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第十六話 『悪魔を剥がす時、躊躇するなよ』

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 南の里アウステル、アウステル村にある集落オースターの南端にある森の中で今、魔族が生まれて『災害』が起こった。 キャンプ場を囲っている森の中で、新たな災いが起ころとしている。

 大木に水魔法で描かれた魔法陣が小さく光り、弾ける音を鳴らして黒い煙を上げている。
 
 森の中の大木に描かれた魔法陣が火花を放ち、魔族が放った魔力に呼応している様だった。 水魔法で描かれた魔法陣は、いくつもの大木に描かれていた。 とても数えきれないくらいに。

 ◇
 
 優斗たちは苦戦を強いられていた。 視えていた黒い心臓も、黒いオーラが強くなり、霞んで視えなくなっていた。 先程、魔族となったばかりだというのに、エカテリー二の力は凄まじかった。

 思っていた通りだが、優斗が一番に狙われた。 エカテリー二の瞳は怒りが混じり、優斗を見る目が血走っていた。

 (こ、こわ~っ)

 『魔族になってしまったとしても、女の子にその感想は駄目だと思うよ』

 (分かってるよっ! でも、エカテリー二を魔族にしたのは……きっと、俺だっ)

 「エカテリー二、絶対に助けるから」

 白銀の瞳に力が宿ると、木製短刀に魔力を流して氷と炎を纏わせる。 逆手で構え、草地で銀色に輝く足跡を踏んで跳躍する。 空中で1回転してエカテリー二の背後へと回る。

 エカテリー二の背中に目掛けて、氷と炎の刃を飛ばす。 クロス型の氷と炎の刃は、エカテリー二から染み出している黒いオーラによって霧散した。 振り返りざまにエカテリー二の黒い水刃が飛ばされる。

 トプンと水音が耳元で鳴る。

 2本の木製短刀を一瞬で氷を纏わせてガードすると、木製短刀に触れた黒い水刃が凍り付いて砕け散った。 エカテリー二の背後で爪の雷の残像が起こる。 クリストフの背後からの攻撃をエカテリーニは上空を飛んで避けると、次は仁奈の雷が落とされる。 仁奈の雷がまともに当たった。

 雷鳴が轟き、エカテリー二の身体が雷で光り、全身から煙を上げる。

 しかし、彼女にはまるで効いていないのか、口元に笑みを浮かべている。 隙を与えず、瑠衣の風魔法が唸り、つむじ風がエカテリー二に巻きついて捉える。

 瑠衣の白銀の瞳が力強く光る。

 つむじ風の魔法の中で、無数の風刃が光を放つ。 光る風刃がエカテリーニの全身を切り付けたが、悲鳴が周囲に響き渡っただけだった。 悲鳴を上げただけで、瑠衣の攻撃も効いていない。

 悲鳴を上げた後、エカテリーニは不敵な笑みを浮かべるだけだった。

 銀色の足跡で跳躍していた優斗が上からエカテリー二を捉え、2本の氷の木製短刀の切っ先を向けて構える。 切っ先の周囲に無数の氷の飛礫を生成させる。 地上からクリストフが飛び上がり、右手の3本の爪に電撃を纏う。 上からと下からの攻撃でエカテリー二を捉えるつもりだった。

 禍々しい魔力が爆発した瞬間、黒いオーラがエカテリー二の身体から噴き出した。

 黒いオーラが優斗とクリストフを襲う。 優斗は急いで銀色の足跡を草地の地面につけると、跳躍して足跡を踏んで下へ降りた。 同時にクリストフも地上に着地した所だった。

 2人は急いで後方へ飛んで、エカテリーニから距離を取った。

 (くそっ、全く攻撃が効かない! 黒いオーラがっ、強すぎるっ)

 『悪魔が予想以上に強いね。 それだけ彼女の闇が深いのかもしれない。 だとしても、君たち……女の子に対して容赦ない攻撃するねっ』

 「ユウトっ! もういちど、くろいしんぞうをかくにんしないとっ!」
 「……っ。 黒いオーラが強すぎるっ、そこまでの余裕がないっ」
 「そんな、ユウト。 このままだと、あくまをはがすのは……むりなんじゃっ」
 「……っ」

