30 / 36
夢に向かって1
しおりを挟む杉原さんと会ってから、玖生さんとは話せていなかった。時差もあるのでお互いほとんどメールだった。
玖生さんのメールはいつも短くて単刀直入。それは、知り合った頃から変わらない。
「由花、疲れた」とか、「由花、会いたい」とか……。
そして、一ヶ月程度と最初予定していた渡米も、結局伸びそうだとメールが来ていた。
私は杉原さんが直接会いに来たことを内緒にしていた。
私の夢であった家元を継ぐという目標をとにかくできるだけ早く進めるために、中田さんに頼んでツインスターホテルで襲名披露をすることを決めた。
日取りも当初計画していた日程で予約が取れたのですぐに通達し、各支部から参加者や招待客へのお誘いをあらかじめ決めていた招待状を発送するよう依頼し、本格的に準備を始めた。
玖生さんとのことも、自分の事を片付けないと進まない。できるだけ早くやることが彼のためになると信じるしかなかった。
おばあちゃんは家で床上げし、通常の生活が送れるようになってきた。ただ、外出などはまだ控えていた。
ある日、大奥様がおばあちゃんを訪ねてきた。
最初はお茶をお出しして挨拶させて頂いたが、玖生さんとのことは何も聞かれなかった。おばあちゃんと話したいと言うことなので席を外した。
この間、五十嵐さんに玖生さんが私と結婚前提でお付き合いしていると話してしまったせいで、あっという間にその話がお稽古で来る人達に広まっていた。
お弟子さん達にもメールや電話で襲名披露の打ち合わせの際に色々聞かれて、どう対処したらよいか迷っていた。今日辺り玖生さんにメールして聞いてみようと思っていたところだった。
おそらく大奥様の耳にも入っているはずで、ご迷惑おかけしていることをお詫びしてどうすべきか聞いてみるべきかもしれないと思った。
おふたりで長い時間話されたあと、祖母に部屋へ呼ばれた。大奥様が私に言った。
「由花さん。知っていると思うけど玖生と結婚前提でお付き合いしているという話が出回っています」
「渡米直前、玖生さんが五十嵐流の家元に話してしまわれたんです。ご報告が遅れてしまって申し訳ございません」
頭を下げた。
「いいのよ。ようやくあなたが交際にうなずいてくれたと玖生は嬉しそうに渡米前私に話していたわ。だから知っていたの。それでね、家元としてあなたがやらねばならない仕事を書いて頂いたの。これだけはどうしてもというものね」
「大奥様からご連絡を頂いていて、ここ一週間くらいかけて資料を見ながら書いてみたの。あなたの襲名後に渡そうと思っていたんだけど、清家とのお話が出回っているようなら早めに片付けないとあちらにも迷惑がかかるわ。わかっているわよね」
「はい」
「それで、私の方も清家の妻としての仕事をリスト化してあなたと相談しながら分担しようかと考えています」
「大奥様。私を嫁として認めて下さるんですか?別な縁談が進んでいるっていうおはなしは……」
「玖生さんはあなた以外と結婚は嫌だと私に言いましたよ。アメリカの縁談はうちの人に玖生ならはっきり断るでしょう。というか、あなたは玖生に連絡していないの?」
「実はこの間電話で正式に婚約しようと言われました。時間がなかったようで詳しくは話していません」
おばあちゃんは笑顔でうなずいている。大奥様は私の手を取って、言った。
「そうね。正式に婚約してから、総帥になるのがいいでしょう。そうじゃないと、玖生さんがいくらあなたをいいと言ったところで現総帥であるあの人がしびれを切らして亜紀さんと結婚させることになったりしたら目も当てられません。縁談相手の亜紀さんはとても優秀ですし、仕事以外でもうちとのお付き合いもありますからね。お父上との関係を考えるとお断りするのも難しいところなのよ」
やはりそうだったのね。当たり前だ。これだけ大きな財閥の婚姻。見合いが普通なのだから。
「私は何も持っていない上、織原流家元を降りる気もありません。清家ご家族に選んで頂けないのは覚悟していました。ただ、彼を好きになり、彼が私を選んでくれる限り、できるだけのことを致します。清家のために尽くす覚悟はあります」
頭を下げた。おばあちゃんも横で一緒に頭を下げてくれる。
「清家さん。優先順位を清家財閥の仕事として、家元の仕事の日程を変えるなどできることは致します。ご迷惑おかけ致しますが、由花のこと総帥にお口添え頂けませんでしょうか」
「家元、頭を上げて下さい。元はといえば、私が由花さんに玖生を紹介したのが発端です。もちろん由花さんを推薦しますよ。それから由花さんも自分に自信を持ちなさい。全国に名を馳せる織原流の四代目となるんです。清家総帥のあの人があなたを下に見るような物言いは許すつもりもありません。安心なさい」
「大奥様。ありがとうございます」
「それでひとつ提案があります。家元、三日ぐらい彼女をお借りしてもいいですか?うちのお手伝いさんをその間こちらにつめさせますから」
「まあ、私ひとりでも大丈夫ですよ」
「おばあちゃん。無理はまだ禁物だよ。大奥様、それはどういうことですか?」
