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28話 繋がる虫除け結界(上)

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 華を攫った黒い影は、優斗が見失わないスピードで、移動している様だった。 優斗の少し前をゆらゆらと揺れ、黒い影は華を抱えて空を飛んでいる。 優斗は鋭い瞳で、上空を飛んでいる黒い影を睨んだ。

 (あの黒い影は何なんだ? 何の目的があって華を攫うんだ?)

 黒い影を追って街中を暫く駆け抜ける。 王都の外れまで来た。 徐々に街並みが少なくり、畑や空き地が増えていく。 黒い影は、小高い丘の上に建つ、コの字型の屋敷の屋根の上で止まった。

 優斗の姿が見えると、屋敷の窓から中へ入って行った。 背後で雷神がホバリングする音と強風が巻き起こり、瑠衣たちが追いついた事に気づいた。 が、優斗は瑠衣たちを無視して、屋敷へ駆け出した。 同時に、肩を思いっきり後ろへ引かれて体が傾ぐ。 転びかけて、後ろへ引っ張った相手に受け止められた。 頭上のフィルと、背後から瑠衣の声がかかる。

 「ユウト! まって!」
 「待て待て、優斗! 1人で突っ込んで行くな! 中に何があるか分からないんだぞ!」
 
 瑠衣に止められ、我に返った優斗は、瑠衣を情けない顔で見つめていた。
 
 「お前っ! 何て顔してんだよっ。 兎に角、先に屋敷の中を偵察してからだ」
 「2人ともこっち来て! 早く!」

 いつの間にか屋敷の中庭に侵入していた仁奈から声がかかった。 仁奈が茂みの影で陣取っている姿を見て、優斗は少し冷静になった。 仁奈の側へ行くと、指をボキボキと鳴らし、真由に悪態をついている。

 「あの女! 1回、締めないとダメよね。 元の世界にいた時から、王子から相手にされないからって、ねちねちと華に嫌がらせして!」
 
 (それって、俺の所為だなっ)

 もう1人、冷静にならないといけない人物がいた。 優斗と瑠衣、フィルの3人は、仁奈の尋常じゃない雰囲気にたじろぎ、頬を引き攣らせた。 仁奈の目は完全にいってしまっている。

 優斗は仁奈の姿を見て、冷静になっていく自分を感じ、冷静さを欠いていた自身の姿がもの凄く、恥ずかしくなっていた。

 「ニ、ニーナ。 いつのまに」
 「仁奈、ちょっと冷静になろうかっ! もの凄く顔が怖いぞ!」
 
 (そうだ。 冷静にならないと、監視スキルが吹っ飛ぶくらい取り乱すなんて、かっこ悪いっ!)

 頭の中で地図が拡がると、目の前の屋敷の見取り図が現れ、屋敷のあちこちで多数の青い点が表示された。 『王国騎士団員』の吹き出しが青い点を指していた。 屋敷の裏には、数人の勇者御一行のその他大勢が固まっていた。 『勇者御一行のその他大勢』の吹き出しが出ている。

 屋敷の中に居るのは王国騎士団員と、数人の勇者御一行のその他大勢しかいないようだ。 華を攫った黒い影が何者かは分からない。 魔物と、魔族の赤い点は表示されていなかった。

 「華を攫ったのは、王国騎士団だ! それと、数人の勇者御一行のその他大勢。 魔物と魔族もいない。 華は何処にいるんだ?」

 瑠衣と仁奈、フィルの3人は、優斗の独り言を黙って聞いていた。 華の青い点は屋敷の最上階、一番広い部屋で点滅していた。 一緒に真由の青い点も点滅している。

 「華は屋敷の最上階の部屋だ! 結城と一緒にいる」
 「やっぱり、あの女の仕業か!」
 「ニーナっ」
 「どうどう、仁奈っ! で、作戦はどうする? 真正面から行っても捕まるだけだぞっ」

 瑠衣が仁奈を宥めながら、問うてきた。 優斗は鋭い瞳で見えない敵を睨みつけると、華が居るであろう部屋の窓を見上げた。

 (華! 必ず助けるから)

 ――優斗の声が聞こえてきた様な気がして、華は窓の外へ視線を向けた。

 (小鳥遊くん? 今、小鳥遊くんの声が聞こえたような……っ)
 
 華の周囲で優斗の気配が漂い、時折、優斗の視線が華に刺さっていた。 今、背中に優斗の視線を感じる。
 
 (今度のは勘違いじゃない。 確実に小鳥遊くんが視てる!)

 華が閉じ込められている部屋の扉が開けられ、廊下から騎士団員に下がるようにと、命令している女の声が聞こえた。 華は聞き覚えのある声に肩を小さく跳ねさせる。 部屋へ入って来た真由を見て、喉を鳴らして息を呑んだ。 真由は華を見ると、上から下までなめるように見てから嘲るように嗤った。

 真由の今日の装いは、どこかの国の王女さまのような艶やかな真っ赤なドレスだ。 髪をアップにし、胸元も大きく開いている。 胸元には黒子が2つあった。 余程、胸に自信があるのだろうと、華は以前に真由を見かけた時も、胸の開いたドレスを着ていた事を思い出した。

 別に自身が着ているローブと、白いマントがみすぼらしいとは思っていない。 自分で考えた防具なのだから、誰に見られても恥ずかしくはなかった。 先に口を開いたのは真由の方だった。

 「久しぶりね、花咲さん。 まさか、貴方までこっちに来てたとはね。 しかも、王子と一緒にっ」

 最後の言葉には、真由の怨念が込められている様な気がして、華は青ざめて固まった。

 (ひぇっ! こわっ! 結城さん、めっちゃ怒ってる! そんなこと言われてもっ)
 
 「しかも、一緒に暮らしてるんですってね! 王子と!」
 「ひぃっ!」

 真由の背中に般若が視える。 華の身体が大きく跳ねた。 恐怖で舌が縺れ、しどろもどろになりながら、しなくてもいい説明をしてしまった。

 「わ、私と2人じゃ、仁奈と瑠衣くんも、なのでっ」

 華は顔を横に思いっきり振り、2人じゃない事を強調した。 突然、華の周囲で漂う優斗の気配が強くなり、華の背中に優斗の視線が突き刺さって悪寒が走る。 華はまた『ひぃ』と悲鳴を上げ、身体を跳ねさせた。 前方からも、後方からも、華にかかる圧が凄い。

 「私、貴方のそういうオドオドした態度が嫌いなのよ! 王子もなんでっ、こんな子の何処が良いのかしらねっ」

 華は拳を強く握り、真由を強い眼差しで見つめた。 華の様子に面白そうに真由は口の端を上げる。

 「そんな顔、いつまで出来るかしらね」

 真由の瞳が怪しく光ると、目線を合せた華の身体が動かなくなった。 真由の視線を逸らせない事に、恐怖が拡がる。 華の足元で魔法陣が拡がり、結界が発動された。 真由の怪しい術から解放された華は、しゃがみ込んで荒い息を吐いた。 結界内には、微かに桜の香りが充満していた。

 真由は華に術を解かれ『ちっ』と舌打ちを零すと、忌々し気に華を睨みつける。

 『華~!』
 
 (えっ? 今、小鳥遊くんの声が聞こえた?)

 華が周囲を見回してみても、当然だが優斗の姿は部屋にない。 真由の瞳がまた怪しく光ったが、華の身体が動かなくなる事はなかった。 真由の顔が更に歪め、華を睨みつけた。 真由が口を開きかけた時、部屋の扉がノックされ、騎士団員の声が扉の外から聞こえた。

 真由が息を吐いてから返事をすると、扉を開けて入って来た騎士団員が、真由の耳元に何事か囁いた。 騎士団員の報告を聞いた真由の表情が、不自然な笑みを浮かべて歪んだ。 真由の様子を見て、華の背中に悪寒が走る。 華の知っている真由ではないような気がした。

 (この人は誰? 本当に結城さんなの?)
 
