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15話 異世界3日目

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 アンバーが旅立つ朝も、優斗は脳内で響く監視スキルの声と、華の無防備な寝顔が脳内でアップにされて飛び起きた。 異世界へ落とされて、3日目の朝がきた。 きっと、いつになっても慣れないだろうと、優斗は大きく息を吐き出した。

 隣のベッドで寝ていた瑠衣が、欠伸をしながら身体を起こした。 瑠衣は朝の優斗の様子に飽きたのか、慣れたのか、監視スキルの事については突っ込んで聞いてこなかった。

 ただ、優斗が騒がしかったようで、瑠衣から眠そうな声で抗議が飛んできた。

 「優斗、朝からうるさい。 もう少し寝かせろよ」
 「悪い、瑠衣。 毎日の習慣で、朝練の時間に目が覚めるんだ」
 「ん~、俺も起きて朝練するかな。 毎日、射たないと勘が鈍るからな」
 
 そう言うと欠伸をして、瑠衣は気持ち良さそうに腕をあげて伸びをした。 優斗と瑠衣、それと仁奈は部活人間だ。 朝から身体を動かさないと気持ちが悪い上に、いざという時、身体が硬くては素早く動けない。 瑠衣の言葉に、優斗は首を傾げた。 ログハウスには剣道場も、弓道場もない。

 「何処で射つんだ?」
 「ああ、弓を射てる場所がないかぁ」
 「俺も剣道場ほしい。 素振りは出来るけど、やっぱり床の上で裸足がいいんだよなぁ」
 「「花咲に作ってもらうか」」

 優斗と瑠衣の意見が合い、声が揃った。 少し早いが、2人は食堂へ降りる事にした。

 (確かアンバーさんが立つ前に、花咲にログハウス(魔道具)の使い方を教える事になってたよな)

 ――食堂へ行くには、リビングを通らなくてはならない。
 
 リビングへ降りると、ソファーで寛いでいるアンバーがいた。 優斗と瑠衣に気づき、アンバーが振り返って笑顔で挨拶をして来た。 2人も笑顔で挨拶を返す。

 「おや、お早いですね。 おはようございます」
 「「おはようございます。 アンバーさん」」
 
 (アンバーさんの敬語、慣れないな。 セレンさんには大分、砕けた口調だったなのに)

 アンバーに良い印象を持っていない優斗の笑顔は、心なしか引き攣っている。 何故か、アンバーには2度も襲われているからだ。 中庭では、風神が草を食んでいて、雷神は相変わらず、池の魚をじっと睨んでいた。 瑠衣は風神へ駆け寄り、何事か話しかけながら、風神の背中を撫でていた。

 華がまだ眠っている事は、監視スキルで知っている。 リビングを見回して気づく、フィルとフィンの姿がない。 何処にも見当たらなかった。

 (あいつら、何処に行ったんだ?)

 くしくも優斗は、アンバーと2人っきりにされてしまった。 向かい合って座るアンバーは、気まずい雰囲気などなく、優雅に紅茶を啜っている。 優斗だけが気まずく思っているようだった。

 (この沈黙が、き、気まずい! って思ってるのは俺だけかっ)

 アンバーは優斗と視線が合うと、にっこりと笑顔を向けてきた。
 
 「これからどうするのか、決めたんですか?」
 「いえ、まだ決めてません」
 「ふむ、確か、勇者の力が手に入るダンジョンを探してるんでしたね」
 
 アンバーの返答に、優斗は顔を上げた。
 
 「何処か心当たりがあるんですか?」
 「いえ、国の外れにダンジョン都市があるのを知っているだけですね。 勇者の力があるのかどうかは、私には分かりません」
 「そうですか」
 「ダンジョン都市は色んな冒険者が集まるので、行けば何か情報が得られるかもしれませんね」
 
 (なるほど、ダンジョン都市か。 行ってもいいかもな。 後で皆に訊いてみるか)
 