 フィルの絶望的な声が落ちて来る。 瑠衣たちが優斗の名前を叫ぶ声が耳に届き、監視スキルの声が頭の中で響く。 顔を上げた優斗は白銀の瞳を見開いた。

 『ユウト、黒い水竜の攻撃が来るよっ!』

 もう、目の前に黒い水竜が来ていた。 耳元で水音がしたが、凍結魔法が間に合わない。 氷の木製短刀でガードする為に、胸の前でクロスして構える。 白銀の影が優斗の視界を遮った瞬間、黒い水竜が6本の雷の爪によって飛び散った。 クリストフの身体からは魔力が溢れていた。

 「大丈夫かっ、ユウト!」
 「は、はいっ!」
 「おいっ! 黒い心臓は視えたか?」
 「さっきは視えてたんですけどっ、今は視えてませんっ! クリストフ教官は?」
 「いや、俺も視えてねぇ。 黒いオーラが強すぎる。 後、もう教官と呼ぶな。 もう、やるしかねぇか」
 「……っ、分かりました、クリストフさん」

 クリストフの言葉で、全員の瞳が不安に揺れる。 空からエカテリー二の声が降りてきて、優斗の名前を呼んだ。 全員が声のした方へ視線を向ける。

 「レアンドロス」
 「エカテリー二」

 目線があったエカテリー二は、不敵な笑みを口元に浮かべていた。 だが、直ぐに表情が苦し気に歪んだ。 黒いオーラも噴き出したり、治まったりしている。 優斗には、エカテリー二が心の中で悪魔と闘っている様に見えた。 白銀の瞳が涙で潤み、優斗を見つめてきた。

 先ほど見せた、泣き出しそうな顔と同じだった。

 『ユウト、今なら、黒い心臓が視えるかもしれないよ。 黒いオーラが不安定になっているからね』

 監視スキルの声に優斗は素早く、黒い心臓を探した。 エルフの血が全身駆け巡ると、エカテリー二の黒い心臓が透けて視えた。

 (良かった、人と同じ場所にある)

 「クリストフさん! 今なら、黒い心臓が確認できます!」
 「よし、各自確認しろ! チャンスがあれば、誰でもいいから悪魔を剥がすんだ」
 「「「はい!」」」

 エカテリー二を見据えた瞬間、攻撃が来た。 相変わらず、エカテリー二の狙いは優斗の様だ。

 ◇

 森の奥から、魔族との闘いの轟音が轟き、魔法の振動で森全体が震える。 共同広場から大量の禍々しい魔力が溢れ出しているのが視えていた。
 
 優斗たちがエカテリー二の相手をしている頃、カラトスたちはキャンプ場の共同広場で待機していた。 カラトスは、黙々と魔法陣を草地に描く。 素早く丁寧に魔法陣が描かれていく様子を新成人たちは、じっと黙って見ていた。

 避難している中に、エカテリー二のパーティーメンバーの3人も避難して来ていた。 リアアンナも含めた3人は、エカテリー二が魔族化した時に居合わせていた。 魔力の放出で怪我をしていたが、カラトスの薬湯で事無きを得ている。 リアアンナが草地の魔法陣を見て、問いかけて来たのでカラトスは緩く微笑んだ。

 「あの……カラトス教官? 何をしているんですか?」
 「これは、エカテリー二を浄化する為の魔法陣だ。 術者の諸君、よく見て覚えておくように。 私たち術者は、秘術を受け継いだ者たちとは違う。 彼らは触れただけで浄化できるが、私たち術者は魔法陣を使用しないとエルフを浄化できない。 クリストフたちがエカテリー二から悪魔を剥がしたら、ここまで連れて来る事になっている」

 最初は、カラトスに来てもらおうかと思っていたが、状況を確認したクリストフから悪魔を剥がしたら、エカテリーニを連れて行くと魔道具から連絡があった。
 
 「エカテリー二は大丈夫なんですか? 本部からの応援はどうなってますか?」
 「勿論、悪魔の声に負けなければ大丈夫だろう。 本部の応援は間に合わないだろうね、4日か5日はかかるだろう。 オースターに常駐している戦士隊は弱いし、駆けつけて来ても夕方だ」

 白銀の隊服のフードから覗くニヤリと嗤うカラトスは、新成人たちにはとても不気味に映った。 カラトスの不気味な雰囲気に呑まれ、新成人たちは息を呑んだ。

 (まぁ、私の仕掛けた魔法陣が発動すれば、ここに居る全員も危ないがな。 その前に何とかできるかな? あいつらは)

 キャンプ場の周囲の森の奥では、カラトスの仕掛けた魔法陣が、あちらこちらで煙を上げてくすぶり出していた。

 ◇

 エカテリー二の黒い水竜が優斗へ向かって放たれた。 熱い魔力を流し、2本の木製短刀に炎を纏わせ、クロスで重ね持つ。 炎の木製短刀を振り下ろすと、炎の竜が黒い水竜へ向かって飛び出す。

 青白い炎の竜と黒い水竜の2匹は、大きく口を開けて激突した。

 二色の竜は絡み合いながら、お互いに嚙みつき合う。 優斗とエカテリー二の魔力が溢れ出し、いくつも爆発して、2匹の竜は火花を散らして霧散した。

 (何とかエカテリー二を捕えないとっ、どうすればっ。 このままじゃ、悪魔を剥がせないっ)

 ふと、優斗は前世で悪魔を取り込んだ時と、リューの話で『力を欲する者は、喜んで悪魔を取り込むんだ』という話を思い出した。 そして、今も心の中で悪魔と闘っているはずのエカテリー二の事を考え、もしかしてと思っていた。 誰だって心を壊されたくないはずだ。

 力を得られたとしても魔族になるというのに、何故、喜んで悪魔を取り込む者がいるんだと考えた時、1つの考えが思い浮かんだ。 誰だって魔族にはなりなたくないはずだと。

 1つの考えに行きつくと、優斗の瞳が僅かに見開く。
 
 (もしかしてエルフの血は、取り込んだ悪魔に勝てれば、魔族にはならないのかっ?。 俺が前世の時は、アンバーさんの血が悪魔に勝ったんだ。 だから、魔族にもならなかった……。 まだ、エカテリー二の中に心が残っていればっ、もしかしたらっ)

 『そうだね、その可能性はあるかもね』

 監視スキルが同意した事で、優斗の考えが固まった。 監視スキルに無言で頷く。

 「仁奈! 何とかエカテリー二を捕えられないかっ?」
 「了解! やってみるっ!」

 動き出そうとして、クリストフに止められた。
 
 「待て、ユウト! 何をやる気なのか、ちゃんと説明しろっ!」
 「俺も聞きたいけど……」

 クリストフの言葉で自身がとても焦っている事に気づき、『仁奈を使うなら、俺にちゃんと説明しろ』って言っている瑠衣の黒い笑みで、冷や汗を搔いて冷静になれた。

 瑠衣たちに自分の考えを語り、作戦を説明する。 作戦と言っても、エカテリー二からの攻撃を優斗へ集中させて、その隙に仁奈の雷魔法で捕まえるというものだ。 瑠衣とクリストフはフォローに回り、優斗が悪魔を剥がす。

 「じゃ、俺は優斗が剥がした悪魔を捕えるよ」
 「よし、止めは俺がしよう。 ユウト、悪魔を剥がす時、躊躇するなよ」
 「……はい」

 『これも経験の内だ』、と何故かクリストフに頭を撫でられた。 エカテリー二の足元から草地のあちらこちらで、黒い魔法陣が描かれる。 黒い魔法陣から、黒いオーラで形成された黒い竜が何匹も飛び出してきた。 黒い竜たちが、一斉に優斗たちへ襲い掛かる。

 耳元でトプンと水音が落ちる。

 優斗以外の周囲の水分を感じ取る。 白銀の瞳に力を宿すと、2本の氷の木製短刀を振り下ろして、凍結魔法を放つ。 そして、心の中で叫ぶ。

 『全てを凍り尽くせっ!!』

 黒い竜が一瞬で凍結され、砕け散って霧散する。 周囲の空気中の水分が全て凍結し、無数の氷の飛礫となる。 無数の氷の飛礫をエカテリー二に向けて放った。

 無数の氷の飛礫と、一瞬で吹き出て来た黒い水壁がぶつかり、大きな音が鳴り響く。

 エカテリー二は一瞬で、黒い水壁を吹き出させて優斗の攻撃を防いだのだ。 攻撃を防いだ事で気が緩んだ瞬間、仁奈の竪琴の音色が鳴り響き、エカテリー二の足元で魔法陣が拡がる。

 雷の鎖が稲光を放ちながら、蛇が身体をくねらせるみたいにエカテリーニへ伸ばされていく。

 直ぐに気づいたエカテリー二が空へ逃げる。 しかし、彼女は変な飛び方をした。 飛び上がった所で、上がったり下がったりして、全く上空へ飛び上がれないのだ。 隙を逃さず、仁奈の雷の鎖が両足を捕まえた。 足元から伸びた雷の鎖はエカテリーニ全身に巻き付き縛り上げた。

 縛り上げられたエカテリーニの悪魔の様な叫び声が草原で響き渡った。

 優斗は銀色の足跡を踏んで跳躍し、エカテリー二の元へ急いで駆け抜けた。 辿り着いた優斗は、エカテリーニの名前を呼んで、悪魔の中に入る彼女の心に訴えた。

 「エカテリー二! 聞こえるかっ?!」

 『これは、不味いね。 大分、悪魔の浸食度が早いよ』

 エカテリー二は顔を歪めて、少し苦しそうだった。 まだ、何とかエカテリー二の心は残っている様だ。 黒い心臓を透かし視てから、2本の氷の木製短刀を突き付ける。 黒いオーラが染みだしてきたが、優斗のエルフの血が黒いオーラを退ける。

 「レ、レアン……ドロス」
 「エカテリー二! 頑張れっ! 悪魔に抗えっ、勝つんだっ!」
 「さ、刺し……っ、ほ、ほし……し……」
 「ユウト! はやく、あくまをはがしてあげてっ! もう、もたないっ」
 「くそっ!」

 フィルの焦っている様子と、エカテリー二の様子にもうあまり時間がないのだと悟った。 白銀の瞳に力を宿し、氷の木製短刀に魔力を流しながら、エカテリー二の黒い心臓を突き刺した。

 神経を尖らせ、優斗のエルフの魔力が悪魔を捕まえる。 ゆっくりと氷の木製短刀を引き抜くと、ズズッと悪魔も一緒に引き抜かれて、木製短刀に纏わりついて来る。

 エカテリー二の悲鳴と悪魔の悲痛な叫び声が重なって不協和音を奏でた。

 優斗は眉を寄せて、沈痛な面持ちだ。 後ろでは剥がされた悪魔を退治する為、瑠衣とクリストフが武器を構えて待ち構えている。

 「くっ、もう少しだっ! エカテリー二、頑張れつ!」

 今更ながら、クリストフが言った言葉の意味が分かった。 考えてみれば、エルフ、人から悪魔を剥がしたのは初めてだった。 魔物の悪魔憑きばかりを相手にしていたから、こんなにも『怖い』と恐怖するものなんだと、初めて知った。 覚悟を決めて、氷の木製短刀を思いっきり引き抜いた。

 形の定まらない悪魔がエカテリー二から飛び出し、直ぐにクリストフの指示が飛ぶ。

 「悪魔の囁きに気を付けろっ!」

 悪魔が次の宿主を見つける為、悪魔の耳障りな声が耳に流れ込んで来る。 エルフの血が悪魔を退け、悪魔の声も聞こえなくなった。 瑠衣たちも大丈夫なようだ。

 強風が暴風となり、草原に吹き抜ける。 深緑のマントと白銀のマントがはためく。

 瑠衣の風魔法が唸り、つむじ風が悪魔を捕える。 クリストフの白銀の瞳が力強く光った後、6本の爪で悪魔を瑠衣の風魔法ごと切り裂いた。 悪魔は叫びながら霧散して黒い煙を上げて消えた。

 優斗たちは全身の力を抜いて、大きく息を吐き出し、草地にしゃがみ込んだ。

 「何とかなったなっ」
 「ああ、お疲れ、優斗っ」
 「瑠衣もお疲れ」

 疲れた頭の上から、元気なフィルの声が落ちて来る。

 「ふたりとも、おつかれさまっ。 よかったね、あのこなんとかなりそうだよ」
 
 『そうだね。 後はもう1つの方を何とかしないとね』
 
 「え? もう1つ?」

 優斗が監視スキルの声に困惑している間も、休む事無く、次の指示を大声でクリストフが出している。
 
 「ディノ! 浄化だ! 早く! 後で、カラトスに本格的にやってもらう前に、応急処置しとかねぇとっ」
 「はいっ!」
 
 風神の蹄の足音が聞こえてきた後、ディノが風神の背に乗せられて運ばれて来た。 エカテリー二は、雷の鎖を解かれて仁奈が抱き留めている。 直ぐにディノの浄化が始まった。

 優斗たちの居るキャンプ場が徐々に魔物に囲まれて行っている事に、監視スキル以外は気づいていなかった。
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