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夢に向かって1

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 杉原さんと会ってから、玖生さんとは話せていなかった。時差もあるのでお互いほとんどメールだった。
 
 玖生さんのメールはいつも短くて単刀直入。それは、知り合った頃から変わらない。

 「由花、疲れた」とか、「由花、会いたい」とか……。
 
 そして、一ヶ月程度と最初予定していた渡米も、結局伸びそうだとメールが来ていた。

 私は杉原さんが直接会いに来たことを内緒にしていた。
 
 私の夢であった家元を継ぐという目標をとにかくできるだけ早く進めるために、中田さんに頼んでツインスターホテルで襲名披露をすることを決めた。

 日取りも当初計画していた日程で予約が取れたのですぐに通達し、各支部から参加者や招待客へのお誘いをあらかじめ決めていた招待状を発送するよう依頼し、本格的に準備を始めた。

 玖生さんとのことも、自分の事を片付けないと進まない。できるだけ早くやることが彼のためになると信じるしかなかった。

 おばあちゃんは家で床上げし、通常の生活が送れるようになってきた。ただ、外出などはまだ控えていた。

 ある日、大奥様がおばあちゃんを訪ねてきた。

 最初はお茶をお出しして挨拶させて頂いたが、玖生さんとのことは何も聞かれなかった。おばあちゃんと話したいと言うことなので席を外した。

 この間、五十嵐さんに玖生さんが私と結婚前提でお付き合いしていると話してしまったせいで、あっという間にその話がお稽古で来る人達に広まっていた。

 お弟子さん達にもメールや電話で襲名披露の打ち合わせの際に色々聞かれて、どう対処したらよいか迷っていた。今日辺り玖生さんにメールして聞いてみようと思っていたところだった。

 おそらく大奥様の耳にも入っているはずで、ご迷惑おかけしていることをお詫びしてどうすべきか聞いてみるべきかもしれないと思った。

 おふたりで長い時間話されたあと、祖母に部屋へ呼ばれた。大奥様が私に言った。

 「由花さん。知っていると思うけど玖生と結婚前提でお付き合いしているという話が出回っています」

 「渡米直前、玖生さんが五十嵐流の家元に話してしまわれたんです。ご報告が遅れてしまって申し訳ございません」

 頭を下げた。

 「いいのよ。ようやくあなたが交際にうなずいてくれたと玖生は嬉しそうに渡米前私に話していたわ。だから知っていたの。それでね、家元としてあなたがやらねばならない仕事を書いて頂いたの。これだけはどうしてもというものね」

 「大奥様からご連絡を頂いていて、ここ一週間くらいかけて資料を見ながら書いてみたの。あなたの襲名後に渡そうと思っていたんだけど、清家とのお話が出回っているようなら早めに片付けないとあちらにも迷惑がかかるわ。わかっているわよね」

 「はい」

 「それで、私の方も清家の妻としての仕事をリスト化してあなたと相談しながら分担しようかと考えています」

 「大奥様。私を嫁として認めて下さるんですか?別な縁談が進んでいるっていうおはなしは……」

 「玖生さんはあなた以外と結婚は嫌だと私に言いましたよ。アメリカの縁談はうちの人に玖生ならはっきり断るでしょう。というか、あなたは玖生に連絡していないの?」

 「実はこの間電話で正式に婚約しようと言われました。時間がなかったようで詳しくは話していません」

 おばあちゃんは笑顔でうなずいている。大奥様は私の手を取って、言った。

 「そうね。正式に婚約してから、総帥になるのがいいでしょう。そうじゃないと、玖生さんがいくらあなたをいいと言ったところで現総帥であるあの人がしびれを切らして亜紀さんと結婚させることになったりしたら目も当てられません。縁談相手の亜紀さんはとても優秀ですし、仕事以外でもうちとのお付き合いもありますからね。お父上との関係を考えるとお断りするのも難しいところなのよ」

 やはりそうだったのね。当たり前だ。これだけ大きな財閥の婚姻。見合いが普通なのだから。

 「私は何も持っていない上、織原流家元を降りる気もありません。清家ご家族に選んで頂けないのは覚悟していました。ただ、彼を好きになり、彼が私を選んでくれる限り、できるだけのことを致します。清家のために尽くす覚悟はあります」

 頭を下げた。おばあちゃんも横で一緒に頭を下げてくれる。

 「清家さん。優先順位を清家財閥の仕事として、家元の仕事の日程を変えるなどできることは致します。ご迷惑おかけ致しますが、由花のこと総帥にお口添え頂けませんでしょうか」

 「家元、頭を上げて下さい。元はといえば、私が由花さんに玖生を紹介したのが発端です。もちろん由花さんを推薦しますよ。それから由花さんも自分に自信を持ちなさい。全国に名を馳せる織原流の四代目となるんです。清家総帥のあの人があなたを下に見るような物言いは許すつもりもありません。安心なさい」

 「大奥様。ありがとうございます」

 「それでひとつ提案があります。家元、三日ぐらい彼女をお借りしてもいいですか?うちのお手伝いさんをその間こちらにつめさせますから」

 「まあ、私ひとりでも大丈夫ですよ」

 「おばあちゃん。無理はまだ禁物だよ。大奥様、それはどういうことですか?」

 「実は二週間後にアメリカで玖生の総帥就任予定を正式に発表するつもりなの。あちらでパーティーを予定しています。それに合わせてうちの人と私、それに玖生の父である息子や日本の重役何人かが渡米します。あなたも来なさい」

 「ええ?!」

 「パーティーは玖生にあなたをエスコートさせましょう。正式な婚約前ですが、婚約していると表明するの。ただし、その前にうるさいうちの人を納得させないといけません。総帥に会ってもらいますよ。もちろん、息子にもね」

 覚悟は出来た。おばあちゃんを見てうなずく。おばあちゃんもうなずき返してくれた。

 「はい。大奥様のおっしゃるとおりにします。どうぞよろしくお願い致します」

 「さあ、負けていられないわよ。私の推薦するあなたを磨き立てて驚かせてやらなくちゃ。ふふふ」

 おばあさまの含みのある笑顔が見たことあると思ったら、玖生さんそっくり。あの人の意地悪をするときの笑顔だ。
 やっぱり孫なのね。

 「大奥様、玖生さんそっくりです……」

 「あら、そう?そうね、たまに息子にも言われるのよ。あの子は私に似ているらしいのよ。いろいろと……」

 「そ、そうなんですね……」

 ということはたまに意地悪ってこと?私、困るんですけど。大奥様ってここにいるときはとてもそんな風に見えない。

 「あらあら、そんな顔して。大丈夫よ、鍛えてあげるわ」

 おばあちゃんが笑っている。

 「由花。頑張りなさい。玖生さんが好きなんでしょ?」

 「おばあちゃんったら、もうやめて」

 大奥様とおばあちゃんは真っ赤になった私を見て、笑っている。

 まな板の鯉。なるようになれ、だ。

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