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36話 勇者、春樹の剣
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優斗たちは、1軒の武器屋の前で、1本の剣に目が釘付けになっていた。 優斗たちの目の前で飾ってある剣は、豪華なケースに納められていて、禍々しい黒いオーラを放っていた。 頭上からフィルの硬い声が聞こえ、監視スキルもフィルの意見と同じ事を、優斗の脳内で言っていた。
「けんは、にせものだね。 でも、けんにあくまをとりつかせてるよ」
『悪魔の気配を感知しました。 触れないで下さい。 剣は世界樹の武器ではありません。 周囲に危険はありませんが、警戒して下さい』
隣の華も、背後から覗き込んでいる瑠衣と仁奈も、剣の値段を見て頬を引き攣らせている。 全員の持ち金を合わせても、全く足りない。 瑠衣が驚愕の表情で、生活費など必要経費を管理している財布を覗いた。
瑠衣が優斗たちの中で、一番お金の管理に向いているので、話し合いの結果、瑠衣が担当している。 ギルドの報酬は、生活費、必要経費を引いた残りを4人で分けていた。 その方が揉めないで済むからだ。
「俺らって結構、稼いでるよな?」
瑠衣の意見に優斗たちが大きく頷いている。 フィルが優斗の頭の上から、財布を覗き込むと呑気な声が落ちてきた。 フィンは舌を出して、そっぽを向いている。 仁奈の肩に乗る雷神が首を傾げて一鳴きする。
「きょうのおひるたべれないの? むだづかいしすぎなんじゃない?」
『お前が言うなっ!』と優斗たちが思ったのは言うまでもない。 優斗たちは、ポテポテを見張りに立てて、後ろ髪を引かれる思いで武器屋を後にした。 ポテポテは華の学生鞄にいつも、2・3体入っている。 風神の幻影魔法で姿を隠して、ポテポテはお店の中へ入っていった。
――翌日の朝も優斗たちは、急いで朝食を食べた後、昨日の武器屋へ急いだ。
武器屋に着くと、春樹の剣は昨日と同じく、豪華なケースで飾られ、値段も変わっていなかった。
『先日よりも、黒いオーラが濃くなっています。 これ以上は近づかないで下さい』
監視スキルの声を聞いて、優斗は手で華たちが近づくのを止めた。 優斗たちに気づくと、ポテポテが寄ってきて『何もなかった』と報告をして来た。 華に頭を撫でられると、ポテポテはお店の中へ戻って行った。 武器屋の親父さんが優斗たちに気づくと、にこやかな笑顔で近づいてきた。
「やぁ、いらっしゃい。 この剣はね、去る貴族のお嬢様が売りに来てね。 ご結婚されて、もう自分には必要ないからと、売りに出された物なんですよ。 何でも、ご結婚相手がこの手の物を好まないそうで」
優斗たちは、親父さんが言っている事を始めは理解できなかった。 徐々に親父さんの言葉が脳に浸透していき、やっと理解した。 優斗たちは直後に結城真由を思い出されたが、優斗への執着も中々な物だった上に、剣は偽物だ。 だから、結城真由ではないだろうと結論付けた。
武器屋の親父さんは、剣から黒いオーラが染み出している事に気づいていない様だった。 本当に武器を扱う人なのか怪しい。 優斗は教えてくれないだろうと思ったが、親父さんに尋ねた。
「売りに来た貴族のお嬢様は何処の貴族の方ですか?」
「ああ、ほら、あの丘の上の領主の娘さんだよ。 まぁ、娘といっても最近になって、養女に迎えたお嬢さんだけどね」
親父さんは簡単に教えてくれた。 教えてもらってなんだが『コンプライアンスは大丈夫なのか』と優斗たちの顔が引き攣っていた。 親父さんの話で、結婚した貴族のお嬢様とは、結城真由で間違いなさそうだ。
