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23話 小鳥遊くんのあの顔が好きなんだ。
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胸の鼓動が高鳴り、心臓が破裂しそうになって、華は咄嗟に駆け出していた。 方向感覚を狂わせる魔法が掛かっている事など、すっかり忘れてしまった華は、森の中で迷子になっている事にも全く気付いていなかった。
華の頭の中は、先程の優斗の顔が占領していて、高鳴る鼓動を止められずにいた。
(やばい、キュン死するところだったっ! あんな近くで、あんな顔で見つめられたら、心臓がもたない! ああ、やっぱり私、小鳥遊くんのあの顔が好きなんだっ)
華は深い溜め息を吐くと、自分の傲慢さに、高揚していた気持ちが急激に沈んでいった。 優斗の顔を思い浮かべては、高鳴る胸と萎んでいく気持ちを繰り返し、自分でもどうすればいいか分からなくなっていた。 華の周囲に桜の香りが漂い、優斗の気配を感じ、華はハッとして顔を上げた。
(あ、小鳥遊くんの事、置いてきぼりにして来た! 離れないでって言われてたのに。 どうしよう、怒ってるよね? でも、普通の顔して戻れない。 どんな顔すればいいのっ)
華の後方から、優斗が華の名前を呼ぶ声が耳に届いた。 優斗の声が聞こえた途端、華は何故か、また駆け出した。 華の足が反射的に動き、更に森の奥へ分け入る寸前、後方で大きく葉が擦れる音を鳴らし、足元の草地に影が過ぎる。
影は華の進路を阻むように、目の前に降り立った。 華の肩が大きく跳ね、後ずさると、足元の石に躓き、尻餅をついてしまった。 周囲には只ならぬ空気が流れていて、華の頬には涙が一筋、流れていた。
――自身の魔力の痕跡を追ってきた優斗。
視線の先で、華が更に森の奥く深くへ分け入いる後ろ姿を見て、走るスピードを上げた。 フィルとフィンの羽根がパタパタと羽ばたき、優斗の白いマントが風で煽られてはためく。 現れた銀色の足跡を踏んで跳躍する。 1歩の跳躍で華の身長を飛び越え、目前に降り立った優斗は、少し苛立っていた。
だから、冷たい言い方になってしまい、優斗が思っているよりも低い声が出た。 華は後ずさりした後、足元の石に躓いて尻餅をついた。 華のマントと、ローブの裾がひらりと翻る。 裏地の桜吹雪が視界の端に映った。 フィルとフィンは、優斗の様子を見て、少し離れた位置で2人の様子を伺っている。
「花咲、何処に行くんだ? 俺から離れるなって言ったよな。 逸れたら見つけられないからって」
華の肩が大きく跳ね、近づこうとした優斗から、尻餅をついたまま少し後ずさった。 優斗の視線が、涙に濡れた頬を捉え、考える前に言葉が先について出る。
「何で泣いてるんだ?」
華は自分が泣いていた事を、優斗に問われて初めて気づいたようで、両手で頬を拭っている。 優斗は慰めるつもりで、手を伸ばしたのだが、華の身体が小さく跳ねた。 そして、華の周囲で魔法陣が展開され、結界が発動された。 目を見開いて優斗の動きが止まり、呆然とした優斗の脳内に、監視スキルの声が響く。
『花咲華から拒絶を確認、虫除け(結界)が発動されました』
華の周囲を光の壁で阻まれ、これ以上は華に近づけなくなった。 優斗は弾かれる覚悟で、結界の壁へ手を伸ばす。 弾かれるかと思われた優斗の手は弾かれず、結界の壁には触れる事が出来た。
