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第十一話 マゼルとアンネが結婚っ?!

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 辻馬車営業所のお披露目を終え、飛び入りで参加した王子を何とか追い返した。 後ろで王子を追い返すアルフの姿をアテシュ家の面々は戦々恐々と見ていた。

 数日後、アルフは辻馬車営業所の応接スペースで、所長候補の面接に参加していた。 いつの間にかソファが置いてある壁に大きな絵画が飾られていた。 隣にテラス席もあるが、もうそろそろ風が冷たくなる季節なので、部屋の中の方がいいだろうという事で、応接スペースで面接する事になった。

 アルフは3人掛けのソファの真ん中に座り、左にマクシミリアン、右にノルベルトが座っている。

 グランはソファの右横で立っている。 目の前に1人掛けの籐製の椅子に腰かけた面接者は、緊張な面持ちで背筋を伸ばして座っていた。 14歳のアルフがソファの真ん中で陣取っている事に、何の疑問も持っていないと、表情で訴えている。

 メイドのモナが人数分の紅茶を持って静かにテーブルの上へ置いていく。 モナと視線が合い、お互いに微笑み合う。 アルフの表情には逃げ出したいという感情がありありと出ていた。

 ノルベルトの咳払いで窘められ、アルフは表情を引き締めた。

 ノルベルトによると、事業に興味を持っている貴族子息たちが自身で立ち上げた事業の面接に立ち会うのは、当たり前に行われているらしい。 孤児院で育ったアルフには、自身が行き成り偉そうな立場になって戸惑うばかりだ。

 「では、面接を始めます」

 ノルベルトが口火切、面接が始まった。 最初に面接したのは平民で、マクシミリアンの知り合いだった。 ただ、所長は無理なので御者として雇ってほしいという事だった。 御者も足りていないので、御者歴や今までの職種を聞いた後、後日、連絡をするとして帰ってもらった。

 次の面接者は2人だった。 彼らは佇まいから違った。 立ち姿から御者をするような人間ではなく、騎士然としていた。 隣でノルベルトが大きく溜息をついたのが伝わってきた。

 (まさかだけど……トゥールの差し金じゃないよね?……)

 「えと……ノルベルト……」

 2人も最初からバレるのが分かっていた様で、何とも気まずい表情をしていた。

 「……2人とも御者になりたいの?」
 「「いえ、任務ですから」」
 「不採用だよっ」
 「それは困りました。 では、殿下に落ちたと言っておきます」
 「……っよろしくお願いします」

 2人は困ったと言っていたが、ほっとしたような表情をしていた。 きっと、トゥールに問答無用で来させられたんだろう。 トゥールの横やりが入ったが、再び面接を再開した。

 (トゥールは何がしたいんだ?)

 次はマゼルだった。

 (2人して何してるんだよっ。 面接を受け付けた人、何考えているのっ?!)

 マゼルは目の前の籐製の椅子に小さくなって座っていた。 顔は真っ赤で首元まで染まっていた。

 「……もしかして、マゼル、トゥール殿下に何か言われた?」
 「いいえ、違います。 僕が自分で来たんです」

 少しだけ、思いつめた様な表情をしたマゼルは膝の上で拳を握りしめていた。

 「マゼル、君はまだ成人していないし、来年は魔法学校へ行くだろう? 君を御者として雇う事は出来ないよ。 何があったか後で話を聞くから、奥の休憩室で待っていてくれない? グラン、先に少しだけ話を聞いてあげてくれない」
 「承知いたしました。 マゼル様、こちらです」

 無言で頷いたマゼルはグランに連れられて、受付の奥の休憩所へ入って行った。 後ろ髪が引かれるが、アルフは面接を開始した。

 面接者は平民か、元貴族、貴族を離れる予定の三男や次女などだ。 貴族は王家と繋がりがあるロイヴェリク家と仲良くしたい者たちが多かった。

 (こんなに面接者がいるとはっ……話疲れに、気疲れ、笑顔を張り付けているから、頬が痛いっ。 しかし、貴族籍を離れる人って結構いるんだなっ)

 マゼルの思いつめた様子を思い出し、目を見開いた。

 (……もしかして、マゼルのお父さん……)

 朝の9時から始まって、今は昼過ぎだ。 もう、いい加減にお開きにしたいとアルフは内心で嘆いていた。 本日の面接をすべて終え、選定は明日にしてもらった。

 2人もマゼルの様子を見ているので、快く午後過ぎからは休みにしてもらい、マゼルの元へ向かった。 休憩所へ行くついでに、モナに3人分の昼食を頼んだ。

 受付のカウンターの奥の扉から事務所へ入り、右奥にある休憩所へ向かう。 休憩所には扉は作られておらず、アーチ型に切り抜いた入り口の先が休憩所だ。 マゼルとグランの話し声が聞こえる。

 「マゼル様のお父上が貴族籍を出されるのは分かっていた事でしょう?」
 「……僕も覚悟はしていましたし、僕が出来る準備はしてきました……でも、僕はアンネ嬢と出会いました。 平民と子爵家では結婚は無理です」
 「アンネ嬢ですか……アンネ嬢の家は大丈夫かもしれませんけど……。 ギファイ伯爵が可愛いい孫の平民と結婚なんて、絶対に許しませんね」
 「……っ僕はどうすればっ……」

 (えっ?! マゼルとアンネが結婚っ?! いつのまにそんな仲にっ?!)