結城真由が結婚したかもしれない事実に、優斗たちは驚きを隠せないでいた。 後は、どういう意図があって、偽物の剣に悪魔を摂りつかせてばら撒いているのかだが。 新たな客が店に入って来て、親父さんはそちらの方の接客の為に、優斗たちから離れて行った。
「そう言えば、クリスって魔族も春樹の剣を探してたな。 ベネディクト、王さまたちを操ってた魔族の事をそう呼んでた。 そいつが、他の魔王候補の下僕を奪ってるらしいんだ」
「魔族は多くの下僕を従えないと、魔王にはなれないものね」
フィンが優斗の話を聞いて、顎に手を当てる。 優斗は話を続けた。
「クリスはベネディクトと戦う為に、勇者の力と世界樹の武器も欲しかったみたいだ。 それがあれば、ベネディクトと対等にやれるって言ってたよ」
優斗の頭上からフィルの声が落ちてくる。
「たぶんベネディクトは、ほかのまおうこうほから、せかいじゅのぶきをかくしてるんだよ。 にせものをつくって、ほかのまおうこうほのめを、ごまかしてるのかもね」
「ついでに、手にした運の悪い奴が悪魔に憑りつかれるという訳か。 益々、優斗が魔族に狙われるな。 優斗が持ってるのは、確実に本物だからな」
瑠衣の意見を聞いて、優斗が息を呑んだ。
(クリスでもあんなに苦労したのに、魔族が大挙して襲ってきたらっ。 ひとたまりもないな)
「ねぇ、既に悪魔に憑りつかれている人が、あの剣を手にしたらどうなるの?」
「強い悪魔の方が憑りついた身体を乗っ取るわね。 それに世界樹の武器で言えば、ルイとニーナの武器も狙われるんじゃないかしら」
仁奈の素朴な疑問に答えたフィンの言葉に、優斗たちの血の気が引いた。 フィンは瑠衣を見て『それに』と言いかけて止めてしまった。 瑠衣は意味深なフィンの視線に首を傾げて、クエスチョンマークを飛ばしている。 暫く考え込んでいた華がハッとして顔を上げて宣った。
「じゃ、小鳥遊くんたちの武器も、偽物を作る?」
「「「「「えぇっ」」」」」
華の瞳がキラキラと輝いている。 きっと華の妄想が盛り込まれたもの凄い偽物が出来上がりそうだと、優斗たちは思ったが、華はもう、トリップしていて止められそうにない。 後に大変、役に立つのだが、優斗たちには知る由もなかった。
優斗たちはこれ以上ここにいても、何も出来ない事を悟った。 今は、切迫している当面の生活費を稼ぐ方へ考えをシフトして、依頼を受ける為にギルドへ向かった。
――ゴリラっぽい魔物の群れを追い、森の中を華を先頭に走る。
森の中に複数の人間の足音と、はためくマントの音、蹄の足音、裾に葉の擦れる音が鳴り、草地を蹴っている。 そして、虫除け結界が魔物を消し飛ばす音が森の中にで響いた。
瑠衣の提案で、狭い雑木林で戦うより、1番安全な方法を取った。 結界は魔物を感知すると、光を放ち、魔物を消し飛ばして行くのだ。 優斗の隣で、黒い笑みを浮かべ、瑠衣が感嘆の声を上げていた。
「流石だな。 前より強くなったんじゃないか? 虫除け結界」
「うんうん、王子と華の愛が深まったからかしらね。 虫除け結界が強くなったの」
「仁奈っ! 瑠衣くんっ!」
華は真っ赤になって、仁奈と瑠衣を諫めている。 優斗は真顔で動じていない振りをしていたが、真っ赤になった耳を隠せていなかった。 堪らず、優斗が瑠衣たちに向かって声を荒げた。
「お、お前らっ! いい加減にしろよ! 結界に守られてるって言っても、油断してたらやられるからな!」
「まぁまぁ、優斗! 俺らは純粋に喜んでるんだぞ。 やっと優斗の想いが実った事に。 お祝いするか?」
「しなくていいから!」
華はずっと真っ赤になって俯いている様子が、優斗の脳内に流れ込んでくる。 照れている華に『可愛い』と思いつつも、今は魔物狩りに集中しなくてはならない。 ふざけ合っている優斗たちに、フィルとフィンの厳しい言葉が飛ぶ。