優斗の表情に悲しみが滲んでいく。 監視スキルの言葉が、優斗の胸を締め付け、痛みに顔が歪んだ。 きっと今、自分は情けない顔を、華に晒しているだろうと思うと、優斗の気持ちは更に沈んでいった。 唇を引き結んで拳を握りしめ、胸の痛みをどうにか逃がす。
(花咲には、拒絶されたくなかった)
優斗の傷ついて歪んだ顔を見た華は『あっ』と口を開けた後、結界が解除された。 フッと光の壁が揺れ、球体が崩れていく。 だが、優斗はその場を動かなかった。 いや、1歩も動けなかったが正しい。
華も咄嗟に結界を張ってしまった事に後悔し、眉を下げて情けない顔をしている。 泣き出しそうだった華が、何かを決心したのか、優斗を見上げて口を開いた。 華の決意に嫌な予感がしてならない。
振られる予感に、優斗の鼓動が速くなり、胸を締め付ける。 聞きたくない言葉に、耳を塞ぐ事も、視線を逸らす事も、優斗は出来なかった。
「あの、さっきの結界は、小鳥遊くんが嫌なんじゃなくて。 ちょっと、小鳥遊くんの雰囲気が怖くなったからで」
顔を上げた華の視線が一瞬泳いだが、再び優斗を見据えると、一気に華の今の気持ちを正直に吐き出した。
「私は、小鳥遊くんの事が好きなんだと思う。 でも、それは小鳥遊くんが私の事が好きだから、私は小鳥遊くんの事が好きなんだよ。 小鳥遊くんが私を見つめる瞳が好き。 前みたいに、見てくれなくなったのが寂しくて、いつでも私を見ていて欲しいって思ってる。 小鳥遊くんは、きっと私の事を純粋に好きになってくれたんだと分かってる。 でも、私の好きは純粋じゃない、好きなった理由が不純過ぎる! だって、小鳥遊くんが私の事を好きにならなかったらっ。 私は小鳥遊くんを好きにならなかったのかもしれない。 でも、小鳥遊くんが他の人を見つめるのは、絶対に嫌なの!」
(ああ、そうか。 あの寂しげな顔は、そういう理由だったのか。 俺が、監視スキル越しに見てるの、花咲は知らないだろうしな。 俺の脳内では、ずっと花咲の映像が流れてるから、当たり前になっていて。 実物の花咲の事は、話をする時くらいしか、見てなかったような気がする。 俺は花咲の何処が好きなんだっけ?)
優斗は華の話を聞いて、華を好きになった切っ掛けを思い出していた。 優斗の脳裏に、ある日の優斗と華の姿が浮かぶ。 まだ入学したてで、華がよく校舎で迷子になっていた頃だ。 優斗は部活を抜けて、よく下駄箱まで華を送って行った。
『王子なんて呼ばないよ! そんなイタイあだ名で呼びたくない。 私までイタイ奴って思われる』
『そんなイタイあだ名で呼ばれてる俺は、めちゃめちゃイタイ奴だな。 そんで、王子って呼んでる奴ら皆、漏れなくイタイ奴だ』
(純粋に、花咲が『王子』って呼ばない理由を知りたいだけだったんだけど、『イタイ奴』って言われるとは思わなかったな)
『あっ、小鳥遊くん自身はイタイ奴じゃないよ。 王子ってあだ名がイタイだけで』
『イタイ奴』とはっきり言われるとは予想外で、優斗は面食らったのを覚えている。 華がアワアワ弁明してる様子は、面白くて可愛いと思った。 この事が切っ掛けで、華の事がずっと気になって見ていた。 そして、度々、迷子になる華を見つけては、下駄箱まで送る事が楽しみになっていた。
ただ、本当に華が迷子になっていたのかは定かではない。 結城真由と取り巻きたちが下駄箱でコソコソ何かしていたのを、優斗は何度か見かけていた。