「実は二週間後にアメリカで玖生の総帥就任予定を正式に発表するつもりなの。あちらでパーティーを予定しています。それに合わせてうちの人と私、それに玖生の父である息子や日本の重役何人かが渡米します。あなたも来なさい」
「ええ?!」
「パーティーは玖生にあなたをエスコートさせましょう。正式な婚約前ですが、婚約していると表明するの。ただし、その前にうるさいうちの人を納得させないといけません。総帥に会ってもらいますよ。もちろん、息子にもね」
覚悟は出来た。おばあちゃんを見てうなずく。おばあちゃんもうなずき返してくれた。
「はい。大奥様のおっしゃるとおりにします。どうぞよろしくお願い致します」
「さあ、負けていられないわよ。私の推薦するあなたを磨き立てて驚かせてやらなくちゃ。ふふふ」
おばあさまの含みのある笑顔が見たことあると思ったら、玖生さんそっくり。あの人の意地悪をするときの笑顔だ。
やっぱり孫なのね。
「大奥様、玖生さんそっくりです……」
「あら、そう?そうね、たまに息子にも言われるのよ。あの子は私に似ているらしいのよ。いろいろと……」
「そ、そうなんですね……」
ということはたまに意地悪ってこと?私、困るんですけど。大奥様ってここにいるときはとてもそんな風に見えない。
「あらあら、そんな顔して。大丈夫よ、鍛えてあげるわ」
おばあちゃんが笑っている。
「由花。頑張りなさい。玖生さんが好きなんでしょ?」
「おばあちゃんったら、もうやめて」
大奥様とおばあちゃんは真っ赤になった私を見て、笑っている。
まな板の鯉。なるようになれ、だ。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
ナイショのお見合いは、甘くて危険な恋の駆け引き!
むらさ樹
恋愛
娘を嫁に出そうと、お見合い写真を送り続けている母
それに対し、心に決めた男性と同棲中の娘
「最後にこのお見合いをしてダメだったら、お母さんもう諦めるから」
「本当!?」
と、いう事情で
恋人には内緒でお見合いに応じた娘
相川 優
ところが、お見合い相手の男性はなんと年商3億の社長さん
「私の事なんて早く捨てちゃって下さい!」
「捨てるだなんて、まさか。
こんなかわいい子猫ちゃん、誰にもあげないよ」
彼の甘く優しい言動と、優への強引な愛に、
なかなか縁を切る事ができず…
ふたりの馴れ初めは、
“3億円の強盗犯と人質の私!?”(と、“その後のふたり♡”)
を、どうぞご覧ください(^^)
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
溢れる雫
五嶋樒榴
恋愛
愛を信じない企業法務専門弁護士が恋に落ちた相手は、恋人を失ってから心を閉ざしたキャリアウーマン。
友達以上恋人未満の同級生に、なかなか愛を告白できない医大生。
意に添わぬ政略結婚から逃げ出すために、幼馴染と駆け落ちをしようと考える華道の家元の息子。
障害児を持つシングルマザーに恋をする、ホストクラブ界の夜王の無償の愛。
四季折々の中で、本気で好きだからこそ実は奥手になってしまう男達の悪戦苦闘の恋物語。
マスターの至高の一杯と共に、どうぞお召し上がりください。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
箱入り令嬢と秘蜜の遊戯 -無垢な令嬢は王太子の溺愛で甘く蕩ける-
瀬月 ゆな
恋愛
「二人だけの秘密だよ」
伯爵家令嬢フィオレンツィアは、二歳年上の婚約者である王太子アドルフォードを子供の頃から「お兄様」と呼んで慕っている。
大人たちには秘密で口づけを交わし、素肌を曝し、まだ身体の交わりこそはないけれど身も心も離れられなくなって行く。
だけどせっかく社交界へのデビューを果たしたのに、アドルフォードはフィオレンツィアが夜会に出ることにあまり良い顔をしない。
そうして、従姉の振りをして一人こっそりと列席した夜会で、他の令嬢と親しそうに接するアドルフォードを見てしまい――。
「君の身体は誰のものなのか散々教え込んだつもりでいたけれど、まだ躾けが足りなかったかな」
第14回恋愛小説大賞にエントリーしています。
もしも気に入って下さったなら応援投票して下さると嬉しいです!
表紙には灰梅由雪様(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)が描いて下さったイラストを使用させていただいております。
☆エピソード完結型の連載として公開していた同タイトルの作品を元に、一つの話に再構築したものです。
完全に独立した全く別の話になっていますので、こちらだけでもお楽しみいただけると思います。
サブタイトルの後に「☆」マークがついている話にはR18描写が含まれますが、挿入シーン自体は最後の方にしかありません。
「★」マークがついている話はヒーロー視点です。
「ムーンライトノベルズ」様でも公開しています。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる