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最終話 『神の愛し子』

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 朝日が昇り、鳥がさえずる。 ルカの離宮に2人のメイドが魔法を解呪する為に、鈴を小さく鳴らしてやってきた。 メイドは直ぐに異変に気付いた。 昨夜にかけた魔法が解呪されている。 メイドはルカが逃げ出したのではないかと思い、お互いの顔をつき合わせた。

 「もしかして、ルカ殿下。 逃げ出してしまったのではないかしらっ」
 「そうなったら大変よっ! 確かめないとっ! 第二夫人様に何て言われるかっ!」

 メイドの2人は顔をサッと青ざめさせた。 第二夫人の癇癪はとても恐ろしいのだ。 出来れば避けたいと、メイドの胸に恐怖が走る。 第二夫人の怒りに満ちた顔を思い出し、メイドの2人は慌てふためいてルカの部屋へと急いだ。


――ネロは、人の気配に目が覚めた。
 隣では、ヴィーが気持ち良さそうに眠っている。 ヴィーの寝顔を見て自然とネロから笑みが零れる。 額にキスを落とすと、小さく呻き声を上げて寝返りをうち、ネロにすり寄って来た。 更にヴィーと密着して、ネロの心臓が跳ねる。

 (もうっ。 可愛いな、ファラは)

 「ノワール」
音もなくノワールが天井から降りて来た。
 「はい、殿下。 2人のガウンをお持ちしました。 シャワーをなさいますか?」
ベッドの横にあるチェストの上に、2人分のガウンを置きながら、ノワールが訊いてきた。
 「いや、あまり時間がない。 ノワールは事の次第を陛下に知らせてくれ。 判断は陛下が下されるだろう」
 「承知致しました」

 床に散らかった二人分の服を抱え、珍しくノワールが満面の笑みを浮かべている。 ノワールの笑みに、何が言いたいのか察し、ネロは目を細めて気まずげに視線を逸らした。

 「こちらはメイドに渡しておきますね」
 「早く、行けっ」

 ネロの照れた様子に気を良くしたのか、ノワールは音もなく姿を消した。 直後に居間に慌てたような足音がネロの耳に届いた。 ルカの寝室が開けられ、メイドが恐々と声を掛けながら、返事もないのに寝室に入って来た。 ネロの濃紺の瞳に、警戒の色とメイドの躾の無さに呆れの色が滲む。 

 「ルカ殿下、いらっしゃいますか?」
 「返事もないのに、勝手に王子の寝室に入るなんて。 ルカのメイドは教育がなっていないな」
ネロの声にメイドの2人は、飛び上がって驚いた。
 「マッティア殿下!! ど、ど、どうしてこちらにっ?!」
 「ルカ殿下とヴィオレッタ様は、どうなさっ」

 メイドが言い切る前に、ネロの鋭い視線がメイドの2人を刺した。 ネロが説明をする為に口を開こうとした正にその時、凄まじいい物音と共に、寝室の扉が開かれた。 入って来たのは、第二夫人だった。

 第二夫人の般若のような形相に、メイドの2人は小さく悲鳴を上げて、お互いを抱きしめ合った。 そして、第二夫人の騒音に、ヴィーが驚いて目を覚まして飛び起きた。

 「な、何事っ!!」

 ヴィーとネロ、2人の鎖骨下にある黒蝶の紋様に目を留めて、第二夫人のこめかみに青筋が何個も浮き上がった。 顔は般若から、悪魔のような形相に変わった。 

 「ここはルカの寝室ですっ!! ルカを何処にやりましたっ!」

第二夫人の怒りの声が離宮内に轟く。

 「マッティア殿下には、タルテの王女をあてがったはずなのにっ! 朝に貴方の離宮に行ってみれば、ジュリオ殿下の離宮とマッティア殿下の離宮は、水浸しのびしゃびしゃ。 タルテの王女は何処かにトンずらして、いなくなっているし。 貴方には、大量の媚薬を飲ませたはず、なのに、どうして、そんな平然としているのっ!」

 第二夫人は怒り心頭だった。 全てが順調に行って、ご機嫌でネロの離宮まで行ってみれば。 アルバの補佐候補から、アルバとエラの痴話げんかの巻き添え食い。 自身の離宮を使えなくなったネロを慮り、丁度留守にするルカが、快く自身の離宮をネロに一晩貸すと、申し出たと宣ったのだ。

 「アルバたちの痴話げんかの巻き添えを食って、困っていた私たちにルカが、快く一晩だけ離宮を貸してくれたんだよ」

 ネロは1階の物音を聞き、ベッド横のチェストの上に置いておいたガウンをヴィーに着せ、自身も身に着けた。

 「ルカがっ! あの子も相当な媚薬を飲んだはずっ」

 第二夫人はヴィーを見つめ、鋭い瞳で睨みつけた。 ネロは目を細めて小さく息を吐くと、ベッドから出て、第二夫人に詰め寄った。

 「第二夫人、ルカは王にはなれませんよ。 貴方も分かっているでしょ、ルカの能力が解放されれば、脅威になる。 誰も操られたくはないですからね。 ルカは死ぬまで、能力を封じられ王宮に閉じ込められる。 婚姻くらい、ルカが心から愛し合っている相手としてもいいでしょう」
第二夫人は眉を寄せ、ネロを睨みつけた。
 「貴方には、何も言う権利はありませんよ。 ルカが幼い頃に育児放棄したのですから」
ネロの言葉に、第二夫人は苦々しく真っ赤な口を歪ませた。
 「王子たちに睡眠薬と媚薬を飲ませた事、今朝に陛下には報告済みです。 余罪も含めて洗いざらい吐いてもらいますよ」
 「な、私は第二夫人ですよっ! 罪人の様に言わないでっ!」
 「母上! もう、観念して下さい。 見苦しいですよ」
寝室の扉が開かれ、ルカが入って来た。 第二夫人がルカを見て駆け寄った。
 「ルカっ! 貴方は、今まで何処にっ!」
ルカの後ろにいるダヴィデに気づくと、更に怒りを露わにした。
 「貴方っ! いつまでもルカにつきまとってっ!」
 「母上!! いい加減にして下さい! それとも、陛下の目の前で僕の能力で自白したいですか?」

 ルカの冷たい視線に、第二夫人の肩が跳ねた。 第二夫人はそれ以上何も言わなかった。 直ぐに陛下の私兵が駆けつけ、ルカと第二夫人は陛下の元に事情聴取の為、連れて行かれた。 ダヴィデは学園があるので、学園でルカを待つと、学園に戻って行った。

 「あの、離宮が水浸しでびしゃびしゃってどういう事ですか?」
 「離宮を確かめる前に、身支度を整えようか」

 ネロはにっこり微笑むと、ノワールを呼んだ。 ヴィーはノワールに身支度を整えられ、朝食を済ますと、ネロと2人で離宮に向かった。


――ヴィーはネロの離宮を見て呆然とした。
 隣に並んでいるアルバの離宮とネロの離宮は、見事に水浸しで使えなくなっていた。 家具もドレスも本も全てが水浸しだ。 ヴィーの側に寄って来たアルバとエラがご機嫌で宣った。

 「中々、楽しめたよ。 ネロの大事な物を水浸しに出来て」
アルバの面白げな声に、ネロのこめかみが小さく震えた。
 「わたくしもヴィー様とマッティア殿下には申し訳ありませんが、とても楽しんでしまいました」
エラの楽しそうな笑みに、ヴィ―とネロがガックリと肩を落とした。
 「でも、これどうするんですか? 乾くまで待つとかですか?」
ヴィーの疑問に、ネロがクリスに指示を出した。
 「大丈夫だよ。 クリス、あれ持ってきてるよね」
 「はい、殿下」

 クリスはデカい扇子を何処からともなく取り出した。 クリスが一振りすると風が起きた。 一瞬で二つの離宮は水浸し状態から、元の離宮の姿に戻った。 背後からアルバの楽し気な声が届く。

 「これが無かったら、ネロの離宮なんて恐ろしくて水浸しに何て出来ないよ」
 (ジュリオ殿下っ)
 
 隣でエラも楽しそうに微笑んでいた。 中々、エラも肝が据わっているなと、ヴィーは内心で呟いた。 アルバとエラは、自身の離宮の状態を確認する為に戻って行った。 ネロも2人の後ろ姿を眺めると、仕方ないなと苦笑を漏らした。

 「ファラ、疲れただろう? 今日は一日、ゆっくり部屋で休んで。 明日は一緒に学園に戻ろう。 クリス、君ももう戻っていいよ」
 「はい、殿下」
クリスが王城に向かったのを確かめた後、ヴィーはネロを振り返った。
 「はい、ありがとうございます。 私も部屋の状態を見たいので。 あ、あの、き、昨夜は、助けに来てくれてありがとうございましまたっ」
ヴィーは昨夜の事を思い出したのか、真っ赤なって俯いた。
 「いや、ファラが無事で本当に良かった」

