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『白カラスにご慈悲を!!』〜番外編 五話〜
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芸術祭に参加する人数が足りず、生徒会メンバーも強制参加となってしまった。
午前中は、生徒の有志により二時間の劇が行われる。 12時までに10人ほどが楽器演奏が行わられる。
「エド、演目のセットリストを変更しよう」
「……今からか?」
エドワードは顔を上げて眉間に皺を寄せた。 ユージーンが頷いて説明する。
「先に演奏会をして、芝居はその後にしよう。 で、芝居が始まるまでは暫しの休憩とトークショーを入れよう」
長い前髪の隙間から、エドの金色の瞳が見開く様子が覗く。 ゆっくりと金色の瞳が細まっていく。
「誰がトークショーをするんだ?」
ユージーンの後ろでサンモンが何かを察したのか、視線を逸らして一歩引いた。
「勿論、生徒会長であるエドだ」
「却下だっ! 演目を入れ替えるのと、休憩を入れるのは賛成する」
『以上だ』と言わんばかりに、エドワードは芸術祭の後に行われるダンスパーティーの確認に目を通した。
「午前中での演奏は色々な作業も含めて一時間と少しで終わるとして、劇まで40分程、空くんですが?」
「……40分の休憩でいいだろう?」
にっこり笑ったユージーンの紫の瞳には、何かを企んでいる色が滲んでいる。
「……おい、何を企んでいる」
「別に何も。 只このままだと、生徒会のメンバーも集まらず、僕たちが卒業した後の生徒会が不味いな、と思ってね」
「誰の所為だっ!」
「だから、少しでも生徒会はアットホームだと、生徒会長のエドがアピールすればいいかと」
「お前がしろっ!」
後ろでサンモンが呆れた様に息を吐き出した気配を感じる。
「40分の休憩でいいだろう。 見学の生徒たちは、一時間以上も椅子に座る事になるんだからな」
「そう、仕方ないね。 で、午後の部は生徒会のメンバーを含めて、8人ですから、40分くらいかな」
「なら、皆が午前中に演奏すれば、午後中に終わってしまいますね」
「本当にそうだなっ。 しかし、全くの休憩無しは辛いだろ。 立って身体を解す時間は必要だ」
「ですね」
結局、午前中の40分は休憩時間にあてられ、午後はダンスパーティーもあり、一時間程で終了する事にした。
「所で、ブラン嬢はどうされます? 演奏会に生徒会のメンバーとして参加させるんですか?」
「いや、彼女はお試しだから参加させないが?」
「えっ、そうなんですかっ?」
「どうした、サイモン?」
「えっと、ブラン嬢は自身も参加する気満々だと思いますよ」
「「はぁっ?!」」
ユージーンとエドワードが声を揃えた。
「えっと……ダンスを披露するとかっ、言ってましたよっ」
「「……猫族のダンスって……」」
「あぁ、あれかっ……」
ユージーンとエドワード、サイモンの三人は猫族のダンスを思い出し、頬を引き攣らせた。 猫族のダンスは貴族に見せるには少々、憚れる。
貴族が観覧するバレエ等とは違い、庶民的な感じだ。 しかも、ケットシーの血族ならば、リトルが踊り出したら、地域にいる野良猫が確実に集まって来る。
「ま、まさかの、シア並のトラブルメーカーなのかっ、あの猫」
「猫って、ジーン様、お嫌いだからと言って、一応は令嬢ですから、お名前を呼んであげて下さい」
何も聞こえなかった振りをしたユージーンは、こめかみを抑えて言葉を無くす。
「まぁ、当日はブラン嬢は見学と言う事で、説明すれば分かってもらえるだろう」
「もし、ごねられても無理矢理何処かに閉じ込めればいいでしょ」
「最低だぞ、ジーン」
「最低ですよ、ジーン様」
今度はエドワードとサイモンが声を揃えた。
◇
芸術祭に自身も出なければならなくなったリィシャは、何を披露すればいいのか悩んでいた。 リィシャは芸術的センスも音楽センスも無いのだ。
