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36話 『神の愛し子』
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アビアンは、大陸一の大国である。 広大な豊かな土地と、貿易が盛んで、魔法石が採れる鉱山をいつくも所有している。 アースィムは、アビアンの第三王子で、アビアンでは、ただ一人、石を開花させた人物である。 対になる石を持っている相方を待っている状態だった。 お茶会は和やかな雰囲気で始まった。
「久しいな、ネロ、リア。 婚約者殿には初めてお目にかかる。 ネロのご婚約者殿、お名前をお聞きしても?」
「私から紹介するよ。 婚約者のヴィオレッタだ。 バルディーアのビオネータ侯爵、ドナーティ家の長女で、黒蝶博士の愛孫だよ。 ファラ こいつは、アビアンのアースィム王子だ。 私の昔馴染みなんだ」
ネロの話し方からとても親しそうだった。 ネロの紹介を受けて、ヴィーは淑女の礼をした。
「アースィム殿下、お初にお目にかかります。 ご紹介にあずかりましたヴィオレッタにございます。 お見知りおきを。 バルディーア以外の石を開花させた方にお会いしたいと思っておりました。 世界を回られているとお聞きしました。 色々とお話を聞ければ嬉しいですわ」
「アビアンのアースィムだ。 シムと呼んでくれ。 そうか、ヴィオレッタ嬢は黒蝶博士の孫なのか。 博士には私も世話になった」
「おじい様とっ?!」
祖父の意外にも顔の広さに、ヴィーは驚愕した。
(おじい様っ、いつの間に? そんな話、聞いた事ありませんけどっ。 何も変な事言ってませんよね?! おじい様っ)
ヴィーのあわあわした様子に、王子たちはクスリと笑いを零した。 アースィムの琥珀の瞳が意地悪な光を宿した。
「そう慌てる事はない。 本当に良くして貰ったんだ。 黒蝶姫が気にするような事はなかったよ」
アースィムは『黒蝶姫』を殊更に強調した。 ヴィーの紫の瞳が揺れ、顔が羞恥に歪む。
(ぎゃあああっ! おじい様っ! ネロ様に続き、他国の王族までに何て事をっ!)
「その呼び方は止めて下さいませ。 もう、祖父は亡くなっておりますし。 普通に名前で御呼び下さいませ!!」
ヴィーは、祖父の所業に真っ赤になって狼狽えた。
保管されている瘴気を出す結界石の確認は、翌日に持ち越された。 結局、どのようにして移動されたのか、この日は分からずじまいで終わった。
――翌日、アースィムを伴い、サカリアスと共に、大聖堂に再び訪れていた。
大聖堂の奥にある瘴気を出す結界石を保管した部屋で、全員が息を呑んだ。 壁際には棚が並べられ、棚には大小様々な結界石が置かれていた。 透明な四角の結界の中に、瘴気を出す結界石が納められていた。 吐き出された瘴気は、結界の中で怪しく蠢いていた。
「凄いね。 この結界ってタルテ独特の物?」
ネロの疑問にサカリアスが答えた。
「いや、簡単な結界だから、結界を張る事が出来る者だったら誰でも出来ると思うよ」
「そう、クリスを連れてきていれば良かったな。 私では結界を張れないから」
アースィムもネロの意見に賛同した。
「私も誰か連れてくればよかった。 タルテにはお忍びできたからね」
「帰りに結界の張り方を教えようか? 書面で渡すよ。 漏洩とか気にしなくていいよ。 タルテは、結界石を作り出せる者が居ない。 バルディーアには、今後も依存しなくてはいけないからね」
「すまん、助かるよ」
王子たちが話している間、ヴィーは瘴気を出す結界石をじっと視ていた。 モクモクと黒い煙幕が立ち込めるが、結界石の制作者の姿を描き出さず、瘴気をはらんだ靄が漂っているだけだった。 ヴィーはどうにか、1つだけでも手に入れられないだろうかと考えていた。 ネロからは内緒にするように言われている為、欲しいとは言えないし、瘴気を出す結界石が欲しいなんて、不審過ぎる。 ヴィーは、1つ思いついた。
「あの、この石が見つかった場所へ行ってみたいんですが」
サカリアスに申し出ると、快く快諾してくれた。
「いいけれど、魔物とかも居るから安全ではないよ」
「私が一緒にいるから大丈夫だ」
「そうか、なら石を見つけた者に案内させよう。 私は執務があって行けないんだ。 シムはどうする?」
「私は、タルテの街を散策したい。 もしかしたら、対が見つかるかもしれないからね」
「では、ここで、別行動だな」