「ちょっと! 遊んでないで、集中して!」
「まものがくるよ!」
『前方で魔物の群れを感知、目的のゴリラっぽい魔物の群れです。 危険度は高です。 虫除け結界では、攻撃を防げても、吹き飛ばせません』
「華! 後ろに下がれ! 瑠衣、行くぞ!」
「よし! 仁奈は華ちゃん、守ってろ!」
「当然、私も行くに決まってる! 華には虫除け結界あるから大丈夫よ! ある意味、私らより最強だと思うよ」
優斗のこめかみがピクリと動いたが、仁奈の声を無視して、飛び出して行った。 銀色の足跡を踏んで、跳躍する。 視界に魔物の群れが入ってきた。 優斗の背後で風神の蹄の足音が聞こえる。
瑠衣はちゃんとついて来ている様だ。 フィルと同化する感覚が全身に駆け巡り、魔力を全身に纏う。 木刀に魔力を流すと、花びらが舞い、木刀が氷を纏っていく。 木刀を振り、半月状の氷の刃を生成させ、目の前の魔物を見据える。 優斗の瞳に魔力が宿ると、魔物に氷の刃を飛ばした。
目の前の数頭の魔物を氷の刃で切り裂いていく。 切り裂かれた魔物の欠片は、魔法石へ変わっていき、フィルが回収していく。 背後から、空気を切り裂きながら、瑠衣の複数の矢が飛んでくる。
目の前の魔物が心臓を打ち抜かれ、地面に縫い留められていく。 ゴリラっぽい魔物の群れの半分弱が倒され、怒った魔物たちが一斉に突っ込んで来た。 遅れてきた仁奈の槍の鉾が煌めく、ゴリラっぽい魔物を難なく、空中に放り投げると、魔物の心臓を突き刺した。
最後は優斗の凍結魔法で、一帯を氷の世界に変え、魔物を殲滅させた。 砕けた魔物の欠片は、全て魔法石へ変わり、全てフィルが回収していった。
「これだけでも、足りなさそうだなっ」
瑠衣の声に、山盛りの魔法石を見ても、優斗たちは不安に顔を引き攣らせていた。 華が頬を引き攣らせながらも、前向きな意見を出した。
「でも、家具の魔道具に使う魔法石は確保できたね。 後、2・3個の魔物の群れを倒せば、何とかならないかな?」
「今日中は無理だよね」
仁奈の項垂れた様子に、瑠衣もフィルとフィンをチラリと見ると、ガクッと肩を落とした。 フィンは兎も角、フィルは不思議そうに瑠衣を見つめ返していた。
「だな。 いつもなら、これくらいだと2週間は持ってくれるんだけどなっ」
『微かに悪魔の気配がします。 周囲に危険はありませんが、警戒して下さい』
「えっ! あくま?!」
フィルの驚いた声が周囲に響く。 監視スキルの声に、脳内で地図を拡げ、悪魔の気配の位置を確認すると、地図上に黒い点が点滅している。 優斗たちから少し離れた場所だ。 吹き出しには、勇者の剣と書いてあった。
「勇者の剣?」
瑠衣たちはもう、優斗の独り言には慣れっこになっている。
「こっちだ! こっちに勇者の剣が落ちてある」
「ちょっと待て、優斗! 1人で行くなっ!」
「王子っ! 本当なの?」
「ああ」
「「「「「「あっ」」」」」」
優斗の言う通りに進むと、雑木林の中にポツンと勇者の剣が落ちていた。 フィルが銀色の少年の姿で地面に降りると、剣に近づいてよく見た。
「剣は偽物だね。 確かに、微かだけど、悪魔の気配がするよ」
「剣だけ落ちてるって、おかしくないか?」
「これって、あの武器屋さんに売ってあった剣かな?」
華の意見に優斗たちは顔を見合わせて、急いで武器屋へ向かった。 結果、武器屋の剣はまだケースに飾られ、売られていた。 優斗たちが拾った剣は、別の偽物だった。
「偽物、2本目だな。 という事は、やっぱりばら撒いてる?」
「このまま、ほっとけないわよね」
瑠衣の言葉で、そこら中で悪魔に魅入られた人たちが、人間の振りをして生活していたらと思うと、優斗たちの背中に悪寒が走った。 瑠衣がフィルとフィンに真剣な目を向けて宣言した。
