウステル村の中だ。 アウステル村の隣がキュテーラ村で、ドリュアスの集落の跡地は、一番端に位置している。 ドリュアスの向こうはもう西の里ゼピュロスの管理する森となっている。

 車輪が土を蹴って回る音と、風神の蹄が土を蹴る足音が心地よく優斗の耳に届く。

 陽が傾き、徐々に幌馬車の中が薄暗くなってきた。 視界が悪い中、行き先に開けた草原が見えて来た。 順調に進んで来た様で、予定通りに野営地へ辿り着く様だ。

 『野営地には魔物は居ないよ。 結界が張られてるみたいだから、セーフティーエリアなんだね』

 (そうか、ありがとう。 後は周囲に何もないか……)

 優斗の脳内で立体型の地図が拡がり、魔物や魔族が居ないか確認する。 動く現在地を指す吹き出しの横に、優斗と華の人形型の表示が青く点滅している。 魔物の反応は、セーフティーエリア外に少数だけあった。 監視スキルが敵認定しているカラトスがスキルの範囲に居れば、反応を示すはずなのだが、カラトスの黒い表示は無かった。

 (もう、南の里を離れているのか……てっきり、後をつけて来るかと思ってたんだけど)

 (あきらめたとか?)

 突然、フィルの念話が頭の中に飛び込んで来た。 また、優斗の頭の中を探っていたらしい。

 (フィルっ、勝手に覗くなっ)

 『南の里を出たか、それとも……、考えたくないけれど、察知されない魔法とかもあるしね。 後は、』

 監視スキルの声の後、立体型の地図が自動で動き、眼下に幌馬車が小さく見えた。

 『上だよね。 上空の高い位置に居られると、分からない。 唯一の弱点だよ』

 (……そうか。 でも、カラトスの姿はないな)
 (ないね~)

 『ないね』

 肩を揺すられる感覚に、現実に戻って来た優斗の脳内で、立体型の地図が閉じられた。 隣から華の声が聴こえ、振り向くと心配そうな華の顔が覗き込んで来た。

 「優斗? 大丈夫? 野営地に着いたわよ」

 瑠衣と仁奈、フィンの3人は、優斗が監視スキルと会話し出すと黙り込む事はいつもの事なので、気にした様子も無く、野営用の荷物を楽しそうに会話しながら降ろしていた。 だが、クリストフとディノは訝し気に眉を顰めて優斗をじっと見ていた。

 クリストフの背後では、戦士隊の隊員たちが声を掛け合い、急いでテントの設営をしていた。

 「あ、大丈夫だ。 ごめん、テント張るのを手伝うよ」
 「私も一緒にしてもいい?」
 「うん」
 「本当に何でもないのか?」

 クリストフの少し警戒した様な声が届いた。

 「すみません、本当に大丈夫です」
 「……そうか」
 「クリストフさん、気にしなくていいですよ。 優斗のだんまりは、いつもの事なので」

 笑顔で瑠衣が請け負い、優斗の肩に手を置いて小声で『後で教えろよ』と呟いて来た。 目線だけで瑠衣に返事を返した。

 「……まぁ、ルイ坊がそう言うなら……これ以上は追及しねぇけどな」
 「クリストフさん、俺ももう大人なんですから、ルイ坊は止めて下さい」
 「いいじゃねぇか。 お前は俺の中で、いつまでもウリ坊のままなんだから」
 「……っ、いますよね、貴方みたいな親戚のおじさん。 いつまでも小さい頃の話を言う人」
 「だ、誰がおじさんだっ! 俺は20過ぎたところだぞ」
 「うわっ、視えないですね。 てっきり、30過ぎてるのかと思ってましたよ」

 (瑠衣が反抗期の子供みたいに見えるなっ)

 瑠衣のこめかみには、青筋がはっきりと出ていた。 反してクリストフは、瑠衣との厭味の応酬を楽しんでいる様だ。

 「クリストフ副隊長、少しよろしいですか?」

 数人の戦士隊たちが音もなく近づき、クリストフに声を掛けて来た。 優斗たちは突然、低い声がそばでして肩を跳ねさせて驚いた。

 「ああ、分かった。 ちょっと待っててくれ。 それで、ユウトは本当に大丈夫なんだな? 馬車酔いしたとかじゃないな?」
 「はい、大丈夫です」
 「分かった」
 
 クリストフに念を押しをされて笑顔で何とか誤魔化し、瑠衣たちと自身のテントを張りに、戦士隊に指示された場所へ急いだ。 優斗の返事を聞いたクリストフも、部下たちを連れて離れて行った。

