10 / 50
10話 『えっ! 殿下の第二夫人候補?!』
しおりを挟む
バルディーア王国の国王バジーリオ王には、王妃と4人の側室がいる。 王妃と4人の側室には、それぞれ離宮が与えられており、バジーリオ王はその日の気分で離宮を訪れる。 後宮の離宮内で、第二夫人が眉間に皺を寄せていた。
「そう、第一王子殿下が、黒蝶博士の孫娘を婚約者候補に決めましたか」
(ルカが石を開花させれなかった時点で、ルカの王位は遠くなってしまった。 何故だ、ルカは公爵家の血も継いでいる王子だというのにっ! しかも、元侍女が生んだ第二王子が石を開花させるなんてっ! なんたる屈辱っ! 2人の王子を何としても失脚させなければ)
「石の開花の為に、保留されていたルカの婚約者を決めないと。 今夜、陛下が御出でになられたら、お話しないとね」
――離宮での暮らしはとても快適だった。
それはもう、ダメ人間になるんじゃないかというくらいに。 ヴィーは今、メイドたちから念入りにマッサージを受けていた。 メイドたちは、とても楽しそうに年頃の娘さんらしく、きゃきゃうふふと騒いでいる。
メイドたちに肌をつるピカに磨かれ、そして、大人なナイトドレスを着せられ、自室のベッドに入った。
(いや、ネロ殿下は来ませんけどね。 一度も来た事ないし、それにまだ、正式に婚約してない令嬢に、殿下が手を出すとは思えない)
とても忙しいらしく、離宮でネロと顔を合わせた事がない。 2人の王子は、結界石の訓練とマスゲームの練習の時にしか、顔を会せなかった。 食事も王城の執務室で摂っているらしく、ヴィーは離宮に来てから、ずっと1人寂しく食事をしていた。 最近ヴィーが思った事『私って、離宮に来る意味あったの?』である。
(絶対に通いでも良かったと思う!! というか、もう婚約者候補から降りたいわ!!)
――結界石の訓練の講師は、神殿の司祭だった。
目の前で司祭が流暢に古代語を操り、結界石を作り出す時の詠唱を唱えている。 司祭曰く、コツがあるとの事だが、ヴィーは舌が回らなく、相変わらず噛みまくっていた。 2人の王子は噂通り、とても優秀だった。
古代語を正確に発音し、なんなら古代語に魔力まで込めている。 そして、自身の象徴花である薔薇の形をした結界石を作り出していた。 黒と白の結界石は掌に乗るくらいの大きさだが、本番はもっと大きいサイズを、相方の魔力と呼吸を合わせ、作り出さないといけない。 ヴィーは深くて長い溜め息を吐いた。
アルバの背中から軽い音を立てて、黒い煙幕が現れる。 アルバは爽やかな笑顔を向けているが、チビ煙幕は『フフン』と得意げに喧嘩を売って来る。 今のチビ煙幕は、ヴィーが視ようと思って視たのではない。
アルバがわざとヴィーに視せているのだ。 どうやっているのか分からないが、心が読める能力に対しての対処法の1つらしいが、アルバは時々ヴィーの反応が面白いのか、こんな風に揶揄ってくる。
(むぅ~! 第二王子、子供かっ! しかし、さすが王子っ! 悔しい!)