「フィル、フィン。 ずっと言おうか、どうしようか迷ってたけど。 今後、お前たちの食事の量を俺たちと同じにする。 足りなかったら、各自で調達してくれ。 これから、偽物の剣を探す事に時間を割くから、あまり金を稼げないかも知れないからな」
瑠衣の容赦ない言葉に、フィルとフィンは驚愕の表情で固まった。
「魔族の件が収まれば、フィルたちの好きな物を食べさせてあげるから」
フィルとフィンには、優斗の声は聞こえていない様だった。 意気消沈したフィルとフィンを連れて隠れ家へ戻った優斗たちを待っていたのは、思いもよらない人物だった。
――優斗たちを待っていた人物は『やぁ』と軽い調子で挨拶をした。
優斗たちがリビングへ入ると、優雅にお茶を啜る会った事もない、知らない人物だった。 優雅にお茶を飲んでいる人物は、男性とも、女性とも、性別が分からない顔立ちをしていた。 優斗たちに気づくとにっこりと微笑んだ。 優斗の脳内で監視スキルの声が響く。
『高い魔力を感じますが、危険人物ではありません。 信頼できる人物かと思います』
「ありがとう」
何故か、お礼を言われ、優斗たちの頭は理解が追いつかない。 しわがれた声は、何処かで聴いた事のある声だった。 フィルとフィンは、顔を輝かせて微笑んでいる人物に飛びついて、抱きついた。
(もしかして、監視スキルの声が聞こえたのか?)
「「主さま~~!」」
「主さま、訊いて! ルイたちがぼくたちのご飯、減らすって言うんだ~~!」
「主さま、お願い! ユウトたちにお金をあげて~~!」
((((第一声が、それかっ!! しかも、お金あげてって、お金をあげる神様が何処にいる!))))
「う~ん、あげてもいいんだけど、きっと彼らは受け取らないと思うよ。 それよりも、2人とも。 少しは彼らの懐事情をおもんばかってあげなさい。 風神も元気だった?」
「「は~~い」」
主さまの問いかけに風神はウッドデッキに上がり、主さまへ頷いて返事をしていた。
((((ここにいたよ!! 簡単にあげるって言ったよ、この人!!))))
フィルとフィンは主さまの言う事を素直に聞いている。
(声は世界樹ダンジョンで聴いた声と同じだけど)
「話し方が、あの手紙の口調と一致しないな」
背後で聞こえてきた瑠衣の意見に、優斗と仁奈も同意して頷く。
「はぁ~。 主さまっ。 神秘的っ! 妄想が拡がるっ」
隣で華が主さまに見惚れている様子を見て、優斗の胸に嫉妬の炎が灯る。 察した瑠衣と仁奈が、ササッと優斗たちから離れて行った。 優斗は黒い笑みを主さまに向け、何用か尋ねた。
主さまは、少し驚いていたが、面白そうに瞳を細めた。
「主さま、今日は何用でこちらに?」
華も、優斗の嫉妬の冷気が足元で漂っている事に気づき、『しまった』と顔を青ざめさせた。 主さまは、何食わぬ顔をして返事を返した。
「うん、君たちにまた、お願いが出来てね。 手紙でも良かったんだけど。 折角、屋根を直したのに壊すのも可哀そうだから。 直接、来ちゃった♪」
軽い調子で話す主さまに、何処かの誰かと既視感を覚えながら、また何やら面倒な事を頼まれそうな雰囲気に、優斗たちは唖然として固まった。
「けんは、にせものだね。 でも、けんにあくまをとりつかせてるよ」
『悪魔の気配を感知しました。 触れないで下さい。 剣は世界樹の武器ではありません。 周囲に危険はありませんが、警戒して下さい』
隣の華も、背後から覗き込んでいる瑠衣と仁奈も、剣の値段を見て頬を引き攣らせている。 全員の持ち金を合わせても、全く足りない。 瑠衣が驚愕の表情で、生活費など必要経費を管理している財布を覗いた。
瑠衣が優斗たちの中で、一番お金の管理に向いているので、話し合いの結果、瑠衣が担当している。 ギルドの報酬は、生活費、必要経費を引いた残りを4人で分けていた。 その方が揉めないで済むからだ。
