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12話
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殿下が王都へ帰って行き、お流れになったと思っていたキャンプは、グレンダの強い要望でアンガスたち4人だけで行く事になった。
キャンプ行きの数日前、シュヴァルツ家の別邸の応接室に、張り詰めた緊張感が流れていた。
静かに紅茶カップを持ち上げ、優雅に紅茶を楽しむグレンダ。 本日は話があると、グレンダが突然、押しかけて来た。 美味しそうに紅茶を飲み込み、音を鳴らさずにカップをソーサーへ置く。
にっこりと微笑んだグレンダは物凄い事を言い放った。
「リーバイ様、貴方様のお気持ちは分かりました。 私の事を少しも好きではないという事も」
「……っ好きではないという事ではないっ……少し、君との婚約は待ってほしいと言っているんだっ」
「ええ、理由も分かっています……私もリーバイ様の立場だったとしたら、同じように苦しむと思います」
膝に乗せられたグレンダの手が少しだけ震えた様に見えた。
「グレンダ、すまない。 父は焦っているんだ。 君か僕に本物の番が出来てしまったら困ると」
「いいえ、大丈夫ですわ。 きっと家の為とかでしょう。 私の父もそうです」
「……」
黙り込んでしまったリーバイに向かってグレンダは、にっこりと微笑む。
「でも、私もこのままでは、家へは帰れません。 リーバイ様には、ローラ様を追いかけるのをこの機に、終わりにして頂きたいのです」
「は? 何をっ」
「このままでは、いつまで経ってもローラ様の事を忘れる事は出来ませんよ。 リーバイ様の気持ちを全てローラ様にぶちまけて、玉砕してください」
「……えっ、ぶちまけてって……」
(何を言ってるんだグレンダは、そんな事、出来るわけないだろう)
リーバイは絶句して、後に言葉が続かなかった。 しかし、グレンダの言う通り、今のままでは前にも後ろへも進めない。 そっとグレンダに視線を向ければ、彼女は今にも泣きだしそうになっていた。
先程浮かべた笑顔が消えていた。
「グレンダっ」
リーバイが止める前に、グレンダは立ち上がって去り際に何かを呟いた。
「いつまでも他の方を想っている方と……偽印を刻むのも辛いですよ」
グレンダの声は小さ過ぎて、リーバイも集中していないと、耳に届かないほどだった。 しかし、しっかりと耳に入って来てしまったグレンダの震える声に、リーバイは打ちのめされてしまった。
「そう……だよね。 ごめん、グレンダ」
リーバイが呟いた声は、既に応接室を出て行ったグレンダには届かなかった。
(自分の気持ちばっかりで……グレンダの気持ちなんて、何も考えていなかったよ)
◇
キャンプ場は、グイベル家が土地を貸し出し、信頼してい者に運営を任せている。 場所は、グイベル領の端で、山を一つ越えると、カウントリムの関所が見える場所だ。
キャンプ場の広場に幾つもの天幕が張られ、キャンプを楽しんでいる旅行客や、グイベル領の領民が数人、見かける。 急だった事もあり、全ての天幕を貸切る事が出来なかった。
アンガスたち4人は、キャンプ場の端の一角、数個の天幕を貸し切り、各々、あてがわれた天幕へ荷物を運び込んだ。 アンガスと補佐官は、2人で1つの天幕を使う事になった。
天幕の中では地べたに寝袋ではなく、家具や寝具が置かれており、過ごしやすくなっており、眠る時も心地よい環境となっている。 天幕の中を確認した後、アンガスと補佐官は天幕を出て、バーベキューセットが設置されている場所へ移動して来た。 今夜の夕食は自分たちだけで作る。
「これは……キャンプなのですか?」
天幕を見たアンガスが小さく呟いた。 直ぐ後ろで控えている笑顔の補佐官が呟きを聞きつけ、返事を返して来た。
「ちゃんとキャンプですよ。 食事の支度は若様たちだけで行ってもらいます」
「そうですか……。 で、何故、貴方までいるのですか?」
補佐官は眉を歪め、わざとらしく溜息を吐いた。 補佐官の態度に、アンガスのこめかみが小さく震え、強く拳を握りしめた。
「グイベル侯爵から直々に頼まれました。 キャンプなんて、若様たちだけでさせられないと言われて……。 私も不本意なんですよ」
「父上ですか……。 全く、私たちはそんな心配をされる程、子供ではないですよ」
「本当に大丈夫ですか? 皆さん、『蝶よ、花よ』と育てられたお坊ちゃまと、お嬢様ですよ。 ちゃんと、お野菜、切れますか?」
「お坊ちゃまっ?……っそれは、私もそこに入っているのですか?」
「当たり前ですよ、若様が筆頭です」
「……っなっ!」
補佐官とやんややんやと言い合い、周囲から補佐官とじゃれ合っている様にしか見えない頃、女性陣から大きな声が聞こえて来た。 叫び声を上げたのは、グレンダの侍女たちだった。
「ちょっと、あちらで汚らわしい虫が出ましたっ! こちらの管理はどうなっているんですかっ?! しかも、グレンダ様が使う天幕でだなんてっ」
「そこの貴方っ!! は、早く捕まえて下さいっ!」
2人の侍女は虫が苦手らしく、身体も小刻みに震え、声を震わせて管理者へ訴えていた。
騒いでいる2人のグレンダの侍女たちを見て、補佐官が『ほらね』と含み笑いを漏らす。 アンガスは、グレンダの侍女たちは関係ないだろうと、眉を顰めて、口元を引き攣らせた。
平民とか、貴族とか関係なく『G』は見るのも恐ろしいものだ。
「あの2人も連れて来ていたんですね」
「ええ、グレンダ様だけで行かせる訳に行かないとおっしゃられて、まぁ、ローラ様とグレンダ様には侍女は必要でしょう。 リーバイ様の事は分かりませんが、若様はお一人で何でもされますから、侍女やメイドは要りませんけれど」
「ええ、要りませんね」
補佐官と話している間にも2人の侍女とキャンプ場の管理者の3人が騒ぎなら、天幕へ入って来た虫を退治する騒ぎ声が聞こえて来ていた。
「で、ローラや皆は何処へ行ったんでしょう?」
ローラはグイベル家の馬車に乗せ、アンガスと一緒に来たはずだと、疑問に思ったアンガスは補佐官へ問いかけた。
「ローラ様の様子を見てきましょうか?」
「いや、直ぐに来るでしょう。 先に夕食作りを始めてましょう。 で、何かすればいい?」
「……」
『やっぱり』と補佐官の口が動いたような気配を無視し、アンガスは補佐官の指示のもと、夕食作りを始めた。
水汲み場で、先ず使う食材を冷たい水で洗う。 ふと周囲が静かになると、リーバイの言葉が脳裏に蘇る。 顔に陰りが落ち、気持ちも暗くなってしまう。
(あんな風に気持ちを吐き出されては、強く言えなくなりますね。 私も答えを出さなくては……。 ローラを取られたくないですからね)
考え事をしながら野菜を洗ってしまった結果、強く擦ってしまった葉物野菜は、アンガスの手の中でボロボロになってしまっていた。 勿論、補佐官から呆れられ、アンガスの自尊心が傷つけられた。
「まぁ、中々、お上手じゃないですか、アンガス様」
可笑しそうに笑うグレンダが着替えを終えて夕食作りの為に、バーベキューセットの場所へやって来た。 グレンダの声に振り返り、そばにローラがいない事に気づく。
「笑うなんて、酷いじゃないですか」
「ふふっ、ごめんなさい。 でも、心ここにあらずって感じでしたね。 心配事ですか?」
グレンダは桶に入っている大量の野菜を一緒に洗い出した。 慌てて後ろへ控えていた侍女たちが止めにかかる。 グレンダは侍女に大丈夫だと言い含め、冷たい水に野菜を付けた。
「先程、『虫が』って侍女たちが騒いでいる声が聞こえましたが、グレンダ嬢は大丈夫でしたか?」
「ええ、私は意外と、虫は平気なんですよ」
