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25話

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 リジィたちが隠し部屋を調べている頃、アーヴィング家の屋敷は野盗や傭兵、マッケイ子爵の私兵団に囲まれていた。 マッケイ子爵はリジィたちが屋敷の中へ入って行く所を見ていた。

 リジィが取っ手を引いて簡単に扉を開けた事に、マッケイ子爵や私兵団、集められた傭兵たちは目を丸くして驚いた。 私兵団の一人をやり、扉を開けさせたがどうやっても開かなかった。

 窓から入ろうとして、窓ガラスを割ろうとしても、何をしても割れなかった。 アーヴィング家の屋敷はリジィの父親の魔法で守られている。 正当な屋敷の主でないと、屋敷には入れない。

 暫く私兵団に待機させ、リジィたちが出てきたところを捕まえる作戦を立て、マッケイは馬車の中で待つ事にした。

 「全く忌々しい奴らだ。 アーヴィングを追い出して魔石の鉱山を我が物にしたというのに、肝心の場所が分からん上に、アーヴィングが何処かに隠しよった。 まぁ、いい。 最悪、娘をわしの息子と結婚させればいいか」

 マッケイの息子は40過ぎても独身で、今でも親の元で暮らし、父親のお金で生活している。 二回の結婚歴があるが、どちらも長続きしなかった。 マッケイは忌々しそうに溜息を吐いた。

 マッケイは焦っていた。 カルタシアの王宮からも、魔石の鉱山の報告を早くせよと、せっつかれている。 魔石は貴重でカルタシア王国には、必要不可欠な物だった。

 再び、マッケイは深い溜息を吐き、子爵位には似合ない豪奢な馬車に落ちた。

 ◇

 マッケイが私兵団でアーヴィング家の屋敷を囲んでいた時、更に後方でシアーラの小隊が囲んでいた。 人数はマッケイの私兵団の半分も満たない小隊だ。 シアーラも時が来る時をじっと身を隠して待っていた。 本当は直ぐにリジィの側に行きたかったが、じっと我慢した。

 前方で傭兵や私兵団の雄たけびがシアーラの元へ届いて来た。 シアーラは団員に合図を送る。

 シアーラは音もなく草原を駆け抜け、ジグザクに駆ける様はへびの様である。 豪奢な馬車へ近づくと、男の叫び声が聞こえて来る。

 「やっと出て来たかっ……待たせおってからにっ。 男どもは殺して、娘は連れて来いっ!」
 
 マッケイの指示に頭を下げた私兵がシアーラの方へやって来る。 シアーラを見た私兵は足を止め、腰に佩いている剣に手を掛けた。 しかし、シアーラの方が早かった。

 一瞬の間に私兵を斬りつけ、私兵は草地に倒れ伏す。 馬車を護衛していた私兵がシアーラに気づき、次々と剣を構える。 素早く動いたシアーラには、私兵の剣先も届かない。 あっという間に全ての私兵を斬り捨て、後は馬車の中のマッケイだけになった。

 馬車の扉は開けられたままで、シアーラは『なんて不用心なんでしょう』と、内心で呟いた。

 物音をさせず近づいたシアーラは、マッケイの首元に剣を突きつける。 マッケイは剣を突きつけられて初めて、自身の状況を把握した様だ。 怯え切った瞳をシアーラへ向ける。

 「お話があります、マッケイ子爵。 私と来てもらいましょうか」

 流暢なカルタシア語を話す亜人を見て、驚きの表情を浮かべた。 シアーラは、魔力の威圧を放っており、瞳が赤目の獣目になっており、眉間から額にかけて鱗が輝いていた。

 シアーラの顔は無表情だが、声だけは何故か、にこやかだった。 シアーラの迫力に恐怖し、何も話せなくなったマッケイは高速で頷いていた。

 ◇

 父親の隠し部屋の調査を終え、必要な書類や証拠を集め、ダレンが持っているウエストポーチ型のマジックバッグに色々と詰めていく。 隠し部屋を調べ終った後、王宮へ乗り込む算段を付けている。 必要な物をマジックバッグに詰め終ったダレンが皆を振り返った。

 「団長、必要な物は詰め終りましたよ」
 「ああ、ありがとう。 すまないな、ダレン」
 「いいえ、これで団長と番様が憂いなく婚姻できれば、私としては何も言う事はありません」
 「……婚姻っ」
 「リジィ、持って行きたい物があればマジックバッグに詰めておけよ。 直ぐには戻って来られないからな。 まぁ、早めに転送魔法陣を設置して、行き来を楽に出来るようにするけど」
 「そうですね、少しだけ時間がかかりますね」
 「勝手に置いて行けばいいじゃん」
 「そんな事、出来ませんよ。 色々と手続きがありますから。 この屋敷はアーヴィング家の者しか入れないようですし、隠し部屋は番様とお父上しか開けられないでしょう?」
 「もしかしたら、父が戻って来るかもしれないので、置き手紙を置いて行ってもいいですか?」

 ラトたち三人は顔を見合わせ、頷き合った。
 
 「いいんじゃないか。 お父上が来る頃には、リジィはシェラン国だろうしな。 魔法陣を設置した後は自由に行き来できる」
 「リジィちゃん、カルタシアの文字かけるの?」
 「いいえ、でも、きっと父はシェラン国の文字を読めると思います」
 「ああ、リジィちゃんに獣人の番が出来るって思っていたみたいだしな」
 「はい、少しだけ待ってください」
 「はいはい、ゆっくりどうぞ」

 にこやかに手を振るバトの背後で、般若の表情を浮かべるラト。 バトの肩を掴むラトの手は、とても力が入っている。 バトの叫び声が隠し部屋でこだまする。

 「いいんですか? もしかしたら番様のお父上は、もう……」
 「ああ、まだ、遺体も見つかっていない。 リジィは生きていると信じているんだから、最後まで希望を持たせてやりたい」

 バトが『痛い痛い』と叫ぶ声をBGMに、ラトとダレンはバトを気にも留めず、リジィに聞かれない様に小声で話す。 ダレンは『分かりました』と溜息を吐いた。

 父への手紙を書き終え、リジィは家族の姿絵をがま口のマジックバッグに入れ、皆で隠し部屋を出た。 玄関を出た所で、外の異変に気付く、屋敷を傭兵や盗賊、同じ隊服を着た私兵団に囲まれていた。 100人以上は居るだろう武装した男たちが一斉に襲い掛かって来た。
 
 真っ先に躍り出たのはバトだ。 以外に血の気が多い彼は、戦うのが大好きだ。

 「ラト、前方は任せろっ!」

 ラトは無言で頷く。

 (あぁいう所を見ると、狼なんだなって思うわね)

 バトは人族の変化を解き、狼の耳と尻尾を出した。 バトの瞳は獣目に変わっている。 バトの能力は何のか。 口から狼の咆哮が轟くと、炎を吹いた。 腕や服、髪を燃やされた傭兵は、慌てて炎を消しにかかる。 戦意喪失した者を殴り飛ばし、何人も屋敷を囲っている門に傭兵を叩きつけている。

 (あの人っ、火を吹いたよっ!!)

 前方に居る盗賊や私兵団たちは、バトから必死に右往左往して逃げ出した。 リジィの目の前では、阿鼻叫喚のカオスな状態が繰り広げられている。

 「やり過ぎですね……」

 しかし、リジィたちにはゆっくりとバトの雄姿を見ている余裕はなかった。 別方向から攻撃が襲ってくる。 バトが炎を吹く姿を見て、大半が戦意喪失したのだが、傭兵たちは一番弱いリジィを狙って来た。 数人がリジィに襲い掛かる。 身体がすくみ、動けなくなるリジィ。

