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10話

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 狼の寝床では忙しいお昼のピークを過ぎ、リジィたちもまったりとしていた。

 お昼を食べた冒険者たちは、午後から再び狩りへ出掛けて行った。 全く客がいないという訳ではないが、少ない人数の旅人が食事を楽しいでいる。

 正面入り口から見て、食堂の奥の通路、左側にある宿泊者用の食堂で、リジィたちは昼食を摂っていた。 奥の六人掛けのテーブルで狼の寝床の従業員、三人と出された賄いを囲む。

 (うん、ビーフスープ美味しいっ!)

 ライオネルの両親に運営が変わってから、狼の寝床で出されている新たな名物であるビーフスープ。

 女将のキーリーの得意料理で、ラトやバトも幼い頃に食べた思い出があるらしい。

 幼い頃のラトを想像すると、何故かラトの妖精の姿が思い出される。

 伝書の妖精が三頭身で、子供に見える姿だからだろうか。

 三人の伝書の妖精が現れ、可愛らしくビーフスープすすっている姿が想像される。 

 きっと三人の関係性は今とそう変わらないだろう。 ラトとバトがじゃれ合っている横で、ライオネルが冷静な突っ込みを入れていたに違いない。

 美味しい賄いに舌鼓を打っていると、背後の廊下が俄かに騒がしくなった。

 「ここにラトの番がいるのか?」
 「はい、今日はこちらで働いております」
 「ふむ、ラトの奴は番を働かせているのか? あ、男女平等の時代に、そんな事を言ってはいけないか」
 「ジャイルズ様、番様はこちらの食堂に居るそうです。 今は昼休憩の様です」
 「そうか」

 二人分の足音が聞こえ、二人分の男の声が聞こえる。 一人は副団長であるダレンだろう。 もう一人は分からない。

 聞いた事の無い声だ。 ジャイルズとは誰なのかと、リジィは首を傾げた。

 (ちょっと、偉そうな感じよねっ)

 少し大きな音を立ててカトラリーがテーブルへ落された。 リジィは驚いた様に、向かいに座っている男女を見た。

 「ジャイルズって……まさかっ」
 「うそっ!」

 一緒に昼食を摂っていた狼の寝床の従業員、否、現騎士団員の二人の顔が青ざめた。 彼ら、男女二人は亜人である。 

 入団二年目の新米団員だ。 日によって、狼の寝床に来る団員は変わるらしい。

 リジィは知らなかったが、二人の団員に問いかけた。

 「あのっ、ジャイルズ様って?」

 リジィの問いかけと同時にリジィたちが居た食堂の扉が開けられた。 目の前の二人の団員は、直ぐさま立ち上がり、敬礼をする。 素早い動きについていけなかったリジィは大きく身体が跳ねた。

 「「ようこそおいで下さいました、ジャイルズ殿下」」
 「うむ、楽にしたまえ。 昼休憩であったのであろう。 邪魔をする」
 「「はっ!」」

 団員は立ったまま休めをした。 すっかりと置いてきぼりになってしまったリジィは、呆気に取られていた。 そして、目の前にいる冒険者の服装をしているが、気品溢れる紳士を見つめた。

 艶のある黒髪に、金色の瞳が煌めいている。 少しだけラトに似ているな、と見惚れてしまうくらい、美男子だった。

 しかし、狼の耳と尻尾が出ていない。 狼の獣人ではないのだろうかと、首を傾げた。

 (もし、この人が狼獣人だったら、絶対、すっごい艶々で綺麗な黒い毛並みだわっ! 撫で回したいっ)

 脳内で黒い狼、否、見た目は狼だが、仕草がワンコのジャイルズが妄想された。

 リジィの妄想の中では、第二王子だどとしても、ワンコ扱いだ。 リジィがどんな想像をしているのか分からないが、野生の本能で嗅ぎ付けた。

 ジャイルズの表情が引き攣っている事に気づき、リジィの変態な妄想がバレた事を知った。
 
 「中々、面白い奴だなっ、そんな顔で見つめられたら、騎士団に突き出さられるぞっ」
 「つ、番様っ……」

 引き攣った表情をしたダレンに視線を向ける。

 「えっ……」

 (何か、私、不味ったっ?! まぁ、変態な気配には気づかれたけど……)