ずっと華を見ていると、イケメンを見つけては、何か妄想しているのが分かった。 話をしている時も、優斗を通り越して何かを妄想しているのが分かった。 キラキラした瞳で他の男を見ている華を見て、嫉妬に駆られ、優斗は自分の気持ちに気づいた。 いつしか優斗は、ちゃんと自分を見て欲しくて、華を見つめるようになっていた。
優斗が『フッ』と笑った事に気づき、華が訝し気な顔をして優斗を見つめてくる。 華の目線に合わせ、優斗も華の前で膝をついた。
「ごめん。 花咲の話を聞いて、俺が花咲を好きになった切っ掛けを思い出してたんだ。 王子ってあだ名を呼ぶ奴は『イタイ奴』だから呼ばないって言われて、かなり衝撃的だったんだけど、俺は嬉しかったんだよ。 花咲だけが、ちゃんと俺の名前を呼んでくれる事が、俺を俺として見てくれてるのかなって。 だから気になった、いつも俺を通して何を見てるのか。 俺も花咲に俺を見て欲しいって思ってたよ。 俺たち、お互いが自分を見て欲しいって思って見てたんだな。 それに、異世界に来てもっと好きになった。 花咲の反応とか、意外な一面とか、ちょっとズレてる所とか、凄い面白くて好きだよ」
優斗が華に柔らかい笑顔を向けると、華は目を見開いて驚いた後、真っ赤になって俯いた。
「あの、じゃ、もしかして、もうバレてる? 私が何を見てたか」
「うん、目下の敵は『あいつ』だって思ってたけど。 元は俺なんだな」
「……っでも、なんかやっぱり違う気がする!」
「ええっ!」
「だって、このままじゃ、自信もって好きだって言えない! 何処が好きなのかって訊かれたら、小鳥遊くんみたいに答えられない!」
「そんなの、全部って言っとけばいいんだよ」
「えっ!」
「同じ気持ちだって分かったんだから、これからは遠慮しなくてもいいよな」
優斗はにっこりと、ほのかに黒い笑みを向ける。 華が口を開けて間抜けな顔をしている隙に、優斗は華を抱き寄せた。 抱き寄せた腕に力を込めると、華も諦めたのか、絆されたのか、手を優斗の背中に回して来た。
「花咲が、華が『好き』って言うまで諦めないから」
抱きしめた華のマントの隙間から見えたローブで気づいた。 色が薄紫で、腰ひもの飾りが桜の花に加工した魔法石。 優斗の防具とお揃いに見えなくもない。 極めつけは、華が躓いた時に、チラリと見えたローブの裏地の色は、優斗の防具の紫紺の色だ。 それも、桜吹雪が刺繍されていた。
優斗の防具の裏地の色は、薄紫色だ。 華の魔道具も桜の花に加工した魔法石。
「もしかして、俺と華の武器と防具、お揃いになってる?」
「えっ!」
腕を離して、お互いを見てみる。 ちょっと違うが、桜や色使い等、所々が似ている。 どうやら、華も気づいていなかったらしい。 華は無意識に優斗とお揃いに出来る所は、こっそりとお揃いにしていたらしい。
「えっ、無意識ってこわいっ」
丁度、頃合いか、瑠衣と仁奈が優斗たちを探す声がした。 森を駆ける蹄の足音も、2人の耳に届いた。 1人になっても前へ進めって言われていたが、合流出来るのならしたいと思っていた。
だから、瑠衣と仁奈の2人の姿が見えた時、優斗たちは素直に喜んだ。
「優斗! 華ちゃん! 良かった、2人とも一緒だったか」
「華! 無事で良かった!」
仁奈は優斗を押しのけて華を抱きしめた。 瑠衣と仁奈も無事なようで、瑠衣たちが転送されたのは森の中、今やっとの事で抜けて来たらしい。 優斗と華が何故、森に居るのかは、迷子になっていた事にした。