 「結城さんっ?!」
 「王子が来たみたいよ。 ふふっ、この姿で出迎えたら驚くかしらね」

 真由がくるりと1回転すると、真由の顔が華の顔へ変わった。 華は仰け反って固まった。

 「あなたはここで、王子が私に落ちる所を見てなさい!」
 
 華に指を突き付けて宣った。
 
 「!!」

 何かの魔法を部屋に掛けたのか、一瞬だけ部屋全体が光った後、真由は華に化けたまま部屋を出て行ってしまった。

 (結城さん、少し様子がおかしかった? 小鳥遊くんたちと会ったら、大変な事になるかもっ……っ。 私の声が小鳥遊くんに聞こえるかどうかは分からないけど、伝えないと!)

 華は青ざめたが、深呼吸して拳を強く握りしめた。 顔を上げると、視ているであろう優斗へ向かって叫ぶ。
 
 「小鳥遊くん! 結城さんに気を付けて! 結城さん、私に化けてるから! それと、何か怪しい術を使うから、結城さんと視線を合わせないように気を付けて!」
 
 優斗からの返事は、思っていたよりもすぐに返って来た。 優斗の声は、結界内で響いていた。
 
 『分かった、気を付ける! 華もそこから動くなよ! 直ぐに行くから!』
 
 「!!」
 
 (本当に聞こえたっ! 私の声、小鳥遊くんに聞こえてるんだ。 どういう仕様なのか分らないけど。 きっと、いつも小鳥遊くんの気配がしてる事に関係してるのかもっ)

 華はしゃがみ込んで、深く息を吐いた。 フードから軽く跳ねるような音が鳴り、丸いフォルムが飛び出してきた。 丸いフォルムが、徐々に銀色の少女の姿へ変わっていく。

 「フィン!」
 「やられたわね、ハナ。 もうちょっと、女のバトルが視られると思ったんだけど」
 「フィンっ、小鳥遊くんたちの所に居ると思ってた」
 「私はハナの従魔なのよ。 主が危険な目に遭ってるのについて行かない訳ないでしょ。 それに、フィルと連絡が取れるからね」
 「そっか。 小鳥遊くんたち、大丈夫かな?」
 「大丈夫でしょ? ユウトが偽物のハナが分からない訳ないわ! ハナが思っている以上に、ユウトはハナに執着してるわよ」
 「うっ、よし、フィン! やるわよ! いつまでもやられっぱなしじゃ、女が廃るよね!」

 華は結界を解き、置いてある家具を腕の魔道具で破壊し始めた。 火の魔法弾は火事が起きたら怖いので、空気砲が出る魔法弾を使った。 フィンが『ユウト! ハナが壊れたわよ! 早く来て!』と叫んでフィルへ報告をした。

 華の魔道具は、妖しい術が掛かった扉を吹っ飛ばす程の威力がない。 家具の材料で、ここから出る為の魔道具を作る為だ。 華は無いとは思っているが、優斗が真由に落ちない事を、心中でこそっと祈っていた。

 ――華が真由と話している間、優斗たちは何をしていたかというと。
 
 優斗たちは裏口へ回り、警備の手薄な裏から押し入ろうとしていた。 優斗は勝手口の前で、聞き耳を立てて部屋の中を伺う。 優斗の頭の中で、監視スキルの声が響く。

 『勇者御一行のその他大勢のうちのモブキャラが2人だけです。 危険はありません』

 (モ、モブキャラってっ。 そういうの何処で覚えてくるんだ?)

 『小鳥遊優斗の頭の中の記憶です』

 (そうかっ)

 監視スキルの言葉にガクッと肩を落とした後、溜め息を吐いて中の様子に集中した。 扉の向こうは休憩室のようで、中から2人の10代と思われる少年の声が聞こえてくる。 聞こえてくる話の内容によると、どうやら優斗たちの同級生と思われた。

 「なんで、わざわざここに? 小鳥遊って、マジでこっちに来てるのか?」
 「みたいだぜ。 結城がずっと狙ってた奴だろ? でも、小鳥遊って花咲とデキてなかったか?」
 「そうなのか? 小鳥遊が花咲を追いかけ回してるって、噂で聞いた事はあるけど」
 「どっちみち、結城には小鳥遊は落とせないって事か」
 「小鳥遊って、『花咲、花咲』って言ってて、ストーカーぽくってキモくね」

 少年2人が『ぎゃははは』と下品な笑い声で話す声が中で響いている。 優斗のこめかみがピクリと引き攣り、身体からは冷気が漂う。 瑠衣と仁奈の2人は、恐る恐るチラリと優斗を覗き見る。