王子たちは頷き合うと、石が保管されている部屋を出た。 ヴィーたちにとっては、王子たちと別行動なのは都合が良かった。 浄化するところを見られなくて良い。 ヴィーとネロは、近衛兵の案内され、石が見つかった場所まで、馬車で移動した。 やはり、石は森深くで見つかったそうだ。 森の入り口に着くと、近衛兵を残し、ヴィーとネロは森の中に入っていった。 ヴィーは周囲を見回すと、草木に石ついて尋ねた。
草木から、モクモクと黒い煙幕が現れ、地図が描き出される。 ヴィーは地図に従って草木を掻き分け移動した。 ヴィーの後をネロがついて行った。 周囲には、魔物もおらず、難なく目的地に着いた。 目的地近くになると瘴気が漂って来た。 瘴気に、一行の顔が歪み、一点を見つめる。 草地に瘴気を出す結界石があるのが見つかった。
ヴィーが石に近づくと、黒蝶が鱗粉を振りまき、清浄した空気の層を周囲に創り出す。 石に触れると、古代語の詠唱を唱える。 ネロは黙って、ヴィーの様子を眺めていた。
しかし、濃紺の瞳は、心配そうにヴィーを見つめていた。 眉間に皺を寄せると、汗が噴き出す。 結果は上手く行かなかった。 この間は、今よりも大きな石を浄化出来たというのに、今回は石ころくらいの大きさでも浄化出来なかった。 暫く頑張ったが、無理だった。
「どうしてっ?」
「ファラ、今日はここまでにしよう。 大分、魔力を消費しただろう。 石は近衛兵に結界を張ってもらって持ち帰ろう」
「はいっ」
ヴィーは、納得できなかったが、あまり遅いと近衛兵に変に思われる為、ネロの言う通りにした。 しかし、翌日も試してみたが、結果は同じだった。 釈然としないまま、ヴィーとネロは、タルテを後にする事にした。 タティアナは最後の夜も夜這いに来たが、ネロがヴィーの部屋に居る為、成功しなかった。 ヴィーは、最後までタティアナと一言も話さずじまいだった。 アースィムは、タルテでの用事が済んだら、次はバルディーアに来るという。 今度は、王命で学園に留学するらしい。
――タルテから戻ると、ネロは直ぐに王の元へと急いだ。
今回のタルテでの事を報告する為だ。 翌日の朝には、ネロが任せている領地、ロマーリアに赴く。 王はネロの報告にまた難しい顔をしていた。
「そうか、力が上手くコントロール出来ていないのかもしれないな」
「はい、私もそう思います」
「今後もヴィオレッタ嬢の事は、注意してみてやれ」
「はい」
「それと、タルテではやらからしたみたいだな。 タティアナ王女から嘆きの陳情書が送られて来たぞ」
ネロは『うっ』と言葉に詰まり、こめかみからは冷や汗が流れた。
「まぁいい。 どうせお前の事だから、王女の事は相手にしないだろうと思っていた。 王女も礼儀を欠いていたと聞いているしな。 もう、下がって良い」
「はい」
ネロは小さく息を吐くと、王の執務室を後にした。
――ヴィーは、ネロの離宮にある自身の部屋にいた。
明日は、また王宮にある転送魔法陣でネロの領地まで移動する事になっていた。
居間でタルテでの事を考え込んでいたヴィーは、ネロが部屋に入ってい来た事に気づかなかった。 居間のソファーで座っていたヴィーに、ネロが背後から抱きしめてきた。
ネロの気配に気づかなかったヴィーは、飛び上がって驚いた。 戻って来たネロは、執務の為に離宮には戻らずに仕事をしているものと思っていた。 耳元で優しくネロが囁く。
「どうしたの? 元気ないね。 もしかして、タルテでの事気にしてる?」
「いえ、あ、そうです」
背中にネロの温もりが伝わり、落ち着かなくなる。 ネロの方を見ると、美しい顔がとても近くにあった。
「あの、ネロ様っ」
「大丈夫、少し力が不安定になっているだけだよ。 練習を続けて行けば、力をコントロール出来るようになるよ」
「精進します」
「明日は、私が領地するロマーリアだ。 また、空き時間があるようなら観光しよう」
「はい!」
ネロの優しい笑みに、ヴィーも微笑む。 ヴィーの笑みに、ネロの濃紺の瞳が見開かれ、息を呑む音が鳴る。 不意にネロの顔が近づき、瞳に熱が滲む。 ヴィーの唇に、そっと口づけが落ちてきた。 一瞬の事で何が起こったのか分からず、ヴィーはカチコチに固まった。
「じゃ、私は執務が残っているから王宮に戻るね。 今日は疲れてるだろうから、早めに寝るんだよ」
ネロは何事も無かったかのように部屋を出て行った。
(えっ! 何がを起こったの? 今、ネロ様にキスされた?! 何で、今のタイミングでキスなの?!)
ヴィーが眠っている間に何回か、キスされているが、ヴィーは気づいていない。 初めてだと思っているキスに、ヴィーはアワアワと悶えた。 何故キスをされたのか、分からずにヴィーは悶々とした夜を過ごした。
――ヴィーたちがバルディーアに帰った頃、フォルナ―ラは。
魔物が蔓延る洞窟内をなんとか潜り抜け、洞窟の最奥に辿り着き、瘴気を出す結界石の浄化に成功していた。 服も髪もボロボロになりながら、フォルナ―ラは1人、洞窟で高笑いをしていた。 テンションが上がり過ぎて嬉しさを爆発させていた。 フォルナ―ラは瘴気を出す結界石に触れると、詠唱もなく結界石が浄化したのだ。
「やっぱり、ヒロインだからよね! 結界石の浄化って簡単じゃん」
結界石の出す瘴気がフォルナ―ラの身体に吸い込まれていった。 吸い込まれた瘴気は、ファルナーラの魂の奥にあるアメリアの魂の欠片に吸い込まれていった。 利き腕の掌に痛みが生じ、見てみると痣の様な物が浮き出ていた。 痣を見るとフォルナ―ラは歓喜の声を上げた。
「これって、『神の愛し子』の痣じゃない?! やったわ! これでネロを手に入れれるわ」
『神の愛し子』は、瘴気を払う力を持っているという。 愛し子は男女の契りを結ぶと力を失うと言われている。 なので、愛し子は創造主の花嫁と言い伝えられている。
花嫁を何者にも侵されてはいけないとし、大昔から神の捧げものとして扱われ、神殿で生涯を過ごし、神に身を捧げるのだ。 その事を知らないフォルナ―ラは、これで王妃になれると、洞窟で己の勝利を確信していた。
「早速、王都に戻って王宮に進言しなきゃ」
――ロマーリアに赴く朝、又もや父親が見送りに来ていた。
目の前には、恐ろしい顔をした父、ヴィーの周囲には、心配気なチビ煙幕の父が纏わりついていた。 タルテへ行く前の再現のようだった。 そして、またネロの黒い煙幕にちちのチビ煙幕が引きがされた。 ちちのチビ煙幕は驚愕の表情をしながら、霧散して行った。
(お父様には申し訳ないけど、そっとしておこう)
ネロと馬車に乗り込むと、ゆっくりと動き出した。 馬車が転送魔法陣の台の上に乗ると、転送魔法が発動される。 もう、何回も体験すると慣れて来るもので、瞬きの間で景色が変わるのも珍しくもなくなった。 ロマーリアの領主館に直ぐに着いた。
ロマーリアの街は、活気があり賑やかな街だった。 特産は、農耕など乳製品で、王都に近いので、色々な品物も各地から入って来ており、貿易も盛んに行っている様だ。
市場を抜けて、高級住宅街、貴族や大商人などが住まう場所の一角に、大きな屋敷があった。 アルシツィオ領の王妃の実家と同じく、門から屋敷までの道のりが大分あった。
何度味わっても慣れない、大勢の使用人のお出迎え。 朝に出発して、転送魔法で移動して来たので、朝 早くに着いてしまった。 ネロの代わり常駐してくれている代官をネロに紹介され、簡単なお茶請けなどを頂いていた。 ヴィーの脳内で『代官』と言う言葉に、余計な記憶が呼び覚まされる。 爽やかな笑顔で挨拶をかわす代官に、ヴィーも卒なく挨拶し、脳内で流れて来る記憶に、笑いが込み上げてくるのを耐えた。
ヴィーの脳内で流れているのは、日本の時代劇で行われる『お主も悪るよのう』やら『あっれ~~』などである。 変な顔をしているヴィーに、周囲の人間は不思議そうに顔を傾げていた。
「ファラ どうしたの? さっきから変な顔をしてるけど」