「あぁ、こんな事になるなら、もっとちゃんと芸術と音楽の勉強してれば良かった」
自室の部屋の柱時計が鳴り、もう朝食を取る時間だ。 部屋の扉がノックされ、ユージーンの呼ぶ声がする。
「シア、もう朝食の時間だよ。 今朝もシアが好きなカスタードプリンがあるよ」
以前までは、ユージーンは寝室まで入って来てシアを起こしてくれていたが、ユージーンと想いを重ねてから、シアは断っている。
部屋を出ると、ユージーンの煌めく笑顔が待っていた。 愛し気に見つめて来るユージーンの紫の瞳がシアの胸を貫く。
朝からジーンのキラキラは、眩しすぎるのよねっ。
「お、おはよう、ジーン」
「おはよう、シア」
お互いの首筋にある番の刻印が銀色に輝く。 にっこりと優しい笑みを向けて来るユージーンに、シアの頬も自然と緩み、エメラルドの瞳を細めた。
一階の食堂へ移動しながら、ユージーンが思い出した様に口を開く。
「そうだ、シアは芸術祭で何をするか決めた? もう、あまり日にちが無いよ」
「うん、それなんだけど……。 私も絶対に出なくちゃダメ?」
「人が足りないからね。 出来れば出て欲しいけどね。 でも、無理にとは言わないよ」
ユージーンは笑顔を浮かべているが、紫の瞳が『辞退は許されないよ』と、言っていた。
「シアにも出来る事はあるからね。 よく考えて」
「分かったわっ」
参加しないという選択肢を外され、リィシャは更に悩んだ。 食堂の扉を開けると、紅茶とトーストの香りが漂い、食欲をそそる。 自身の席へ着くと、ユージーンの言う通り、今朝もカスタードプリンが出されていた。
早速、カスタードプリンに手を伸ばし、一口、口へ運ぶ。 甘くてトロリとした食感に、少しだけ気持ちが上昇した。
そうだ、帰りに図書館に寄ろう。 何かヒントがあるかも知れないし。
カスタードプリンを先に食べて、トーストを齧りながら考えた。
放課後になり、リィシャは生徒会へ行く前に、図書館へ寄った。 学園の図書館は四つある塔の一つで、一階から三階までが図書館だ。 四階から六階までが学生寮になっている。
かなり大きい図書館で、蔵書も沢山ある。 リィシャは魔法書の棚へ行き、何か面白い魔法はないか探した。
ユージーンの今朝の言葉を受けて、リィシャは考えた。 自身が得意なのは、古代語の呪文を脳に刻める事。 あやふやな記憶でも正確に思い出せ、脳に刻める。
新たに目覚めた能力の所為で、王家の監視がついている。 リィシャには、気づかれない様に隠密が常に見張りが付いている。
棚から一冊一冊取り出し、中身を確認して行く。 何冊か見終えたリィシャは分厚い魔法書を閉じた。
中々、芸術的な魔法ってないのね。 失われた魔法を披露したら、面白いかもって思ったんだけどっ。
何故、一介の生徒が失われた古代魔法を使えるのかと、皆から突っ込まれる事を全く考えていない。
息を吐き出したリィシャは、そろそろ生徒会へ行こうかと、出口の方角へ足を向けた時、棚の奥から声が聞こえて来た。
「お聞きになりました? ブラン嬢、生徒会メンバーとして、芸術祭に参加されるそうよ」
「まぁ、なんて厚かましいんですのっ!」
「しかも、猫族のダンスを披露するとか」
「それは本当なのっ?!」
「猫族のダンスなんて披露したら、講堂が野良猫だらけになってしまいますわっ!」
「それが、ブラン嬢はケットシーの血が薄いから、野良猫は呼び寄せられないそうですわ」
「あら、そうですの」
「でも、それ、面白そうですわね」
一人の令嬢が何かを思いついたのか、顔を寄せて小声で話し出した。
彼女たち、リトルちゃんに因縁をつけてた虎族の子たちだわ。 次期長の令嬢はいないから、あの子達の独断か~っ。
顔を突き合わせてよからぬ事を企んでいそうな彼女たちを眺め、リィシャは再び溜め息を吐いた。
「シア、見つけたっ!」
「ひっ!」
後ろから抱きしめて来たユージーンに驚き、思わず大きな声が出そうになった。
ユージーンの大きくて綺麗な手に口元をを抑えられ、モゴモゴと声が漏れる。