しかし、瑠衣は誤魔化せなかった『後で報告しろよ』と黒い笑みが優斗へ向けられていた。 優斗はそっと目を逸らして誤魔化した。 どうせ後で吐かされるのだろうと思うと、優斗から深い溜め息が出た。
――優斗たちは森を抜け、優斗と華が転送された石畳の迷路の所まで戻って来た。
道中、魔物と戦いながら、方向感覚を狂わせる魔法が掛かっている為、散々迷いまくって辿り着いた。 後から、優斗の魔力の痕跡で移動すれば良かったのだと分かって後悔した。 外はもう、夜らしい。
フィルの『もう寝た方がいい』という言葉で優斗たちは、テントを張って寝る事にした。 火は以前にフィルから教えてもらった方法でおこす。 何処にもでも火属性の薬草は生えているらしい。
瑠衣と優斗が火の番をしてる間に、先に華と仁奈を寝かせる。 後で、従魔の4匹が交代してくれるらしい。 随分と出来た従魔だ。 ここで瑠衣から昼間に華とあった事を吐かされたのだが、負けじと優斗も仁奈との事を突っ込んだ。 瑠衣はキョトンとした顔をして宣った。
「あれくらい、普通だろう? 仁奈とは何もないよ。 好きかって訊かれたら、人間としては好きって答えるかな」
「そうか、変な勘繰りして悪かったっ」
(俺には、いちゃついてる様にしか見えなかったんだけど。 瑠衣もちょっと鈍い所があるからなぁ)
「いや、それよりも勇者の力だ。 勇者御一行に先越されてなければいいけどな」
「うん、そうだな」
焚火の音がはぜる中、初めてダンジョンで夜を過ごす。 遠くに『ホ~』とフクロウに似た鳴き声が響いていた。 異世界へ落とされて18日目の夜、優斗は昼間の事を思いだし、瑠衣に隠れ、込みあげてくる嬉しさでニヤケる顔、高鳴る鼓動を必死に抑えていた。
――一方、華と仁奈もテントで女子会をしていた。
華の話を聞いた仁奈は、素直に華に感心していた。 『気にするとこ、そこなのか』と。 普通であれば、あんな王子の様な容姿の美少年に好意を持たれれば、気後れするはずで『自分なんて、釣り合わない』と卑屈になってしまうだろう。 なのに華はというと、優斗を好きになった理由が不純過ぎると、悩んでいる。
『王子は、顔で女を落とせるからねぇ。 仕方ないよ』なんて言える雰囲気ではない。
(う~ん、華の性格上、その事は言わない方がいいよね。 気づいたら悩みそうだし。 それで王子の事、諦めるなんて言い出されたら、私が王子に殺される! う~んでもなぁ、なんて言ったらいいのか。 私も、恋愛偏差値低いからなぁ。 軽く付き合った事くらいしかないし、華みたいに悩んだこともないし)
華はじっと仁奈を見つめて、仁奈の答えを待っている。
(駄目だ! 何も思いつかない! 何か言わなくてはっ)
仁奈は何とか捻り出して答えを出した。
「でも、自分だけを見て欲しいっていうのは、誰しも思ってる事だと思うから、そこは気にしなくていいよ。 好きな所か、華は顔の他に何処が良いと思う? 王子の事。 今は、答えられなくてもいいから、考えてみなよ。 もしかしたら、王子の違う面が見られるかもしれないよ。 深く考えないで、友達の良い所、探すみたいにさ」
華は仁奈の言葉に素直に頷いた。
「うん、考えてみる。 ありがとう」
(華には悪いけど、私だったら、王子だけは絶対に嫌だけどね。 あいつちょっと、ストーカーっぽいしね。 反対に瑠衣も絶対に嫌だ。 あいつらは絶対に類友のはずっ!)
――優斗たちがダンジョンの夜を過ごしていた頃。
勇者御一行もダンジョンの夜を過ごしていた。 勇者御一行は、優斗たちが木の実を齧って移動した直後に、大木まで来ていた。 辺り一面の氷の世界と、木の実の噛み跡を見て推理し、自分たちも木の実を齧って移動したのだ。 やはり優斗たちと同様で、方向感覚を狂わせる魔法が掛かっている為、上手く脱出できないでいた。
当然だが、真由は来ていない。 春樹は心の底から、真由がいなくて良かったと思っていた。 こんな現状に巻き込まれたら、真由の我儘が爆発するだろう。 真由の我儘と、時折、媚びてすり寄って来る事に、春樹は辟易していたのだ。 草地を踏みしめる足音が春樹の耳に届き、振り返ると、桜が交代の為に立っていた。
「春樹、交代するぜ。 休めよ」
「桜か、分かった。 少し眠る」
春樹は勇者御一行たちに用意されたテントへ戻っていった。 桜は春樹の真面目で堅苦しい感じが苦手だ。 自身の方が堅苦しい剣道をやっているにも関わらず、桜は何処かチャラチャラしていて軽薄だ。 堅苦しい春樹だが、王女と出会って、少し変わってきた。 余命僅かの王女は、とても美しかった。 星空を見つめる桜の瞳には、何を映しているのか伺えない。 ただ、黙って夜空を見上げていた。
華の頭の中は、先程の優斗の顔が占領していて、高鳴る鼓動を止められずにいた。
(やばい、キュン死するところだったっ! あんな近くで、あんな顔で見つめられたら、心臓がもたない! ああ、やっぱり私、小鳥遊くんのあの顔が好きなんだっ)
華は深い溜め息を吐くと、自分の傲慢さに、高揚していた気持ちが急激に沈んでいった。 優斗の顔を思い浮かべては、高鳴る胸と萎んでいく気持ちを繰り返し、自分でもどうすればいいか分からなくなっていた。 華の周囲に桜の香りが漂い、優斗の気配を感じ、華はハッとして顔を上げた。
(あ、小鳥遊くんの事、置いてきぼりにして来た! 離れないでって言われてたのに。 どうしよう、怒ってるよね? でも、普通の顔して戻れない。 どんな顔すればいいのっ)
華の後方から、優斗が華の名前を呼ぶ声が耳に届いた。 優斗の声が聞こえた途端、華は何故か、また駆け出した。 華の足が反射的に動き、更に森の奥へ分け入る寸前、後方で大きく葉が擦れる音を鳴らし、足元の草地に影が過ぎる。
影は華の進路を阻むように、目の前に降り立った。 華の肩が大きく跳ね、後ずさると、足元の石に躓き、尻餅をついてしまった。 周囲には只ならぬ空気が流れていて、華の頬には涙が一筋、流れていた。
――自身の魔力の痕跡を追ってきた優斗。
視線の先で、華が更に森の奥く深くへ分け入いる後ろ姿を見て、走るスピードを上げた。 フィルとフィンの羽根がパタパタと羽ばたき、優斗の白いマントが風で煽られてはためく。 現れた銀色の足跡を踏んで跳躍する。 1歩の跳躍で華の身長を飛び越え、目前に降り立った優斗は、少し苛立っていた。
だから、冷たい言い方になってしまい、優斗が思っているよりも低い声が出た。 華は後ずさりした後、足元の石に躓いて尻餅をついた。 華のマントと、ローブの裾がひらりと翻る。 裏地の桜吹雪が視界の端に映った。 フィルとフィンは、優斗の様子を見て、少し離れた位置で2人の様子を伺っている。