 「番様、こちらのお方はシェラン王国、第二王子、ジャイルズ・ウールブル殿下であらせられます」

 目の前で、笑顔を浮かべて佇む黒髪の美男子の正体を聞かされた時のリジィの表情は、とてもじゃないが誰にも見せられないくらい驚愕した表情だった。 ジャイルズの『騎士団に突き出す』という言葉が脳裏で響く。

 リジィの驚愕した表情を見たジャイルズは、堪らず噴き出し、目の前で腹を抱えて笑い出した。

 暫くしてもジャイルズの笑いは治まらず、笑いを収めても再び、思い出して笑いだし、一向に話が進まなかった。 

 リジィたちが座っていたテーブルにジャイルズは腰かけていた。

 狼の寝床に詰めている騎士団員の二人は仕事に戻って行った。 ジャイルズの後ろにダレンが立ったまま、溜息を吐いてまだ笑っているジャイルズを窘める。

 「殿下、いい加減に笑いを収めて下さい。 番様がお可哀そうです」

 リジィは頬を染めて、ジャイルズの目の前に座って小さくなっていた。

 『こほん』と咳払いした後、ジャイルズは真面目な表情を作った。

 「すまない、笑いのツボに入ってしまってなっ、ぶほっ」

 また、思い出したのか、王子だというのに、ジャイルズの顔が笑い顔に歪んだ。

 いい加減にちょっとだけムカついて来たリジィは、瞳を細めて口を尖らせた。

 明らかに不機嫌ですと言っている表情に、ジャイルズは今度こそ、笑いを収めてくれた。

 「本当にすまない。 今日来たのはだな……というか、妹に転送魔法陣へ放り込まれたんだけどな」
 
 (えっ? 妹さん? という事は、王女さまっ! 放り込まれたって、なんとまぁ、過激な王女さまね)

 「本当は来たくて来たわけではないのだが、まぁ、序でにラトの番を見てみたいと思ってな」
 「……そうですかっ」

 (どうしようっ、王家の方となんて、なんて話し方すればいいのか、分からないんだけどっ)

 シェラン国を直ぐに出て行けると思っていたリジィは、12年間暮らして来た国の王家の事に全くと言っていい程、興味がなかった。 なので、王家の人々の顔と名前も知らないのだ。

 「うん、何故、妹に転送魔法陣へ放り込まれたのかは、ラトに聞いてほしい」
 「へ?」

 リジィが間抜けな顔を晒した時、背後からぎゅっと抱きしめられた。 

 何故か、いつも気づかないのに、ラトの匂いが香った。 リジィを抱きしめながら、切なげな声を出した。

 「リジィ……俺以外の男と二人っきりになったら駄目だ」
 「二人っきりではないですよっ、ダレンさんもいますし……」

 (それに、ジャイルズ殿下には、ずっと笑われてただけだし……)

 スッとリジィの表情から感情が抜け落ちて行った。 未だリジィを抱きしめているラトは、ジャイルズを鋭い瞳で睨みつける。

 「久しぶりだな、ラト」
 「ジャイルズ殿下、お久しぶりです。 お会いしたので、もう良いでしょう? お帰り下さい」
 「えぇぇぇ、冷たい奴だな。 私はこちらに来たばっかりだよ? 少しくらい楽しみたいじゃないか」
 「王女一人を御せない王族などに優しくする必要はない。 それにオアシスは狭いですし、王子が見学する所などありませんよ」
 「本当に……冷たいなっ。 まぁ、妹の事を言われたら、何も言えないのだがっ」

 ラトの金色の瞳は、王子に対して『早く、帰りやがれ』と言っていた。 

 ジャイルズは気にしていないのか、ラトの鋭い睨みも難なく受け流している。

 「あるだろう? オアシスの外周には、商人のキャラバンが露店を出しているだろう? ラト、案内してくれ」
 
 リジィの肩口でラトの舌打ちが鳴らされる。 楽しそうに瞳を煌めかせているジャイルズとは裏腹に、ラトの鋭い金色の瞳は、明らかに面倒くさいと言っていた。

 「団長、殿下からのご要望です。 私も付き合いますから」
 「ほら、ダレンもこう言っているし、そうだっ! 番殿もどうだ? 君はもう、見て回ったのか?」
 「……いえ」