口元に指を持って来たユージーンは、『静かに』のポーズを取る。 紫の瞳に危険な色を感じ、リィシャは高速で頷いた。
そっとユージーンに図書館から連れ出され、リィシャはやっと息を吐いた。
「彼女たちは虎族の子達だね」
「ええ、そうよ。 前にリトルちゃんが彼女たちから責められている所を助けたの」
「そう、ネコ科同士だから、気が合わなかったりするのかな」
いや、原因はジーンだけどね。 と言いたいけど、とても言えない。
「そうかも……」
「まぁ、何を企んで来ても、芸術祭を台無しにはさせないけどね」
「ジーンなら出来そうね」
片方の眉を器用に下げて、リィシャは苦笑を溢す。
「嫌がらせをするならすればいい。 誰が犯人か分かったし、処分も下しやすい」
リィシャの苦笑は、ユージーンの容赦ない言葉に固まった。
ジーンだけは敵に回さない様にしないとっ。
心配しなくても、ユージーンはどんな事が起こってもリィシャの味方である。
「それより、よく分かったね。 私が図書館にいるって」
「まぁね」
紫の瞳を細めたユージーンは、優しく誤魔化して来た。
「……っ」
「ほら、行くよ。 生徒会の仕事を回したいのに、シアが中々来ないから、エドが怒っている」
「えっ、そうなの…….」
ムスッとしたエドワードがリィシャの脳内で浮かび、徐々に青ざめる。
「大丈夫だよ、僕も一緒に謝ってあげるから」
「うんっ」
二人は手を繋ぎ急いで、旧温室の生徒会室へ向かった。
連日、図書館に通い詰めたリィシャは、やっとお目当ての古代魔法を探し当てた。
魔法書を手に取ると、リィシャの頬が緩む。
絶対に皆、驚くわっ!
夕日が差し、もうすぐ薄暗くなる時間、リィシャは魔法書を捲り、エメラルドの瞳を光らせた。
◇
芸術祭の前日、リィシャたち生徒会メンバーは、猫の手も借りたい程忙しかった。
講堂で準備された楽器や芝居の大道具、小道具を確認していると、広い講堂でリトルの声が響いた。
「生徒会長っ! どうして、私は参加出来ないんですかっ!」
「それは君が披露する猫族のダンスが問題だからだ」
エドワードはチェックリストを確認しながら、リトルを見ずに答えている。
「生徒会長は野良猫が集まって来ると思っている様ですが、大丈夫ですっ!」
「何が大丈夫なんだ?」
「私の流れる血には、ケットシーの血は少ないです。 野良猫を集める力なんてありませんっ!」
「それは分からないだろう。 突然、新たな力に目覚める者もいる。 芸術祭が台無しになる様な危険は犯せない」
エドワードはチラリと、リィシャに視線を向け、金色の瞳を細めた。
エドワードの視線を受け、リィシャは視線を逸らし、楽器にキズがついていないか確認する。
「いいじゃないか、エド。 彼女は自信があるみたいだし、ケットシーのダンスなんて、中々見られないよ」
「ジーン、お前っ!」
「ジーン……」
ユージーンが味方してくれたと、リトルは感激して琥珀色の瞳を潤ませている。
リトルの様子を見て、リィシャの胸にチクリと痛みが刺した。 そして、虎族の令嬢たちを思い出し、同時に嫌な予感も湧き上がる。
不敵な笑みを浮かべるユージーンと、不満気なエドワードが小声で話し始め、リィシャとサイモン、リトルの三人には何も聞こえて来ない。
何かを諦めたエドワードが深い溜め息を吐き出した。
「分かったっ! しかし、何かあったら、ジーン、お前が責任を取るんだぞっ!」
「分かっているよ、エド」
「という訳で、ブラン嬢、君の参加も可能になった。 くれぐれも問題を起こさない様にっ!」
「はい、ありがとうございますっ! ユージーン先輩もありがとうございますっ」
リトルは深くお辞儀をして、ユージーンに感謝の意を表した。 ジーンは相変わらず、リトルに視線を向けない。
「シアとの勝負の為だしね。 どちらがより、生徒会に貢献したか。 芸術祭では素晴らしいダンスを披露してくれ」
「はいっ!」
あっ! 勝負の事、すっかり忘れてたっ! そうだった生徒会への貢献度を競うんだったっ!