「花咲、何処に行くんだ? 俺から離れるなって言ったよな。 逸れたら見つけられないからって」
華の肩が大きく跳ね、近づこうとした優斗から、尻餅をついたまま少し後ずさった。 優斗の視線が、涙に濡れた頬を捉え、考える前に言葉が先について出る。
「何で泣いてるんだ?」
華は自分が泣いていた事を、優斗に問われて初めて気づいたようで、両手で頬を拭っている。 優斗は慰めるつもりで、手を伸ばしたのだが、華の身体が小さく跳ねた。 そして、華の周囲で魔法陣が展開され、結界が発動された。 目を見開いて優斗の動きが止まり、呆然とした優斗の脳内に、監視スキルの声が響く。
『花咲華から拒絶を確認、虫除け(結界)が発動されました』
華の周囲を光の壁で阻まれ、これ以上は華に近づけなくなった。 優斗は弾かれる覚悟で、結界の壁へ手を伸ばす。 弾かれるかと思われた優斗の手は弾かれず、結界の壁には触れる事が出来た。
優斗の表情に悲しみが滲んでいく。 監視スキルの言葉が、優斗の胸を締め付け、痛みに顔が歪んだ。 きっと今、自分は情けない顔を、華に晒しているだろうと思うと、優斗の気持ちは更に沈んでいった。 唇を引き結んで拳を握りしめ、胸の痛みをどうにか逃がす。
(花咲には、拒絶されたくなかった)
優斗の傷ついて歪んだ顔を見た華は『あっ』と口を開けた後、結界が解除された。 フッと光の壁が揺れ、球体が崩れていく。 だが、優斗はその場を動かなかった。 いや、1歩も動けなかったが正しい。
華も咄嗟に結界を張ってしまった事に後悔し、眉を下げて情けない顔をしている。 泣き出しそうだった華が、何かを決心したのか、優斗を見上げて口を開いた。 華の決意に嫌な予感がしてならない。
振られる予感に、優斗の鼓動が速くなり、胸を締め付ける。 聞きたくない言葉に、耳を塞ぐ事も、視線を逸らす事も、優斗は出来なかった。
「あの、さっきの結界は、小鳥遊くんが嫌なんじゃなくて。 ちょっと、小鳥遊くんの雰囲気が怖くなったからで」
顔を上げた華の視線が一瞬泳いだが、再び優斗を見据えると、一気に華の今の気持ちを正直に吐き出した。
「私は、小鳥遊くんの事が好きなんだと思う。 でも、それは小鳥遊くんが私の事が好きだから、私は小鳥遊くんの事が好きなんだよ。 小鳥遊くんが私を見つめる瞳が好き。 前みたいに、見てくれなくなったのが寂しくて、いつでも私を見ていて欲しいって思ってる。 小鳥遊くんは、きっと私の事を純粋に好きになってくれたんだと分かってる。 でも、私の好きは純粋じゃない、好きなった理由が不純過ぎる! だって、小鳥遊くんが私の事を好きにならなかったらっ。 私は小鳥遊くんを好きにならなかったのかもしれない。 でも、小鳥遊くんが他の人を見つめるのは、絶対に嫌なの!」
(ああ、そうか。 あの寂しげな顔は、そういう理由だったのか。 俺が、監視スキル越しに見てるの、花咲は知らないだろうしな。 俺の脳内では、ずっと花咲の映像が流れてるから、当たり前になっていて。 実物の花咲の事は、話をする時くらいしか、見てなかったような気がする。 俺は花咲の何処が好きなんだっけ?)