「アルバ その辺にしておけ」
ヴィーは口を尖らせて憮然としていた。 チラリとネロを見ると、ヴィーの様子に肩を震わせて笑いを堪えている。 ヴィーから令嬢らしからぬ『ちっ』と舌打ちが鳴ると、ネロとアルバは益々、笑いを深めた。 ネロは大爆笑しているのに、ネロの本心は出て来ない。
つい何を考えているか知りたくて、ネロの本心を視ようとしてしまい、いつもネロが纏っている黒い煙幕に阻まれてしまう。 視えないから、余計に視たいと思ってしまうのだ。 ネロの能力は、幻影魔法だ。 黒い煙幕を使い、幻を見せたり、変化も出来るらしい。
『とても、尋問と諜報活動に役立っているよ』と、ネロが黒い笑顔を浮かべて宣っていた。 自身の能力を語る時のネロはとても恐ろしかった。 ヴィーと同じ種類の能力といえるが、ネロには感情を視える能力はないし、ヴィーよりも色々と出来る。
アルバは水を操り、乾いた土地からも水を湧き出せる。 開拓が進んでいない土地の開発に、幼い頃から良く駆り出されていた。 湧き出された水は、人に活力を与えるが、時には毒にもなるという。
エラの能力も水を操る。 エラの場合は、色々な病にも効く治療薬だ。 しかし、なんにでも効くわけではない。 死ぬような病気には気休めにしかならないし、内臓まで達した深い傷は治せない。
バルディーア王国の国民が皆、中途半端な能力を開花させている。 使いようによってはとても便利なので、卑屈になったり、自分は特別なのだと思ったりはしていない。 だが、家柄や容姿などを笠に着て、傍若無人に振舞う王侯貴族は少なからずいる。 我儘な令嬢が多い貴族の中で、ヴィーとエラは珍しいタイプの令嬢だ。
「〇△□っ! はぁ、やっぱり難しいですわね。 流石、殿下方は違いますね。 もう、噛まずに古代語がスラスラと詠唱出来るなんて。 わたくしも頑張らなくては、足を引っ張てしまいますわ」
エラは、ヴィーたちがふざけ合っている間も、マイペースに古代語の詠唱を続けていた。 美少女のエラが古代語が言えずに、舌を噛む様子はとても可愛らしい。 頭をよしよしと撫でたくなるくらいである。
「さぁ、殿下方、ヴィオレッタ様。 おふざけはそこまでになさって下さいませ。 本番まであまり日にちがございません。 皆さまには、他にもやらなければならない事が、山ほどございます。 次は、魔力を合わせる練習を致しましょう。 同じ魔力量を合わせて、詠唱に魔力を乗せないといけませんからね」
司祭の指示で、ネロと魔力量を合わせる。 まだ、古代語の詠唱が上手く言えないヴィーは、こちらでもとても苦労した。 ヴィーの魔力の受け皿は、人並みより小さいのだ。 高い魔力を保持する王族と、魔力量を合わせるなんて、出来るはずもない。 暫く頑張ったが、ヴィーは自分の不出来に深い溜め息を吐いた。
(不甲斐ないっ! ここまでとはっ、もっと受け皿を大きくしないといけないんじゃっ)
司祭の『本日はここまでにしましょう』の終了の合図に、ヴィーはホッとして身体の力を抜いた。 伸びをしていたアルバの声が耳に届き、ヴィーの表情から感情が抜け落ちた。
「次は、マスゲームの練習か。 場所はどこだっけ? そういえば、女性陣は今日がやっと、練習の初日なんだっけ?」
アルバの疑問にネロがすぐに答えた。
「私たちは、騎士団の闘技場だ。 ご令嬢たちは大広間だよ。 ファラたちとはここでお別れだね。 頑張ってね」
ネロはあっさりとそう言うと、ヴィーに手を振り、アルバと共に部屋を出て行った。 何故か、胸にモヤッとした感情が拡がる。 エラと大広間に向かって王城の廊下を歩きながら気のせいかと、直ぐに今から一緒に練習する令嬢たちを思い浮かべ、エラに気づかれないように小さく息を吐いた。
――豪華絢爛な大広間には、侯爵家と家格の高い伯爵家の15歳になる50人程の令嬢たちが集まっていた。
公爵家には、15歳になる令嬢がいない。 15歳になる王女2人は、決まったばかりの婚約者の領地で行われる成人の儀式に参加し、マスゲームもそちらで参加する為にここには居ない。
中々、高位貴族の令嬢となると、色んな事情や多忙により、全員のスケジュールが合わず、やっとの事で調整がつき、今日の初日を迎えた。 色とりどりのドレスを纏った令嬢たちは、これから始まるマスゲームの練習を待ちわびていた。
中には不満顔の令嬢もいたが、ここに集まった令嬢たちは、マスゲームでのポジションは、他の令嬢たちより目立つ位置に配置されている。
そして、選抜隊に選ばれると、旗持ちに選ばれた子息とのペアーダンスがある。 旗持ちの中には、当然3人の王子たちもいる。 ネロとアルバのパートナーは、ヴィーとエラが選抜隊に選ばれれば、2人がパートナーになる。 ルカのパートナーも、選抜隊の中から選ばれるだろうが、第二夫人が口を出すだろうから、難航するだろうと噂されている。
大広間の端に置かれているテーブルに座り、楽し気な様子で、優雅に紅茶を愉しんでいる令嬢たちの背中から、軽い音を立てて黒い煙幕が現れ、令嬢たちの隠されている本心が描き出されていく。
ヴィーは、初めての場所、初対面の人を目の前にすると、無意識化で本心が視えてしまう。 能力が開花してからの癖だ。 慣れると無意識化で視える事はなくなる。
今、澄まし顔の令嬢たちのチビ煙幕は、相手を見下すような表情で、自分以外の令嬢たちの品定めをしている。 現実では視えない火花が飛び散り、令嬢たちは何食わぬ顔で、牽制し合っていた。
(こわっ! この中に入っていくの無理っ! 絶対に無理っ!)
ヴィーとエラが大広間に入ると、直ぐに令嬢たちが気付き、獲物を狙うハンターのような眼つきをした。 本心が視えなくても分かる。 嫉妬と妬み、令嬢たちの顔には嘲笑も浮かんでいる気がする。 令嬢たちのチビ煙幕も同じ表情でヴィーとエラを眺めていた。 ヴィーは顔を青ざめて令嬢たちを見つめ返した。
和やかに談笑していた令嬢の集団が、数十人でヴィーとエラに近づき、目の前に並んだ。 ヴィーは身体が小さく跳ねる。
(本当に怖いっ!)
一際、豪華なドレスを身に纏った令嬢が進み出て、綺麗な淑女の礼をし、優雅に笑ってみせた。
「ヴィオレッタ様、エルヴェーラ様、御機嫌よう。 お目にかかれて光栄ですわ。 わたくしは、グリア侯爵の長女、エレノア・ジュリアーノですわ。 どうぞ、お見知りおきを」
エレノアのチビ煙幕が上から下までヴィーとエラを眺めまわすと、『フン』と意地悪な笑みを浮かべた。 現実のエレノアは優雅に微笑み、口元を扇子で隠している。 エレノアのチビ煙幕のヴィーを見つめる瞳が特に鋭く光った。 ヴィーは『うわぁ』と心中で呟くと眉を歪めた。
(なんか、エレノア様のチビ煙幕、私に当たりがきついような気がするけどっ)
ヴィーの隣で優雅にお辞儀してエラが自己紹介をしている。 マイペースなエラは物怖じしていない。 ヴィーもなんとか愛想笑いを浮かべて、自己紹介した。 胸に嫌な予感が過ぎったが、主だった令嬢たちの挨拶も済み、令嬢たちの熱い視線が注がれる中、大広間の端に並んでいるテーブルに着いた。
「ヴィー様、エレノア様は、マッティア殿下の第二夫人候補のお1人ですわ」
エラがヴィーの向かいに座り教えてくれた。
「えっ! 殿下の第二夫人候補?! 正妃候補もいらっしゃらないのに?!」
「嫌ですわ。 ヴィー様が正妃候補ではありませんか」
エラが『何を今更』とコロコロと鈴が鳴る様な声で笑った。 ヴィーは脳天をぶたれた気分になった。
(正妃候補っ! そうか、だからエレノア様、ピリピリしてたんだわ。 気づかなかったけど、エレノア様にしたら、正妃と側室の戦いが勃発してたのねっ)
エレノアと令嬢たちが固まっている窓際の席を覗き見ると、まだ令嬢たちのチビ煙幕はこちらを見ていて、瞳が鋭く光っている。 エレノア様と令嬢たちは窓際のテーブルで、再び優雅にお茶を始めていた。
ヴィーはエレノアを見つめると『第二夫人候補か』と自然と小さく呟いた。 自然に零れた呟きは、胸の奥に落ち、胸にざわりと嫌な感情が膨らみ始める。 膨らみ始めた感情を大きくしないようにと、無意識にブレーキがかかる。 今日こそは、ネロが離宮に帰って来ないかなと、思った事も心の奥に仕舞い込んだ。