「勝負の事は頭の端に、今は置いておいて下さいっ! それよりも芸術祭の準備に集中して下さいっ」
サイモンに急かされ、リィシャたちは準備の続きを再開した。
滞りなく準備を終え、皆が帰宅をした夜、王都で野良猫を探す一団がいたとか、いないとか。
◇
やって来ました、ブリティニア王国っ!
港町に降り立ち、懐かしい街並みを眺め、ケットシーこと猫族の族長は金色の瞳を細める。
「久しぶりのブリティニアだから、観光したいけど、まず先に学園へ行かないとね。 さて、学園行きの馬車はどれかな? 早く行かないと、いい席が取れないよ」
鳥獣人と山猫たちが暮らす島国へディーズから定期船に乗り込み、数日掛けてブリティニアへやって来た。 港町から王都へ行くにも数日かかる。
直ぐに王都行きの馬車が見つかり、代金を払って乗り込む。 座席に着いて落ち着くと、懐かしい友の顔を思い浮かべる。
「さて、ジーンたちは今頃、芸術祭の準備に忙しいだろうね」
馬車は全ての乗客を乗せ、王都を目指して走り出した。
午前中は、生徒の有志により二時間の劇が行われる。 12時までに10人ほどが楽器演奏が行わられる。
「エド、演目のセットリストを変更しよう」
「……今からか?」
エドワードは顔を上げて眉間に皺を寄せた。 ユージーンが頷いて説明する。
「先に演奏会をして、芝居はその後にしよう。 で、芝居が始まるまでは暫しの休憩とトークショーを入れよう」
長い前髪の隙間から、エドの金色の瞳が見開く様子が覗く。 ゆっくりと金色の瞳が細まっていく。
「誰がトークショーをするんだ?」
ユージーンの後ろでサンモンが何かを察したのか、視線を逸らして一歩引いた。
「勿論、生徒会長であるエドだ」
「却下だっ! 演目を入れ替えるのと、休憩を入れるのは賛成する」
『以上だ』と言わんばかりに、エドワードは芸術祭の後に行われるダンスパーティーの確認に目を通した。
「午前中での演奏は色々な作業も含めて一時間と少しで終わるとして、劇まで40分程、空くんですが?」
「……40分の休憩でいいだろう?」
にっこり笑ったユージーンの紫の瞳には、何かを企んでいる色が滲んでいる。
「……おい、何を企んでいる」
「別に何も。 只このままだと、生徒会のメンバーも集まらず、僕たちが卒業した後の生徒会が不味いな、と思ってね」
「誰の所為だっ!」
「だから、少しでも生徒会はアットホームだと、生徒会長のエドがアピールすればいいかと」
「お前がしろっ!」
後ろでサンモンが呆れた様に息を吐き出した気配を感じる。
「40分の休憩でいいだろう。 見学の生徒たちは、一時間以上も椅子に座る事になるんだからな」
「そう、仕方ないね。 で、午後の部は生徒会のメンバーを含めて、8人ですから、40分くらいかな」
「なら、皆が午前中に演奏すれば、午後中に終わってしまいますね」
「本当にそうだなっ。 しかし、全くの休憩無しは辛いだろ。 立って身体を解す時間は必要だ」
「ですね」
結局、午前中の40分は休憩時間にあてられ、午後はダンスパーティーもあり、一時間程で終了する事にした。
「所で、ブラン嬢はどうされます? 演奏会に生徒会のメンバーとして参加させるんですか?」
「いや、彼女はお試しだから参加させないが?」
「えっ、そうなんですかっ?」
「どうした、サイモン?」
「えっと、ブラン嬢は自身も参加する気満々だと思いますよ」
「「はぁっ?!」」