 (そう言えば、カルタシア王国の商人の人に話を聞きに行っただけで、少しも見て回っていない様なっ……その後は、なし崩し的に働きだしたし)

 「いえ、全く見て回ってないですね」
 「そうか、なら、一緒に観て回ろう。 私もオアシスには来た事がないんだ」
 「殿下と二人っきりで行かせる訳ないだろう」
 「いや、だから、二人っきりではないだろうっ……」

 未だにリジィを後ろから抱きしめながら、ラトはジャイルズを睨みつけている。

 「ふむ、ラトってこんなにわからずやだったかなっ?」
 「きっと、色ボケてるんですよ」
 「なるほどな、色ボケているのかっ」

 ダレンとジャイルズは面白そうに笑みを浮かべている。 ラトを揶揄って遊んでいるのだろう。

 「リジィは行きたいか?」
 「行きたいのかって聞かれたら、行きたいですけど……。 でも、私にはまだ、仕事が残っていますので。 今日は狼の寝床は人が少ないので、私が抜ける事は出来ません」
 「では、次の休みの日、一緒に回ろう」
 「はいっ」

 気が済んだラトはやっとバックハグを解いてくれた。 ジャイルズとダレンを連れて、ラトはオアシスの外周へ出掛けて行った。

 ◇

 「今日はすまなかったな」

 食堂で夕食を食べていると、ラトから謝罪があった。 しかし、リジィにはラトの謝罪の意味が分からない。 なので、リジィは不思議そうに首を傾げた。

 「私の方こそすみません。 お付き合いできなくて」
 「いや、いいんだ。 機嫌よく帰って行ったしな。 それでジャイルズ殿下がオアシスに来た理由なんだが……」
 「ああ、そう言えば。 殿下がそんな事を言ってましたね」
 「うん、実は……王家の皆がリジィに会いたいそうなんだ」
 「えっ、私にですかっ?! どうしてっですかっ?」
 「俺が王家と親戚なのは知っているか?」
 「はい、お祖父様が王弟だったと聞きました」
 「うん、俺たちは年が近い事もあって、幼い頃はよく遊んだから、仲が良いんだ。 それで、俺の番に会いたいそうだ」

 ラトは肝心なオフィーリアの話をしなかった。 オフィーリアがリジィに恨みを抱いているのは確かだが、いたずらにリジィを怖がらせたくなかったというのもあるし、オフィーリアからリジィを守る気だった。

 「リジィのお披露目をしようと思うのだが……」

 お披露目という言葉にリジィの表情が曇った。

 「王城へ行かないと駄目なのですか?」
 「いや、この屋敷でお披露目をして、王家の方を招待する。 来られない人もいるかもしれないが、俺たちの立場上、絶対にお披露目をしないといけない訳じゃないしな。 結婚式でいいと思っていたんだ。 しかし、王家の人が痺れを切らしてな……」

 何故か、ラトが遠い目になって何処か遠くを見ている。

 「リジィが嫌ならお披露目もしないから、その代わり、今日みたいに王族が突然、会いに来る」

 それも嫌だなと思った。 小出しで会うのと、一気に会う。 どちらがマシかと考え、リジィは一気に会う事を選んだ。

 (それなら、一度に済むしね。 まだ、お金も貯まってないし……。 私が大陸へ行くって言えば、ラト様は着いて来るかな? 着いて来るよね、多分……。 ん? 今、何かひっかかったような?)

 しかし、何も思い出せず、何が引っかかったのか分からなかった。

 リジィの動物アレルギーの事を知った時、ラトは直ぐに一緒にシェラン国を出ると言った事を思い出した。 当然のごとく言い切ったラトに、今更ながらリジィの胸に歓喜が湧いて来る。

 番だと言われた当初は戸惑いが多かったが、王家へのお披露目やラトの口から結婚の言葉が飛び出し、やっとリジィの胸にじわじわと何かが湧き上がって来ていた。

 (この感情は何だろう? ラト様の口から出た結婚が嬉しいって思うなんて……)
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