ネロが訝し気に問うてきた。 爽やか青年の見目麗しい代官も顔を傾げている。
「いえ、何でもないです!」
(変な事だけは、直ぐに思い出すんだからっ)
「じゃ、時間もあるし、直ぐに始めるけれどいいかな?」
「はい、私はいつでも大丈夫です」
早速、、新たに結界石を設置する為、大聖堂に行きたいと、ネロは言い出した。 こちらの大聖堂は領主館の敷地にあるという。 徒歩で代官に案内されるまま、大聖堂までいどうした。 領主館は、どんだけ広いんだというくらい広大だった。
大聖堂に着くとお祈りもそこそこに、早速、結界石の場所まで移動する。 やはり、結界石は瘴気を出す石に変わる一歩手前だった。 淡い紫の結界石から、モクモクと黒い煙幕が立ち込める。 制作者のチビ煙幕が現れると、ヴィーを見つめた。 そして、すうっと目の前まで漂うと、ヴィーと視線を合わせる。 チビ煙幕の口が動いた。
今度ははっきりと分かった。 『カーナへ』だった。 カーナは、一番端に位置していて、五つの領がある。 海の魔物の襲撃に遭えば、一番最初に襲われる島だった。 制作者のチビ煙幕はそれだけ言うと、霧散して消えた。 ヴィーの様子を見て、察したネロが周囲に気づかれない様に、小声で話しかける。
「ファラ 何が視えた?」
「ネロ様、『カーナへ』としか分かりませんでした」
「カーナか、一番端の島だね。 何かあるのか? 調べてみるよ」
「お願いします」
ネロが頷くと、周囲に聞こえる様に、ヴィーに声を掛けた。
「じゃ、そろそろ始めようか」
「はい、ネロ様」
ヴィーとネロがいつもの様に、結界石を創り出す。 ロマーリアで巡業している間に、王城では大騒ぎになっていた。 フォルナ―ラが自分こそは『神の愛し子』だと名乗り出たからだ。 ヴィーとネロがその事を知るのは、翌日の朝になってからだった。
「久しいな、ネロ、リア。 婚約者殿には初めてお目にかかる。 ネロのご婚約者殿、お名前をお聞きしても?」
「私から紹介するよ。 婚約者のヴィオレッタだ。 バルディーアのビオネータ侯爵、ドナーティ家の長女で、黒蝶博士の愛孫だよ。 ファラ こいつは、アビアンのアースィム王子だ。 私の昔馴染みなんだ」
ネロの話し方からとても親しそうだった。 ネロの紹介を受けて、ヴィーは淑女の礼をした。
「アースィム殿下、お初にお目にかかります。 ご紹介にあずかりましたヴィオレッタにございます。 お見知りおきを。 バルディーア以外の石を開花させた方にお会いしたいと思っておりました。 世界を回られているとお聞きしました。 色々とお話を聞ければ嬉しいですわ」
「アビアンのアースィムだ。 シムと呼んでくれ。 そうか、ヴィオレッタ嬢は黒蝶博士の孫なのか。 博士には私も世話になった」
「おじい様とっ?!」
祖父の意外にも顔の広さに、ヴィーは驚愕した。
(おじい様っ、いつの間に? そんな話、聞いた事ありませんけどっ。 何も変な事言ってませんよね?! おじい様っ)
ヴィーのあわあわした様子に、王子たちはクスリと笑いを零した。 アースィムの琥珀の瞳が意地悪な光を宿した。
「そう慌てる事はない。 本当に良くして貰ったんだ。 黒蝶姫が気にするような事はなかったよ」
アースィムは『黒蝶姫』を殊更に強調した。 ヴィーの紫の瞳が揺れ、顔が羞恥に歪む。
(ぎゃあああっ! おじい様っ! ネロ様に続き、他国の王族までに何て事をっ!)