「そう、第一王子殿下が、黒蝶博士の孫娘を婚約者候補に決めましたか」
(ルカが石を開花させれなかった時点で、ルカの王位は遠くなってしまった。 何故だ、ルカは公爵家の血も継いでいる王子だというのにっ! しかも、元侍女が生んだ第二王子が石を開花させるなんてっ! なんたる屈辱っ! 2人の王子を何としても失脚させなければ)
「石の開花の為に、保留されていたルカの婚約者を決めないと。 今夜、陛下が御出でになられたら、お話しないとね」
――離宮での暮らしはとても快適だった。
それはもう、ダメ人間になるんじゃないかというくらいに。 ヴィーは今、メイドたちから念入りにマッサージを受けていた。 メイドたちは、とても楽しそうに年頃の娘さんらしく、きゃきゃうふふと騒いでいる。
メイドたちに肌をつるピカに磨かれ、そして、大人なナイトドレスを着せられ、自室のベッドに入った。
(いや、ネロ殿下は来ませんけどね。 一度も来た事ないし、それにまだ、正式に婚約してない令嬢に、殿下が手を出すとは思えない)
とても忙しいらしく、離宮でネロと顔を合わせた事がない。 2人の王子は、結界石の訓練とマスゲームの練習の時にしか、顔を会せなかった。 食事も王城の執務室で摂っているらしく、ヴィーは離宮に来てから、ずっと1人寂しく食事をしていた。 最近ヴィーが思った事『私って、離宮に来る意味あったの?』である。
(絶対に通いでも良かったと思う!! というか、もう婚約者候補から降りたいわ!!)
――結界石の訓練の講師は、神殿の司祭だった。
目の前で司祭が流暢に古代語を操り、結界石を作り出す時の詠唱を唱えている。 司祭曰く、コツがあるとの事だが、ヴィーは舌が回らなく、相変わらず噛みまくっていた。 2人の王子は噂通り、とても優秀だった。
古代語を正確に発音し、なんなら古代語に魔力まで込めている。 そして、自身の象徴花である薔薇の形をした結界石を作り出していた。 黒と白の結界石は掌に乗るくらいの大きさだが、本番はもっと大きいサイズを、相方の魔力と呼吸を合わせ、作り出さないといけない。 ヴィーは深くて長い溜め息を吐いた。
アルバの背中から軽い音を立てて、黒い煙幕が現れる。 アルバは爽やかな笑顔を向けているが、チビ煙幕は『フフン』と得意げに喧嘩を売って来る。 今のチビ煙幕は、ヴィーが視ようと思って視たのではない。
アルバがわざとヴィーに視せているのだ。 どうやっているのか分からないが、心が読める能力に対しての対処法の1つらしいが、アルバは時々ヴィーの反応が面白いのか、こんな風に揶揄ってくる。
(むぅ~! 第二王子、子供かっ! しかし、さすが王子っ! 悔しい!)