 「はい、行ってみます。 ありがとうございます」

 アンバーが興味深そうな瞳で優斗を見ている事に、全く気づいていなかった。 アンバーと会話を重ねるうちに、優斗も打ち解けてきて、気まずい雰囲気も何処かへいった。

 瑠衣も戻って来て、3人で談笑していたら、華と仁奈もリビングへ降りてきた。 2人が階段を降りる足音が聞こえて来る。

 アンバーがエルフの里へ出発する時間が来た。 優斗たち全員で、アンバーの荷物を荷馬車に積むのを手伝った。 アンバーが優斗のそばへ来て、声を掛けてきた。

 「最後に1つだけ。 貴方の監視スキルですけど、ちゃんとハナさんと話し合って使った方がより効果的ですよ。 後、これだけは分かってあげて下さいね。 ハナさんがエルフの秘術を受け継いだのは、きっと貴方の為だと思いますよ」

 アンバーに耳元で囁かれた内容に、優斗の心臓が大きく跳ねた。 『何で監視スキルの事、知ってるんだよっ』と優斗は真っ赤になって狼狽えた。 アンバーは意味深な笑みを残して御者台に乗り込むと、馬に鞭を打って馬車を走らせた。 アンバーの荷馬車は、森の奥へ消えて行った。

 世界樹ダンジョンの向こう、深い森の奥にエルフたちの村があるらしい。 優斗たちは、馬車が見えなくなるまで見送ったが、優斗だけは落ち着かなくて悶々としていた。

 ――隠れ家のリビングにて、今後の話し合いがなされた。
 
 優斗たちは、セレンから譲り受けたログハウスを『隠れ家』と呼ぶことにした。 華からの提案で、間取りを作り変えたいという事だった。 次いでとばかりに、優斗と瑠衣が自分たちの希望も述べた。

 「1階はこのままでいいんだけど、2階の私たちの部屋は階段を2つ作って、左右に分けて、男女別々に上がれるようにしたいの」
 「「ん?」」

 優斗と瑠衣が同時に目を見開いて、首を傾げる。 華の意図が分からないのだ。 部屋に鍵を付ければ、万が一の事があっても、個人のプライバシーは保障される。

 華の意図は1つだ。 同じ並びに部屋があると、間違って華の部屋が優斗と瑠衣の目に晒される事があるかもしれない。 仁奈には、華の趣味が中学の時にバレている。 なので、仁奈に見られても平気なのだが、優斗と瑠衣にはチラッとでも見られたくないのだ。 何故なら、個人部屋になったらきっと、華の部屋は優斗の立体映像だらけになる事は違いないからだ。 華の心情はというと。

 (アイドル部屋だったらなぁ、何とも思われないだろうけど。 対象が一般人になった途端、『やばい奴』認定確実だもんね。 それは絶対に避けなければっ)

 2・3体くらいは、瑠衣と仁奈の立体映像で埋まるだろう事は言うまでもない。 後、アンバーの立体映像も作りたいと、華は思っている。 自分以外の立体映像があったら、優斗の嫉妬の冷気で全ての立体映像が凍結しそうだが。 立体映像だらけになるだろう部屋を、間違っても誰にも見られたくないのだ。 華は自身の思惑を笑顔で隠して、優斗たちを説得した。

 困惑気味ではあったが、優斗と瑠衣は華の意見に了承した。 華の隣で仁奈は何となく華の意図を察して、呆れた顔をしている。 2階は優斗と瑠衣が左側で、華と仁奈が右側に部屋を作ることにした。 そして、リビングの階段の中央に、倉庫となる部屋を作った。 アンバーが残していった荷物を収めるためだ。 優斗と瑠衣の要望通り、池を挟んだ向こう側に、皆が使える多目的使用のログハウスも作った。

 囲いがなく、そのまま露天風呂だけがあった場所は、身体を洗う洗い場や、着替えるスペースも作った。 そして、目隠しの為の囲いも作る。 これで人の目を気にせず、露天風呂に浸かれる。

 ――隠れ家を作り変えた後、優斗たちはこれからどうするか話し合った。
 
 それぞれの意見を参考に、アンバーが置いて行った世界地図を、リビングのローテーブルに広げる。 『俺たちが落ちた国はここだな』と優斗が地図を指すと、指した国がズームされ、更に詳しい地形が表示された。