『ヘ~』と横目で自身の補佐官を見つめたアンガス。 補佐官はさっと視線を逸らし、グレンダは訳が分からないのか、不思議そうに首を傾げていた。
しばらく、補佐官とグレンダ、アンガスの3人で夕食作りに精を出していたが、一向にローラとリーバイが現れない。 アンガスの心が徐々にささくれだち、不機嫌な雰囲気を醸し出して来ていた。
◇
一方、ローラは自身にあてがわれた天幕の中を見て回っていた。 ローラの小さい口から小さく息が零れる。 自身の部屋と同じくらいの広さがあり、家具や寝具が置かれ、お風呂やシャワーも完備されていた。 暖炉はなく、空調魔法が天幕に施されている様だ。
(丁度いい温度になってる)
天幕に扉が取り付けられている事にも、天井に天窓がつけられている事にも、少しだけ違和感を感じる。 しかし、天窓は眠る時に、星空が綺麗に見えそうだと、ローラはうんと頷いた。
「う~ん、キャンプに来た気がしないわ。 雰囲気的にお飾りでも暖炉はあった方がいい雰囲気だけど……」
「ローラお嬢様、お荷物の片づけが終りました。 お着替えなさいますか?」
「お疲れ様、ありがとう。 これから皆で夕飯を作るから、作業しやすい服装にするわ」
「はい、承知いたしました。 直ぐにご用意を致します」
ローラは侍女の声に、天幕に窓を取り付けられている不思議な光景から視線をやめ、侍女を振り返った。 侍女は直ぐに、動きやすくて簡素だが、仕立ての良いピンクのワンピースを持って来た。
(あら……衣装部屋まであるのね……)
ベッドの足元に扉があり、中は衣装部屋だった。 全身の姿見の鏡も壁に取り付けられている。
「ローラお嬢様、早くお着替えをしないと、皆さま、お待ちになっています。 袖を通して下さい」
「ええ、急ぐは」
裾に付けられたレースを触りながら、大人しく侍女にワンピースを着せられる。 侍女の手を借りて着替えを終えると、直ぐに天幕を出ようとした。
(不味いは、少し遅くなってしまった……)
ローラが扉を開けたと同時に、誰かの手が取っ手を掴んでいたらしく、人影がローラへ倒れ込んで来た。 直ぐにハッとして、身をかわす。 すると、ローラが身をかわしてしまったおかげで、取っ手を掴んでいた人影は無様に前のめりで転びそうになっていた。
「あっ、危ないっ!」
咄嗟に出した手を掴んで、事なきを得た人影はリーバイだった。 リーバイと胸に手を当て、転ばなかった事に胸をなでおろした。 同じようにローラと侍女も胸をなでおろす。
「ごめんなさいっ、リーバイっ」
「いや、僕も油断していた。 先にノックをするべきだったよ」
「あっ……ううん」
劇場でリーバイの想いを盗み聞きしてしまった後から、ローラはまともにリーバイの顔が見られず、視線も合わす事が出来ないでいた。 リーバイが吐露した言葉を思い出すと、胸が痛んだ。
(でも、これは同情だわっ……リーバイの気持ちに応えられないのだから、私は毅然としていなきゃいけないのにっ)
「迎えに来たって、どうしたの? ローラ?」
俯いて黙り込んでしまったローラにリーバイを首を傾げる。 リーバイは知らないのだ。 ローラとグレンダが、劇場でリーバイの切ない気持ちを吐露した事を聞いてしまった事を。
「ううん、何でもないわ。 行きましょう」
顔を上げたローラはいつもの様ににっこりと微笑んだ。 リーバイがホッとしたような表情を浮かべた事で、上手く笑えていると思ったローラは安堵した。
(知られたくないわ、同情して、リーバイを無下にできなくなっているなんて)
連れ立ってキャンプ場へ来たローラとリーバイを見たアンガスが面白くなさそうに瞳を細めたのを見て、ローラは申し訳なくなり、そっとアンガスのそばへ行き、夕食の準備を手伝った。
少し面白くないと思っていたのは、アンガスだけではない。 グレンダもローラとリーバイが2人並んで歩いて来る様子を見て、わずかに頬が引きつっていた。 グレンダの落ち込んだ様子に気づいたのは、グレンダの侍女2人だけだった。