「アルバ その辺にしておけ」
ヴィーは口を尖らせて憮然としていた。 チラリとネロを見ると、ヴィーの様子に肩を震わせて笑いを堪えている。 ヴィーから令嬢らしからぬ『ちっ』と舌打ちが鳴ると、ネロとアルバは益々、笑いを深めた。 ネロは大爆笑しているのに、ネロの本心は出て来ない。
つい何を考えているか知りたくて、ネロの本心を視ようとしてしまい、いつもネロが纏っている黒い煙幕に阻まれてしまう。 視えないから、余計に視たいと思ってしまうのだ。 ネロの能力は、幻影魔法だ。 黒い煙幕を使い、幻を見せたり、変化も出来るらしい。
『とても、尋問と諜報活動に役立っているよ』と、ネロが黒い笑顔を浮かべて宣っていた。 自身の能力を語る時のネロはとても恐ろしかった。 ヴィーと同じ種類の能力といえるが、ネロには感情を視える能力はないし、ヴィーよりも色々と出来る。
アルバは水を操り、乾いた土地からも水を湧き出せる。 開拓が進んでいない土地の開発に、幼い頃から良く駆り出されていた。 湧き出された水は、人に活力を与えるが、時には毒にもなるという。
エラの能力も水を操る。 エラの場合は、色々な病にも効く治療薬だ。 しかし、なんにでも効くわけではない。 死ぬような病気には気休めにしかならないし、内臓まで達した深い傷は治せない。
バルディーア王国の国民が皆、中途半端な能力を開花させている。 使いようによってはとても便利なので、卑屈になったり、自分は特別なのだと思ったりはしていない。 だが、家柄や容姿などを笠に着て、傍若無人に振舞う王侯貴族は少なからずいる。 我儘な令嬢が多い貴族の中で、ヴィーとエラは珍しいタイプの令嬢だ。
「〇△□っ! はぁ、やっぱり難しいですわね。 流石、殿下方は違いますね。 もう、噛まずに古代語がスラスラと詠唱出来るなんて。 わたくしも頑張らなくては、足を引っ張てしまいますわ」
エラは、ヴィーたちがふざけ合っている間も、マイペースに古代語の詠唱を続けていた。 美少女のエラが古代語が言えずに、舌を噛む様子はとても可愛らしい。 頭をよしよしと撫でたくなるくらいである。
「さぁ、殿下方、ヴィオレッタ様。 おふざけはそこまでになさって下さいませ。 本番まであまり日にちがございません。 皆さまには、他にもやらなければならない事が、山ほどございます。 次は、魔力を合わせる練習を致しましょう。 同じ魔力量を合わせて、詠唱に魔力を乗せないといけませんからね」
司祭の指示で、ネロと魔力量を合わせる。 まだ、古代語の詠唱が上手く言えないヴィーは、こちらでもとても苦労した。 ヴィーの魔力の受け皿は、人並みより小さいのだ。 高い魔力を保持する王族と、魔力量を合わせるなんて、出来るはずもない。 暫く頑張ったが、ヴィーは自分の不出来に深い溜め息を吐いた。
(不甲斐ないっ! ここまでとはっ、もっと受け皿を大きくしないといけないんじゃっ)
司祭の『本日はここまでにしましょう』の終了の合図に、ヴィーはホッとして身体の力を抜いた。 伸びをしていたアルバの声が耳に届き、ヴィーの表情から感情が抜け落ちた。
「次は、マスゲームの練習か。 場所はどこだっけ? そういえば、女性陣は今日がやっと、練習の初日なんだっけ?」
アルバの疑問にネロがすぐに答えた。
「私たちは、騎士団の闘技場だ。 ご令嬢たちは大広間だよ。 ファラたちとはここでお別れだね。 頑張ってね」
ネロはあっさりとそう言うと、ヴィーに手を振り、アルバと共に部屋を出て行った。 何故か、胸にモヤッとした感情が拡がる。 エラと大広間に向かって王城の廊下を歩きながら気のせいかと、直ぐに今から一緒に練習する令嬢たちを思い浮かべ、エラに気づかれないように小さく息を吐いた。
――豪華絢爛な大広間には、侯爵家と家格の高い伯爵家の15歳になる50人程の令嬢たちが集まっていた。
公爵家には、15歳になる令嬢がいない。 15歳になる王女2人は、決まったばかりの婚約者の領地で行われる成人の儀式に参加し、マスゲームもそちらで参加する為にここには居ない。
中々、高位貴族の令嬢となると、色んな事情や多忙により、全員のスケジュールが合わず、やっとの事で調整がつき、今日の初日を迎えた。 色とりどりのドレスを纏った令嬢たちは、これから始まるマスゲームの練習を待ちわびていた。
中には不満顔の令嬢もいたが、ここに集まった令嬢たちは、マスゲームでのポジションは、他の令嬢たちより目立つ位置に配置されている。
そして、選抜隊に選ばれると、旗持ちに選ばれた子息とのペアーダンスがある。 旗持ちの中には、当然3人の王子たちもいる。 ネロとアルバのパートナーは、ヴィーとエラが選抜隊に選ばれれば、2人がパートナーになる。 ルカのパートナーも、選抜隊の中から選ばれるだろうが、第二夫人が口を出すだろうから、難航するだろうと噂されている。
大広間の端に置かれているテーブルに座り、楽し気な様子で、優雅に紅茶を愉しんでいる令嬢たちの背中から、軽い音を立てて黒い煙幕が現れ、令嬢たちの隠されている本心が描き出されていく。
ヴィーは、初めての場所、初対面の人を目の前にすると、無意識化で本心が視えてしまう。 能力が開花してからの癖だ。 慣れると無意識化で視える事はなくなる。
今、澄まし顔の令嬢たちのチビ煙幕は、相手を見下すような表情で、自分以外の令嬢たちの品定めをしている。 現実では視えない火花が飛び散り、令嬢たちは何食わぬ顔で、牽制し合っていた。
(こわっ! この中に入っていくの無理っ! 絶対に無理っ!)