 お互いに優しく抱きしめ合うと、ネロと一緒に離宮に入った。 自身の部屋を確認して、ヴィーはホッと安堵した。 全ての物が無事に乾いているようだ。


 ネロは離宮の様子を確かめ終えると、直ぐに王城に向かった。 今、王城では第二夫人が尋問を受け、陛下から沙汰が下った頃合いだろうと思い、真っ直ぐに王の執務室に足を向けた。 王の執務室に向かう途中で、クロウが音もなくネロの側に寄り、報告をした。

 「殿下、黒蝶姫を連れ去ったマルコを捕獲いたしました。 尋問いたしましたが、やはり何も覚えていない様です」
 「そうか。 まぁ、第二夫人が自白するだろう。 クロウは持ち場に戻れ」
 「御意」
クロウは恭しく礼をすると、音もなく天井に姿を消した。

 第二夫人は、罪を犯した王族、準王族が入る離宮に生涯幽閉になった。 ルカはネロが王位に就いた後、臣下になり、ネロがルカの能力を封じる事になる。 それはルカの能力が開花した時に決まっていた事だ。

 ヴィーとネロが夜を共にした事が陛下に知られ、物事がもの凄いスピードで進んで行った。 ネロの立太子の儀式は、16の誕生日に行われる事になり、懐妊が分かる前に結婚式も執り行う事となった。


 ネロの立太子の儀式も無事に終わり、ヴィーとネロの結婚式も無事に国を挙げて執り行われた。 残念ながら懐妊はしていなかったが、ヴィーとネロは無事に学園を卒業した。 『神の愛し子』が産まれ、能力が開花するまでは、ヴィーが結界石の浄化を行った。 そして結婚から3年経ち、待ち望んだ王女が生まれた。

 生まれて来た我が子を胸に抱き、愛し気に微笑む。 ヴィーはネロに微笑みかけ、我が子の顔を見せた。 ベッドの端に座ったネロが、我が子の顔を覗き込むと、王女は数回瞬きを繰り返した。

 「うん、ファラにそっくりだね。 性格も似ないといいんだけど」
ヴィーがじろりとネロを睨む。 ネロはヴィーの顔を見て噴き出した。
 「ごめん。 冗談だよ。 元気に生んでくれてありがとう。 ご苦労様」
 「はい」

 ヴィーはネロの言葉に嬉しそうに微笑んだ。 王女が生まれた夜、ヴィーは真っ白な世界に飛び出していた。


――ヴィーは王女を抱き、柔らかいクッションの上に落ちた。
 軽い音を立てて、クッションが鳴る。 ヴィーは昔と変わらない呼び出し方法に、小さく息を吐いた。 暗闇の中で動く床の上を滑るのは久しぶりだった為、最初は驚いたが、出産を経てヴィーは多少強くなっていた。

 「主さまっ」
しわがれた声がヴィーに落ちて来る。
 「やぁ、ヴィー。 元気だった?」
久しぶりの主さまの姿に、ヴィーは瞳を潤ませた。
 「主さま、お久しぶりです。 主さまこそ、お元気そうで何よりです」
 「その子が、アメリアの転生した子かい?」
 「はい、背中に『神の愛し子』の痣があります。 名前はアメリアにしました」

 そういうと、ヴィーはアメリアの背中の痣が見えるように、主さまに見せた。 主さまが微笑み、痣に主さまの手が触れる。 すると主さまの手が光り、アメリアが光の粒に包まれる。

 「これで、アメリアの魂がこの世界に繋がれたよ。 もう、彷徨える魂ではなくなった。 暴走も起こさない」
ヴィーが主さまを見て笑みを零した。
 「アメリアが成人する時が楽しみですね、主さま」
 「ん? そうだね。 でも、ヴィー。 アメリアが私の花嫁になるのを嫌がったら、無理意地しては駄目だよ」
ヴィーは不思議そうに首を傾げた。
 「主さま?」
 「私はね、アメリアに会いたいからアメリアの魂を集めた訳じゃないよ。 暴走する魂を正常な魂に戻す為だ。 それにね、この子はアメリアと同じ魂だけど、私が愛したアメリアではないんだ。 私の花嫁はあの子だけだ」
そう言うと主さまは、少し寂し気に笑った。
 「分かりました。 アメリアの意志を尊重します」

 主さまの笑顔が歪む、『ああ、もう主さまと会うのはこれで最後なんだ』と主さまの歪んでいく姿を、ヴィーは寂しげに眺めた。 瞼を閉じると、ヴィーは本体に戻っていった。

 成人まで病気もなく元気に育ったアメリアが、主さまの思惑とは裏腹に、突撃して行ったのはまた別の話である。
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