 マゼルとアンネが出会って半年も過ぎている。 マゼルは一目ぼれだったが、まだアンネは満更でもない感じだった。 2人の恋が急激に発展した訳ではない。 半年の間、会う回数が多くなった2人の心の距離が少しづつ近づいた結果だ。 恋愛に疎いアルフが全く気付かなかっただけである。

 『アルフ、全く気付いてなかったの? 私は知っていたよ』

 いつの間にか出てきていた主様モドキにしわがれた声で得意気に言われ、『検索魔法』の主様モドキが知っていて、アルフ自身が気づいていないってどういう事だと、内心で突っ込みをいれらずにはおれない。

 (スキルに負けているって、どういう事なんだろうかっ)

 休憩所は簡易キッチンがあり、冷蔵木箱や魔道コンロも小さいが設置されている。 窓際に置いてあるテーブルに、グランとマゼルは向かい合わせになって座っていた。

 「……マゼル」
 「アルフ……父上、いや、父さんが貴族籍を外される事が決まりました。 シファー家は当主が代替わりするんです」
 「……」

 (こんな時、僕は何て言ってあげたらいいのか分からない。 恋愛にも、貴族の事にも疎い僕は、何て言ってあげれば、マゼルの心を軽くできるんだろう……)

 辻馬車営業所の扉が大きな音で開けられ、続いて大きな足音が鳴らされた。

 大きな足音は真っ直ぐに休憩所へ向かって来ている。 アルフとマゼル、グランは何事だと、今まで部屋中に暗雲が立ち込めていたのに、突然の物音で霧散した。

 「マゼル!! やっぱりここに居ましたわねっ!」
 「アンネ……」
 「うわぁ、アンネっ」
 「……っどうして、ここに……」

 マゼルが身体を引き気味にしてテーブルから立ち上がり、顔色は青ざめている。 マゼルに詰め寄ったアンネは眉間にしわを寄せて叫んだ。

 「お義父上が貴族籍を離れる話を聞いて、マゼルの本家へ行って来たのですわ。 私たちが結婚するには貴族籍は必須ですもの。 私の両親が何を言っても、おじい様は聞いてはくださらないわ。 だから、マゼルの本家にマゼルとの婚約を申し込んで参りました」
 「えぇぇぇ?!」
 「「……」」
 『すっごい行動力……』
 
 結果がどうなったのか気になり、マゼルよりも先にアルフが聞きそうになり、主様モドキに口を塞がれた。

 『恋路を邪魔するものは、馬にけられて死ねですよ』
 「……っ」

 マゼルが恐る恐る口に出す。

 「そ、それで、本家は何て言ってましたか?」
 「伯父様は快くマゼルの貴族籍を外す事は取り消して下さいましたわ。 私とマゼルが魔法学校を卒業したら、予定通りにマゼルはデブリッツ家に婿へ来るのよ。 ただし、お義父上の貴族籍から外れるのは決定事項だそうです。 マゼルが婿に来た後ですけれど」
 「えっ」
 「だから、私とマゼルがお義父上たちの後ろ盾になればいいと思いますわ」
 
 にっこりと笑ったアンネはマゼルの手を握りしめた。

 「その報告をする為に貴方の家へ行ったのに、飛び出して行ったきり戻って来ないって言われますし……。 きっとアルフの所だろうと思って、こちらに参りましたのっ」
 「……っごめんなさい。 でも、僕たち結婚、出来るんですね」
 「ええ、どちらにしてもシファー家は今の屋敷を出て行かないと駄目でしょうけど、まだ先ですし、お義父上が何とかなさいますわ」
 「はい、そうですね」

 誰もが『アンネ、男前』と思った事だろう。

 「でも、新しい当主様は大丈夫なのかしら?」
 「え、それはどういう意味?」
 「あの方、マゼルがアルフと友達なのを存じ上げてなかったわよ。 情報収集が甘いですわね」
 「……伯父は本家以外の人間に興味がないですから」

 マゼルとアンネは、アルフとグランの事は忘れたしまったように、2人の世界に入っていった。

 (これはっ、僕たちは全くの蚊帳の外状態だね……)

 「まぁ、恋愛に関しては無関係の者は大方、そのような扱いになります」

 グランにまで、恋愛とは何たるものかと、語られるとは、アルフからは乾いた笑い声しか出なかった。

 『まだまだ修行が必要だね、アルフ』
 「……っ当分、恋愛はいらないよ……マゼルを見て分かった、面倒そうだ」
 「……若様、マゼル様を見て、恋愛の全てをわかった気にならないで下さいよ」