優斗は華の話を聞いて、華を好きになった切っ掛けを思い出していた。 優斗の脳裏に、ある日の優斗と華の姿が浮かぶ。 まだ入学したてで、華がよく校舎で迷子になっていた頃だ。 優斗は部活を抜けて、よく下駄箱まで華を送って行った。
『王子なんて呼ばないよ! そんなイタイあだ名で呼びたくない。 私までイタイ奴って思われる』
『そんなイタイあだ名で呼ばれてる俺は、めちゃめちゃイタイ奴だな。 そんで、王子って呼んでる奴ら皆、漏れなくイタイ奴だ』
(純粋に、花咲が『王子』って呼ばない理由を知りたいだけだったんだけど、『イタイ奴』って言われるとは思わなかったな)
『あっ、小鳥遊くん自身はイタイ奴じゃないよ。 王子ってあだ名がイタイだけで』
『イタイ奴』とはっきり言われるとは予想外で、優斗は面食らったのを覚えている。 華がアワアワ弁明してる様子は、面白くて可愛いと思った。 この事が切っ掛けで、華の事がずっと気になって見ていた。 そして、度々、迷子になる華を見つけては、下駄箱まで送る事が楽しみになっていた。
ただ、本当に華が迷子になっていたのかは定かではない。 結城真由と取り巻きたちが下駄箱でコソコソ何かしていたのを、優斗は何度か見かけていた。
ずっと華を見ていると、イケメンを見つけては、何か妄想しているのが分かった。 話をしている時も、優斗を通り越して何かを妄想しているのが分かった。 キラキラした瞳で他の男を見ている華を見て、嫉妬に駆られ、優斗は自分の気持ちに気づいた。 いつしか優斗は、ちゃんと自分を見て欲しくて、華を見つめるようになっていた。
優斗が『フッ』と笑った事に気づき、華が訝し気な顔をして優斗を見つめてくる。 華の目線に合わせ、優斗も華の前で膝をついた。
「ごめん。 花咲の話を聞いて、俺が花咲を好きになった切っ掛けを思い出してたんだ。 王子ってあだ名を呼ぶ奴は『イタイ奴』だから呼ばないって言われて、かなり衝撃的だったんだけど、俺は嬉しかったんだよ。 花咲だけが、ちゃんと俺の名前を呼んでくれる事が、俺を俺として見てくれてるのかなって。 だから気になった、いつも俺を通して何を見てるのか。 俺も花咲に俺を見て欲しいって思ってたよ。 俺たち、お互いが自分を見て欲しいって思って見てたんだな。 それに、異世界に来てもっと好きになった。 花咲の反応とか、意外な一面とか、ちょっとズレてる所とか、凄い面白くて好きだよ」
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「あの、じゃ、もしかして、もうバレてる? 私が何を見てたか」
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「ええっ!」
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「そんなの、全部って言っとけばいいんだよ」
「えっ!」
「同じ気持ちだって分かったんだから、これからは遠慮しなくてもいいよな」
優斗はにっこりと、ほのかに黒い笑みを向ける。 華が口を開けて間抜けな顔をしている隙に、優斗は華を抱き寄せた。 抱き寄せた腕に力を込めると、華も諦めたのか、絆されたのか、手を優斗の背中に回して来た。
「花咲が、華が『好き』って言うまで諦めないから」
抱きしめた華のマントの隙間から見えたローブで気づいた。 色が薄紫で、腰ひもの飾りが桜の花に加工した魔法石。 優斗の防具とお揃いに見えなくもない。 極めつけは、華が躓いた時に、チラリと見えたローブの裏地の色は、優斗の防具の紫紺の色だ。 それも、桜吹雪が刺繍されていた。
優斗の防具の裏地の色は、薄紫色だ。 華の魔道具も桜の花に加工した魔法石。
「もしかして、俺と華の武器と防具、お揃いになってる?」
「えっ!」
腕を離して、お互いを見てみる。 ちょっと違うが、桜や色使い等、所々が似ている。 どうやら、華も気づいていなかったらしい。 華は無意識に優斗とお揃いに出来る所は、こっそりとお揃いにしていたらしい。
「えっ、無意識ってこわいっ」
丁度、頃合いか、瑠衣と仁奈が優斗たちを探す声がした。 森を駆ける蹄の足音も、2人の耳に届いた。 1人になっても前へ進めって言われていたが、合流出来るのならしたいと思っていた。
だから、瑠衣と仁奈の2人の姿が見えた時、優斗たちは素直に喜んだ。