 クリストフが納得していないのは分かっていたが、流石に誰にでも監視スキルの事を話したいとは思わない。 監視スキルの事を知ったクリストフとディノがもの凄く引いて、優斗から距離を取る事が容易に想像ができた。

 ◇

 軽く夕食を食べた後、お風呂はどうするのかと思っていたら、ちゃんと露天風呂が用意されていた。 一応、囲いがされている露天風呂を見つめる優斗の表情は曇っている。

 何故かと言うと、エルフのお風呂は一般的に、男女混浴が常識だからだ。

 華が他の男たちと露天風呂に浸かるなど、想像しただけで腹が立って来る。 ゆらりと華の周囲で漂っている優斗の魔力から、不穏な気配が溢れ出した。

 優斗の脳内のモニター画面の中で、少し離れた場所にいる華の肩が、小さく跳ねる映像が流れた。

 『……ユウト』

 ブートキャンプの時はどうしていたのかと言うと、キャンプ場ごとに1つづ露天風呂があり、全員がバラバラに入浴していたので、優斗たちは上手く時間をずらしたりして混浴にはならない様にしていた。 しかし、今回の旅ではどうすればいいのか、頭を悩ませていたが、優斗の心配は杞憂に終わった。 1人の戦士隊が優斗たちに気づき、近づいて来た。

 「次期里長、風呂に入られますか? 入られるのでしたら、1人入浴でお願いいたします。 戦士隊が見張りと護衛をさせて頂きますので、安全に入浴して頂けます」
 「……っ」

 (それはそれで、何か嫌だな……っ)

 「あの、華は?」
 「勿論、エレクトラアハナ様も1人入浴をして頂き、女性隊員に見張りと護衛をいたします」
 「……そうか」

 心の底からホッとしたが、戦士隊が一緒だと何かと仰々しくて面倒だなと思った事は否めない。

 露天風呂は、1人入浴をしたので、瑠衣とフィルとの男子会は行われなかった。 華と仁奈は戦士隊と掛け合い、一緒に入ったらしい。 【透視】と【傍聴】スキルは、華が風呂に入っている間は停止していたが、やめろと言っているのに、監視スキルが実況中継をしてくるのだ。

 監視スキルの所業に溜め息を吐きつつ、テントで1人モヤモヤとしていた。

 (まさか、テントも1人使用とは……。 テント張る時、何かおかしいと思ったんだよな。 3つテント張ったからな。 人数的には2つで足りるはずなんだ、男女2人づつなんだから)

 敷布を敷いただけの寝床で寝転びながら、テントの天井から吊らされているランプを見つめる。

 ここで瑠衣と仁奈は一緒のテントなのかとかは、突っ込んではいけない。 フィルとフィンは言うまでもなく、夕食が終わると直ぐに森の奥へ消えて行った。 因みにディノはクリストフと同じテントを選んだようだ。 憧れている人の話を聞きたいらしい。

 『ルイたちに話す機会がないね……』

 (本当に……)

 優斗と華のテントの周囲は戦士隊の隊員が交代で夜警をしてくれている。 夜警をしている戦士隊の中に、カラトスと同じようなエルフが居るのだとしたら、寝込みを襲われる可能性がある。

 (……眠れないっ)

 華は大丈夫かと、華の風呂も終わった様で、自動でスキルが発動した。 脳内のモニター画面に華の映像が流れて来た。 モニターを確認した優斗の白銀の瞳が見開いた。

 映像の中に仁奈がいたのだ。 楽しそうに話をしている華と仁奈の姿が映し出されていた。 精神体を飛ばそうと思っていた優斗は、大きく肩を落とす。

 『あらら、これは精神体を飛ばしたら、ユウトがお邪魔虫になるね』

 (うん、確実にな。 まぁ、誰が味方か分からない状況で、本体が無防備になる事は避けたいしな。 でも、仁奈が華の所に居るって事は……瑠衣も1人かっ)

 『それ、絶対、ルイに突っ込まない方がいいよ』

 (分かってる)

 優斗は映像の中の仁奈を見て、心底、羨ましいと思った。

 (くそっ、俺も華と話したいのにっ)

 優斗はモヤモヤした気持ちを抱え、周囲の戦士隊の気配に警戒が解けず、眠れるぬ夜を過ごした。 華と仁奈が眠りについたのは、深夜近くになってからだった。

 ◇

 監視スキルが敵認定していたカラトスが直ぐ後ろから着いて来ていた。 監視スキルに反応が無いのは、カラトスが着ている黒装束にある。 全ての気配や悪意を消して去ってしまう代物だった。