 マゼルとアンネの騒動が終わった頃、モナが人数分の昼食を持って来てくれた。 勿論、アンネの分も数に入っていた。 今日の昼食はポークピカタ、トマトとチーズのマリネ、ミネストローネのスープだった。

 目の前で仲睦まじく食事をするマゼルとアンネを眺め、何故、気づかなかったのかと、アルフは深く息を吐きだした。 ポークピカタはとても美味しかった。

 ◇

 面接の結果、一番、感じが良かったハイドラ伯爵家の四男だという、ファーリ・フォン・ハイドラ氏に決定した。 ハイドラ家は4人家族で、2人の娘はまだ幼い。

 直ぐにハイドラ家は辻馬車営業所の上、3階に用意された家へ引っ越してきた。 そして、後、マクシミリアンの知り合いであるサッシャと、ウルリッヒ、ヴォルフラム、マリオの3人も雇い入れ、マクシミリアンの所で元から働いていたカール、ゲッツ、ハイラム、ローベルトで今後は運営していく。

 後は、受付と事務を手伝ってくれるパートに入ってくれる人の面接を残している。

 「あっ、でも、まだ先の話だったなぁ……マゼルが屋敷を出て行くのは」

 アルフは自室の居間の丸テーブルに突っ伏した。 丸テーブルに散らばった色々な書類が余波で床へ散らばる。 散らばった書類をグランが丁寧に拾っていく。

 「若様、だらしないですよ。 しゃんとして下さい」
 「……自分の部屋でくらい、だらしなくさせてよぉ」
 「語尾を伸ばさない」

 グランは拾い上げた書類をアルフの頭の上へ乗せる。 アルフの頭の上は大量の書類の重みが乗せられた。 アルフから情けない声が漏れる。

 「……グラン、これじゃ顔を上げられない……重いよ~っ」
 
 小さく息を吐いたグランは1つの提案を出した。

 「では、前倒しで雇い入れてはどうですか? 下宿屋が始めれば、貴族の子息令嬢に対応する為のメイドが必要になります。 シファー家のメイドならば、阻喪もしないでしょう」
 「ふむ」

 グランはアルフの頭の上に乗せた書類を退かせながら、言い募る。

 「メイドたちも次の仕事先も、中々見つからないでしょうし。 マゼル様のお父上に魔法契約書の制作も頼めますしね」
 「そうだね、マゼルに話してみるよ」
 「はい」

 後日、マゼルの家族とも話し合い、シファー家で働いている使用人を希望者のみ雇い入れる事になった。 そして、マゼルは下宿屋の管理人に使ってもらおうと思っていた部屋をシファー家に使ってもらう事にした。 すでに屋敷を出ていく準備を進めていたマゼルたちの家族は、直ぐに引っ越して来た。

 マゼルの伯父は少し、ややこしい人らしく、マゼルの父は出るなら早く出た方がいいと思っていた様だ。 ややこしいとはどういう事か分からないが、マゼルの結婚までブルーノが対応するようだ。

 マゼルが引っ越して来て、ブルーノの要請でマゼルもアルフと一緒に、勉強する事になった。 デブリッツ子爵を受け継ぐ事になるならば、ちゃんと勉強をしなければならない。 マゼルはやる気に満ちていた。

 「アルフ、よろしくお願いします」
 「うん、こちらこそよろしお願いします。 考えてみれば、マゼルは親戚になるんだよね」
 「……そう言われれば、そうですね。 ふふっ、末永くよろしくお願いします」
 「うん、アンネの事も末永くお願いします」
 
 『うあぁ』と変な叫び声を上げた後、マゼルは真っ赤になって丁寧に頭を下げて来た。 少しだけ、切なげに微笑んだマゼルには、昔の淡い気持ちが悟られていたんだと、理解して苦笑をこぼした。

 アルフが差し出した手をマゼルが取る。 2人の間に色々な感情が沸き上がり、同時に『ありがとう』と言葉がついて出た。

 ◇

 マゼルの引っ越しに、羨ましがったのは王子のトゥールだった。 マゼルの事情を聞くと、一瞬だけ眉をひそめたが、直ぐに羨ましそうな表情を浮かべて宣った。

 「えぇぇぇぇ、いいなぁ~マゼルぅ、アルフと一緒に居られてぇ」

 語尾を伸ばす気持ちの悪い話し方で叫んだ。 場所は、いつものノルベルトの授業を受ける図書室。

 ノルベルトは常に無表情、語尾を伸ばす話し方が嫌いなのか、グランはこめかみに青筋が浮かんでいた。 マゼルは困惑した表情で頬を引き攣らせていた。

 「私も魔法学校へ入学したら、アルフの下宿屋に入ろうかな」

 ご機嫌な様子で宣っているが、下宿屋に王子が暮らせる部屋はない。 トゥールが暮らせる部屋はないと伝えると、ロイヴェリク家の客室があると言い返してくる。 良い事を思いついたと言うような表情を浮かべたトゥールを見つめ、嫌な予感が胸に過ぎる。

 (お願いだから、大人しくしててよ、王子っ)
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