 「「「「おおっ?! 国がアップになった!」」」」

 優斗たちが転移した国は、長靴の様な形をしていた。 長靴の先の様な場所に、王都がある。 優斗は、アンバーの話を思い出した。

 「アンバーさんが国の外れにダンジョン都市があるって言ってた。 ああ、ここだ。 色んな冒険者が集まるから、勇者の力の情報も得られるんじゃないかって」

 優斗がダンジョン都市を指さすと、更にダンジョン都市の詳細の地図が表示される。
 
 「なるほど。 そうなると、ダンジョン都市の手前の魔道具の町も、何か情報があるかもな」
 
 瑠衣が面白そうに、地図を操作し、魔道具の街の詳細の地図を表示させる。
 
 「私も魔道具の町に行きたい!」
 
 瑠衣の意見に華が賛同する。 仁奈は、とても彼女らしい意見を述べた。
 
 「私は食べ物が美味しかったら、何処でもいいかな」

 仁奈らしいが、食べ物が美味しいというのは大事な事だ。 食べ物が合わない旅なんて、苦痛でしかない。

 「ぼくたちも食べ物の美味しい町がいいな」

 フィルとフィンが今まで何処に居たのか、中庭から銀色の少年少女の姿で、リビングに飛び込んで来た。

 「フィル、フィン! お前ら今まで、何処にいたんだ? 全然、姿が見えなかったけど」
 「ぼくたちは、森の中で眠ってるんだよ。 今までもそうだったし」
 
 隣でフィンも『うんうん』と頷いている。
 
 「そうなのか、いなくなったかと思ったよ。 何処で眠ってるのかは、秘密なのか?」
 
 優斗は面白そうな顔でフィルとフィンに訊いてみた。
 
 「うん、秘密だよ」
 「乙女の秘密よ」
 「そうか、それは残念だ。 じゃ、全員揃ったし、出かけるか。 取り敢えず、ダンジョン都市を目指す、でいいよな?」

 優斗の提案に皆が頷いた。 そして、『待って』の声が掛かる。 声がした方向を見ると、華が不適な笑みを浮かべていた。 華の笑みを見て、眉を顰めたのは、優斗と仁奈だ。 華の不適な笑みに嫌な予感がする。 瑠衣だけはキョトンとして、華を見つめていた。

 「じゃ、じゃ~ん!!」

 と、ローテーブルに出したのは、いつの間に制作したのか、瑠衣と仁奈の1/4のスケールの大きさの立体映像だった。 2リットルのペットボトルより少し大きいくらいだ。 立体映像の足元には魔法陣が描かれていて、立体映像の瑠衣と仁奈は、モデル並みにポーズを決めていた。

 「華。 夜中に何をコソコソしてるのかと思ったら、こんなの作ってたの?」
 「うん、だって、仁奈と篠原くんの制服ボロボロでしょ? だから、防具を作りました! 私たちとお揃いのマントもあるよ」

 瑠衣と仁奈の制服は着られない状態で、今はアンバーのお古を借りている。 得意げに立体映像を仁奈と瑠衣に見せると、華は腰に手を当ててドヤって顔をした。 華は直ぐに仁奈の立体映像を掲げ持ち、仁奈の美脚がどれだけ素晴らしいか、語って聞かせた。 優斗たちが唖然としている中、仁奈は慣れているのか、自身の立体映像を見て立ち上がって発した第一声は。

 「こんなの着られるわけないでしょ! こ、これほぼ水着じゃん! こんな格好で街を歩けるわけないじゃない! 見たのか、見たのか! こんな格好で街を歩いている人間をっ!」

 仁奈が叫ぶのも無理はない。 黒のショート丈のビスチェ、黒のへそ出しショートパンツ、惜しげもなく肌を晒していて、おまけにピンヒールを履いていた。 優斗たちとお揃いのマントを羽織った仁奈の立体映像は、とても魅惑的で、ショートパンツの裾から伸びる美脚は、大人の雰囲気を醸し出していた。

 華は悪びれることもなく、『そう言うと思って、もう1パターン作ってます!』ともう1体、立体映像を起動させた。 もう1体は、膝上の赤いミニワンピース型の騎士服風で、こちらも脚を出しているが、膝まである編み上げのブーツを履いている分、露出が抑えられている。

 仁奈がじっくりと2体の自身の立体映像を眺め、諦めたような表情で華に向かって頷いた。 仁奈を見て満足げに微笑むと、華の瞳が怪しく光った。

 (まさかとは思うけど、花咲、確信犯か! 先に無理気な防具を見せておいて、後で本命を出すという。 ってか、花咲はどうしても、鈴木の足を出したいんだなっ)