ユージーンとエドワードが声を揃えた。
「えっと……ダンスを披露するとかっ、言ってましたよっ」
「「……猫族のダンスって……」」
「あぁ、あれかっ……」
ユージーンとエドワード、サイモンの三人は猫族のダンスを思い出し、頬を引き攣らせた。 猫族のダンスは貴族に見せるには少々、憚れる。
貴族が観覧するバレエ等とは違い、庶民的な感じだ。 しかも、ケットシーの血族ならば、リトルが踊り出したら、地域にいる野良猫が確実に集まって来る。
「ま、まさかの、シア並のトラブルメーカーなのかっ、あの猫」
「猫って、ジーン様、お嫌いだからと言って、一応は令嬢ですから、お名前を呼んであげて下さい」
何も聞こえなかった振りをしたユージーンは、こめかみを抑えて言葉を無くす。
「まぁ、当日はブラン嬢は見学と言う事で、説明すれば分かってもらえるだろう」
「もし、ごねられても無理矢理何処かに閉じ込めればいいでしょ」
「最低だぞ、ジーン」
「最低ですよ、ジーン様」
今度はエドワードとサイモンが声を揃えた。
◇
芸術祭に自身も出なければならなくなったリィシャは、何を披露すればいいのか悩んでいた。 リィシャは芸術的センスも音楽センスも無いのだ。
「あぁ、こんな事になるなら、もっとちゃんと芸術と音楽の勉強してれば良かった」
自室の部屋の柱時計が鳴り、もう朝食を取る時間だ。 部屋の扉がノックされ、ユージーンの呼ぶ声がする。
「シア、もう朝食の時間だよ。 今朝もシアが好きなカスタードプリンがあるよ」
以前までは、ユージーンは寝室まで入って来てシアを起こしてくれていたが、ユージーンと想いを重ねてから、シアは断っている。
部屋を出ると、ユージーンの煌めく笑顔が待っていた。 愛し気に見つめて来るユージーンの紫の瞳がシアの胸を貫く。
朝からジーンのキラキラは、眩しすぎるのよねっ。
「お、おはよう、ジーン」
「おはよう、シア」
お互いの首筋にある番の刻印が銀色に輝く。 にっこりと優しい笑みを向けて来るユージーンに、シアの頬も自然と緩み、エメラルドの瞳を細めた。
一階の食堂へ移動しながら、ユージーンが思い出した様に口を開く。
「そうだ、シアは芸術祭で何をするか決めた? もう、あまり日にちが無いよ」
「うん、それなんだけど……。 私も絶対に出なくちゃダメ?」
「人が足りないからね。 出来れば出て欲しいけどね。 でも、無理にとは言わないよ」
ユージーンは笑顔を浮かべているが、紫の瞳が『辞退は許されないよ』と、言っていた。
「シアにも出来る事はあるからね。 よく考えて」
「分かったわっ」
参加しないという選択肢を外され、リィシャは更に悩んだ。 食堂の扉を開けると、紅茶とトーストの香りが漂い、食欲をそそる。 自身の席へ着くと、ユージーンの言う通り、今朝もカスタードプリンが出されていた。
早速、カスタードプリンに手を伸ばし、一口、口へ運ぶ。 甘くてトロリとした食感に、少しだけ気持ちが上昇した。
そうだ、帰りに図書館に寄ろう。 何かヒントがあるかも知れないし。
カスタードプリンを先に食べて、トーストを齧りながら考えた。
放課後になり、リィシャは生徒会へ行く前に、図書館へ寄った。 学園の図書館は四つある塔の一つで、一階から三階までが図書館だ。 四階から六階までが学生寮になっている。
かなり大きい図書館で、蔵書も沢山ある。 リィシャは魔法書の棚へ行き、何か面白い魔法はないか探した。