 すっぽりと黒いフードを目深に被り、優斗たち一行の動向を見つめる。

 カラトスの白銀の瞳が光を放つと、数人の戦士隊の動きが一瞬だけ止まった。 再び動き出した戦士隊たちの瞳から感情が消え、張り付けた様な笑みを浮かべた。

 『聞け、下僕たちよ。 次期里長を亡き者とするのだ』

 優斗たち一行は、隣の集落が管理する森の中に入っており、夕方には集落に着く。 代表に挨拶をした後、宿を借りる予定になっている。

 馬車道を幌馬車が音を鳴らして走る。 カラトスは音も鳴らさずに大木の枝を飛び移りながら、幌馬車の後をついて行った。

 ◇

 優斗たち一行は昼食の為、この日も川辺で準備をしていた。 優斗と瑠衣、数人の戦士隊が森に薪を取りに行き、華と仁奈はディノと、女性戦士隊たちと昼食の準備を始めた。 残りのクリストフと戦士隊たちは、華たちの周囲で警護をしている。 優斗は脳内の端に華の映像を端に置いておく。

 薪を拾いながら、時折華の映像に意識を向けた。 数人の戦士隊が大きな葉音を鳴らして、優斗と瑠衣の周囲を囲った。 まともな戦士隊たちが囲っている仲間に声を掛ける。

 物音を鳴らす戦士隊たちを不審に思い、瞳を細めて見つめた。

 「お前ら、どうしたんだ? 川辺で火を熾してたんじゃないのか?」
 「……」

 (おかしいな、いつもの戦士隊なら、音を全くさせずに近づいて来るのにっ)

 直ぐにおかしいと思った戦士隊の隊員が優斗を庇い前へ出る。 優斗たちを囲った数人の戦士隊たちは、張り付けた笑みを浮かべたまま、それぞれが自身の武器を掌から取り出した。

 優斗たちが武器を構える間もなく、笑みを浮かべた戦士隊たちが攻撃を仕掛けて来た。

 『ユウトっ! 大変だっ、川辺でもハナたちもおかしくなった戦士隊に囲まれてるっ!』

 監視スキルの声で、脳内のモニター画面の映像を見ると、川辺で食事を準備している華と仁奈、フィンの3人が映し出された。 華たちの周囲を笑みを張り付けた数人の戦士隊たちが囲い込もうとしている所だった。 華たちはまだ、異変に気付いていない。 おかしくなった戦士隊の中に、優斗と華に取り入ろうとしていた女性隊員の姿もあった。

 「……っ」
 (ユウト、まずいよ)

 優斗の頭の上へ素早く移動して来たフィルの声が震えている。 瑠衣と戦士隊たちは既に武器を取り出していた。 優斗も木製短刀を取り出して構える。 戦闘が始まった。

 『誰かに操られているみたいだ』
 
 (やっぱりそうか、瞳の奥が笑ってないもんな)

 脳内で立体型の地図を拡げたが、カラトスの黒い表示はされていなかった。
 
 優斗は瑠衣を横目で見ると、瑠衣も優斗の方を見ていて視線が合った。 頷き合うと、戦士隊を無視してダッシュして囲いを抜け出した。 走りながら、知り得た情報を話し合った。

 「瑠衣っ、華たちが危ないっ! あっちもおかしくなった戦士隊に囲まれてるっ! カラトスの表示も地図に出なかったっ」
 「まじかっ! もしかしたら、戦士隊の中にカラトスみたいな奴が紛れ込んでるかも知れないって、思ってたんだよっ。 ちょっと仁奈に呼びかけてみるわ」

 瑠衣は走りながらパンツのポッケトから、クリストフから貰った魔道具を取り出した。

 「ねぇ、あのひとたちはだいじょうぶなの?」

 フィルの心配気な声が上から落ちて来る。

 「大丈夫だろっ! 言ってる間にも、まともな戦士隊を無視して俺たちの後を追って来てるからなっ」
 「そうか、もくてきはユウトとハナなんだね」
 「そう言う事だ。 今は華たちの方が心配だっ! まだ、戦士隊の異変に何も気づいてない」
 
