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第十六話 マリオンからの贈り物

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 曇り空が増え、空が低く感じ、吹き付ける風も冷たい。 見上げた空からは今にも雪が降ってきそうな天気だ。 アルフの一日は、午前のノルベルトの授業をこなし、午後からは厩舎の裏の広場で『祝福』のレベル上げを黙々と行い。 夕食前に今後のロイヴェリク家の事を考える。

 本日もノルベルトの授業を終え、いつもの広場へやって来た。 久しぶりに取扱説明書を取り出し、羊皮紙に現れた内容を確認した。 いつもならトゥールたちが居て気軽に見られなかったが、トゥールたちは最近、全くロイヴェリク家へ来ていなかった。 マゼルは最近、自身の父親の仕事のサポートをしている。 サポートをしていた従者がヴェルテ家の護衛に借り出されたからだ。

 (マゼルっ、ごめんねっ!)

 マゼルが忙しくなると、アンネもあまり顔を出さなくなり、アルフの周囲は一気に寂しくなった。
 
 「ねぇ、グラン。 最近、トゥールたち来ないね」
 「ああ、王家から連絡がありました。 アルトゥール殿下は試験勉強に専念する為、入試が終わるまで来られないそうです」
 「……入試?」
 「はい」
 「トゥールたちってものすごく勉強できたよね? そんなに必死にしなくてもいいのでは?」
 「はい、でも、王子ですし、ルヴィ様とレイ様も高位貴族子息ですから。 まぁ、トップ入学を期待されてますからね」
 「……っ大変だね、王子も」
 「若様もトップを取れとは言いませんけれど、いい成績を残して下さいね」
 「僕はそれなりの成績にしておくよ」
 「……余裕ありますね。 あまり成績が悪いと殿下とクラスが離れてしまいますよ」
 「だからだよ」

 (そこそこの成績なら周囲から馬鹿にもされないし、トゥールともクラスが離れられるっ。 学校でもトゥールに構われたら……もう、平和な学園生活は送れないっ)

 ノルベルトの授業を受けていたら、普通に平均点を取れる自信がアルフにはあった。 要点をしっかりと教えてくれるので、山勘も張りやすい。 完璧な作戦だと、アルフは思っていた。

 取り出した羊皮紙を広げ、中身を覗き見た。 後ろからグランも覗き込んで来るが、グランに見られても平気だ。

 「チャクラムのレベルは2か……」
 「前回よりも上がってるじゃないですか。 おめでとうございます。 それに技も増えてますね。 少し、やってみますか?」
 
 いつも感情の見えないグランの瞳に、少しだけ期待するような色が滲む。 グランもアルフの父、ウ―ヴェがチャクラムを操っている様子の映像を見た事があるらしく、生で見てみたいという欲求があるらしい。 アルフは瞳を細めてグランを振り返った。

 「僕がグランの相手になるわけないでしょ。 でも、グランが手加減してくれるなら、考える」
 「いいですよ。 私は剣しか使いません」
 「分かった。 本当に剣だけだよね」

 珍しくにっこりと笑ったグランを見て、アルフは喉を鳴らした。 グランが笑みを浮かべる時は、とても嬉しい時で、とても容赦なく攻撃してくる時でもある。

 (こわっ! あの笑顔、怖いっ!)

 アルフとグランはお互いに距離を取り、武器を構えた。 グランは宣言通り、細剣を作り出す。

 グランの祝福は『暗器』 紫に発色した魔力を武器の形に変える。 変えた武器を隠し持てるのは、7つだけだと聞いている。 なので、7本の剣を隠し持っている可能性がある。

 掌の上でチャクラムが回り出すと、アルフの準備が整う。 お互いに攻撃するタイミングを計る。
 
 チャクラムは遠くに飛ばす事が出来るが、長距離を飛ばして攻撃する武器ではない。 しかし、技の1つではある。 チャクラムは手首で操り、主に相手を切り裂く近接攻撃武器だ。 チャクラムを操るアルフの父は、まるで舞を踊っているかのようだった。 主に首ちょんぱする必殺技を持つ。

 映像の父は、面白い様に魔物の首を飛ばしていた。

 空気を回転させるような音を鳴らし、チャクラムが高速で回転する。 グランの瞳は『いつでも切りかかって来ていいですよ』と言っていた。 アルフは姿勢を低くして走り出した。

 まずはレベル1の技を放つ。 対象相手に近づき、近距離を飛ばして切りつける技だ。 下から斜め上へ飛ばし、グランの首筋を狙う。

 ぶつかり合う金属音が鳴り、チャクラムが細剣に止められた。 数手、細剣と切りつけ合う。 細剣で弾き飛ばされたチャクラムが掌の上へ戻って来る。 続けてめげずにグランの首筋を切りつけるが、全て止められた。

 少しだけ後ろへ飛び、中距離でチャクラムを飛ばす。 視界が暗くなり、気づいたら目の前でグランが細剣を振り上げていた。

 (……っ読まれてたっ)