ユージーンの今朝の言葉を受けて、リィシャは考えた。 自身が得意なのは、古代語の呪文を脳に刻める事。 あやふやな記憶でも正確に思い出せ、脳に刻める。
新たに目覚めた能力の所為で、王家の監視がついている。 リィシャには、気づかれない様に隠密が常に見張りが付いている。
棚から一冊一冊取り出し、中身を確認して行く。 何冊か見終えたリィシャは分厚い魔法書を閉じた。
中々、芸術的な魔法ってないのね。 失われた魔法を披露したら、面白いかもって思ったんだけどっ。
何故、一介の生徒が失われた古代魔法を使えるのかと、皆から突っ込まれる事を全く考えていない。
息を吐き出したリィシャは、そろそろ生徒会へ行こうかと、出口の方角へ足を向けた時、棚の奥から声が聞こえて来た。
「お聞きになりました? ブラン嬢、生徒会メンバーとして、芸術祭に参加されるそうよ」
「まぁ、なんて厚かましいんですのっ!」
「しかも、猫族のダンスを披露するとか」
「それは本当なのっ?!」
「猫族のダンスなんて披露したら、講堂が野良猫だらけになってしまいますわっ!」
「それが、ブラン嬢はケットシーの血が薄いから、野良猫は呼び寄せられないそうですわ」
「あら、そうですの」
「でも、それ、面白そうですわね」
一人の令嬢が何かを思いついたのか、顔を寄せて小声で話し出した。
彼女たち、リトルちゃんに因縁をつけてた虎族の子たちだわ。 次期長の令嬢はいないから、あの子達の独断か~っ。
顔を突き合わせてよからぬ事を企んでいそうな彼女たちを眺め、リィシャは再び溜め息を吐いた。
「シア、見つけたっ!」
「ひっ!」
後ろから抱きしめて来たユージーンに驚き、思わず大きな声が出そうになった。
ユージーンの大きくて綺麗な手に口元をを抑えられ、モゴモゴと声が漏れる。
口元に指を持って来たユージーンは、『静かに』のポーズを取る。 紫の瞳に危険な色を感じ、リィシャは高速で頷いた。
そっとユージーンに図書館から連れ出され、リィシャはやっと息を吐いた。
「彼女たちは虎族の子達だね」
「ええ、そうよ。 前にリトルちゃんが彼女たちから責められている所を助けたの」
「そう、ネコ科同士だから、気が合わなかったりするのかな」
いや、原因はジーンだけどね。 と言いたいけど、とても言えない。
「そうかも……」
「まぁ、何を企んで来ても、芸術祭を台無しにはさせないけどね」
「ジーンなら出来そうね」
片方の眉を器用に下げて、リィシャは苦笑を溢す。
「嫌がらせをするならすればいい。 誰が犯人か分かったし、処分も下しやすい」
リィシャの苦笑は、ユージーンの容赦ない言葉に固まった。
ジーンだけは敵に回さない様にしないとっ。
心配しなくても、ユージーンはどんな事が起こってもリィシャの味方である。
「それより、よく分かったね。 私が図書館にいるって」
「まぁね」
紫の瞳を細めたユージーンは、優しく誤魔化して来た。
「……っ」
「ほら、行くよ。 生徒会の仕事を回したいのに、シアが中々来ないから、エドが怒っている」
「えっ、そうなの…….」
ムスッとしたエドワードがリィシャの脳内で浮かび、徐々に青ざめる。
「大丈夫だよ、僕も一緒に謝ってあげるから」
「うんっ」
二人は手を繋ぎ急いで、旧温室の生徒会室へ向かった。
連日、図書館に通い詰めたリィシャは、やっとお目当ての古代魔法を探し当てた。
魔法書を手に取ると、リィシャの頬が緩む。
絶対に皆、驚くわっ!