ローラの行動に、グレンダの侍女たちが良く思わなかった事に、ローラとアンガス、リーバイとグレンダさえも、全く気付いていなかった。 そして、キャンプ中盤で事件は起こる。
キャンプ行きの数日前、シュヴァルツ家の別邸の応接室に、張り詰めた緊張感が流れていた。
静かに紅茶カップを持ち上げ、優雅に紅茶を楽しむグレンダ。 本日は話があると、グレンダが突然、押しかけて来た。 美味しそうに紅茶を飲み込み、音を鳴らさずにカップをソーサーへ置く。
にっこりと微笑んだグレンダは物凄い事を言い放った。
「リーバイ様、貴方様のお気持ちは分かりました。 私の事を少しも好きではないという事も」
「……っ好きではないという事ではないっ……少し、君との婚約は待ってほしいと言っているんだっ」
「ええ、理由も分かっています……私もリーバイ様の立場だったとしたら、同じように苦しむと思います」
膝に乗せられたグレンダの手が少しだけ震えた様に見えた。
「グレンダ、すまない。 父は焦っているんだ。 君か僕に本物の番が出来てしまったら困ると」
「いいえ、大丈夫ですわ。 きっと家の為とかでしょう。 私の父もそうです」
「……」
黙り込んでしまったリーバイに向かってグレンダは、にっこりと微笑む。
「でも、私もこのままでは、家へは帰れません。 リーバイ様には、ローラ様を追いかけるのをこの機に、終わりにして頂きたいのです」
「は? 何をっ」
「このままでは、いつまで経ってもローラ様の事を忘れる事は出来ませんよ。 リーバイ様の気持ちを全てローラ様にぶちまけて、玉砕してください」
「……えっ、ぶちまけてって……」
(何を言ってるんだグレンダは、そんな事、出来るわけないだろう)
リーバイは絶句して、後に言葉が続かなかった。 しかし、グレンダの言う通り、今のままでは前にも後ろへも進めない。 そっとグレンダに視線を向ければ、彼女は今にも泣きだしそうになっていた。
先程浮かべた笑顔が消えていた。
「グレンダっ」
リーバイが止める前に、グレンダは立ち上がって去り際に何かを呟いた。
「いつまでも他の方を想っている方と……偽印を刻むのも辛いですよ」
グレンダの声は小さ過ぎて、リーバイも集中していないと、耳に届かないほどだった。 しかし、しっかりと耳に入って来てしまったグレンダの震える声に、リーバイは打ちのめされてしまった。
「そう……だよね。 ごめん、グレンダ」
リーバイが呟いた声は、既に応接室を出て行ったグレンダには届かなかった。
(自分の気持ちばっかりで……グレンダの気持ちなんて、何も考えていなかったよ)
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アンガスたち4人は、キャンプ場の端の一角、数個の天幕を貸し切り、各々、あてがわれた天幕へ荷物を運び込んだ。 アンガスと補佐官は、2人で1つの天幕を使う事になった。
天幕の中では地べたに寝袋ではなく、家具や寝具が置かれており、過ごしやすくなっており、眠る時も心地よい環境となっている。 天幕の中を確認した後、アンガスと補佐官は天幕を出て、バーベキューセットが設置されている場所へ移動して来た。 今夜の夕食は自分たちだけで作る。
「これは……キャンプなのですか?」
天幕を見たアンガスが小さく呟いた。 直ぐ後ろで控えている笑顔の補佐官が呟きを聞きつけ、返事を返して来た。
「ちゃんとキャンプですよ。 食事の支度は若様たちだけで行ってもらいます」
「そうですか……。 で、何故、貴方までいるのですか?」
補佐官は眉を歪め、わざとらしく溜息を吐いた。 補佐官の態度に、アンガスのこめかみが小さく震え、強く拳を握りしめた。
「グイベル侯爵から直々に頼まれました。 キャンプなんて、若様たちだけでさせられないと言われて……。 私も不本意なんですよ」
「父上ですか……。 全く、私たちはそんな心配をされる程、子供ではないですよ」
「本当に大丈夫ですか? 皆さん、『蝶よ、花よ』と育てられたお坊ちゃまと、お嬢様ですよ。 ちゃんと、お野菜、切れますか?」
「お坊ちゃまっ?……っそれは、私もそこに入っているのですか?」
「当たり前ですよ、若様が筆頭です」
「……っなっ!」
補佐官とやんややんやと言い合い、周囲から補佐官とじゃれ合っている様にしか見えない頃、女性陣から大きな声が聞こえて来た。 叫び声を上げたのは、グレンダの侍女たちだった。
「ちょっと、あちらで汚らわしい虫が出ましたっ! こちらの管理はどうなっているんですかっ?! しかも、グレンダ様が使う天幕でだなんてっ」
「そこの貴方っ!! は、早く捕まえて下さいっ!」
2人の侍女は虫が苦手らしく、身体も小刻みに震え、声を震わせて管理者へ訴えていた。
騒いでいる2人のグレンダの侍女たちを見て、補佐官が『ほらね』と含み笑いを漏らす。 アンガスは、グレンダの侍女たちは関係ないだろうと、眉を顰めて、口元を引き攣らせた。
平民とか、貴族とか関係なく『G』は見るのも恐ろしいものだ。
「あの2人も連れて来ていたんですね」
「ええ、グレンダ様だけで行かせる訳に行かないとおっしゃられて、まぁ、ローラ様とグレンダ様には侍女は必要でしょう。 リーバイ様の事は分かりませんが、若様はお一人で何でもされますから、侍女やメイドは要りませんけれど」
「ええ、要りませんね」
補佐官と話している間にも2人の侍女とキャンプ場の管理者の3人が騒ぎなら、天幕へ入って来た虫を退治する騒ぎ声が聞こえて来ていた。
「で、ローラや皆は何処へ行ったんでしょう?」
ローラはグイベル家の馬車に乗せ、アンガスと一緒に来たはずだと、疑問に思ったアンガスは補佐官へ問いかけた。
「ローラ様の様子を見てきましょうか?」
「いや、直ぐに来るでしょう。 先に夕食作りを始めてましょう。 で、何かすればいい?」
「……」
『やっぱり』と補佐官の口が動いたような気配を無視し、アンガスは補佐官の指示のもと、夕食作りを始めた。
水汲み場で、先ず使う食材を冷たい水で洗う。 ふと周囲が静かになると、リーバイの言葉が脳裏に蘇る。 顔に陰りが落ち、気持ちも暗くなってしまう。
(あんな風に気持ちを吐き出されては、強く言えなくなりますね。 私も答えを出さなくては……。 ローラを取られたくないですからね)
考え事をしながら野菜を洗ってしまった結果、強く擦ってしまった葉物野菜は、アンガスの手の中でボロボロになってしまっていた。 勿論、補佐官から呆れられ、アンガスの自尊心が傷つけられた。
「まぁ、中々、お上手じゃないですか、アンガス様」
可笑しそうに笑うグレンダが着替えを終えて夕食作りの為に、バーベキューセットの場所へやって来た。 グレンダの声に振り返り、そばにローラがいない事に気づく。
「笑うなんて、酷いじゃないですか」
「ふふっ、ごめんなさい。 でも、心ここにあらずって感じでしたね。 心配事ですか?」
グレンダは桶に入っている大量の野菜を一緒に洗い出した。 慌てて後ろへ控えていた侍女たちが止めにかかる。 グレンダは侍女に大丈夫だと言い含め、冷たい水に野菜を付けた。
「先程、『虫が』って侍女たちが騒いでいる声が聞こえましたが、グレンダ嬢は大丈夫でしたか?」
「ええ、私は意外と、虫は平気なんですよ」
『ヘ~』と横目で自身の補佐官を見つめたアンガス。 補佐官はさっと視線を逸らし、グレンダは訳が分からないのか、不思議そうに首を傾げていた。
しばらく、補佐官とグレンダ、アンガスの3人で夕食作りに精を出していたが、一向にローラとリーバイが現れない。 アンガスの心が徐々にささくれだち、不機嫌な雰囲気を醸し出して来ていた。
◇
一方、ローラは自身にあてがわれた天幕の中を見て回っていた。 ローラの小さい口から小さく息が零れる。 自身の部屋と同じくらいの広さがあり、家具や寝具が置かれ、お風呂やシャワーも完備されていた。 暖炉はなく、空調魔法が天幕に施されている様だ。
(丁度いい温度になってる)
天幕に扉が取り付けられている事にも、天井に天窓がつけられている事にも、少しだけ違和感を感じる。 しかし、天窓は眠る時に、星空が綺麗に見えそうだと、ローラはうんと頷いた。
「う~ん、キャンプに来た気がしないわ。 雰囲気的にお飾りでも暖炉はあった方がいい雰囲気だけど……」
「ローラお嬢様、お荷物の片づけが終りました。 お着替えなさいますか?」
「お疲れ様、ありがとう。 これから皆で夕飯を作るから、作業しやすい服装にするわ」
「はい、承知いたしました。 直ぐにご用意を致します」
ローラは侍女の声に、天幕に窓を取り付けられている不思議な光景から視線をやめ、侍女を振り返った。 侍女は直ぐに、動きやすくて簡素だが、仕立ての良いピンクのワンピースを持って来た。
(あら……衣装部屋まであるのね……)
ベッドの足元に扉があり、中は衣装部屋だった。 全身の姿見の鏡も壁に取り付けられている。
「ローラお嬢様、早くお着替えをしないと、皆さま、お待ちになっています。 袖を通して下さい」
「ええ、急ぐは」
裾に付けられたレースを触りながら、大人しく侍女にワンピースを着せられる。 侍女の手を借りて着替えを終えると、直ぐに天幕を出ようとした。
(不味いは、少し遅くなってしまった……)
ローラが扉を開けたと同時に、誰かの手が取っ手を掴んでいたらしく、人影がローラへ倒れ込んで来た。 直ぐにハッとして、身をかわす。 すると、ローラが身をかわしてしまったおかげで、取っ手を掴んでいた人影は無様に前のめりで転びそうになっていた。
「あっ、危ないっ!」
咄嗟に出した手を掴んで、事なきを得た人影はリーバイだった。 リーバイと胸に手を当て、転ばなかった事に胸をなでおろした。 同じようにローラと侍女も胸をなでおろす。
「ごめんなさいっ、リーバイっ」
「いや、僕も油断していた。 先にノックをするべきだったよ」
「あっ……ううん」
劇場でリーバイの想いを盗み聞きしてしまった後から、ローラはまともにリーバイの顔が見られず、視線も合わす事が出来ないでいた。 リーバイが吐露した言葉を思い出すと、胸が痛んだ。
(でも、これは同情だわっ……リーバイの気持ちに応えられないのだから、私は毅然としていなきゃいけないのにっ)
「迎えに来たって、どうしたの? ローラ?」
俯いて黙り込んでしまったローラにリーバイを首を傾げる。 リーバイは知らないのだ。 ローラとグレンダが、劇場でリーバイの切ない気持ちを吐露した事を聞いてしまった事を。
「ううん、何でもないわ。 行きましょう」
顔を上げたローラはいつもの様ににっこりと微笑んだ。 リーバイがホッとしたような表情を浮かべた事で、上手く笑えていると思ったローラは安堵した。
(知られたくないわ、同情して、リーバイを無下にできなくなっているなんて)
連れ立ってキャンプ場へ来たローラとリーバイを見たアンガスが面白くなさそうに瞳を細めたのを見て、ローラは申し訳なくなり、そっとアンガスのそばへ行き、夕食の準備を手伝った。
少し面白くないと思っていたのは、アンガスだけではない。 グレンダもローラとリーバイが2人並んで歩いて来る様子を見て、わずかに頬が引きつっていた。 グレンダの落ち込んだ様子に気づいたのは、グレンダの侍女2人だけだった。
ローラの行動に、グレンダの侍女たちが良く思わなかった事に、ローラとアンガス、リーバイとグレンダさえも、全く気付いていなかった。 そして、キャンプ中盤で事件は起こる。
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