 瑠衣は走りながら、器用に魔道具を操作して仁奈へ連絡を取った。 直ぐに仁奈は出た。

 「仁奈っ!」
 「瑠衣、薪拾い終わったの? どう、いっぱいあった?」

 瑠衣の魔道具から呑気な仁奈の声が聴こえて来た。 瑠衣の表情は険しかったが、声は明るい声を出していた。

 「仁奈か、そっちはどうだ? もうそろそろ昼食の準備、出来たか?」

 瑠衣の明るい声には魔力が込められており、魔道具を通して仁奈に危険を知らせた様だ。 仁奈が答えに困ってるような音を出した。

 「え、えと、うん、美味しいのが出来たから早く来てっ!」

 しどろもどろで答えた後、最後は仁奈の希望だろう事が分かった。 華は映像の中で、仁奈の様子に首を傾げていた。

 「ちっ、人選ミスしたな。 仁奈に演技が出来る訳なかったわ」

 視線の先に小さく川辺が見えて来た所で、華たちの方にも異変が起きた。 華たちもおかしくなった戦士隊に囲まれた。 映像で確認した優斗は、急いで銀色の足跡を地面につけようとしたが、叶わなかった。 優斗たちに追いついた戦士隊が攻撃を放って来たのだ。

 足を止められた優斗たちは、手に持った武器を構えた。 大剣を振り上げた戦士隊が優斗の頭目掛けて振り下ろして来る。 木製短刀でガードして頭の上で受け止めた。 頭の上に乗っていたフィルが目を剥いて小刻みに震えた。 受け止めたのが短刀だった為、フィルの目の前で大剣が迫った。

 トプンと耳元で水音が落ちる。

 2本の木製短刀が氷を纏うと、一瞬で大剣が氷結された。 エルフの身体から出た武器の為、武器の性質がエルフの身体に近い様だ。 武器が消えると、再び大剣が姿を現す。

 「いたちごっこになりそうだな。 武器を氷結するのは意味ないなっ」
 「そうだね」

 大剣を持っている戦士隊から距離を取る。 ここで足止めを喰らう訳にもいかない、とどうするか迷っていると、稲光と共に6本の爪の光線が優斗たちと、おかしくなった戦士隊たちとの間に引かれた。 おかしくなった戦士隊たちはクリストフの爪で後方へ吹き飛ばされた。

 一発の攻撃で数人の戦士隊を気絶させた。 後方の部下たちにクリストフが指示を飛ばす。

 「気絶している間に縄をかけろっ!」
 「「「はいっ!」」」

 ホッとしたが、優斗の脳内で華の悲鳴が響き、監視スキルの声が脳内で響いた。

 『ハナにより、虫除け結界が展開されました。 戦士隊の攻撃を防ぐ事に成功しました』

 華の周囲で球体の結界が展開され、おかしくなった戦士隊たちを弾き飛ばされた映像がモニター画面に映し出された。 しかし、懲りずに攻撃を掛けようとしている。

 結界の周囲で、華たちを守る様に優斗の魔力が漂い、魔力が溢れ出した。

 (……っ華たちは、きっと女性隊員たちに攻撃が出来ないっ)

 脳内で再び監視スキルの声が響いた。

 『虫除けスプレーを噴射します。 睡眠のスプレー、痺れが起きるスプレー、身体が動かなくなるスプレー、気絶させるスプレー、毒が含まれた殺傷能力のある殺虫剤スプレーのいずれから1つを選択して下さい』

 (……離れた場所から反撃するには、それしかないかっ)

 「優斗っ! あいつら縛られてるのに、まだ動くぞっ!」

 瑠衣の声に振り返った優斗の瞳が見開いた。 縛られてもまだ、優斗に迫って来る戦士隊に驚きを隠せない。 クリストフが素早く指示を出す。
 
 「術者っ! 浄化っ! 早くしろっ」
 「はいっ」

 『虫除けスプレーの種類を選択して下さい』

 (よしっ、分かった。 睡眠スプレーで……お願いしますっ)

 『了解しました。 虫除けスプレー・睡眠スプレーを噴射します』

 華の結界の周囲で溢れ出る魔力から睡眠スプレーが噴射された。 ふわりと噴射された睡眠スプレーは、華に悪意を持っている者に反応をして注がれる。 次々とおかしくなった戦士隊たちが眠りについていった。

 そして、優斗の周囲からも睡眠スプレーは噴射されていた。 縛られながらも優斗へ迫って来る戦士隊に睡眠スプレーが注がれると、一瞬で眠りについた。

 瑠衣は勿論、クリストフやまともな戦士隊たちも、目を見開いて驚いていた。 縛られた戦士隊からも、華の結界の周囲で眠りについた戦士隊からも、規則正しい寝息が聞こえていた。

 「うわぁ、すごいね。 いっしゅんでねむちゃったよ、ユウト」

 フィルの一言で、優斗の仕業なのが全員にバレてしまった。 戦士隊たちは次期里長が眠らせたと分かった途端、ざわつき出した。 クリストフもこれには驚愕の表情を浮かべていた。

 瑠衣は何かを察したのか、ニヤリと口元に笑みを浮かべ、優斗はそっと全員から視線を逸らした。
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