夕日が差し、もうすぐ薄暗くなる時間、リィシャは魔法書を捲り、エメラルドの瞳を光らせた。
◇
芸術祭の前日、リィシャたち生徒会メンバーは、猫の手も借りたい程忙しかった。
講堂で準備された楽器や芝居の大道具、小道具を確認していると、広い講堂でリトルの声が響いた。
「生徒会長っ! どうして、私は参加出来ないんですかっ!」
「それは君が披露する猫族のダンスが問題だからだ」
エドワードはチェックリストを確認しながら、リトルを見ずに答えている。
「生徒会長は野良猫が集まって来ると思っている様ですが、大丈夫ですっ!」
「何が大丈夫なんだ?」
「私の流れる血には、ケットシーの血は少ないです。 野良猫を集める力なんてありませんっ!」
「それは分からないだろう。 突然、新たな力に目覚める者もいる。 芸術祭が台無しになる様な危険は犯せない」
エドワードはチラリと、リィシャに視線を向け、金色の瞳を細めた。
エドワードの視線を受け、リィシャは視線を逸らし、楽器にキズがついていないか確認する。
「いいじゃないか、エド。 彼女は自信があるみたいだし、ケットシーのダンスなんて、中々見られないよ」
「ジーン、お前っ!」
「ジーン……」
ユージーンが味方してくれたと、リトルは感激して琥珀色の瞳を潤ませている。
リトルの様子を見て、リィシャの胸にチクリと痛みが刺した。 そして、虎族の令嬢たちを思い出し、同時に嫌な予感も湧き上がる。
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何かを諦めたエドワードが深い溜め息を吐き出した。
「分かったっ! しかし、何かあったら、ジーン、お前が責任を取るんだぞっ!」
「分かっているよ、エド」
「という訳で、ブラン嬢、君の参加も可能になった。 くれぐれも問題を起こさない様にっ!」
「はい、ありがとうございますっ! ユージーン先輩もありがとうございますっ」
リトルは深くお辞儀をして、ユージーンに感謝の意を表した。 ジーンは相変わらず、リトルに視線を向けない。
「シアとの勝負の為だしね。 どちらがより、生徒会に貢献したか。 芸術祭では素晴らしいダンスを披露してくれ」
「はいっ!」
あっ! 勝負の事、すっかり忘れてたっ! そうだった生徒会への貢献度を競うんだったっ!
「勝負の事は頭の端に、今は置いておいて下さいっ! それよりも芸術祭の準備に集中して下さいっ」
サイモンに急かされ、リィシャたちは準備の続きを再開した。
滞りなく準備を終え、皆が帰宅をした夜、王都で野良猫を探す一団がいたとか、いないとか。
◇
やって来ました、ブリティニア王国っ!
港町に降り立ち、懐かしい街並みを眺め、ケットシーこと猫族の族長は金色の瞳を細める。
「久しぶりのブリティニアだから、観光したいけど、まず先に学園へ行かないとね。 さて、学園行きの馬車はどれかな? 早く行かないと、いい席が取れないよ」
鳥獣人と山猫たちが暮らす島国へディーズから定期船に乗り込み、数日掛けてブリティニアへやって来た。 港町から王都へ行くにも数日かかる。
直ぐに王都行きの馬車が見つかり、代金を払って乗り込む。 座席に着いて落ち着くと、懐かしい友の顔を思い浮かべる。
「さて、ジーンたちは今頃、芸術祭の準備に忙しいだろうね」
馬車は全ての乗客を乗せ、王都を目指して走り出した。
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「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
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