「俺らって結構、稼いでるよな?」
瑠衣の意見に優斗たちが大きく頷いている。 フィルが優斗の頭の上から、財布を覗き込むと呑気な声が落ちてきた。 フィンは舌を出して、そっぽを向いている。 仁奈の肩に乗る雷神が首を傾げて一鳴きする。
「きょうのおひるたべれないの? むだづかいしすぎなんじゃない?」
『お前が言うなっ!』と優斗たちが思ったのは言うまでもない。 優斗たちは、ポテポテを見張りに立てて、後ろ髪を引かれる思いで武器屋を後にした。 ポテポテは華の学生鞄にいつも、2・3体入っている。 風神の幻影魔法で姿を隠して、ポテポテはお店の中へ入っていった。
――翌日の朝も優斗たちは、急いで朝食を食べた後、昨日の武器屋へ急いだ。
武器屋に着くと、春樹の剣は昨日と同じく、豪華なケースで飾られ、値段も変わっていなかった。
『先日よりも、黒いオーラが濃くなっています。 これ以上は近づかないで下さい』
監視スキルの声を聞いて、優斗は手で華たちが近づくのを止めた。 優斗たちに気づくと、ポテポテが寄ってきて『何もなかった』と報告をして来た。 華に頭を撫でられると、ポテポテはお店の中へ戻って行った。 武器屋の親父さんが優斗たちに気づくと、にこやかな笑顔で近づいてきた。
「やぁ、いらっしゃい。 この剣はね、去る貴族のお嬢様が売りに来てね。 ご結婚されて、もう自分には必要ないからと、売りに出された物なんですよ。 何でも、ご結婚相手がこの手の物を好まないそうで」
優斗たちは、親父さんが言っている事を始めは理解できなかった。 徐々に親父さんの言葉が脳に浸透していき、やっと理解した。 優斗たちは直後に結城真由を思い出されたが、優斗への執着も中々な物だった上に、剣は偽物だ。 だから、結城真由ではないだろうと結論付けた。
武器屋の親父さんは、剣から黒いオーラが染み出している事に気づいていない様だった。 本当に武器を扱う人なのか怪しい。 優斗は教えてくれないだろうと思ったが、親父さんに尋ねた。
「売りに来た貴族のお嬢様は何処の貴族の方ですか?」
「ああ、ほら、あの丘の上の領主の娘さんだよ。 まぁ、娘といっても最近になって、養女に迎えたお嬢さんだけどね」
親父さんは簡単に教えてくれた。 教えてもらってなんだが『コンプライアンスは大丈夫なのか』と優斗たちの顔が引き攣っていた。 親父さんの話で、結婚した貴族のお嬢様とは、結城真由で間違いなさそうだ。
結城真由が結婚したかもしれない事実に、優斗たちは驚きを隠せないでいた。 後は、どういう意図があって、偽物の剣に悪魔を摂りつかせてばら撒いているのかだが。 新たな客が店に入って来て、親父さんはそちらの方の接客の為に、優斗たちから離れて行った。
「そう言えば、クリスって魔族も春樹の剣を探してたな。 ベネディクト、王さまたちを操ってた魔族の事をそう呼んでた。 そいつが、他の魔王候補の下僕を奪ってるらしいんだ」
「魔族は多くの下僕を従えないと、魔王にはなれないものね」
フィンが優斗の話を聞いて、顎に手を当てる。 優斗は話を続けた。
「クリスはベネディクトと戦う為に、勇者の力と世界樹の武器も欲しかったみたいだ。 それがあれば、ベネディクトと対等にやれるって言ってたよ」
優斗の頭上からフィルの声が落ちてくる。
「たぶんベネディクトは、ほかのまおうこうほから、せかいじゅのぶきをかくしてるんだよ。 にせものをつくって、ほかのまおうこうほのめを、ごまかしてるのかもね」
「ついでに、手にした運の悪い奴が悪魔に憑りつかれるという訳か。 益々、優斗が魔族に狙われるな。 優斗が持ってるのは、確実に本物だからな」