 発せられる冷気に危険を察知して、瑠衣と仁奈、フィルの3人は、優斗から距離を取って離れた。 優斗が先陣を切って、扉を乱暴に蹴破る。 黒い笑みを浮かべたまま、問答無用で同級生2人を氷の魔法で凍らせた。

 「ユウト!」
 「ゆ、優斗っ」
 「大丈夫だ。 中は凍ってない。 氷に閉じ込めただけだ。 でも凍死する前に、こいつらに訊きたい事があるからさ」
 
 優斗の瞳には怒りが混じり、完全にいっている。
 
 「「王子っ! こわっ」」
 「……ユウトっ」
 
 瑠衣と仁奈、フィルの顔が引き攣る。 優斗の目は笑っているが、瞳の奥は笑っていない。 瑠衣たちを無視し、優斗は氷に閉じ込めた同級生と向き合った。 優斗がにっこり笑って近づくと、同級生たちは『ひぃ』と悲鳴を上げたが、氷で籠った声は、優斗たちにはっきり聞こえなかった。

 「魔王討伐はいつだ? お前らその他大勢でも、それくらいは知ってるだろう?」
 『なっ、小鳥遊! 後ろにいるのは、篠原と鈴木か?』
 『まじでっ! もしかして花咲とかも来てるのか?』
 「「「「?」」」」
 「氷で籠ってて、何を言ってるのか分からないな」

 瑠衣と仁奈は、優斗のこめかみがピクリと動いたのを見て、再び、そろりと優斗から更に離れた。 フィルが優斗の頭の上で身動ぎすると、溜め息を吐いた。 優斗は氷越しに同級生の喉元に木刀を突き付けた。

 「俺の質問に答えろ! 魔王討伐はいつだ?!」

 同級生の1人が優斗の迫力に気圧され、動揺しながら答えた。 が、口をパクパクさせているだけで、何を言っているのか、全く分からない。 優斗の脳内で監視スキルの声が響き、フィルが同化してくるのを感じた。

 『「2・3日後だっ。 全員が集まる前に、明日、第一陣を送るって王さまが言ってた」と言っています』

 監視スキルが同級生の声まねで訳してくれた。 フィルが監視スキルの声を聴き、瑠衣たちに伝える。

 「明日! 優斗、もう間に合わないんじゃっ!」
 「その前に王さまと会う。 操ってるのは王さまなのか、魔族に操られてるのか、会って確かめる」

 『しかも、一緒に暮らしてるんですってね! 王子と!』
 『ひぃっ!』
 『わ、私と2人じゃなくて、仁奈と瑠衣くんも、なのでっ』

 優斗の脳内に、華と真由の会話と映像が飛び込んで来た。 華が『瑠衣くん』と呼んだ事に、ピクリと肩眉が跳ねる。 優斗はまだ、華に名前呼びされた事がない。 映像の華に、嫉妬が混じる視線を向けると、華は『ひぃ』と叫び、身体を大きく跳ねさせる様子が映し出された。

 『花咲華の危険を感知しました。 花咲華より、虫除け結界が発動されました。 結城真由の術を跳ね返しました』

 華が結界内でしゃがみ込み、息を荒くしている姿が映し出された。

 「華~!」

 優斗の声が聞こえたのか、華は顔を上げ、周囲を見回して不安そうにしている。 優斗は瑠衣と仁奈の方へ向き直り、急いで華の所へ向かいたいと伝えた。

 「分かった。 でも、その前にこいつらの氷を解いてくれ。 流石に凍死されたら後味が悪い。 縄で縛っとこうぜ」
 
 瑠衣がニヤリと人の悪い笑みを浮かべると、瑠衣の弓矢が鞭へと変わった。
 
 「瑠衣の新しい力は、鞭か。 恐ろしく似合ってるなっ」
 「「うん」」
 
 フィルと仁奈が優斗の意見に思いっきり頷いて賛同した。
 
 「ユウト、ハナにはフィンがついてるし、だいじょうぶだよ」
 「ああ、頼りにしてるって言っといてくれ」
 「りょうかい!」
 
 優斗たちは休憩室を出て、華がいる最上階まで急いだ。
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