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――優斗たちは森を抜け、優斗と華が転送された石畳の迷路の所まで戻って来た。
道中、魔物と戦いながら、方向感覚を狂わせる魔法が掛かっている為、散々迷いまくって辿り着いた。 後から、優斗の魔力の痕跡で移動すれば良かったのだと分かって後悔した。 外はもう、夜らしい。
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瑠衣と優斗が火の番をしてる間に、先に華と仁奈を寝かせる。 後で、従魔の4匹が交代してくれるらしい。 随分と出来た従魔だ。 ここで瑠衣から昼間に華とあった事を吐かされたのだが、負けじと優斗も仁奈との事を突っ込んだ。 瑠衣はキョトンとした顔をして宣った。
「あれくらい、普通だろう? 仁奈とは何もないよ。 好きかって訊かれたら、人間としては好きって答えるかな」
「そうか、変な勘繰りして悪かったっ」
(俺には、いちゃついてる様にしか見えなかったんだけど。 瑠衣もちょっと鈍い所があるからなぁ)
「いや、それよりも勇者の力だ。 勇者御一行に先越されてなければいいけどな」
「うん、そうだな」
焚火の音がはぜる中、初めてダンジョンで夜を過ごす。 遠くに『ホ~』とフクロウに似た鳴き声が響いていた。 異世界へ落とされて18日目の夜、優斗は昼間の事を思いだし、瑠衣に隠れ、込みあげてくる嬉しさでニヤケる顔、高鳴る鼓動を必死に抑えていた。
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『王子は、顔で女を落とせるからねぇ。 仕方ないよ』なんて言える雰囲気ではない。
(う~ん、華の性格上、その事は言わない方がいいよね。 気づいたら悩みそうだし。 それで王子の事、諦めるなんて言い出されたら、私が王子に殺される! う~んでもなぁ、なんて言ったらいいのか。 私も、恋愛偏差値低いからなぁ。 軽く付き合った事くらいしかないし、華みたいに悩んだこともないし)
華はじっと仁奈を見つめて、仁奈の答えを待っている。
(駄目だ! 何も思いつかない! 何か言わなくてはっ)
仁奈は何とか捻り出して答えを出した。
「でも、自分だけを見て欲しいっていうのは、誰しも思ってる事だと思うから、そこは気にしなくていいよ。 好きな所か、華は顔の他に何処が良いと思う? 王子の事。 今は、答えられなくてもいいから、考えてみなよ。 もしかしたら、王子の違う面が見られるかもしれないよ。 深く考えないで、友達の良い所、探すみたいにさ」
華は仁奈の言葉に素直に頷いた。
「うん、考えてみる。 ありがとう」
(華には悪いけど、私だったら、王子だけは絶対に嫌だけどね。 あいつちょっと、ストーカーっぽいしね。 反対に瑠衣も絶対に嫌だ。 あいつらは絶対に類友のはずっ!)
――優斗たちがダンジョンの夜を過ごしていた頃。
勇者御一行もダンジョンの夜を過ごしていた。 勇者御一行は、優斗たちが木の実を齧って移動した直後に、大木まで来ていた。 辺り一面の氷の世界と、木の実の噛み跡を見て推理し、自分たちも木の実を齧って移動したのだ。 やはり優斗たちと同様で、方向感覚を狂わせる魔法が掛かっている為、上手く脱出できないでいた。
当然だが、真由は来ていない。 春樹は心の底から、真由がいなくて良かったと思っていた。 こんな現状に巻き込まれたら、真由の我儘が爆発するだろう。 真由の我儘と、時折、媚びてすり寄って来る事に、春樹は辟易していたのだ。 草地を踏みしめる足音が春樹の耳に届き、振り返ると、桜が交代の為に立っていた。
「春樹、交代するぜ。 休めよ」
「桜か、分かった。 少し眠る」
春樹は勇者御一行たちに用意されたテントへ戻っていった。 桜は春樹の真面目で堅苦しい感じが苦手だ。 自身の方が堅苦しい剣道をやっているにも関わらず、桜は何処かチャラチャラしていて軽薄だ。 堅苦しい春樹だが、王女と出会って、少し変わってきた。 余命僅かの王女は、とても美しかった。 星空を見つめる桜の瞳には、何を映しているのか伺えない。 ただ、黙って夜空を見上げていた。
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