 優斗はチラッと瑠衣を見る。 自身の立体映像を見つめる瑠衣の表情は読めない。 瑠衣は小さい頃から何を考えてるか分からない所があった。 瑠衣の立体映像が着ている防具は、狩人風の黒い衣装だ。 白いマントを羽織れば、クールな装いになるだろう。 フードに羽根が付いてなかったらの話である。 瑠衣は何のためらいもなく華から防具を受け取り、着替える為にリビングを出て行った。

 (俺のには、竜が巻き付いてたのにっ。 なんで、俺の防具だけちょっとズレてるんだろうか)

 優斗は2人が防具を着た姿を見て、自身の立体映像を思い出していた。 何故、優斗の防具だけ竜が巻き付いているのか不思議でならなかった。 2人の防具にも魔法石が使われているが、桜の形ではなくユリの花の形になっていた事に、優斗は気づかなかった。

 優斗たちはセレンが残していった馬車で、近くの街まで行く事にした。 馬車の窓から外を覗くと、遠くの方に世界樹が見える。 優斗は今更に気づいた。 世界樹に助けてくれたお礼をしていない事に。 優斗は心の中で、世界樹にお礼を言った。 主さまのお願いは、達成できるかどうかは分からないけど、もう後には引けない。

 (助けてくれて、ありがとうございます。 主さまのお願いは、やれるだけやってみますから、期待はしないで下さいね)

 暫く世界樹を眺めた後、顔を車内に収めた優斗は、突然馬車が大きく揺れて、身体に力を入れた。 車内で、優斗たちは椅子から転げ落ちそうになっていた。 雷神が驚いて、馬車の中でホバリングして鳴いている。

 「なんだ?! どうしたんだ?!」
 「カーテン閉めて!」

 フィルが焦った声で優斗たちに叫ぶ。 銀色の少年の姿のフィルは、馬車を牽く風神に騎乗して、マントのフードを深く被って顔を隠していた。 チラリと視界に入ったすれ違った馬車は、豪奢で扉に大きな紋章が描かれていた。

 「おうこくのばしゃだわ。 このくにのもんしょうが、とびらにえがかれてた。 もしかして、せかいじゅダンジョンにむかってる?」
 「という事は、あの馬車に勇者が乗ってるのか?」

 フィンがスライムの姿で、華の膝の上に乗り、優斗の疑問に大きく頷いて、フィルに指示を飛ばす。

 「たぶんね。 フィル、とばして! みつかるまえに、せかいじゅダンジョンから、できるだけはなれるわよ」
 
 馬車はスピードを上げて急いで駆け抜けていった。
 
 「了解! 向かう街を変更しよう。 もう2つ向こうの街にする」

 ――優斗たちとすれ違った勇者御一行は、世界樹ダンジョンに向かっていた。
 
 揺れる馬車の中、黒髪黒目の少女は、手鏡を持って前髪チェックをしていた。 腰まである真っ直ぐで長い黒髪は、艶があってとても綺麗だ。 顔立ちも幼さはあるものの、美少女の分類に入るだろう。 美少女の胸元には2つ黒子があり、見せびらかすように大きく開いた真っ赤なドレスを着ていた。 少女以外の勇者御一行たちは皆、騎士服を着ている。

 「ねぇ、まだ着かないの?」
 「もう直ぐです、勇者マユ。 もう、世界樹が見えていますので」

 4人乗りの馬車に、3人の勇者と1人の王国騎士が乗っている。 騎士の言葉に勇者マユこと『結城真由』は不機嫌な顔を向けた。 騎士の隣に座っている黒髪短髪の目の細い少年が、向かいに座る同級生へ声をかける。

 「春樹、どっちが先に勇者の力を手に入れるか競争しようぜ」
 「くだらない。 俺は早く勇者の力とやらを手に入れて、魔王を倒して元の世界に戻りたい。 もう直ぐ、サッカーの試合があるんだ」

 声を掛けられた春樹は、呆れた声で短髪の少年に答えた。 王国に勇者召喚された少年少女たちはまだ知らない。 優斗たちが先に勇者の力を手に入れ、既に世界樹ダンジョンが閉じている事に。

 勇者御一行たちは、魔王を倒しても、元の世界へ帰れない事を知らない様だった。
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