 グランの背後からチャクラムが戻って来る音が耳に届く。 空いている掌の上へもう1つチャクラムを取り出す。 レベル2は、2つ同時にチャクラムが出せるようになると書いてあった。

 先に出したチャクラムが戻ってくる前に、グランの細剣をチャクラムで受け止める。

 チャクラムの刃と細剣がぶつかり、細かい火花を散らす。 お互いの刃が擦り切れてしまうような音を鳴らした。 背筋がむずがゆくなる様な音だ。

 小さく息を呑む音が離れた場所から聞こえ、同時に葉擦れの音が鳴った事で、アルフとグランの気が逸れてしまった。

 誰かがじっとアルフとグランの戦いを覗き見ていた様だ。 チャクラムと細剣が押し合いを続けている中、突き刺さる様な視線がアルフとグランに注がれた。

 押し合いをしていた武器をお互いに離し、武器を収めた。 仕方ないと小さく息を吐いたアルフは、隠れて見ている人物の方へ視線を送った。

 「あの、マリオン嬢?」

 マリオンはアルフと視線が合いそうになり、叢へ隠れていた。 アルフに名指しで声を掛けられ、マリオンを隠していた叢が大きく音を鳴らして動く。

 しばしの沈黙。 郷を煮やしたグランが少しだけ前へ出て、叢に声を掛ける。

 「隠れていないで、出てきたらどうですか? もう、バレているのですから」

 グランの挑発を受けて叢から出て来たマリオンは、真っ赤な顔をして真っ直ぐにアルフへ向かって来た。 直ぐにアルフとマリオンの間に身体を入れて来たグランを睨みつけ、押しのけるマリオン。

 押しのけられたグランは別段、抵抗する事なく、マリオンに苦言を呈する事もしなかった。

 目の前まで来たマリオンは、相変わらずアルフを睨みつけて来る。 何かを差し出したかと思ったら、みぞおちに強い衝撃が来た。 息が詰まり、咳き込みながらみぞおちに押し付けられた物を受け取り、くの字に身体を曲げた。

 「なっ!」
 「若様っ、大丈夫ですかっ?!」

 顔を上げた時には、走り去るマリオンの背中が遠くなっていた。 押し付けられた物を見ると、ひしゃげたお菓子の箱に、赤色の可愛らしいリボンが結ばれていた。

 (もしかしなくても……これはプレゼント?)

 「……若様も隅に置けないですね」

 ラッピングされたプレゼントを見たグランの言葉である。

 『おおぉ! そのラッピングは、人気店のクッキーだよっ! 早速食べようよ、アルフ』

 お菓子の匂いを嗅ぎつけたのか、主さまモドキが軽い音を立てて、いつもの調子で現れた。

 「……いや、これはもしかしたら……」

 アルフはものすごい形相をして、可愛らしくラッピングされたプレゼントを震える手で握りしめる。

 グランはアルフの言いたい事が分からない様で、首を傾げていた。 主さまモドキも分からない様で、『う?』と声を出した。 そして、グランよりも早く主さまモドキが気づいた。

 『そうだよ、アルフっ! もしかしたら、これは『ハニートラップ』というやつかもしれないっ』

 主さまモドキの意見に『ん?』とグランは何とも言えない表情を浮かべて2人を見つめて来たが、アルフの目の前の『ハニートラップ』に、釘付けになった。

 「……『ハニートラップ』って何? なんか、怖いよっ!」
 「……」
 『ハニートラップって言うのはね、男を騙す為の女の策略だよっ。 アルフ、騙されちゃだめだよっ。 私はいっぱい、恋愛を調べたんだ。 そういうのもあったんだよっ』

 「いや、ただのプレゼントでしょうから、美味しく頂いたらいいかと思いますが……って聞いてませんね……」
 
 グランの言葉など聞こえていないアルフは、『僕には借金があるから、騙される訳にはいかないっ』とアルフは1人、トリップしてしまった。 深く溜息を吐くグランにも気づかず、アルフはプレゼントを持っている事にも怖くなった様で、グランに押し付ける始末だ。

 「これがハニートラップか……。 ハニートラップってこわいっ」
 「……違うと思いますけれど、まぁ、中らずとも遠からずって所ですかね……」

 気が削がれてしまった2人は、レベル上げを切り上げて部屋へ戻る事にした。 主さまモドキは、クッキーを食べたいのか、グランが持っているひしゃげたプレゼントの箱を眺めていた。

 しかし、マリオンは知らない。 アルフの好物がクッキーだとメイドから聞き出し、有名な菓子店から取り寄せたのだが、アルフのおやつを大量に食べているのは、主さまモドキだという事を。

 メイドたちには主さまモドキが見えていない。 アルフが1人で大量の菓子を食べていると思っている。 メイドたちからアルフの好物はクッキーだと思われていた。

 ◇

 自室に戻ると、アルフから夕食までそばにつかなくていいと言われたグランは、アルフから押し付けられたプレゼントをどうするか悩んでいた。 1口も口をつけないのも失礼になるかと、ラッピングのリボンを解いた。