「その呼び方は止めて下さいませ。 もう、祖父は亡くなっておりますし。 普通に名前で御呼び下さいませ!!」
ヴィーは、祖父の所業に真っ赤になって狼狽えた。
保管されている瘴気を出す結界石の確認は、翌日に持ち越された。 結局、どのようにして移動されたのか、この日は分からずじまいで終わった。
――翌日、アースィムを伴い、サカリアスと共に、大聖堂に再び訪れていた。
大聖堂の奥にある瘴気を出す結界石を保管した部屋で、全員が息を呑んだ。 壁際には棚が並べられ、棚には大小様々な結界石が置かれていた。 透明な四角の結界の中に、瘴気を出す結界石が納められていた。 吐き出された瘴気は、結界の中で怪しく蠢いていた。
「凄いね。 この結界ってタルテ独特の物?」
ネロの疑問にサカリアスが答えた。
「いや、簡単な結界だから、結界を張る事が出来る者だったら誰でも出来ると思うよ」
「そう、クリスを連れてきていれば良かったな。 私では結界を張れないから」
アースィムもネロの意見に賛同した。
「私も誰か連れてくればよかった。 タルテにはお忍びできたからね」
「帰りに結界の張り方を教えようか? 書面で渡すよ。 漏洩とか気にしなくていいよ。 タルテは、結界石を作り出せる者が居ない。 バルディーアには、今後も依存しなくてはいけないからね」
「すまん、助かるよ」
王子たちが話している間、ヴィーは瘴気を出す結界石をじっと視ていた。 モクモクと黒い煙幕が立ち込めるが、結界石の制作者の姿を描き出さず、瘴気をはらんだ靄が漂っているだけだった。 ヴィーはどうにか、1つだけでも手に入れられないだろうかと考えていた。 ネロからは内緒にするように言われている為、欲しいとは言えないし、瘴気を出す結界石が欲しいなんて、不審過ぎる。 ヴィーは、1つ思いついた。
「あの、この石が見つかった場所へ行ってみたいんですが」
サカリアスに申し出ると、快く快諾してくれた。
「いいけれど、魔物とかも居るから安全ではないよ」
「私が一緒にいるから大丈夫だ」
「そうか、なら石を見つけた者に案内させよう。 私は執務があって行けないんだ。 シムはどうする?」
「私は、タルテの街を散策したい。 もしかしたら、対が見つかるかもしれないからね」
「では、ここで、別行動だな」
王子たちは頷き合うと、石が保管されている部屋を出た。 ヴィーたちにとっては、王子たちと別行動なのは都合が良かった。 浄化するところを見られなくて良い。 ヴィーとネロは、近衛兵の案内され、石が見つかった場所まで、馬車で移動した。 やはり、石は森深くで見つかったそうだ。 森の入り口に着くと、近衛兵を残し、ヴィーとネロは森の中に入っていった。 ヴィーは周囲を見回すと、草木に石ついて尋ねた。
草木から、モクモクと黒い煙幕が現れ、地図が描き出される。 ヴィーは地図に従って草木を掻き分け移動した。 ヴィーの後をネロがついて行った。 周囲には、魔物もおらず、難なく目的地に着いた。 目的地近くになると瘴気が漂って来た。 瘴気に、一行の顔が歪み、一点を見つめる。 草地に瘴気を出す結界石があるのが見つかった。
ヴィーが石に近づくと、黒蝶が鱗粉を振りまき、清浄した空気の層を周囲に創り出す。 石に触れると、古代語の詠唱を唱える。 ネロは黙って、ヴィーの様子を眺めていた。