 リジィの目の前にラトの背中が飛び込んで来た。 ラトを中心に強風が吹き荒れ、暴風へと変わる。

 ラトの能力は風魔法だ。 リジィに襲い掛かて来た傭兵たちは、ラトの風魔法によって吹き飛ばされていく。 アーヴィング家の庭で、バトの炎魔法で一部を燃やされて阿鼻叫喚している声に、ラトの風魔法で吹き飛ばされていく悲鳴が加わった。

 リジィは見ていられなくなり、目を瞑った。 しかし、身の危険が迫っている状況だというのに、リジィの脳内で気になる事が出来てしまった。 ダレンはどんな能力なのだろうと。

 閉じていた瞼を開け、ダレンの方へ視線を向ける。 ダレンは白狼族だ。

 『〇△◇※……』

 ダレンが何かを呟いた瞬間、荒れ放題だった庭の草が更に育っていく。 特に盗賊がいた右方向、伸びた草が盗賊たちを縛り上げていく。 伸びた草たちは生きているかのように動き、盗賊たちを捕まえていく。 盗賊の野太い悲鳴が庭で轟く。

 しかし、まだまだ数が多く、手加減しているとはいえ、数が多すぎる。

 「数の暴力っ……」

 リジィが呟いた後、援軍がやって来た。 シアーラの小隊が駆け付けてくれたようだ。 マッケイの雇った傭兵たちは、シアーラの小隊だけで一網打尽にされた。 『数の暴力よっ……』と内心で再び、呟いた。

 「団長、マッケイ子爵をお連れしました」

 シアーラの弾むような声が背後から聞こえ、リジィは振り返った。 気絶した少し小太りのマッケイを軽々と肩に担ぎ、シアーラは無表情で立っていた。

 「シアーラっ」

 少しだけドン引きしたが、マッケイを地面に下ろしたシアーラへ近づく。

 「無事だったのね、シアーラ。 良かったわ」
 「はい、これくらいなんともないです。 シェラン国の盗賊の方が厄介です」
 
 獣人同士の戦いの方がもっと凄そうだなと、リジィは考える事を拒否した。

 改めて庭を見渡すと、中々なカオスである。 あちこちで火と煙が立ち上がり、団員が火消しに奮闘している。 未だ伸びきった草はうねっている。 ラトの強風で、植樹した大木が何本か折れていた。

 リジィが悲壮感漂う表情で庭を眺めている事に気づき、ラトが狼狽えた様子で謝罪して来た。

 「ちゃんと、後で植えなおすからっ! すまない、リジィっ」
 「あ、いえ、大丈夫です。 元々、荒れ放題になっていましたから」

 荒れ放題だったとしても、庭を見ても何も思いださない。 リジィには屋敷で過ごした記憶はないのだ。 唯一あるのは、父親が魔法を使えると話していた記憶だけだ。

 「では、マッケイも捕まえたし、王宮へ行こうか」
 「えっ?! もうですかっ!」
 「ああ、全は急げと言うしな。 ないとは言わないが、こいつが逃げ出すかもしれないからな」

 ラトがマッケイに言葉を投げつけると、マッケイの身体が僅かに反応し、動いた。 気絶から意識が戻っているが、気絶している振りをしている様だ。
 
 「じゃ、行こうか」

 バトが乱暴にマッケイを肩に担ぐと、『ぐぇっ』と小さく呻く声が出た。 しかし、バトは気にした様子もなく、馬車の床へ乱暴に投げおろした。 リジィはラトの膝の上に乗せられ、座席へ着く。

 「駄目だ、リジィの綺麗な足がこいつに触れるのは許せない」
 「……っ」

 向かいで座るバトがたまにマッケイを踏みつける。 小刻みに震えている様子を見て、同情したが、リジィは何度も殺されかけたので、庇う気もなかった。

 シアーラたちは荷馬車を何台か用意しており、荷馬車に眠らせた盗賊や傭兵、マッケイの私兵団たちを乗せていった。 カルタシアの王家にお返しする為だ。

 リジィたちを乗せた馬車を先頭に、王宮へ向けて馬車と荷馬車が走り出した。
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