 リボンの解ける音と、包装紙の掠れる音がグランの部屋で響く。

 グランの部屋はアルフの部屋にある使用人部屋の小部屋だ。 アテシュ家に当てが割れている使用人宿舎の4階にもグランの部屋がある。 使用人部屋には、暖炉と温度調節魔法を維持できる魔道具。

 シングルベッドと小さいクローゼットが置いてあるだけだ。 休みの日は使用人宿舎の自室へ戻っている。 ベッドに腰かけ、潰れた箱から出て来たクッキーを1つ摘まんだ。

 「マリオン嬢もあんな表情で渡さなくても……普通に渡せばいいのに。 ……返すのも面倒だし、可哀そうだしな」

 グランの脳裏で、傷ついて悲し気な表情をするマリオンが浮かんできた。 摘まんだクッキーを口元へ持って行き、噛み砕こうとした。 噛み砕く前に、瞳を見開いてクッキーを口から離した。

 「……まさかっ」

 クッキーが身体の中へ入る事に違和感を覚え、グランの手が止まった。

 「……いや、もしかして媚薬の類か?」

 手に持ったクッキーと包装紙を見比べた。 有名店の包装紙だと、記憶から引っ張り出した。 眉間にしわを寄せたグランは、クッキーの箱を持って使用人部屋を出た。 出ると直ぐに水槽が目に入った。 アルフの部屋へ入って直ぐ左側に水槽がある。

 グランは手に持ったクッキーを掌で潰して、水槽の中へ入れた。 中で泳いでいた魚は、クッキーを食べると、しばらくした後、水面で浮かんで腹を上へ向けた。

 「えぇぇ、まさか、マリオン様が毒を? 嘘だろうっ」

 グランは直ぐにアルフへ報告する為、右側にあるガラスの両扉をノックした。

 一方、アルフにクッキーを渡せたマリオンは、ご機嫌で自室の部屋の扉を開けた。 令嬢らしからず、鼻歌なども飛び出している。

 クッキーを受け取ったアルフを思い出し、マリオンはこめかみを掻いた。

 「まぁ、少しだけ乱暴ではあったけど……概ね大丈夫よね。 中身は彼の好物のクッキーだし」

 うんうんと1人、納得するマリオンは知らなかった。 クッキーが好物なのは主さまモドキで、自身が渡したクッキーに毒が入っている事に。 毒入りクッキーを渡し事で、騒動になっている事にも。

 乳母が淹れてくれた紅茶を、何も知らないマリオンは楽しんでいた。

 ◇

 「えっ、このクッキーに毒が入ってるっ?!」
 「はい、若様、こちらへ」

 グランに案内されて、部屋の入り口近くに置いてある水槽に近づく。 朝は元気に泳いでいた魚が腹を上にして水面で浮かんでいた。 目の前で起こっている光景に、アルフは驚きを隠せなかった。

 口を何度も開閉し、アルフは後ろで控えるグランに問いかけるように見つめた。

 「もしかしたら、マリオン嬢が狙われたのかもしれません。 贈呈用ですし、マリオン嬢も一緒に召し上がると思っての犯行かと、誰が狙われたか分からない様にしたのではないでしょうか」
 「……な、なるほど……。 こういう場合はどうしたらいい?」

 不安そうな色を瞳に携え、アルフはグランに助けを求めた。

 「……父……ノルベルトに報告しましょう。 対処してくれるでしょう」
 「うん、僕も一緒に行くよ。 あ、アウグスト様への報告はどうする?」
 「それも併せてノルベルトに相談します。 それに、マリオン嬢は何も知らない可能性がありますし、本人が入れた可能性も捨てきれません。 毒を入れる動機が思い浮かびませんが、話を聞くにしても、慎重にしませんと」
 「うん、分かった」

 (そうだよね、まさか自身がプレゼントした物に毒が入っているなんて思わないよね、マリオン嬢自身が入れてなければの話だけど……)
 
 「この時間は、ノルベルトはコンラートの所か、ハイドラ所長の所ですかね。 水槽も見せないと……。 モナにノルベルトを連れて来てもらいましょう」
 「うん」

 主さまモドキがアルフの肩へ腰掛け、両足をぶらつかせて口を開いた。 軽く肩に主さまモドキの足の踵がぶつかる。

 『でも、どうして毒なんて……』

 主さまモドキは大好きなクッキーに毒が入っていた事に、悲しそうに眉尻を下げていた。
 
 「それは調べてみないと分からないな……あっ……」

 (そう言えば、ヴェルテ家の事でグランが何か言ってた事があった様なっ……? 何だっけ?)

 ノルベルトがモナに連れられてアルフの部屋へ来たのは、モナを使って呼び出して直ぐの事だった。
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