ヴィーとエラが大広間に入ると、直ぐに令嬢たちが気付き、獲物を狙うハンターのような眼つきをした。 本心が視えなくても分かる。 嫉妬と妬み、令嬢たちの顔には嘲笑も浮かんでいる気がする。 令嬢たちのチビ煙幕も同じ表情でヴィーとエラを眺めていた。 ヴィーは顔を青ざめて令嬢たちを見つめ返した。
和やかに談笑していた令嬢の集団が、数十人でヴィーとエラに近づき、目の前に並んだ。 ヴィーは身体が小さく跳ねる。
(本当に怖いっ!)
一際、豪華なドレスを身に纏った令嬢が進み出て、綺麗な淑女の礼をし、優雅に笑ってみせた。
「ヴィオレッタ様、エルヴェーラ様、御機嫌よう。 お目にかかれて光栄ですわ。 わたくしは、グリア侯爵の長女、エレノア・ジュリアーノですわ。 どうぞ、お見知りおきを」
エレノアのチビ煙幕が上から下までヴィーとエラを眺めまわすと、『フン』と意地悪な笑みを浮かべた。 現実のエレノアは優雅に微笑み、口元を扇子で隠している。 エレノアのチビ煙幕のヴィーを見つめる瞳が特に鋭く光った。 ヴィーは『うわぁ』と心中で呟くと眉を歪めた。
(なんか、エレノア様のチビ煙幕、私に当たりがきついような気がするけどっ)
ヴィーの隣で優雅にお辞儀してエラが自己紹介をしている。 マイペースなエラは物怖じしていない。 ヴィーもなんとか愛想笑いを浮かべて、自己紹介した。 胸に嫌な予感が過ぎったが、主だった令嬢たちの挨拶も済み、令嬢たちの熱い視線が注がれる中、大広間の端に並んでいるテーブルに着いた。
「ヴィー様、エレノア様は、マッティア殿下の第二夫人候補のお1人ですわ」
エラがヴィーの向かいに座り教えてくれた。
「えっ! 殿下の第二夫人候補?! 正妃候補もいらっしゃらないのに?!」
「嫌ですわ。 ヴィー様が正妃候補ではありませんか」
エラが『何を今更』とコロコロと鈴が鳴る様な声で笑った。 ヴィーは脳天をぶたれた気分になった。
(正妃候補っ! そうか、だからエレノア様、ピリピリしてたんだわ。 気づかなかったけど、エレノア様にしたら、正妃と側室の戦いが勃発してたのねっ)
エレノアと令嬢たちが固まっている窓際の席を覗き見ると、まだ令嬢たちのチビ煙幕はこちらを見ていて、瞳が鋭く光っている。 エレノア様と令嬢たちは窓際のテーブルで、再び優雅にお茶を始めていた。
ヴィーはエレノアを見つめると『第二夫人候補か』と自然と小さく呟いた。 自然に零れた呟きは、胸の奥に落ち、胸にざわりと嫌な感情が膨らみ始める。 膨らみ始めた感情を大きくしないようにと、無意識にブレーキがかかる。 今日こそは、ネロが離宮に帰って来ないかなと、思った事も心の奥に仕舞い込んだ。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる