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8話 『離宮にお引っ越し』

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 真っ白い世界の中に、岩を積み上げて作られた池がある。 ここは主が住まう世界だ。 男性とも女性とも見える超絶に美しい主が、岩を積み上げたヘリに座る。 主が水面に手を翳すと、水面に波紋が拡がり、水面に何かの映像が映し出されていく。 並々と注がれた水面に映し出されたのは、『歓喜の舞』を無事に終えた少女と少年の姿だ。

 口元から笑みが広がると、水面に向かって囁いた。 主の声は水面に映し出された少年少女には聞こえない。

 「さて、上手く出会えたね。 ここから先は、君たち次第だ。 しかし、王子の象徴花が、執着心が強い自滅型の黒薔薇とはね。 やはり、少し干渉すると変わるものなんだね。 悪い方向に行かなければいいけれど。 でも、上手く行けば、もうすぐ会えるよ。 アメリア」

 主の瞳には何処か寂し気な光が宿っていた。 水面に再び手を翳すと、波紋が拡がり、全く違う世界が映し出されていた。



――ヴィーが王城の離宮に引っ越す日は直ぐに来た。
 タウンハウスの玄関の前で、ズラリと父、母、弟のヴィオ、侍従やメイド長たちが並び、皆は、心配そうにヴィーとの別れを惜しんでいる。 ヴィーが王城の離宮でやっていけるか心配なのは分かるが、8割がたはヴィーが何か粗相をしないか心配しているのだ。

 皆の背中から出ている黒い煙幕が『ヴィーが何も粗相をしない様に』と全員のチビ煙幕が手を胸の前で組んで祈りを唱えるようなポーズをしている。 ヴィーは自分の事を何だと思っているんだと憤り、祈りのポーズから徐々に皆のチビ煙幕たちが、影絵のように色々なヴィーの失態を描き出していくのを愕然として眺めた。

 おむつ替えから始まり、初めて一人で立った日、歩いた日と、段々と成長していくヴィーの幼少時代の姿が描き出されていった。 ここでチビ煙幕の父が大号泣した。

 (お、お父様っ)

 10歳になるとヴィーの奇行が描き出されていく。 ヴィーが物や草木や、動物に話しかけている様子、黒蝶の羽根が生えると嬉しすぎて、どこからでも飛び降りたり、主さまからの探し物で、頻繁に泥だけになって帰って来ては、メイド長にこっぴどく叱られたり、ヴィーの様子が面白おかしく、チビ煙幕たちが描き出していく。

さながら、ヴィーのメモリアルロードショーだ。

 (私は、いったい何を見させられているのかしらっ)

 ヴィオのチビ煙幕を見ると、いつもハラハラさせられた事を思い出している様だ。 何故か、ヴィオは探し物をしているヴィーの後をつけてきて、危ない事をしないようにと注意してきた。 ヴィオはヴィーに巻き込まれて、転んで服を汚したり、怪我をして一緒にメイド長に叱られていた。

 (まぁ、私もヴィオの『ツンデレ』を見たいが為に、わざとやってたところもあったしね。 表面上では強がってても、チビ煙幕がビビりまくってたのは可愛かったわ)

 当たり前だが、ヴィオはもう幼い子供ではない。 身長もヴィーを追い越し、今では見上げないといけない。
ヴィオの眉間に皺を寄せた不機嫌な『ツン』の表情を眺める。 『デレ』担当のチビ煙幕は、心配そうな顔をして、何かうんうん呻っていた。

 やっとメモリアルロードショーが終わったのか、号泣していたチビ煙幕の父も含めて、全員のチビ煙幕たちが深くて長い溜め息を吐いた。

 (なっ! そんなに心配しなくても、幼い頃のような事しないわ! それに、成人式が終わったら直ぐに帰って来るんだからね!)

 つい最近、ネロに会いたくない理由で、屋敷の3階から飛び降りて脱兎の如く逃げ出した事をすっかり忘れている。 父のチビ煙幕は、ヴィーが王城に住む事が決まった時からずっと泣いていた。 今からヴィーが嫁に行くような雰囲気に、父に向かって呆れたように苦笑を零した。

 「お父様、私はまだ、お嫁には行きませんわよ。 というか一生、恋愛も結婚する気もありませんから安心して下さい」

 チビ煙幕の父は安心した様に笑ったが、直ぐにそれはそれでどうなのかと『残念な子』という目で見つめて来た。 ヴィーのこめかみにヒビが入った音が鳴る。 口元を引きつかせながら、チビ煙幕の父を睨みつけた後、にっこり黒い笑みを浮かべた。

 「では、行ってまいりますわ」

ヴィーは踵を返すと、1度も振り返らずに王城から迎えに来た馬車に乗り込み、王城へと向かった。



――王城に着いたヴィーは客室までの廊下を感嘆の表情で見上げていた。
 王城は当たり前だが見た事がない程、豪華絢爛だった。 赤い絨毯が床をうつヒールの音を掻き消していた。 天井には宗教画が描かれており、天使が舞い降りていて、何処までも続いている様に先が見えない。

 何処まで長い廊下なのだと緊張で喉を鳴らした。 両側の壁には有名画家なのだろう、様々な絵画が飾られていた。 一様に同じタッチの絵画なので、王家のお気に入りの画家だと思われる。

 左右を物珍しく見回していたので、前を歩く侍従が止まった事に気づかずに、侍従の背中に鼻を打ち付けた。 鼻に鈍い衝撃がして、つんとした痛みで涙目になり、堪らずヴィーから呻き声が出た。

 「つぅ」

 侍従が慌ててヴィーから飛び退き、ヴィーからぶつかったにも関わらず、深く頭を下げて来た。 侍従のチビ煙幕も顔を青ざめさせて震えている。

 「ドナーティ様、申し訳ございません!! お怪我はございませんか?!」
侍従のもの凄い勢いにヴィーはギョッとして後ずさった。
 「だ、大丈夫よっ。 私の方こそ前方不注意だったわ、ごめんなさい」
 「そんな滅相もございません! 私しめがっ」

 『いやいや、こちらこそ』と侍従と不毛な言い合いをしていると、直ぐ横の扉が開け放たれ、中らから人が出てきた。 出てきた人物に視線をやると、眩いくらいの光がヴィーの瞳を焼いた。 顔を出したのは第二王子であるジュリオ王子だった。 深緑のパンツに、白いシャツ、淡い緑の色のクラバットの留め具には、白薔薇がデザインされていた。

 「何を騒いでるんだ? 君はっ」

 第二王子はヴィーを見ると、目を見開いて凝視して来た。 第二王子の舐めるような視線にヴィーは怯んだ。

 「これは美しいご令嬢、貴方のお名前を聞いてもよろしいですか?」

 第二王子はにこやかな笑顔をヴィーに向けてきた。 第二王子からキラリと光が放たれ、ヴィーは眩しさに目を瞑った。 ヴィーと侍従の2人は第二王子を見ると『で、殿下』と慌てて臣下の礼を取った。

 ヴィーは淡いブルーのワンピースの裾をつまみ、優雅に淑女の礼をするとお決まりの口上を述べた。 第二王子が目配せで侍従を下がらせると、侍従は離れて行った。

 「殿下、お初にお目にかかります。 ビオネータ侯爵、ドナーティ家当主の長女で、ヴィオレッタと申します。 お会い出来て大変、光栄でございます。 本日から王宮に上がる事になりました」
 「うん、俺も会えて嬉しいよ。 会いたかったんだよねぇ。 ネロの相方」
 「恐れ多いお言葉、ありがとうございます」
 (あ、相方ってっ。 見た目通り気さくな感じ?)

 ヴィーは臣下の礼をした状態で、顔を下げたままだ。 なので、真摯に第二王子から顔を上げろと言われるのを待っていた。 まだかなと痺れを切らしそうになっていたヴィーの耳に、廊下の端から誰かが走って来る足音が聞こえた。 濃紺のパンツに、白いシャツ、ブルーのクラバットの留め具には、黒薔薇のデザインがされており、奇しくも第二王子と双子コーデのような服装だ。 そして、ネロの肩の位置に黒蝶が舞っていた。

 「ファラ! ごめん、出迎えに行こうと思ってたのにっ! 中々、執務が長引いてしまって遅くなった」

 走って来たのは第一王子のネロだ。 第二王子には失礼かと思ったが、1度顔を上げてからもう一度臣下の礼をしてお決まりの口上を述べようとして、ネロに止められた。

 「挨拶はいいよ。 取り敢えず、顔を上げて中に入って、話があるから」
 「はい」

 顔を上げると第二王子と目が合った途端、背中に黒い煙幕が拡がる。 第二王子のチビ煙幕が描き出されていく。 第二王子のチビ煙幕は何が面白いのか、肩を震わせて笑っていた。 現実の第二王子は爽やかな笑顔をヴィーに向けている。 ヴィーも顔に出さない様に、心中では第二王子を半眼で見つめた。

 きっと、ヴィーのチビ煙幕が出ていたら呆れた表情をしていただろう。 第二王子は爽やかな笑顔を浮かべているが、中々に性格が悪そうだ。

 中に入ると、豪華な応接セットの前に、1人の美少女が佇んでいた。 ヴィーに優しい微笑みを向けている。 陽射しに揺れる亜麻色の髪に、小柄で淡いピンクのレースをふんだんに使ったドレスがとても可愛らしく、とても清楚に見える。 ヴィーは思わず見惚れてしまった。 第二王子が美少女の隣に立つと改めて挨拶をした。

 「ドナーティ嬢、知ってると思うが、この国の第二王子、ジュリオだ。 そうだなぁ、ミドルネームは」
第二王子がチラリとネロを見ると悪戯な笑みを浮かべた。
 「駄目みたいだから、義理の姉弟になるかもしれないのに他人行儀は嫌なんだけど、ジュリオって呼んでくれ。 それと彼女は、私の婚約者のエルヴェーラだ。 ミオーネ伯爵の孫娘だ」
第二王子の紹介を受け、エルヴェーラが淑女の礼をして挨拶をする。
 「ご挨拶致します。 ミオーネ伯爵の孫、エルヴェーラ・フィオーレと申します。 ドナーティ様、お目にかかれて光栄です。 この度、ジュリオ殿下との婚約が調いました。 どうぞお見知りおきを。 わたくしの事はどうぞ、エラと御呼び下さいませ」
エラの挨拶が終わると次はヴィーの番だ。
 「ジュリオ殿下、エラ様、お目にかかれましたこと、大変嬉しく存じます。 ビオネータ侯爵、ドナーティ家当主の長女で、ヴィオレッタと申します。 どうぞ、お見知りおきを。 わたくしの事は、ヴィーと御呼び下さいませ」
 「挨拶はこれでいいよね。 さぁ、座って話そう」

 ネロが皆をソファーに誘うと、それぞれの位置に腰掛ける。 ヴィーとネロの向かいに、第二王子とエラが座り、ヴィーの隣で座ったネロから、今後の予定の説明がされた。 相変わらず、ネロのチビ煙幕は見えない。

 第二王子とエラのチビ煙幕が興味深そうにヴィーを覗いてくる。 そして、2人の肩には流れるような水鳥が止まっていた。 キラリと光った水鳥の瞳と目が合った気がした。

 水鳥に見透かされた様な気がして、肩が小さく跳ねた。 ヴィーは覗く気はないのだが、初めての場所、初対面の人の場合、無意識のうちに心の中を覗いてしまう癖があった。 いけないとは思っているのだが、無意識の事なので、中々治せないでいた。 そんな心ここにあらずのヴィーに、ネロの声が耳に届き、我に返った。

 「ファラ、これから王城の離宮に住んでもらう。 成人の儀式なんだけど、王家と王家に連なる公爵家、ファラとエルヴェーラ嬢で、王城にある大聖堂で祈りを捧げた後、大聖堂にある結界石と、王都の大広場にある結界石を作り直す儀式をするんだ。 王都の方は、アルバとエルヴェーラ嬢が祈りの後に大広場まで移動してから2組同時に行う。 だから、成人の儀式までに結界石を作れるようになってないと駄目なんだ。 その後にパレードで私たちの『神の力を宿した者』としてお披露目され、大広場で成人式のマスゲームが行われる。 結界石を作り出す練習と、大広場で行われるマスゲームの練習を、もう3か月弱しかないか。 この期間で私たちは完璧に習得しないといけないんだ。 で、時間もあまりないけど、明日から両方の練習が始まる」

アルバが髪を無造作に書き上げて、溜め息を吐いて不満を吐いた。 

 「面倒くさいよなぁ、マスゲームなんて」
 「わたくしは楽しみです」

 エラは胸の前で両手を合わせて、にこにこと微笑んでいる。 あまり目立ちたくないヴィーは、パレードでのお披露目に頬を引き攣らせた。

 (3か月弱っ?! 私が一番、魔力が低いのよね。 ついて行けるかなっ?! 古代語を噛まずに言えるかどうかも不安だし)

 皆にバレない様に小さいく溜め息をついたヴィーを、ネロが盗み見ている事に気づかないヴィーだった。
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