瑠衣の意見を聞いて、優斗が息を呑んだ。
(クリスでもあんなに苦労したのに、魔族が大挙して襲ってきたらっ。 ひとたまりもないな)
「ねぇ、既に悪魔に憑りつかれている人が、あの剣を手にしたらどうなるの?」
「強い悪魔の方が憑りついた身体を乗っ取るわね。 それに世界樹の武器で言えば、ルイとニーナの武器も狙われるんじゃないかしら」
仁奈の素朴な疑問に答えたフィンの言葉に、優斗たちの血の気が引いた。 フィンは瑠衣を見て『それに』と言いかけて止めてしまった。 瑠衣は意味深なフィンの視線に首を傾げて、クエスチョンマークを飛ばしている。 暫く考え込んでいた華がハッとして顔を上げて宣った。
「じゃ、小鳥遊くんたちの武器も、偽物を作る?」
「「「「「えぇっ」」」」」
華の瞳がキラキラと輝いている。 きっと華の妄想が盛り込まれたもの凄い偽物が出来上がりそうだと、優斗たちは思ったが、華はもう、トリップしていて止められそうにない。 後に大変、役に立つのだが、優斗たちには知る由もなかった。
優斗たちはこれ以上ここにいても、何も出来ない事を悟った。 今は、切迫している当面の生活費を稼ぐ方へ考えをシフトして、依頼を受ける為にギルドへ向かった。
――ゴリラっぽい魔物の群れを追い、森の中を華を先頭に走る。
森の中に複数の人間の足音と、はためくマントの音、蹄の足音、裾に葉の擦れる音が鳴り、草地を蹴っている。 そして、虫除け結界が魔物を消し飛ばす音が森の中にで響いた。
瑠衣の提案で、狭い雑木林で戦うより、1番安全な方法を取った。 結界は魔物を感知すると、光を放ち、魔物を消し飛ばして行くのだ。 優斗の隣で、黒い笑みを浮かべ、瑠衣が感嘆の声を上げていた。
「流石だな。 前より強くなったんじゃないか? 虫除け結界」
「うんうん、王子と華の愛が深まったからかしらね。 虫除け結界が強くなったの」
「仁奈っ! 瑠衣くんっ!」
華は真っ赤になって、仁奈と瑠衣を諫めている。 優斗は真顔で動じていない振りをしていたが、真っ赤になった耳を隠せていなかった。 堪らず、優斗が瑠衣たちに向かって声を荒げた。
「お、お前らっ! いい加減にしろよ! 結界に守られてるって言っても、油断してたらやられるからな!」
「まぁまぁ、優斗! 俺らは純粋に喜んでるんだぞ。 やっと優斗の想いが実った事に。 お祝いするか?」
「しなくていいから!」
華はずっと真っ赤になって俯いている様子が、優斗の脳内に流れ込んでくる。 照れている華に『可愛い』と思いつつも、今は魔物狩りに集中しなくてはならない。 ふざけ合っている優斗たちに、フィルとフィンの厳しい言葉が飛ぶ。
「ちょっと! 遊んでないで、集中して!」
「まものがくるよ!」
『前方で魔物の群れを感知、目的のゴリラっぽい魔物の群れです。 危険度は高です。 虫除け結界では、攻撃を防げても、吹き飛ばせません』
「華! 後ろに下がれ! 瑠衣、行くぞ!」
「よし! 仁奈は華ちゃん、守ってろ!」
「当然、私も行くに決まってる! 華には虫除け結界あるから大丈夫よ! ある意味、私らより最強だと思うよ」
優斗のこめかみがピクリと動いたが、仁奈の声を無視して、飛び出して行った。 銀色の足跡を踏んで、跳躍する。 視界に魔物の群れが入ってきた。 優斗の背後で風神の蹄の足音が聞こえる。
瑠衣はちゃんとついて来ている様だ。 フィルと同化する感覚が全身に駆け巡り、魔力を全身に纏う。 木刀に魔力を流すと、花びらが舞い、木刀が氷を纏っていく。 木刀を振り、半月状の氷の刃を生成させ、目の前の魔物を見据える。 優斗の瞳に魔力が宿ると、魔物に氷の刃を飛ばした。
目の前の数頭の魔物を氷の刃で切り裂いていく。 切り裂かれた魔物の欠片は、魔法石へ変わっていき、フィルが回収していく。 背後から、空気を切り裂きながら、瑠衣の複数の矢が飛んでくる。
目の前の魔物が心臓を打ち抜かれ、地面に縫い留められていく。 ゴリラっぽい魔物の群れの半分弱が倒され、怒った魔物たちが一斉に突っ込んで来た。 遅れてきた仁奈の槍の鉾が煌めく、ゴリラっぽい魔物を難なく、空中に放り投げると、魔物の心臓を突き刺した。
最後は優斗の凍結魔法で、一帯を氷の世界に変え、魔物を殲滅させた。 砕けた魔物の欠片は、全て魔法石へ変わり、全てフィルが回収していった。
「これだけでも、足りなさそうだなっ」
瑠衣の声に、山盛りの魔法石を見ても、優斗たちは不安に顔を引き攣らせていた。 華が頬を引き攣らせながらも、前向きな意見を出した。
「でも、家具の魔道具に使う魔法石は確保できたね。 後、2・3個の魔物の群れを倒せば、何とかならないかな?」
「今日中は無理だよね」
仁奈の項垂れた様子に、瑠衣もフィルとフィンをチラリと見ると、ガクッと肩を落とした。 フィンは兎も角、フィルは不思議そうに瑠衣を見つめ返していた。
「だな。 いつもなら、これくらいだと2週間は持ってくれるんだけどなっ」
『微かに悪魔の気配がします。 周囲に危険はありませんが、警戒して下さい』
「えっ! あくま?!」
フィルの驚いた声が周囲に響く。 監視スキルの声に、脳内で地図を拡げ、悪魔の気配の位置を確認すると、地図上に黒い点が点滅している。 優斗たちから少し離れた場所だ。 吹き出しには、勇者の剣と書いてあった。
「勇者の剣?」
瑠衣たちはもう、優斗の独り言には慣れっこになっている。
「こっちだ! こっちに勇者の剣が落ちてある」
「ちょっと待て、優斗! 1人で行くなっ!」
「王子っ! 本当なの?」
「ああ」
「「「「「「あっ」」」」」」
優斗の言う通りに進むと、雑木林の中にポツンと勇者の剣が落ちていた。 フィルが銀色の少年の姿で地面に降りると、剣に近づいてよく見た。
「剣は偽物だね。 確かに、微かだけど、悪魔の気配がするよ」
「剣だけ落ちてるって、おかしくないか?」
「これって、あの武器屋さんに売ってあった剣かな?」
華の意見に優斗たちは顔を見合わせて、急いで武器屋へ向かった。 結果、武器屋の剣はまだケースに飾られ、売られていた。 優斗たちが拾った剣は、別の偽物だった。
「偽物、2本目だな。 という事は、やっぱりばら撒いてる?」
「このまま、ほっとけないわよね」
瑠衣の言葉で、そこら中で悪魔に魅入られた人たちが、人間の振りをして生活していたらと思うと、優斗たちの背中に悪寒が走った。 瑠衣がフィルとフィンに真剣な目を向けて宣言した。
「フィル、フィン。 ずっと言おうか、どうしようか迷ってたけど。 今後、お前たちの食事の量を俺たちと同じにする。 足りなかったら、各自で調達してくれ。 これから、偽物の剣を探す事に時間を割くから、あまり金を稼げないかも知れないからな」
瑠衣の容赦ない言葉に、フィルとフィンは驚愕の表情で固まった。
「魔族の件が収まれば、フィルたちの好きな物を食べさせてあげるから」
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――優斗たちを待っていた人物は『やぁ』と軽い調子で挨拶をした。
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『高い魔力を感じますが、危険人物ではありません。 信頼できる人物かと思います』
「ありがとう」
何故か、お礼を言われ、優斗たちの頭は理解が追いつかない。 しわがれた声は、何処かで聴いた事のある声だった。 フィルとフィンは、顔を輝かせて微笑んでいる人物に飛びついて、抱きついた。
(もしかして、監視スキルの声が聞こえたのか?)
「「主さま~~!」」
「主さま、訊いて! ルイたちがぼくたちのご飯、減らすって言うんだ~~!」
「主さま、お願い! ユウトたちにお金をあげて~~!」
((((第一声が、それかっ!! しかも、お金あげてって、お金をあげる神様が何処にいる!))))
「う~ん、あげてもいいんだけど、きっと彼らは受け取らないと思うよ。 それよりも、2人とも。 少しは彼らの懐事情をおもんばかってあげなさい。 風神も元気だった?」
「「は~~い」」
主さまの問いかけに風神はウッドデッキに上がり、主さまへ頷いて返事をしていた。
((((ここにいたよ!! 簡単にあげるって言ったよ、この人!!))))
フィルとフィンは主さまの言う事を素直に聞いている。
(声は世界樹ダンジョンで聴いた声と同じだけど)
「話し方が、あの手紙の口調と一致しないな」
背後で聞こえてきた瑠衣の意見に、優斗と仁奈も同意して頷く。
「はぁ~。 主さまっ。 神秘的っ! 妄想が拡がるっ」
隣で華が主さまに見惚れている様子を見て、優斗の胸に嫉妬の炎が灯る。 察した瑠衣と仁奈が、ササッと優斗たちから離れて行った。 優斗は黒い笑みを主さまに向け、何用か尋ねた。
主さまは、少し驚いていたが、面白そうに瞳を細めた。
「主さま、今日は何用でこちらに?」
華も、優斗の嫉妬の冷気が足元で漂っている事に気づき、『しまった』と顔を青ざめさせた。 主さまは、何食わぬ顔をして返事を返した。
「うん、君たちにまた、お願いが出来てね。 手紙でも良かったんだけど。 折角、屋根を直したのに壊すのも可哀そうだから。 直接、来ちゃった♪」
軽い調子で話す主さまに、何処かの誰かと既視感を覚えながら、また何やら面倒な事を頼まれそうな雰囲気に、優斗たちは唖然として固まった。
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それなら、僕は一生片想いでいい。
キミを失うくらいなら。
そう決めていたのに。
……キミからのキスで、
僕は全部壊れてもいいと思ってしまった。
全部壊れても、キミと僕の間に、
新しい関係を、僕が繋ぐから。
僕の頭はときどき、キミへの感情で埋め尽くされる。
可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いか(∞
通報されないだけ有難いと思うしかないくらいだ……。
※『六花の恋』のタイトルですが、『六花の恋』のキャラは出て来ません。
あくまで『外伝』です。
続編では登場予定です。
+++++
碓氷 想
Usui Sou
語り部。
成績は常にトップ。バスケ部員。
尚曰く『ど天然』
塚原 美結
Tsukahara Miyu
長年の想のライバル。バスケ部員。
想曰く『俺の死因は『美結が可愛すぎるから』』
藍田 尚哉
Aida Naoya
愛称『尚(なお)』。男子バスケ部マネージャー。
想曰く『毒舌魔王』
新垣 玲奈
Aragaki Reina
尚の彼女で美結の部活仲間。
美結曰く『尚を素直にさせる子』
後藤 東輝
Gotou Touki
想と尚の友達。
想曰く『しっかり者』
愛染 小唄
Aizenn Kouta
想と尚の友達。
尚曰く『お調子者』
碓氷 里宇
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???
2022.1.15~
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毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
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