しかし、濃紺の瞳は、心配そうにヴィーを見つめていた。 眉間に皺を寄せると、汗が噴き出す。 結果は上手く行かなかった。 この間は、今よりも大きな石を浄化出来たというのに、今回は石ころくらいの大きさでも浄化出来なかった。 暫く頑張ったが、無理だった。
「どうしてっ?」
「ファラ、今日はここまでにしよう。 大分、魔力を消費しただろう。 石は近衛兵に結界を張ってもらって持ち帰ろう」
「はいっ」
ヴィーは、納得できなかったが、あまり遅いと近衛兵に変に思われる為、ネロの言う通りにした。 しかし、翌日も試してみたが、結果は同じだった。 釈然としないまま、ヴィーとネロは、タルテを後にする事にした。 タティアナは最後の夜も夜這いに来たが、ネロがヴィーの部屋に居る為、成功しなかった。 ヴィーは、最後までタティアナと一言も話さずじまいだった。 アースィムは、タルテでの用事が済んだら、次はバルディーアに来るという。 今度は、王命で学園に留学するらしい。
――タルテから戻ると、ネロは直ぐに王の元へと急いだ。
今回のタルテでの事を報告する為だ。 翌日の朝には、ネロが任せている領地、ロマーリアに赴く。 王はネロの報告にまた難しい顔をしていた。
「そうか、力が上手くコントロール出来ていないのかもしれないな」
「はい、私もそう思います」
「今後もヴィオレッタ嬢の事は、注意してみてやれ」
「はい」
「それと、タルテではやらからしたみたいだな。 タティアナ王女から嘆きの陳情書が送られて来たぞ」
ネロは『うっ』と言葉に詰まり、こめかみからは冷や汗が流れた。
「まぁいい。 どうせお前の事だから、王女の事は相手にしないだろうと思っていた。 王女も礼儀を欠いていたと聞いているしな。 もう、下がって良い」
「はい」
ネロは小さく息を吐くと、王の執務室を後にした。
――ヴィーは、ネロの離宮にある自身の部屋にいた。
明日は、また王宮にある転送魔法陣でネロの領地まで移動する事になっていた。
居間でタルテでの事を考え込んでいたヴィーは、ネロが部屋に入ってい来た事に気づかなかった。 居間のソファーで座っていたヴィーに、ネロが背後から抱きしめてきた。
ネロの気配に気づかなかったヴィーは、飛び上がって驚いた。 戻って来たネロは、執務の為に離宮には戻らずに仕事をしているものと思っていた。 耳元で優しくネロが囁く。
「どうしたの? 元気ないね。 もしかして、タルテでの事気にしてる?」
「いえ、あ、そうです」
背中にネロの温もりが伝わり、落ち着かなくなる。 ネロの方を見ると、美しい顔がとても近くにあった。
「あの、ネロ様っ」
「大丈夫、少し力が不安定になっているだけだよ。 練習を続けて行けば、力をコントロール出来るようになるよ」
「精進します」
「明日は、私が領地するロマーリアだ。 また、空き時間があるようなら観光しよう」
「はい!」
ネロの優しい笑みに、ヴィーも微笑む。 ヴィーの笑みに、ネロの濃紺の瞳が見開かれ、息を呑む音が鳴る。 不意にネロの顔が近づき、瞳に熱が滲む。 ヴィーの唇に、そっと口づけが落ちてきた。 一瞬の事で何が起こったのか分からず、ヴィーはカチコチに固まった。
「じゃ、私は執務が残っているから王宮に戻るね。 今日は疲れてるだろうから、早めに寝るんだよ」
ネロは何事も無かったかのように部屋を出て行った。
(えっ! 何がを起こったの? 今、ネロ様にキスされた?! 何で、今のタイミングでキスなの?!)
