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第八話 『ブートキャンプ?』

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 じっと炎と氷を纏わせている木製短刀を見つめる。 優斗の脳裏に、昔見た映画のシーンが思い浮かんだ。 二本のクナイを持ち、江戸の町で屋根瓦の上を駆け抜ける忍者の姿だ。

 (そうかっ、忍者みたいに素早く動いて、相手の懐に入って急所を打つのか。 体術も必要だよな。 木製短刀と体術を上手く使って倒さないと。 魔族や悪魔憑きの弱点は黒い心臓だろうし)

 などと、今後の戦い方を考えている内に、瑠衣も武器を取り出せた様だ。 瑠衣の弾む声が聞こえてきて、続いて落胆する声が耳に届いた。 振り返ると、瑠衣が青い顔をして頭を抱えていた。

 左腕には、ショートボウガンの様な武器が装着されていた。

 「瑠衣も、前世とはちょっと違うのかっ」

 (ショートボウガンかっ、弓は弓でも種別が違うな)

 『ふむ、彼の武器の名は【アイオロス】風を司る短弓だね。 風で悪魔を閉じ込める力があるんだよ』

 (へ~、そうなのか。 って、勝手に他人の能力と武器を鑑定するなっ!)

 監視スキルと格闘していると、瑠衣は青い顔で優斗の方へにじり寄って訴えて来た。

 「今、気づいた。 勝手に前世と同じだと思ってたけど、全然違うっ! 忘れてたっ! 俺の左目は、もう魔法石じゃなかった! 前世で使えてた左目の機能が使えない!」
 「あ、そうか。 エルフに転生したんだもんな。 知識があっても、肉体的には前世で培った物は何も継承してないんだったな」

 瑠衣は絶望的な表情で頷いている。 落ち込む二人にフィルの軽い声が届く。

 「逆に言えば、変な癖も無いし。 真っ新なんだから、一から覚えるのには良いと思うよ。 ルイの左目の能力もなくて大丈夫だと思う。 エルフの身体能力は高いからね、魔力感知とか出来るんじゃないの?」

 いつの間にか銀色の美少年に姿を変えていたフィルは、にっこりと優斗と瑠衣に微笑んだ。

 「なるほど、魔力感知か。 たまに悪魔憑きの狩りに参加してたけど、魔力感知とかもした事ないんだよな」
 「ああ、そうか。 成人前のエルフは悪魔憑きの狩りには参加しないんだっけ?。 俺らも世界樹ダンジョンで3年位過ごしたけど、狩りはしなかったからな」
 「じゃ、3年も何やってたんだ? 世界樹ダンジョンで……」
 「ああ、それはな、」
 「ああああああっ!」

 仁奈の叫び声が瑠衣の次の言葉をかき消し、瞑想部屋で轟いた。 フィルの背後で優斗たちに遅れる事、数十分。 仁奈も武器を取り出す事に成功していた。 白い肌に何かの紋様が現れ、仁奈の手には竪琴が現れていた。 全員が驚いて仁奈の姿を見つめた。

 「……槍じゃないのかっ」
 「おぉ、何か肌に紋様が出てるぞ、仁奈」
 「うわぁ、何これっ!」
 「ニーナ、ちょっと鳴らしてみて~」

 無邪気なフィルの願いを聞き、優斗たちが見つめる中、仁奈が竪琴を鳴らす。 弦の弾かれる柔らかい音色が、瞑想部屋に響き渡る。 音色が鳴り止み、感嘆の声が優斗たちの口から零れる。

 次の瞬間、仁奈の身体から放電が始まり、静電気を発生させた様な音が鳴り響いた。 明らかに、魔力が暴走している。 巻き添えを食わない様に、優斗たちは仁奈から距離を取った。

 優斗の頭の中で、楽しそうに笑う監視スキルの声が響いた。

 『そうか、ニーナはエルフとダークエルフのハーフなのか。 珍しいね、エルフとダークエルフの能力が両方、開花するなんて。 そして、武器の名は【フルゴラ】雷の女神が宿っている竪琴だね。 その名の通り、雷魔法がバンバン撃てる』

 「えええっ! ってだから、勝手に鑑定するなってっ!!」

 『でも、一緒に旅をするなら、全員の能力を把握しておいた方が良いよ』

 (それはそうだけど……。 勝手に鑑定されたら、気分悪いだろう)

 優斗の驚きの声に瑠衣と仁奈、フィルの3人が不審げに見つめてきた。

 「あ、いや……」

 瞑想部屋の外で螺旋階段を上って来る足音が聞こえ、数回のノックの後、扉が開いた。

 タイミング良く、仕事がひと段落したのか、リューが様子を見に瞑想部屋へやって来た。 3人共が武器を取り出している様子を見て、リューはにっこりと微笑んでいた。

 ◇

 今日はもう、休憩にしようという事になり、一同は瞑想部屋から2段目のログハウス、リビングへと移った。

 リビングには、誰も居なかった。 クオンは学校に行っており、リュディは隣のツリーハウスで治療院の仕事をしている。 エルフの里にも学校があり、文字や算数、薬草学など、エルフの里で生きていく為の学科が主だ。 大体、8歳から12歳までの子供たちが通っている。

 そして、12歳から15歳までの子供たちが、悪魔憑きの狩りの手伝いをするのだ。 本格的に狩りを始めるのは、成人した15歳からだ。

 瞑想も終わったという事で、監視スキルは頼んでもいないのに【透視】【傍聴】スキルを発動させ、華の映像を流し始めた。 優斗は無言で天井を仰ぐ。

 瑠衣たちは優斗の様子で全てを察し、苦笑が零れていた。

 リビングには、二人掛けの3つのソファーがローテーブルを囲んで置いてある。 ソファーが置いていない方は、暖炉が設置されている。 優斗とフィル、瑠衣と仁奈が二人ずつ座り、リューは1人で優斗と向き合って座った。 ローテーブルには、お茶請けのスコーンとリューの淹れた紅茶が並んでいる。 皆が一口紅茶を飲む中、食いしん坊のフィルが早速スコーンに手を付ける。

 静かに紅茶カップをソーサーに戻したリューが話し出した。

 「ニーナの何代か前の人が、ダークエルフだった様だ。 個人識別の魔法石に、家系図の情報が残っていたよ。 まぁ、通常は父母がエルフなら、エルフの能力だけが目覚めるんだが、先祖返りしたようだ。 しかも珍しい事に、エルフとダークエルフの能力が両方目覚めたようだね」
 「はぁ」

 リューが気遣う表情で仁奈と瑠衣を見る。 記憶がない仁奈にとっては、いまいちピンと来ない様だ。 瑠衣も記憶がないので、仁奈の両親の事も覚えていない。

 「ダークエルフが能力を発現する時は、身体に紋様が浮き出る。 そして、ダークエルフは呪術に長け、主に竪琴を使い能力を行使する。 防御や占いなどが得意だから、雷魔法はエルフの能力だろう。 ゆっくりと能力を育てるといい」
 「はい」

 リューは大きく頷くと話を続けた。

 「それと、能力を目覚めさせた者たちは、エルフの慣例で、能力の修行の為に1週間後のブートキャンプに参加してもらう」
 「ブートキャンプ?」
 「修行?」

 優斗たちはブートキャンプと聞いて、元の世界にあるモノを想像した。 まさか、若者たちが集まって肉体改造みたいな事をするのだろうか、優斗たちは目を合わせてしばたいた。

 リューはもう一口紅茶を飲むと、ブートキャンプの説明をしてくれた。 毎年、能力に目覚めた若者たちを集め、能力の制御と向上を図る為、魔物が蔓延る森に1か月間籠り、修行をするのだそうだ。

 『悪魔憑き』を確実に退治できる力を付ける為に行われるブートキャンプは、エルフの里の慣例で、意外とスパルタなのだという。 エルフの里は、中央と東西南北に分れている。 優斗たちが暮らしているのは南の里、華は中央の里。 ブートキャンプは里ごとに行われる。

 優斗たちは南の里アウステルで、華は首都ユスティティアで、秘術の修行をするそうだ。 優斗たちのブートキャンプ場は、アウステル村の南端にある森の中のキャンプ場で行われる。 華と大分、離れてしまう。

 脳内に流れている華の映像を眺めていると、監視スキルの丁寧な言葉が響く。

 『ブートキャンプ場の位置を表示します』

 優斗の頭の中で立体型の地図が拡がる。 今度は、精神体は飛んで行かなかった。 頭の中で立体型の地図がゆっくりと動いて行く。 いくつかの森や村、集落を超え南端にあるキャンプ場が現れた。

 『ここがブートキャンプ場だよ。 この位置だと、ハナが暮らすグラディアスの家は遠すぎて、スキルの範囲外になるね。 あ、でもハナは首都で修行だったか』

 今度は砕けた話し方をした。 監視スキルの話にピシッと優斗の身体が固まった。 小さく優斗の口から『えっ』と声が漏れる。 呟いた声は小さすぎて瑠衣たちには聞こえていなかった。

 『大体、エルフの里の全体の4分の1くらいがスキルの範囲だから。 今の距離でもギリギリ入っている感じだからね。 これ以上離れると、ハナを感知する事は出来ないよ』

 優斗は挙手をして、リューに無駄だと思ったが訊いてみた。 表情に少し、不安を滲ませながら。

 「えっと、そのブートキャンプは強制参加ですか?」
 「ああ、拒否は許されない。 全員参加だ」
 「……そうですか」
 「大丈夫だ。 1人で修行をする訳ではない。 4人パーティーを組んで行われる。 まぁ、メンバーはランダムだから、君たちが一緒かどうかは分からないがね。 指導官として中央の里の戦士隊が来てくれる。 しっかり学んで来なさい」
 「……はい」
 「「はい!」」

 力強く返事をする瑠衣と仁奈を他所に、優斗だけは沈んだ声を出した。 隣に座るフィルがリューに自分も行けるのかと聞いている。 一緒には行けるが、修行には参加できないと言われ、不満の声を上げていた。 二人の会話は聞こえていたが、優斗の脳みそを通り過ぎるだけだった。

 ◇

 ライオンなのか聖獣の獅子なのか、銅像が口を開けて丁度いい温度の温泉を吐き出している。
 
 ブートキャンプの話を聞いてから、数日が経った。 5段目のログハウス、瞑想部屋の屋上には、露天風呂がある。 どうやらエルフは露天風呂が好きらしい。 エーリスで一番大きいツリーハウスなので、露天風呂がある場所もエーリスで一番高い所に設置されている。

 なので、目隠しの囲いはない。 転落防止の格子の柵だけが取り付けてある。 エルフの家には必ずあるんだそうだ。

 『カポン』とは鳴らなくて、鹿威しがない露天風呂に瑠衣とフィル、優斗の3人で浸かっている。 眼下にはツリーハウスが拡がっていて、満天の夜空を眺めながら入る露天風呂はとても解放感がある。

 そして、エルフの一般常識として混浴が普通だ。 家族でも客人だとしても。 子供の頃はとても恥ずかしかった事を覚えている。 12歳で記憶が戻ってからは、弟のクオンと2人だけで、最近では瑠衣とフィルとしか入っていない。 母親だとしても、ましてや客人の女性とは絶対に入らない。 女性との入浴は断固として拒否してきた。

 因みに華は1人での入浴で、数人のメイドが入浴の手伝いの為、問答無用で入って来るらしい。

 そして、今世も露天風呂が男子会になる様だ。 仁奈もリュディと露天風呂で女子会を開き、専ら愚痴や、内緒話をしているらしい。 たまに一緒に入る弟のクオンが言っていた事だ。

 「なんか元気ないけど、どうしたんだ?」

 瑠衣に訊かれたくない事を訊かれ、肩を小さく揺らす。 視線を瑠衣から逸らしつつ、白銀の瞳を彷徨らせた。 何かを察したのか、瑠衣は嫌な笑みを浮かべた。

 「もしかして、華ちゃんの事か?」

 優斗はフイッと顔ごと逸らし、無言を貫き通す。 瑠衣にバレたら何を言われるか分かったもんじゃないと、眉間に力を入れた。

 「あれだよね、ブートキャンプに参加すると、ハナと距離が離れすぎて、ハナの居場所が感知出来ないから不安なんだよね?」
 「フィル! 余計な事、言うなっ!」
 「ほほう」

 瑠衣の顔に『なるほど』と黒い笑みが、口元で益々広がった。 しかし、直ぐに真面目な表情を見せた。 フィルとはブートキャンプの話し合いの後、従魔契約を済ませている。 なので、フィルとは繋がっている為、全てを把握されていたのだ。

 「まぁ、マジな話。 それぞれの良い距離感ってあるだろう? 心配かも知れないけど、離れて暮らす事にも慣れた方がいいんじゃねぇの? 依存するのは良くないからな。 前世の時から思ってたんだよな」

 ムスッとした表情で瑠衣を見る。 分かってはいるのだが、どうしても不安になる。 前世では異世界に来てから離れず、ずっと一緒にいた。 どこにいても華を感じて暮らしてきた。

 エルフへ転生して記憶が戻ってからは、離れ離れの生活で寂しくはあったが、我慢も出来ていたというのに。 監視スキルが戻って来てから、華を感じられなくなる事が急に不安になったのだ。

 監視スキルが戻って来て、まだ半月も経っていないが、華を感じられない生活には、もう戻れなかった。

 「なぁ、いつも華ちゃんの映像が流れて来るんだろ? 何かあったら知らせてくれるのは、便利だけどさ。 言っちゃあ悪いけど、ちょっと鬱陶しくならん?」
 「いや、全然。 反対に監視スキルの声が聞こえなかったりとか、華の映像が流れて来なかったら、静かすぎるかな。 う~ん、前世的で言えば、『生活の中でずっとテレビが流れているのが普通』っていう感じだな」

 瑠衣の顔が引きつり、呆れた声が飛び出す。
 
 「それは、確実に監視スキルに毒されてるなっ!」
 「まぁ、監視スキルには、たまにムカつく事はあるけどな」

 優斗の頭の中で、シュンとした監視スキルの声が響く。
 
 『酷いな、僕はいつも君の事を考えて働いているのにっ』
 
 優斗には分かる、揶揄う為に落ち込んだ声を出している事に。 最後に『ふふっ』と含み笑いをする所が腹黒い。
 
 (そういうとこだよっ!)

 「何にしても、寂しいのは今だけだろ。 能力を使いこなして、一人前と認められたら、一緒に暮らしてもいいって言われてるんだろ?」
 「ああ、華の父親に何日も頼み込んで、やっとね」
 「じゃ、後もう少しじゃん。 ブートキャンプが終わって、外へ出る為に中央の里から許可をもらうだろう」
 「僕も皆と旅が出来るの、楽しみだな~。 元々、魔族退治はエルフの仕事なんだよね。 魔族と悪魔を退治できる能力があるのは、この世界では勇者を除くとエルフだけだからね」

 瑠衣とフィルが楽天的な考えを言っているが、優斗はリューの話を聞いてから、簡単には行かなさそうだと思っていた。
 
 「でも、エルフって思ってたよりも排他的で閉鎖的なんだよな。 大昔にあんな事があったんだから仕方ないけど。 全体的に人間不信なんだよ」
 「あぁ、そうなんだよなぁ、俺もそれはちょっと思ったけどな。 『何故、人族の為にそんな事をしなければならない』とか言いそう」
 「……それ、凄いありそう。 特に華のお義父さんがなぁ。 エルフの里長なんだけど、とても厳しい人なんだよ」
 「華ちゃんの親父さんとは、会った事ないけど、怖そうだなっ」
 「すっごい怖いっ」

 優斗と瑠衣、フィルから小さい笑いが起きた。 瑠衣が遠くを見ながらポツリと呟いた。

 「俺、前世の時、優斗がアンバーさんたちに何かの薬を飲まされたって聞いて、エルフの事調べたんだよな。 アンバーさんが色々、資料を残して行ってくれただろう?」
 
 優斗とフィルの眉が少し上がった。

 「何か、瑠衣が俺と華の事を心配してくれてる事は何となく感じてた」
 「うん、でも、ベネディクトの事は何も書いてなかったな。 まぁ他の事も、何もなかったけどな」
 「エルフの事は、転生して初めて知る事が多いからな、俺なんて弟のクオンに教えてもらう事もあるし……」
 「心配するな、優斗。 それは俺もあるからっ」
 「エルフの里が閉ざされているからね。 外に伝わっている事って、ほんの一部なんだよ。 頑張ってエルフの里を開けた里にしないとね」

 優斗と瑠衣は半眼でフィルを見て、溜め息を吐いた。

 「「それが一番、難しそうだけどな」」
 
 優斗たちから主さまの話を聞いたリューが素早く他の里に連絡を取ってくれていた。 リューとタルピオス家の親戚たちは概ね、主さまの意見を受け入れようとしてくれているらしい。 他の里や名家からは返事がない。 大昔の事が尾を引いていて難しいのだろう。

 『魔族退治事業の事は後で考えるとして、今はスキルを使いこなす事を優先に考えた方がいいじゃないかな?』

 (お前も含めてなっ!)

 『えぇっ』

 監視スキルに真っ当な意見を言われ、乾いた笑いが漏れた。 瑠衣とフィルは、優斗の不審な動きを気にした様子はない。 監視スキルが戻って来た優斗はどうしても独り言が多くなり、挙動不審になる。 前世でもそうだった。 また、監視スキルになんかツッコミを入れられたな、と思われているだろう。

 顔を上げて、露天風呂に浸かりながら、夜空に浮かぶ地球と同じ満月を眺める。 今後を思うと、前途多難だなと、大きく息を吐き出すのだった。
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