ヴィーが眠っている間に何回か、キスされているが、ヴィーは気づいていない。 初めてだと思っているキスに、ヴィーはアワアワと悶えた。 何故キスをされたのか、分からずにヴィーは悶々とした夜を過ごした。
――ヴィーたちがバルディーアに帰った頃、フォルナ―ラは。
魔物が蔓延る洞窟内をなんとか潜り抜け、洞窟の最奥に辿り着き、瘴気を出す結界石の浄化に成功していた。 服も髪もボロボロになりながら、フォルナ―ラは1人、洞窟で高笑いをしていた。 テンションが上がり過ぎて嬉しさを爆発させていた。 フォルナ―ラは瘴気を出す結界石に触れると、詠唱もなく結界石が浄化したのだ。
「やっぱり、ヒロインだからよね! 結界石の浄化って簡単じゃん」
結界石の出す瘴気がフォルナ―ラの身体に吸い込まれていった。 吸い込まれた瘴気は、ファルナーラの魂の奥にあるアメリアの魂の欠片に吸い込まれていった。 利き腕の掌に痛みが生じ、見てみると痣の様な物が浮き出ていた。 痣を見るとフォルナ―ラは歓喜の声を上げた。
「これって、『神の愛し子』の痣じゃない?! やったわ! これでネロを手に入れれるわ」
『神の愛し子』は、瘴気を払う力を持っているという。 愛し子は男女の契りを結ぶと力を失うと言われている。 なので、愛し子は創造主の花嫁と言い伝えられている。
花嫁を何者にも侵されてはいけないとし、大昔から神の捧げものとして扱われ、神殿で生涯を過ごし、神に身を捧げるのだ。 その事を知らないフォルナ―ラは、これで王妃になれると、洞窟で己の勝利を確信していた。
「早速、王都に戻って王宮に進言しなきゃ」
――ロマーリアに赴く朝、又もや父親が見送りに来ていた。
目の前には、恐ろしい顔をした父、ヴィーの周囲には、心配気なチビ煙幕の父が纏わりついていた。 タルテへ行く前の再現のようだった。 そして、またネロの黒い煙幕にちちのチビ煙幕が引きがされた。 ちちのチビ煙幕は驚愕の表情をしながら、霧散して行った。
(お父様には申し訳ないけど、そっとしておこう)
ネロと馬車に乗り込むと、ゆっくりと動き出した。 馬車が転送魔法陣の台の上に乗ると、転送魔法が発動される。 もう、何回も体験すると慣れて来るもので、瞬きの間で景色が変わるのも珍しくもなくなった。 ロマーリアの領主館に直ぐに着いた。
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ヴィーの脳内で流れているのは、日本の時代劇で行われる『お主も悪るよのう』やら『あっれ~~』などである。 変な顔をしているヴィーに、周囲の人間は不思議そうに顔を傾げていた。
「ファラ どうしたの? さっきから変な顔をしてるけど」
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「いえ、何でもないです!」
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「じゃ、時間もあるし、直ぐに始めるけれどいいかな?」
「はい、私はいつでも大丈夫です」
早速、、新たに結界石を設置する為、大聖堂に行きたいと、ネロは言い出した。 こちらの大聖堂は領主館の敷地にあるという。 徒歩で代官に案内されるまま、大聖堂までいどうした。 領主館は、どんだけ広いんだというくらい広大だった。
大聖堂に着くとお祈りもそこそこに、早速、結界石の場所まで移動する。 やはり、結界石は瘴気を出す石に変わる一歩手前だった。 淡い紫の結界石から、モクモクと黒い煙幕が立ち込める。 制作者のチビ煙幕が現れると、ヴィーを見つめた。 そして、すうっと目の前まで漂うと、ヴィーと視線を合わせる。 チビ煙幕の口が動いた。
今度ははっきりと分かった。 『カーナへ』だった。 カーナは、一番端に位置していて、五つの領がある。 海の魔物の襲撃に遭えば、一番最初に襲われる島だった。 制作者のチビ煙幕はそれだけ言うと、霧散して消えた。 ヴィーの様子を見て、察したネロが周囲に気づかれない様に、小声で話しかける。
「ファラ 何が視えた?」
「ネロ様、『カーナへ』としか分かりませんでした」
「カーナか、一番端の島だね。 何かあるのか? 調べてみるよ」
「お願いします」
ネロが頷くと、周囲に聞こえる様に、ヴィーに声を掛けた。
「じゃ、そろそろ始めようか」
「はい、ネロ様」
ヴィーとネロがいつもの様に、結界石を創り出す。 ロマーリアで巡業している間に、王城では大騒ぎになっていた。 フォルナ―ラが自分こそは『神の愛し子』だと名乗り出たからだ。 ヴィーとネロがその事を知るのは、翌日の朝になってからだった。
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